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【米国留学ブログ】シリコンバレーのトレンド/2023年のビッグニュース(後編)
2024.01.09
前編・中編に引き続き、本ブログでは、シリコンバレーで2023年に話題になったベンチャー関連のトレンドやニュースのうち、私が個人的に注目したものをご紹介したいと思います。
前編では「ベンチャー投資のペースダウン」、中編では「AIブームとAIに対する規制」という年間を通じたトレンドを取り上げましたが、後編では、その全体的なトレンドの中で起きたビッグニュースについて触れたいと思います。
その3:スタートアップにおけるガバナンスの再考
2023年11月17日、シリコンバレーで、ベンチャー投資やテック業界の関係者全員が耳を疑う大事件が起きました。OpenAIの取締役会が、CEOであるSam Altman氏を解任したというニュースが流れたのです。(厳密には、OpenAIの営利法人であるLLCではなく、これを支配する非営利法人の役員から退任を強いられたのですが、本ブログはOpenAIの法人格に関する複雑なストラクチャーを解説する趣旨ではないので、多くの報道に倣って「OpenAIのCEOを解任」という表現を使います。)
Sam Altman氏はまさにOpenAIの顔として活躍しており、同月初旬に開催されたOpenAIのDevDay(開発者向けカンファレンス)でも、多くの参加者の前で華々しくOpenAIの新サービス(GPT-4 TurboやGPTs等)をプレゼンしていました。そのため、CEO解任というニュースは誰も予期していなかったと思われ、ニュースが流れた際は業界全体が騒然としていました。
そもそもなぜ解任されたのか不透明なまま、数日間で事態は急速に進展し、OpenAIへの最大の出資者であるMicrosoftのCEO・Satya Nadella 氏の介入やOpenAIの大多数の従業員による復職要求を経て、最終的には、Sam Altman氏がCEOに復職し、逆に他の取締役の一部が退任してボードメンバーが刷新されるというドラマチックな結末を迎えました。
この事件はドラマのような展開で多くの人の耳目を集めた一方、解任や復職に至った経緯については未だ不透明な点が多く、真相は良く分かっていません。
ただ、この事件の最大の問題点の一つとして、Microsoftを始めとするOpenAIへの出資者ですら、解任の動向を事前に察知できなかったことが挙げられます。例えばMicrosoftは、OpenAIに対して100億ドル規模の投資をし、OpenAIの営利法人の49%の持分を保有していたにもかかわらず、解任はMicrosoftにとっても不意打ちだったとしています。
このような事態が生じた要因の一端として、OpenAIが出資者からの取締役を受け入れていなかったことが挙げられます。通常、スタートアップが外部から一定以上の規模の資金調達する場合は、出資者側から取締役やオブザーバーを受け入れることが多いです。これにより、出資者が取締役会への出席等を通じて会社の状況やCEOの業務執行を監督できるようになり、スタートアップにガバナンスが効くことになります。
しかし、OpenAIは、非営利法人による支配を念頭に置いた特殊なストラクチャーを組んでいたことや、出資時のOpenAI側の交渉力が極めて強かったことから、Microsoft等の出資者から取締役等を受け入れておらず、取締役会での議論状況等が出資者に不透明だったと言われています。
これは本来、出資者にとって極めてリスクが高い状況です。本件では、結果としてSam Altman氏も復職し、事件後OpenAIの事業競争力はむしろ高まったという見方すらありますが、展開によっては、OpenAIの従業員が大量に離脱してOpenAIの競争力が大幅に低下したり、最悪の場合はOpenAIが事実上潰れてしまう可能性もありました。そうなっていた場合、OpenAIに投資していた出資者としては、与り知らないところで投資先内部のクーデターが起き、その結果大きな経済的損害を被っていたことになります。
そのため、この事件は、多くの人がスタートアップのガバナンスについて再考する契機となりました。
Sam Altman氏のCEO解任事件とは別に、もう一つ、スタートアップのガバナンスについて考えさせられる象徴的なニュースがあります。それは、FTXの事件です。
FTXは、暗号資産交換業を手掛けるスタートアップとして脚光を浴び、一時期は業界を席巻するユニコーンとして名を馳せていました。しかし、2022年11月に突如経営破綻し、その後、当時のCEOであるSBF(Sam Bankman-Fried)氏がFTXの顧客資産を流用したり、資金調達時に出資者を欺いていた等の容疑が生じ、大きな経済事件となりました。
