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【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】10 使用環境特徴と機能的特徴の認定が争点となった事例
2024.04.30
はじめに
中国最高人民法院は、2024年2月23日に、「最高人民法院知財法廷5周年:影響力を有する10大判例と典型判例100件」を公表しました。これは、最高人民法院知財法廷が開設からの5年間に蓄積した、重要判例の集大成と言えるものです。今回はこの10大判例の中から、請求項中の「使用環境特徴」の解釈、「機能的特徴」の認定基準、及び侵害行為停止の部分判決と行為保全命令(日本の仮処分申立てに相当)との関係が争われた特許侵害訴訟の事例をご紹介します。
事件情報
事件番号:(2019)最高法知民終2号
判決日:2019年3月
上訴人(一審被告):厦門ルーカス自動車部品有限公司
上訴人(一審被告):厦門富可自動車部品有限公司
被上訴人(一審原告):ヴァレオクリーニングシステム社
事案の概要
(1)本件の経緯
一審原告のヴァレオクリーニングシステム社(以下「ヴァレオ社」という)は、フランスに本社を置く自動車部品製造メーカーであり、発明の名称を「自動車ワイパーのコネクタ及び対応のコネクト装置」とする中国特許第ZL200610160549.2号(優先日:2001年10月15日、登録日:2011年1月12日、以下「本件特許」という)の特許権者です。同社は、一審被告の厦門ルーカス自動車部品有限公司(以下、「ルーカス社」という)が製造し、同じく一審被告の厦門富可自動車部品有限公司(以下、「富可社」という)と共に販売しているワイパーが自社の特許権を侵害するとして、侵害行為の停止と、侵害行為による損害額及び侵害行為停止のための合理的支出の合計額600万元(約1億2000万円)の支払いとを求めて、上海市知的財産法院に提訴しました。その際、ヴァレオ社は、侵害行為の停止を求める行為保全請求も併せて行いました。
これに対し、上海市知的財産法院は、ルーカス社及び富可社による侵害行為の成立を認め、侵害行為の即時停止を命ずる部分判決を下しました。両被告はこの判決に不服とし、最高人民法院知財法廷に上訴しましたが、二審判決でも一審判決が維持されました。
(2)本件特許発明
本件特許は、自動車のワイパーとワイパーアームとを接続するコネクタに関するものです。本件特許の請求項1は以下の通りです。
【請求項1】
ワイパーアーム(22)とワイパーブレード(24)の部材(40)との間の連接及びヒンジ接続を保証するために用いられる、ワイパーのコネクタであって、前記コネクタ(42)は、U字形に後方に向かって湾曲した前記ワイパーアーム(22)の前端部(32)内に、後方から前方へ長手方向に係合し、且つ、前記コネクタ(42)は、前記ワイパーアーム(22)の前端部(32)内の係合位置に前記コネクタ(42)を固定する少なくとも1つの弾性変形可能な部材(60)と、前記ワイパーブレードの部材(40)の2つのウィング(44)の間に収納される、長手方向垂直方向に延びる2つの側片(48)と、を備え、
前記コネクタは、安全閉塞部材(74)により前記ワイパーアーム(22)中の係合位置に固定され、前記安全閉塞部材(74)は、前記安全閉塞部材(74)が前記固定部材(60)に向かって延び、前記固定部材(60)の弾性変形を阻止し、前記コネクタ(42)をロックする閉位置と、前記コネクタを前記ワイパーアーム(22)から解放することが可能な開位置との間で移動可能に取り付けられることを特徴とする、ワイパーのコネクタ。
[本件特許の図3に基づく図]
[本件特許の図1に基づく図]
上の図からわかるように、コネクタ(42)はワイパーブレード(24)の部材(40)の2つのウィング(44)の間に収容され、コネクタ(42)のU字形に湾曲した前端部(32)と係合します。また、このコネクタ(42)のワイパーアーム(22)からの脱落を防止する安全閉塞部材(74)が設けられます。
主な争点に対する裁判所の判断
本件訴訟の審理にける重要な争点は、(1)請求項における「使用環境特徴」の解釈、(2)請求項における「機能的特徴」の認定基準とその権利範囲、(3)侵害行為の即時停止を命じる部分判決と行為保全命令との関係の3点でした。以下、それぞれの要点をご紹介します。
(1)請求項における「使用環境特徴」の解釈について
本件判決では、請求項1の「ワイパーアーム(22)とワイパーブレード(24)の部材(40)との間の連接及びヒンジ接続を保証するために用いられる、ワイパーのコネクタ」との特徴が、コネクタの構成を規定しておらず、コネクタが使用される環境を特定しているに過ぎない、いわゆる「使用環境特徴」にあたると認定されました。
その上で、判決文は、このような「使用環境特徴」を充足するためには、イ号製品が当該使用環境で使用可能でありさえすればよく、当該使用環境「のみ」で使用可能である必要はない、と判断しました。
(2)請求項における「機能的特徴」の認定基準及びその権利範囲について
