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【米国法務】FTCによる競業避止条項禁止の新規則の概要と対応策
2024.05.07
概要
米国連邦取引委員会(FTC)は、2024年4月23日、non-compete clause(いわゆる「競業避止条項」)を禁止する新しい規則の最終案を発表しました。この新しい規則(「本規則」)の下では、一定の例外事由に該当する場合を除き、原則として米国の従業員等との間で競業避止義務に関する契約又は条項(及びこれらと同等の効果を有する契約又は条項)を締結することが禁止されることになりました。
本規則は、連邦官報に掲載されてから120日後に施行されることとされていますので、現時点では2024年9月に施行されることが想定されています。もっとも、本規則の有効性に関してはすでに多くの訴訟が提起されており、年単位で施行が遅れる可能性があると指摘する声もあります。
これまで、競業避止条項に関しては連邦法による規則は定められておらず、各州法によって規制されているに留まっていました。各州法による規則は様々ですが、カリフォルニア州をはじめとする厳格な立場を取る4つの州では、すでに競業避止条項は原則として禁止されています。
本規則が施行された場合には、全ての州に適用される連邦レベルでの基本方針が確立されることになり、米国企業の人事労務体制に大きな影響を与えると考えられています。
FTCによって公表された本規則に関する資料は570ページに及んでいますが、本稿では、その中で重要な個所についてご紹介するとともに、取るべき対応策について解説します。
本規則の制定の背景
本規則の制定の発端は、FTCに対して競業避止義務や労働力の流動性を不公平に制限するその他の条項や契約を制限する規則を制定するよう指示したバイデン大統領の2021年7月の大統領令にあります。本規則の初案は2023年1月19日に提出され、2024年4月23日に最終案が公表されました。最終案が発表される前には、26,000件以上のパブリックコメントが寄せられています。
FTCによると、現時点で競業避止条項に服している労働者は約3,000万人に上り、およそ5人に1人の労働者がこれに該当することになります。本規則によってこれらの労働者が競業避止義務から解放されることで、FTCは、労働者の収入が今後10年間で合計4000~4880億ドル増加し、労働者一人当たりの年収は平均524ドル増加すると推計しています。また、新たな会社の設立が年間8,500件(2.7%)以上増加し、特許出願数も年間17,000~29,000件増加し、イノベーションを加速させると予測されています。その他にも、医療従事者の流動性が高まることによる医療費の削減など、さまざまな経済効果が期待されています。
出典:Federal Trade Commissionのウェブページ(https://www.ftc.gov/legal-library/browse/rules/noncompete-rule)
本規則の骨子
本規則の概要は、以下のとおりです。
- 新たな競業避止条項の締結の禁止
本規則の施行日以降、労働者との間で新たに競業避止条項を締結すること、または締結しようとすることは、原則として禁止されます。また、Employee handbook等のEmployment policy内でそのような条項を設けることも禁止されると考えられます。
- 既存の競業避止条項の原則的な無効化
- 本規則の施行日時点ですでに締結されている競業避止条項に関しては、変更契約や新たな契約の締結といったアクションは不要ですが、施行日以降は原則として無効となり、(訴訟原因が施行日前に存在している場合を除き)当該条項に基づく訴訟提起等はできません。無効となった競業避止条項を執行すること、または執行しようとすることは、禁止されます。
- 無効となった競業避止条項に関しては、企業は、労働者に対し、当該条項に基づく執行ができなくなった旨を通知する必要があります(FTCから通知文のサンプルが公表されています)。
- ただし、本規則の施行日時点ですでに締結されている競業避止条項のうち、上級経営陣(Senior Executive)との競業避止条項については、引き続き有効かつ執行可能とされています。
- 競業避止条項に関する表明の禁止
上記の禁止事項のほか、有効かつ執行可能な競業避止条項がないにもかかわらず、労働者が競業避止条項の対象であると表明することは禁止されます。
本規則の適用要件
本規則の適用対象となる要件について、重要なものをご紹介します。
- 「労働者」
本規則の対象となる「労働者(worker)」とは、有給、無給を問わず、その職位、法的地位に関係なく、労働する自然人をいい、また、過去の労働者も含むとされています。具体的には、従業員、業務受託者(請負人)、エクスターン、インターン、ボランティア、研修生、個人事業主を含むとされています。
- 「競業避止条項」
本規則で禁止される「競業避止条項(non-compete clause)」とは、労働者が、(1)就業関係の終了後における米国内の別の就業先を探し、またはそのような別の就業先での仕事を受け入れること、または、(2)就業関係の終了後、米国内で事業を営むことについて、禁止し、罰則を科し、または妨げるように機能する就業条件を意味するとされています。そのため、米国外における競合先への就業や競合事業の開始については、禁止の対象に含まれません。
「罰則を科し」という点では、例えば、違約金条項(例えば、就業関係の終了後の競合先への就業をした場合に一定の金額を支払う義務を負わせる場合)や、条件付きの退職金の支払い(競合先への就業をしないことを退職金の支払条件として設定する場合)などもこれに含まれると考えられます。
