ブログ
【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】12 数値範囲に対する均等論の適用が認められた事例
2024.09.11
はじめに
中国の裁判所は、従来、数値範囲による限定を含む構成要件に対する均等論の適用に、慎重な態度をとってきましたが、本件では、請求項に記載された数値範囲を外れるパラメータを有するイ号製品について均等侵害の成立が認められました。判決では、数値範囲への均等論の適用が認められる条件が詳しく述べられており、実務の参考になります。本件二審判決は、最高人民法院知的財産法廷による2023年知財裁判要旨において、重要判例として選定されています。
中国の裁判所における均等侵害の扱い
(1)司法解釈の規定
中国では、均等侵害の成立要件が、判例ではなく、最高人民法院により公表された司法解釈の中で規定されています。具体的には、2015年に改正された「専利紛争事件審理への法律適用に関する若干の規定」第17条に、以下の規定があります。
第17条:
専利法第59条第1項に規定される「特許又は実用新案権の保護範囲は、請求項の内容に基づいて確定され、明細書及び図面は請求項の内容の解釈に用いられる。」とは、特許又は実用新案権の保護範囲が、請求項に記載された全ての技術的特徴により確定される範囲であって、当該技術的特徴と均等な特徴により確定される範囲を含むことを意味する。
均等な特徴とは、記載された技術的特徴と基本的に同じ手段により、基本的に同じ機能を実現し、基本的に同じ効果を達成し、且つ、当業者が被訴侵害行為の発生時において、創造的な労働を経ずに想到することができた特徴を言う。
また、特に数値範囲を含む技術的特徴に対する均等論の適用については、2016年に公表された「専利権侵害紛争事件の審理における法律適用の若干の問題に関する解釈(二)」第12条に、以下のように規定されています。
第12条:
請求項が「少なくとも」、「上回らない」などの用語を用いて数値的な特徴を定義し、且つ当業者が請求項、明細書、及び図面を読んだ後で、発明又は実用新案が当該用語の技術的特徴に対する限定的な役割を特に強調していると考える場合、権利者がそれと異なる数値的な特徴が均等な特徴に属すると主張しても、人民法院はこれを支持しない。
更に、北京市高級人民法院が2017年に公表した「専利侵害判定指南」第57条にも、以下の規定があります。この「専利侵害判定指南」は、北京市の人民法院に対してのみ拘束力を有するものですが、特許侵害事件について豊富な経験を有する北京市の人民法院が公表したガイドラインとして、他地方の人民法院に対しても一定の影響力を有するとされています。
第57条第1項:
請求項が数値範囲の特徴を採用しており、権利者がそれと異なる数値特徴を、均等な特徴であると主張する場合、一般的には、これを支持しない。ただし、異なる数値特徴が、出願日以降に出現した技術内容である場合を除く。
以上の規定からわかるように、中国の関連法規及び司法解釈では、数値範囲で規定された技術的特徴への均等論の適用には、かなり慎重な姿勢がとられています。
(2)数値範囲への均等論適用に関する裁判例
数値範囲への均等論の適用について判断された重要な裁判例としては、最高人民法院の2013年知的財産十大判例にも選出された、江蘇省高級人民法院(2011)蘇知民再終字第1号判決が有名です。この判決では、「海綿状ニッケルフォームの製造方法」の特許権に対する侵害判断において、電気メッキ用陰極を製作するマグネトロンスパッタリングの前に、「真空度が(1.1~4.7)×10-3mmHg、アルゴン充填後の作業真空度が(2.7~4.7)×10-2mmHg」になるように減圧する、との技術的特徴に対する均等論の適用可否が争点となりました。イ号の製造方法は、「真空度が2×10-2mmHg、作業真空度が(2.0~2.5)×10-1mmHg」まで減圧するものであり、請求項に記載された数値範囲とは、数値が1桁(10倍)異なります。これに対し、再審の最高人民法院は、「請求項の真空度パラメータは明確な境界点のある数値範囲であって、出願人の概括と選択を経て確定されたものであり、均等論の適用は厳格に制御されるべきである。当該範囲との差が明らかな数値を、均等な技術的範囲内に入れてはならない。」として均等論の適用を否定しました。この判決は、数値範囲により限定された技術的特徴への均等論の適用に対する人民法院の慎重な立場を示しており、後に多くの判決文で引用されました。
