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【米国留学ブログ】シリコンバレーのトレンド/2023年のビッグニュース(中編)
2024.01.09
本ブログでは、前編に引き続き、シリコンバレーで2023年に話題になったベンチャー関連のトレンドやニュースのうち、私が個人的に注目したものをご紹介したいと思います。
中編は、「AIブームとAIに対する規制」について取り上げます。
その2:AIブームとAIに対する規制
シリコンバレーにおいて、2023年はAIの年でした。
本ブログの前編で、2022年後半から米国のベンチャー投資がペースダウンしたことを取り上げましたが、そのトレンドに逆行するように、2023年におけるAIへの投資ブームは熱狂的でした。特にGenerative AI(生成AI)への注目度が凄まじく、毎日のようにGenerative AIに関する新しいサービスやスタートアップの情報が舞い込んでくる状況で、起業家や投資家の話題を独占していました。
Generative AIを含め、近年AIの性能が飛躍的に向上した要因としては、AIに学習させる膨大なデータ(ビッグデータ)の蓄積、GPU等の開発によるコンピューティングパワーの向上、Transformer Modelを始めとした機械学習モデルの進化、開発用OSSやクラウドサービスといったインフラの普及等が挙げられます。これらの要因によってAIブームの土壌が出来上がっていたところで、2022年末にOpenAIがChatGPTをリリースしたことで火が付き、2023年に一気にブームの波が来たような印象を受けています。
個人的に、2023年のAIへの投資ブームには、「ビッグテックによる投資・開発競争」という側面と、「多数のAIスタートアップの登場」という側面があるように思います。
シリコンバレーにおけるAIブームを牽引しているのがビッグテックであることは間違いなく、GPUの需要を受けてNVIDIAの時価総額が1兆ドルを超えたというニュースや、Googleがマルチモーダルな高性能AIモデルとしてGeminiをリリースしたというニュースは記憶に新しいです。また、2023年におけるスタートアップの資金調達金額のランキングでは、MicrosoftによるOpenAIへの投資、AmazonやGoogleによるAnthropicへの投資、MicrosoftやNVIDIAらによるInflection AIへの投資等、ビッグテックによるAIスタートアップへの投資が上位に並びます。
AIモデルの開発においては、大規模なデータトレーニングのために膨大なデータやコンピューティングパワーが必要になるため資金力が不可欠であり、また、開発したモデルを流通させるためのチャネルが必要になります。その意味で、モデル開発のレイヤーでは、データ、資金、チャネルを有するビッグテックや、その投資を受けたスタートアップが中心的なプレイヤーになりやすいように思います。
他方、AIをサービスとして実装するアプリケーションのレイヤーには多くのスタートアップが参入しやすく、実際シリコンバレーでは、日々数え切れないほどのAIスタートアップが誕生し、様々なサービスをリリースしています。一例として、著名なアクセラレーターであるY Combinatorの最新のプログラム(2023年夏のBatch)では、200社を超える参加者のうち6割以上が「AIスタートアップ」にカテゴライズされたことが話題になりました。
このように熱狂的なブームが沸き起こっている一方、スタートアップの質が玉石混交であることも事実ですし、テクノロジーの進化スピードが速いため技術やアイデアが陳腐化しやすいという状況もあります。そのため、投資家としては、ブームに乗り遅れないよう気を付けつつも、投資先候補のスタートアップのサービスが近い将来に陳腐化しないか、真にAIネイティブなサービスを開発しているのはどのスタートアップか、といった視点で慎重に投資判断をする必要があり、スリリングな状況が続いているように思います。
特に2023年後半にかけて、Generative AIを特定のセクターや業界のワークフローに特化させたサービスが次々に登場したり、アプリケーションレイヤーとは別にAI開発のインフラとなる部分(例えばデータの管理や加工等)に着目したサービスが脚光を浴びたりと、AIスタートアップのレイヤーも細分化が進んでおり、投資領域としての成熟度が日に日に増しているような印象を受けています。
なお、冒頭で、2022年後半から2023年にかけて米国のベンチャー投資は全体としてペースダウンしたものの、AIへの投資ブームはこれと逆行するように熱狂的だったと紹介しました。この二つの逆行するトレンドは、実は無関係ではないように思います。
というのも、ベンチャー投資全体のペースダウンを受けて、VCを始めとする投資家側では、未投資の待機資金(ドライパウダー)が増えることになります。(2022年後半以降に1号目のファンドを立ち上げた投資家にとっては、ペースダウンの影響でそもそも十分な資金をLPから集めるのが難しいという状況があったかもしれませんが、例えば2021年~2022年初頭のバブル期にファンドを立ち上げ、2024年頃までを主な投資期間と想定していた場合、手元に十分な資金はあるものの良い投資先を見つけるのが難しいという状況が生じ得ます。)