また、競業避止条項に該当するかどうかは、表面的な文言のみではなく、その条項の実質的な機能によって判断されます。特に注意すべきなのは、競業避止契約あるいは競業避止条項という形式ではなくとも、例えば、秘密保持条項(non-disclosure)の規定方法が広範であるがゆえに労働者が別の会社で同等の地位に就くことを実質的に妨げるような効果を有するような場合や、勧誘禁止条項(non-solicitation)の規定方法が広範であり、他の会社での就業機会の模索や就業を実質的に妨げる効果を有するような場合には、上記「妨げるように機能する」に該当し、禁止の対象に含まれ得ることが示されています。
- 「上級経営陣(Senior Executive)」
本規則の例外要件の対象となる「上級経営陣(senior executive)」とは、年間151,164ドル以上の給与等を受領し、かつ、”policy-making position”にある者とされています。”policy-making position”とは、President、CEOその他の会社の重要な事項に関する最終決定権限を有するOfficer又はOfficerに相当する者、とされています。現実的にはC-suiteに該当するオフィサーであれば含まれる可能性がありますが、それ以外の労働者がこれに該当する可能性は低いと考えられます。FTCによれば、上級経営陣に該当する労働者は全体の0.75%にすぎないとされていますので、この要件に該当すると判断するにあたっては慎重な検討が必要です。
本規則の例外事由
本規則は、以下の3つの例外事由を設けています。
- 誠実な事業売却:誠実な事業売却に関連して締結された競業避止義務条項は、有効とされています。
- 施行日以前に発生した訴訟原因:施行日以前に生じた競業避止義務条項に関連する訴訟原因に関しては、執行可能とされています。
- 本規則の不適用に関する誠実な信頼:本規則の適用がないと信じる誠実な根拠がある場合には、競業避止義務条項を執行すること、または執行しようとすること、あるいは競業避止義務条項について表明することは、禁止されていません。
なお、本規則と州法との関係ですが、本規則と抵触しない範囲では、競業避止義務の規制を行う州法は有効であるとされています。そのため、企業は、本規則では規制されていないものの、州法に基づき規制されている事項については、引き続き遵守する必要があります。
罰則
本規則への違反は、「商業における、または商業に影響を与える不公正または欺瞞的な行為又は慣行」を禁止するFTC法第5条違反とみなされます。もっとも、不公正な競争方法に対しては、直ちに民事罰やその他の金銭支払義務が生じるわけではありません。FTCは、FTC法第5条(b)に基づく裁定を求めるか、不公正な競争方法を行った当事者に対して連邦裁判所で差止命令を求めることができます。当事者が違反行為の差止めを命じられたにもかかわらず、当該命令に違反した場合には、民事罰が科される可能性があります。
企業に求められる対応
日本法上は、少なくとも現時点においては、競業避止義務に関する規定内容が合理的である限り、独占禁止法に違反せず、民法上の公序良俗違反も構成しないと一般に考えられています。そのため、日本の雇用契約等においては(そして、グループ会社である米国法人の労働者に対しても)、雇用終了後一定期間、労働者に競業避止義務を負わせることもしばしば見られるところです。
しかし、本規則によって、少なくとも米国で働く労働者に対しては、米国内においてこのような義務を負わせることはできなくなりました。米国にグループ会社を有する日本企業や、米国内で雇用等を行っているスタートアップ等は、本規則の施行日までに、以下の対応をすることが求められます。
- 労働者との間の契約(雇用契約、Employment policy等)の内容を確認し、本規則による禁止の対象となる条項が含まれているかどうかを分析する
※ 前述のとおり、non-disclosure条項やnon-solicit条項に関しても、実質的に競業避止の効果を有する条項として禁止されるものに該当しないか、慎重な検討が必要です。 - そのうえで、必要に応じて利用している契約書のひな型やPolicy等を修正する
- 有効な競業避止条項(及びそれと同等の効果を有する条項)を締結している労働者に対しては、当該条項は無効である旨の通知を行う。
※ 前述のとおり、「労働者」には過去の労働者も含まれますので、既に就業関係が終了している労働者についても、競業避止条項(及びそれと同等の効果を有する条項)が有効に存続している場合には通知が必要になります。
また、FTCからは、競業避止条項を撤廃することによって労働者が社外流出するおそれがある場合には、給与を増加させたり、福利厚生を手厚くすることによって労働者の流出を防ぐことが防衛手段として示されています。日本的な発想をベースにすると馴染みがないように感じられるかもしれませんが、アメリカの人材・労働力を活用にするにあたってはこのような発想が必要になるというのも興味深い点だと思います。
前述のとおり、本規則は2024年9月に施行される予定であるものの、係属中の訴訟の動向等によっては、本規則の施行は年単位で遅れる可能性もあります。そのため、ひとまず、現時点では何もせずに動向を見守るというビジネス判断もあり得るところです。もっとも、その場合でも、今後の連邦法や州法の改正動向にアンテナを張り、競業避止条項、勧誘禁止条項、秘密保持条項などの使用にあたっては「法律上の制限が(現時点で、あるいは今後)あり得る」という認識を持つべきでしょう。
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