ブログ
【欧州法務ブログ】フランスの内部通報制度について抑えるべき基礎知識
2024.05.09
現行内部通報制度に関する法律制定までの経緯
フランスにおいては、「透明性、腐敗の防止並びに経済生活の近代化に関する2016年12月9日付法律2016-1691(通称サパンII法)」により、包括的かつ一貫性のある内部通報制度に関する法が整備されました。同法のもと、労働者が50人以上在籍する公法人(管轄人口が1万人以上の市町村、公施設法人、国家行政機関など)や私法人ら(SA、SAS, SCI などをはじめとする法人格を有する会社、並びに、個人が経営する事業体や匿名団体等複数の者が経営する事実上の会社など)は、内部通報制度を整備することが義務付けられました。
しかし、EU公益通報者保護指令が2019年12月16日に施行されたことをうけ、同指令の国内法化を図るべく、主に、保護の対象となる通報事実の見直しをはじめ、通報者の精神面を含めサポートする第三者の保護、段階的通報義務の撤廃などを中心に、サパンII法が改正されました[1]。これにより、2022年9月1日から改正サパンII法に基づく新たなスキームの適用が開始されました[2]。
改正サパンII法は、通報者の保護を強化することにより内部通報制度を活性化することを目的としています。保護される通報者および通報事実の範囲が拡大されたことに伴い、禁止される不利益取扱い[3]の内容も増加しました。そして、通報を妨げるような行為や精神的な圧力をかけるような行為がとられた場合、および通報者を名誉棄損で訴えるなどの報復的訴訟が提起されたような場合、かかる行為を行った者に対する刑罰が加重されました。さらに、通報者が、合法的に知り得た情報が記録された資料及び媒体を会社の資産から抜き取ったり、流用したり、隠匿したりしても、適法な通報を目的とする限り刑事責任が問われないことが明文化され、内部通報制度の実効性が向上されました。
本稿では、フランスにおけるEU指令の取り込みについて、サパンII法の改正ポイントを中心にご紹介します。(以下、改正サパンII法を「サパンII法」といいます。)
サパンII法が定める通報要件
サパンII法では、以下の分野における違反行為についての通報が保護の対象とされています。
- 違警罪[4]を除く犯罪
- 公益に対する脅威または侵害
- フランスが批准・承認した国際条約の違反あるいは違反を隠匿する企て
- 国際機関の一方的行為に対する違反
- EU法令の違反
- フランス法令の違反
ただし、国家防衛機密、医師の守秘義務の対象となる患者に関する情報及び弁護士の守秘義務の対象となる依頼者に関する情報は内部通報制度の対象外であることが明記されています。そのため、これらの秘密情報を開示した者は、通報者の刑事免責を保証する刑法典第122-9条[5]の適用を受けることができず、守秘義務違反について刑事責任を負うことになります。
また、改正前のサパンII法において利益を得る意図でなされた通報は保護の対象とはなりませんでした。ここで言う「利益」とは、金銭的利益を含む「有利になるもの全般」を意味します。このため、使用者と紛争関係にある労働者が内部通報を行う場合、係属中の労働審判を有利に進める意図があると解されるおそれがあるため、労働者が通報をためらうケースが散見されました。改正サパンII法は内部通報制度の利用促進を目指すことから、定義が曖昧な「利益」ではなく、より客観的な判断基準である「直接的な金銭の見返り」を採用し、直接的な金銭的見返りを得る意図をもってなされた通報は保護の対象とはなりません。なお、通報事実が真実ではないと知りながら通報を行った者は、刑法典第226-10条の誹謗中傷罪に問われるリスクがあります[6]。
内部通報者保護の内容
サパンII法の通報者は、通報すべき事実を業務上知り得た 、または、業務上知り得た情報ではない場合には自ら知り得た自然人に限られます。そのため、法人や労働組合などの団体は保護される通報者とはなれません。一方で、内部通報制度の活性化のためには、通報者を精神面でサポートする労働組合、NPO、同僚そして身内などにも保護を拡張することが重要であると判断し、通報者と同じく、これらの者に対する不利益取扱いや報復的訴訟[7]は禁止されています。
不利益取扱いの具体的として、労働関係にある者(従業員及び公務員)については労働契約の解除、降格人事、減給、ハラスメント、労働時間などについての差別的取扱い、有期労働契約の不更新などが挙げられます。取引先、委託先、下請業者など取引関係にある者[8]も保護される通報者と位置づけられており、これらに対する不利益取扱いは、契約の中途解約や許認可の取消処分などです。