また、本ブログの前編でも取り上げたように、2022年後半から2023年は、ビッグテックやスタートアップが大規模なレイオフをし、結果として優秀なテック人材が市場に溢れた時代でもあります。
このように、2022年後半以降、ベンチャー投資全体のペースダウンの影響で資金や人材が市場で余剰していたと考えられ、これらがAIの領域に流入したことで、AIへの投資ブームが加速した側面があるように思います。その意味では、資金や人材の流動性によって不況が次のブームを生んだとも言え、改めてシリコンバレーにおけるスタートアップエコシステムの強さを感じます。
さて、このようなAIへの投資ブームと並行して、AIに対する規制の整備も急速に進んでいます。
AIに対する規制には、「AIやその開発自体を対象とする規制」と「AI自体を規制しているわけではないが、学習用データが特定のカテゴリーに該当する場合に適用される規制」があり、規制の全体像を正確に把握するためには両者を区別して理解することが有用だと思います。
まず、「AIやその開発自体を対象とする規制」とは、例えば現在EUで法案が審議されているAI Act(包括規制法案)が挙げられます。この法案は、AIをリスクに応じて分類し、事業者に対してリスクの度合いに応じた義務を課すことを基本的な方針とします。一例として、リスクが比較的高いAIを開発する場合には、サービス提供前に、AIが所定の仕様に沿っているかの適合性評価を受ける義務等を課し、リスクが限定的なAIを開発する場合には、アウトプットがAI製であることを明示する義務等を課すことが検討されています。
また、米国でも2023年10月に大統領令が発令され、AI開発企業に対してサービス提供前にAIの安全性評価を受ける義務を課す等の内容が定められました。今後、米連邦議会による規制法案の策定も進められると見られています。
他方、「AI自体を規制しているわけではないが、学習用データが特定のカテゴリーに該当する場合に適用される規制」については、少し違った角度からの検討が必要になります。
例えば、学習用データに個人情報やプライバシーに関するデータが含まれる場合、データ保護に関する規制(日本であれば個人情報保護法、EUであればGDPR等)を遵守する必要があり、これに違反すると規制当局から是正指示や課徴金を課せられることになります。また、学習用データに他人の著作物(音楽や文章等)が含まれる場合、著作権法を遵守する必要があり、これに違反すると権利者から訴訟を提起される可能性があります。
もっとも、AI開発に当たって学習用データを取り扱うに当たり個人情報保護法や著作権法がどのように適用されるか、まだ議論が十分に蓄積していない法的論点が数多くあります。そのため、実務的な対応が固まっていない部分については、ケースによって色々な考え方ができる可能性があります。
今後、規制当局や関係官庁が見解を出したり、学習用データの取扱いをめぐる法的紛争で裁判所の判断が出たりすることで実務は固まっていくと予想されますが、今はまだどの国でも黎明期という印象を受けます。
なお、米国では、例えばニューヨークタイムズが記事を無断でAIの学習に流用されたとしてOpenAIに対して訴訟提起するなど、この点に関連した法的紛争が既に発生しています。他方、Generative AIのサービスの中には、仮にユーザーが著作権侵害等で訴えられた場合には対応費用を補償すると謳うものもあり、このあたりの展開の速さには驚かされます。
また、「規制」という文脈から外れますが、AI開発をしたスタートアップ等が、AIに関する知的財産権をどのように守っていくかという視点も重要です。一言で「AI開発」といっても、学習用データ、データの加工方法、特徴量やパラメータの設定方法、アルゴリズム、プログラミングコード、ビジネスへの実装方法等、競争優位性が生じ得るポイントは多岐に亘り、具体的なケースによって異なると思います。そして、それに応じて、どのような知的財産権が生じるのか、どのように守るべきかが変わってきます。
なお、現在のAIブームの中では、OpenAIのGPT-4のように学習用データやアルゴリズム等を公開しないクローズドなモデルと、MetaのLLaMa2のようなオープンソースモデルのどちらが優位かという論争も盛んに行われています。この論争はビジネスとしての優位性やAIの安全面に焦点を当てたものですが、法律の観点から考えてみると権利保護の方法と密接な関係があるように思われ、注目に値します。
このように、AIをめぐっては、テクノロジーの革新と規制の整備が両輪で急速に進んでいるような状況で、起業家や投資家は両方を意識しながらブームの波を乗りこなす必要があります。このトレンドは2024年も継続すると思われますので、引き続き目が離せません。
~後編に続く~
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