「機能的特徴」は、関連の司法解釈(2016年最高人民法院「専利権侵害事件審理における法律適用に関する若干の解釈(二)」第8条)において、「機能的特徴とは、構造、成分、手順、条件又はその関係等について、それが発明創造において果たす機能又は効果により限定する技術的特徴をいう」と定義されています。また、機能的特徴の技術的範囲については、明細書に開示された実施例及びその均等範囲まで限定して解釈することが規定されています。これは、米国特許法112条(f)の「ミーンズ・プラス・ファンクション」クレームの規定に近いものと言えます。
本件判決では、上記の司法解釈を引用し、一般論として、ある技術的特徴が発明の特定の構造、成分、手順、条件又はその関係等を限定又は暗示している場合、当該特徴が更にその機能又は効果を限定しているとしても、「機能的特徴」にはあたらないと述べています。
その上で、本件特許の請求項1における「前記安全閉塞部材(74)が前記固定部材(60)に向かって延び、前記固定部材(60)の弾性変形を阻止し、前記コネクタ(42)をロックする」との記載は、①安全閉塞部材と固定部材との位置関係を限定しており、②「安全閉塞部材が固定部材に向かって延び」という構造も暗示しており、更に、③「固定部材の弾性変形を阻止し、コネクタをロックする」という機能を限定している、と指摘しました。そして、記載された位置関係及び構造と機能とを結び付ければ、安全閉塞部材の延びた部分と固定部材との距離が十分に小さければ固定部材の弾性変形を阻止しコネクタをロックできるという具体的な内容が理解できるため、このような位置関係或いは構造に関する限定と、機能に関する限定と、の両方を含む技術的特徴は、「機能的特徴」と認定されるべきでなく、従って、実施例とその均等範囲に限定解釈されるべきではない、と判断しました。
(3)侵害行為の即時停止を命じる部分判決と行為保全命令との関係について
一審訴訟提起時に、ヴァレオ社は、担保金を供託し、侵害行為の差し止めを求める行為保全請求(日本の仮処分申立てに相当)を行いました。更に、一審の審理において、被告2社が侵害行為を継続しており、原告の製品販売及び経営に悪影響を与えているため、侵害行為の停止を命じる部分判決を下すよう求めました。一審は、侵害行為の停止を命じる部分判決を下しましたが、行為保全請求については処理しませんでした。
この一審判決は、被告が上訴したために執行されず、原告は二審でも、被告による侵害行為が継続していることを理由に行為保全請求を行いました。
二審の最高人民法院は、侵害行為の停止を命じる部分判決と行為保全請求との関係について、両者は機能として重複する部分があるものの、中国には上訴された一審判決の臨時執行制度がないことからも、両者の効果は異なり、それぞれ独立して処理されるべきであると述べました。具体的に、二審裁判所は、行為保全請求の処理期限までに判決を下すことができない場合、単独で行為保全請求を処理すべきであるとしています。
その上で、本件については、ヴァレオ社が提出した証拠では、ルーカス社及び富可社による侵害行為が、直ちに保全措置をとらなければヴァレオ社の利益が損なわれるという「緊急状態」にあることまでは証明できていないとして、ヴァレオ社の請求を退けました。
コメント
本件は、中国における特許権侵害訴訟の二審が最高裁判所の専属管轄へと変更された後、最高人民法院に開設された知財法廷で最初に審理された事件として、広く内外の注目を集めました。
本件の争点のうち、特に興味深いのは、「機能的記載」の認定基準です。判決文では、請求項に記載の特徴が、部材の構造や位置関係と、その機能との両方を特定している場合、そのような記載は「機能的記載」ではないとみなされ、限定解釈されないと判断しています。「機能的記載」の認定には、技術分野や具体的な請求項の記載等の様々な要素が影響するため、一律に判断基準を設けることは困難です。しかしながら、最高裁の考え方を示す具体例として、本件判決は、中国出願の請求項を作成する際、また、中国特許の権利範囲を検討する際に、非常に参考になるものです。
本件判決は、最高人民法院の「指導的判例」に選定されており、その後の事件における裁判所の判断に対し、一定の先例的拘束力を有する点においても、重要なものです。
<参考条文>
最高人民法院2016年「専利権侵害事件審理における法律適用に関する若干の解釈(二)」第8条:
機能的特徴とは、構造、成分、手順、条件又はその関係などについて、それが発明創造において果たす機能又は効果により限定する技術的特徴をいう。ただし、当業者が請求項を読むだけで、それらの機能又は効果の具体的な実施形態を直接且つ明確に確定できる場合を除く。
明細書及び図面に記載された、前項の機能又は効果を実現するために必要不可欠な技術的特徴と比較して、被疑侵害技術における対応する技術的特徴が、基本的に同一の手段により同一の機能を実現し、同一の効果を達成し、且つ、当業者が被疑侵害行為の発生時に創造的労働を経ずに想到可能である場合、人民法院は、当該対応する技術的特徴が、機能的特徴と同一又は均等であると認定しなければならない。
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