不利益取扱いの救済は裁判所において行います。つまり、通報したことにより不当な取扱いを受けたと主張する労働者(公務員を含む)は裁判所に訴えを提起します。権利を主張する原告が立証責任を負うのが民事裁判の一般的なルールですが、内部通報制度に関しては、原告(労働者)が通報事実の認定に足りる事実を提示した場合、立証責任の所在が原告から被告に転換されます。これにより、不利益な取扱いをした使用者(被告)が、労働者(原告)に対する措置は通報が理由ではないことを客観的事実により証明することになります[9]。
内部通報を受けた事業体の対応
通報先機関は、匿名通報の場合を除き、通報がサパンII法の要件を満たしていることを確認する必要がありますので、通報事実を証明する資料の提出を求めることができます。具体的には、通報の受領から7営業日以内に、通報を受領したことを書面で通知し、通報がサパンII法の要件を満たしていないと判断した場合は、通報者にその理由を通知しなければなりません。その後、概ね3か月以内に通報内容の信ぴょう性について評価し、通報された不正等を是正するために講じた、又は、講じる予定である措置について通報者に書面で通知しなければなりません。
なお、改正後のサパンII法は段階的通報制度を採用していないため、通報者は、内部通報をせずに、直接、外部に通報することができます。外部通報先は、通報事実の内容に応じて、当該分野を統括する当局が連絡窓口となります[10]。
通報を受けた者には、通報者の身元や通報の対象となった者の身元及び通報に含まれる第三者の身元をはじめ、収集した情報を厳重に守秘情報として取り扱うことが義務付けられています。かかる守秘義務の実効性を担保するために、守秘義務違反があった場合、身体の自由を拘束する拘禁刑及び罰金が規定されています。通報に関する個人情報がデータ処理される場合、GDPRの規定を遵守して保管することが必要です。
[1] 正式名称「通報者の保護強化を目指す2022年3月21日法律2022-401」
[2] 通報処理にかかる手続は、「通報者からの通報の収集及び処理手続及び通報者の保護強化を目指す2022年3月21日法律2022-401により設定された外部機関のリストに関する2022年10月3日付デクレ2022-1284」により明確化されました。
[3] 通報者に対する報復措置
[4] 犯罪は、その重さによって「重罪Crime」、「軽罪Délit」、「違警罪Contravention」の3つに区分され、違警罪はその中でもっとも軽微な罪です。財産の軽微な損壊や軽度の暴力、道路交通法違反刑罰には拘禁刑がなく、罰金も、重犯を除き1,500ユーロを超えることはありません。公訴時効も1年と短く、管轄裁判所財産の軽微な損壊や軽度の暴力をはじめ、道路交通法違反などがその対象となり、拘禁刑はなく、公訴時効も短く、1年です。
[5] 刑法典第122-9条(抜粋)「サパンII法に従って内部通報を行うにあたり、通報者が、法により保護される秘密を持ち出すことになった場合、かかる漏洩が、公益保護の為に必要な範囲でなされたとき、刑事責任を負わない。サパンII法に従った通報を目的として、通報者が合法的に知り得た情報が記録される資料及び媒体を、抜き取ったり、流用したり、隠匿したりしても、刑事責任を負わない」
[6] 通報事実が通報先機関による調査・裁判において、結果的に確認・立証できなかったことをもって、通報者が悪意を持って通報したとはみなされることはありません。
[7] 通報者を威嚇する目的で、通報者を名誉棄損罪や侮辱罪として訴追するように予備判事に予審開始を請求することや、通報者を裁判所に直接召喚して訴訟を起こすこと
[8] サパンII法のもと、保護される通報者は自然人であることが要件ですので、取引先の法人が通報者である場合はその経営陣が保護の対象となります。
[9] 立証責任の軽減は、差別的な取扱いやハラスメントを受けた労働者など、内部通報以外のシチュエーションでも広く認められています。
[10] 公共工事の入札における談合などはAFA(フランス汚職防止機構)、金融商品やマネーロンダリングなどはAMF(金融市場当局)、公衆衛生に関する不正であればHAS(高等保健機構)、プライバシーや個人情報侵害はCNIL、差別・人権侵害は権利擁護機関などとなっています。
Member
PROFILE
PROFILE