このような事件が起きた要因として、FTXの会社経営に監督の目が及んでおらず、外部から実態が把握されていなかったことが挙げられます。FTXは多くのVCから出資を受けていたものの、VCから取締役を受け入れておらず、それゆえCEOへの牽制が全く効かず統治不全に陥っていたとも言われています。
FTXの破綻は2022年に生じたものですが、2023年の裁判でSBF氏に詐欺等の有罪認定が下ったことから、改めてこの事件から教訓を得ようという風潮が生まれました。
OpenAIとFTXとでは事件の内容は全く異なりますが、出資者による取締役の派遣等を通じて担保されるべき「スタートアップのガバナンス」が効いておらず、結果として出資者が会社内部の動向を把握し切れなかったという点では共通しています。
ここで、いわゆる「コーポレート・ガバナンス」とは、各種ステークホルダーのために会社が適正な経営を行うようにするための企業統治の仕組みなどと捉えられ、色々な観点から論じられる概念です。もっとも、スタートアップにとっての「ガバナンス」とは、よりシンプルに、「出資者が適切にスタートアップを監督するための仕組み」というニュアンスが強いように思います。
そして、この「仕組み」は、スタートアップが資金調達の際に投資家に発行する優先株式や、投資家との間で締結する契約の中で定められます。例えば、OpenAIやFTXの件で触れたように、投資家がスタートアップに対して取締役を派遣する権利(取締役指名権)が挙げられますが、他にも様々な仕組みが考えられます。
どのような仕組みを導入するかは、スタートアップと投資家との間の交渉事項なのですが、この交渉には、市況が影響します。
本ブログの前編でご紹介したように、スタートアップの資金調達環境が悪化している状況では、一般的に投資家側の交渉力が強くなるため、Investor-Friendly/Favorableな仕組み、すなわち、スタートアップのガバナンスに資する仕組みを導入しやすいことになります。この傾向は、ダウンラウンドやエクステンションラウンドといった救済的なラウンドでは一層顕著になります。
すなわち、OpenAIやFTXの事件が注目された2023年は、期せずしてスタートアップのガバナンスを強化しやすい時期だったことになります。2024年もそのトレンドは継続すると思われますので、この点に関する実務がどのようにブラッシュアップされていくか、注目に値します。
なお、スタートアップのガバナンスを支える具体的な仕組みについては、「スタートアップのガバナンス」という別のブログで発信する予定です。ご興味があればそちらもご覧ください。
その4:テック企業の大型IPO
スタートアップのエグジットの手法として、日本ではIPOが中心、米国ではM&Aが中心と言われます。エグジットの手法ごとの件数という意味ではその通りなのですが、米国においても、大型のエグジットはIPOが中心です。そのため、IPO市場の動向は、ベンチャー投資の活況性にダイレクトに影響します。
2022年以降、米国のIPO市場は歴史的に見ても冷え切っており、これが2023年のベンチャー投資のペースダウンにも大いに影響を与えていました。そのような中、2023年9月に、食品宅配サービスを手掛けるInstacartやマーケティングオートメーションを手掛けるKlaviyo等、テック系ユニコーンによる大型IPOが連続しました。テック企業による久々の大型IPOであったことから、これらが市況回復の突破口になるかもしれないとの期待も強く、業界の注目が集まりました。
結果として両社ともIPO後の株価が奮わず、期待されていたほどの効果は生じませんでしたが、それでもテック企業による大型IPOの事例が出たのは大きな前進と思われます。今後、StripeやSHEIN、Databricks等、さらに大型のIPOも控えていると予想されており、IPO市場の動向から目が離せません。
なお、Instacartは、ピーク時には$39Bものバリュエーションが付いていましたが、最終的には約$10BでIPOしており、大幅なダウンラウンドIPOであったことも話題になりました。
ダウンラウンドIPOの場合、ピーク時の資金調達で出資した投資家は、IPO後に市場株価が上がらない限り、株式を売却してもキャピタルゲインを得られないことになります。そのため、思うようなIPO価格が付かない状況においてダウンラウンドIPOに踏み切るのは容易ではありません。特に2021年~2022年初頭のピーク時に高いバリュエーションで資金調達をしたスタートアップの中には、このような状況からIPOに踏み切れず、市況の回復を待っている会社が多く存在すると予想されます。
