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【米国留学ブログ】シリコンバレーのトレンド/2023年のビッグニュース(前編)
2024.01.09
2022年7月に留学のため渡米してから約1年半が経ちました。2年間の留学生活のうち、1年目はカリフォルニア州立ロサンゼルス校(UCLA)のロースクールに通い、米国の会社法や知的財産法を中心に勉強しました。同校を2023年5月に卒業した後は、シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)で勤務しており、2024年6月に日本に帰国する予定です。
現在の勤務地であるシリコンバレーは、ベンチャー投資の世界的な中心地です。ここでは、スタートアップの資金調達や最新のテクノロジーの動向に関する情報が、日々大量に飛び交っています。特に2023年は、市況の変化が大きく、衝撃的なニュースも多かったため、ベンチャー投資の世界に身を置く人々にとっては良くも悪くも非常にメモリアルな年だったと思います。
そこで、本ブログでは、シリコンバレーで2023年に話題になったベンチャー関連のトレンドやニュースのうち、私が個人的に注目したものをご紹介したいと思います。
少し長くなるので、全3回に分けて発信しようと思います。前編は、2023年を通じたトレンドとして、「ベンチャー投資のペースダウン」を取り上げます。
その1:ベンチャー投資のペースダウン
米国において、2021年~2022年初頭はベンチャー投資のバブル期にあり、スタートアップによる資金調達の金額や件数が過去の記録を大きく更新し、数多くのユニコーンが生まれた時代でした。
しかし、インフレ抑制のためのFRBによる急速な利上げや、米中間の緊張やウクライナ戦争により国際情勢が不安定化したこと等を背景に、2022年後半頃から、ハイリスクハイリターンを特徴とするベンチャーキャピタルへの投資意欲が減退しました。また、利上げに伴って株式の新興市場が冷え込んだことで、スタートアップのエグジットにも悲観的な見通しが立ち、エグジットを控えるミドル・レイターステージのスタートアップの調達環境が急激に悪化し始めました。
このトレンドが続いたことから、2023年における米国のベンチャー投資は、2021年~2022年初頭のバブル期と比べて大幅なペースダウンを強いられました。
ここでいう「ペースダウン」は、スタートアップによる資金調達環境の悪化、VCによるファンドレイズの苦戦、IPOやM&A数の減少、大規模なレイオフ、元ユニコーンのシャットダウン等、様々な局面で現れていました。
このうち、まずはスタートアップによる資金調達環境の悪化について見てみたいと思います。
ベンチャー投資の活況性は、スタートアップによる資金調達の金額や件数、$100M以上を調達するメガラウンドの数、資金調達によって新たに誕生したユニコーンの数、エグジット数等の指標によって測られることが多いですが、2023年において、これらの指標はいずれも2021年~2022年初頭を大きく下回りました。
調達金額が比較的大きいミドル・レイターステージにおける資金調達が特に苦戦を強いられたため、全体としても調達金額ベースでの落込みが特に顕著で、通年での調達金額は2021年の半分にも及ばなかったと考えられています。
このように、資金調達の需要に対して供給側の意欲が減退している状況では、資金調達時の交渉において供給側(投資家側)の交渉力が強くなりますから、資金調達時のスタートアップのバリュエーションが低くなる傾向が生じます。実際、PitchBookやCB Insights等の定点観測によると、2023年におけるスタートアップのバリュエーションの中央値は、シードステージを除いて、2021年~2022年初頭とで比べて大きく下がっており、この下落傾向はステージがレイターであるほど顕著であることが分かっています。
つまり、資金調達の機会を得ること自体が難しかったことに加えて、資金調達できた場合でも高いバリュエーションが付かず、スタートアップにとっては苦しい1年であったことが分かります。
こういったトレンドの中で注目したいポイントとして、資金調達環境が悪化するに連れ、2023年は資金調達時の契約条件がInvestor-Friendlyになっているという状況があります。
ここでいう「Investor-Friendly」とは、「Founder-Friendly」と対比される概念です。「Investor-Favorable」と言い換えても良いと思います。具体的に何がFriendly/Favorableであるかは、「バリュエーション」と「投資家に付与される権利」の二側面から分析できます。
長くなってしまうので、詳細については、「Investor-Friendly/Founder-Friendlyな資金調達とは」という別のブログで発信する予定です。ご興味があればそちらもご覧ください。
さて、このような資金調達環境の悪化を受けて、スタートアップのレイオフやシャットダウンも相次ぎました。
現状で資金調達することが難しいスタートアップは、その機会を得るために事業の成長や市況の回復を待つことになりますが、その間の運転資金(ランウェイ)を工面しなければなりません。そのため、少しでもランウェイを延ばすために厳しいコストカットに迫られ、その一環として従業員の給与を下げたり、レイオフするという流れが生じます。この流れを受けて、2023年は、多くのスタートアップにおいてレイオフが行われました。
※ところで、シリコンバレーのスタートアップエコシステムが強い理由の一つとして、人材の流動性が高いことが挙げられます。本ブログの中編でも触れますが、2022年後半~2023年のレイオフにより多くのテック人材が市場に放出され、これがAI領域に向かったことで、2023年のAIブームが加速したという見方があります。実際、2022年後半~2023年はビッグテックも大規模なレイオフを行っているところ、ビッグテック出身のエンジニアが新しくAIスタートアップを起業したり、これに参画する例は多く目にしました。
ここで、シリコンバレーにおいて人材の流動性が高いのは、少なからず法制度が影響していると思います。米国のスタートアップで従業員を採用する場合、「at-will雇用」という、会社と従業員が相互にいつでも雇用関係を解消できる形態をとることが主流です。また、シリコンバレーがあるカリフォルニア州では、従業員に退職後の競業避止義務を課すことは禁止されています。そのため、法制度の観点からも、会社からの解雇や従業員による自主退職のハードルが比較的低いと言えます。終身雇用が原則で解雇や退職のハードルが高い日本も、近時はスタートアップを中心にジョブ型雇用の導入等による変革が進んでいると思いますが、どこまで米国の法制度に近付いていけるのか、あるいは近付くべきなのかという点は注目に値します。
また、資金調達の機会を得られないままランウェイが尽きてしまった会社は、シャットダウンに向かうことになります。2023年は、電動スクーターのシェアリングサービスを提供するBirdやコワーキングスペースを提供するWeWorkなど、著名なユニコーンであったスタートアップもシャットダウンしたことが印象的でした。
※なお、一般論として、「スタートアップが成長に失敗した場合、米国では潔くシャットダウンして起業家は再チャレンジに向かう傾向があるが、日本ではシャットダウンせずゾンビ企業化する傾向がある」と言われることがあります。このあたりは定量的なデータを揃えるのが難しいため、どこまで実態に合っているか分からないですが、肌感覚としては納得できる部分もあります。
シャットダウンの決断はもちろん簡単ではないですし、投資家や債権者、従業員等の各ステークホルダーとの調整が必要になります。しかし、各関係をきちんと清算してシャットダウンすれば、少なくも創業者や従業員といった人材を再びスタートアップエコシステムに戻すことができます。今後日本でも、スタートアップのシャットダウンに関する実務が更に整備されると、不況に耐え得る強固なエコシステムに繋がるのかもしれないと考えさせられました。
前編からやや悲観的な書き出しになってしまいましたが、米国においてベンチャー投資の未来が暗いかというと、全くそうではないと思います。
2023年におけるスタートアップによる資金調達の金額や件数は、2021年~2022年初頭のバブル期と比較すると低調に見えるものの、2020年頃までの水準と比べると大きく下落はしていません。そのため、現状を過度に悲観的に分析するのは適切ではなく、むしろ2021年~2022年初頭のバブル期が異常値だったと見るべきであり、2023年のトレンドは健全な成長ペースへの揺り戻しが生じた状況と捉える方が実態に沿っているように思います。
PitchBook等の統計情報を見ると、例えば、上場に近いがゆえ株式市場の動向やマクロ経済の影響を受けやすいミドル・レイターステージではバリュエーションの下落が目立った一方、シードステージでのバリュエーションの中央値は2023年も堅調に上がり続けています。
バリュエーションは高ければ良いというわけではないですし、バリュエーションの中央値の変動のみから全体のトレンドを予測することは適切ではないですが、今のシードステージのスタートアップが成熟期を迎える数年内には市況が一定の復調を果たすという期待の現れと捉えても良いように思います。
~中編に続く~
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