他方、スタートアップに投資したVCには原則10年間程度のファンド満期があるため、何年もIPOを延期することはできません。また、IPOの延期は、ストックオプションを保有している従業員が株式を市場で売却して現金化するタイミングを遅らせることを意味しますので、何年も延期すると従業員の離反やモチベーションの低下を引き起こす可能性があります。すなわち、いかに市況が悪くても、スタートアップである以上はどこかのタイミングでエグジットする必要があります。
したがって、今後もダウンラウンドIPOは頻発すると予想され、InstacartのIPOは先例として参照する価値が大きいように思います。
なお、米国の実務では、資金調達時に投資家に付与される権利として、投資が事実上ダウンラウンドIPOを拒否できる権利が設定される例もあります。ダウンラウンドIPOが実現した例において、そのような権利との関係でどのような調整が働いたのか分析できると面白いかもしれません。
その5:SVBの破綻
2023年3月、Silicon Valley Bank(SVB)が破綻し、リーマンショック以来最大の米銀破綻となりました。
SVBは、スタートアップに対する低金利の融資であるVenture Debt(ベンチャーデット)の代表的なプレイヤーであり、その名のとおりシリコンバレーのスタートアップエコシステムを支える銀行でした。米国スタートアップの5割近くと取引があったとされ、同銀行の破綻は多くのスタートアップやVCに大打撃を与える可能性があったことから、ベンチャー業界には大きな衝撃が走りました。
破綻の原因には、本ブログの前編で取り上げたベンチャー投資全体のトレンドが影響しています。
すなわち、2021年のバブル期を含めたベンチャー投資の好景気により、スタートアップによるSVBへの預金が積み上がり、SVBはこれを米国債やモーゲージ証券といった長期債で運用することを試みました。しかし、2022年のFRBによる急速な利上げによりこの長期債の債券価格が下落し、大きな含み損を抱えるに至ります。そのような状況の中、2022年後半からスタートアップの資金調達環境が悪化し、資金需要に窮したスタートアップがSVBの預金から引出しを行い、SVBは預金残高を補填するために含み損を抱えた債券を売却しました。これにより多額の損失が計上された上、SVB自身が資金調達する旨を発表したことで大きな信用不安が生じ、一気に取り付け騒ぎが発生したという流れになります。
最終的にはFDICが介入し、2023年3月中にFirst Citizens Bank(の親会社)が救済的買収に合意して、預金も全額保護されるに至りました。銀行破綻のニュース当時はスタートアップやVCを中心に非常に肝を冷やしたと思われますが、結果として足元の実務への影響は軽微で済んだと考えられています。SVBの特徴であるVenture Debtについても、First Citizens BankがSVBの看板のもとで継続しています。
なお、このスタートアップへの低金利の融資であるVenture Debtは、近時日本でも、金融機関等による導入事例やDebt Fundの運用開始等の文脈で脚光を浴びる機会が増えており、大きく注目されます。
Venture Debtの仕組みや日本での利活用については、別のブログで発信する予定です。ご興味があればそちらもご覧ください。
おわりに
以上、シリコンバレーで2023年に話題になったベンチャー関連のトレンドやニュースのうち、私が個人的に注目したものをご紹介しました。
本ブログでは紹介しきれませんでしたが、ビッグニュースとしては他にも、名門VCであるセコイア・キャピタルのグローバルでの投資体制の再編(中国事業の分離等)、米自動車大手GM傘下のCruiseが運行していた無人タクシーの人身事故、大型エグジットとして注目されていたAdobeによるFigma買収の独禁規制を理由とした断念等が挙げられます。
このように、シリコンバレーにおける2023年は、前編・中編でご紹介したようにベンチャー投資のペースダウンや熱狂的なAIブームといった通年での大きいトレンドがありながら、後編でご紹介したように衝撃的なビッグニュースが多々発生し、ベンチャー投資の世界に身を置く人々にとっては非常にメモリアルな年でした。
2024年にはどのような変化が起きるか、引き続き目が離せません。
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