このような人民法院の判断には、その後、少しずつ緩和の傾向がみられるようになりました。(2018)浙01民初1936号判決や(2019)最高法知民終522号判決等のいくつかの裁判例において、機能や効果の同一性を重視して、数値範囲に対する均等論の適用が認められました。この状況下で、最高人民法院が数値範囲への均等論の適用を認め、更に、重要判例にも選定したのが本件判決です。
事件情報
事件番号:(2021)最高法知行終985号
判決日:2023年4月
上訴人(一審原告):深圳富厚自転車部品有限公司
被上訴人(一審被告):上海永久自転車有限公司
被上訴人(一審被告):広州晶東貿易有限公司
事案の概要
(1)本件の経緯
深圳富厚自転車部品有限公司(以下、「富厚社」といいます。)は、「スリーブ用ロック装置」に関する中国特許第201310348393.0号の権利者です(登録日:2016年8月10日)。富厚社は、上海永久自転車有限公司(以下、「永久社」といいます。)が製造し、広州晶東貿易有限公司が販売する折り畳み自転車のハンドルのロック装置が、上記特許を侵害しているとして、侵害行為の停止、侵害品在庫及び製造設備の廃棄、並びに、100万元の損害賠償金の支払いを求めて、広州知的財産法院に提訴しました。一審判決では、構成要件非充足のため非侵害と判断されましたが、二審判決では、均等論の適用により侵害成立と判断されました。
(2)本件特許発明
本件特許は、折り畳み自動車のハンドルを、高さ調節自在に自転車本体に固定するための、垂直伸縮式スリーブ用ロック装置に関するものです。本件特許の登録時の請求項1は、以下の通りです。なお、審査中に補正された部分に下線を付与しました。
【請求項1】 |
下図は、本件特許の明細書に添付された図2と図4を組み合わせ、構成要件の名称を書き入れたものです。このうち、記号Lで示された、位置決めブロック(9)の平面部分の横幅が、請求項1において数値範囲により限定されている特徴です。
(3)本件特許出願中の補正
本件特許の審査過程において、出願人は、進歩性欠如を指摘する拒絶理由通知への応答時に、請求項1を、「前記位置決めブロック(9)の位置決め平面の横方向の幅(L)は、バンドルリング・クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」との特徴で限定しました(上記の図4参照)。当該特徴について、明細書には、ロックしたスリーブと挿入管との間に隙間が生じてスリーブと挿入管とが互いに回転するのを防止できること、部品の剛度に応じて位置決め平面の横幅を適切に選択してよいことが記載されています。
しかしながら、その後の拒絶理由通知において、当該特徴は当業者が容易に想到可能と認定されたため、出願人は、更に、「前記位置決めブロック(9)の背面は弧形面を形成し、前記位置決めブロック(9)の背面はガイド片(10)を通じてバンドルリング・クリップ(4)の内周壁面と連接しており・・・前記位置決めブロック(9)の背面の弧形面は前記スリープ(7)の内周壁面と接合し、」との特徴で請求項1を限定し、特許査定に至りました。
(4)本件特許発明とイ号品との相違
二審の判決文によれば、富厚社と永久社との自転車のハンドルのロック装置を比較すると、富厚社のロック装置では、位置決めブロックの位置決め平面の横方向の幅(L)が17㎜であるところ、永久社のロック装置では15㎜である点のみが異なります。永久社のロック装置において、位置決めブロックの位置決め平面の横方向の幅(L)15㎜は、バンドルリング・クリップ(4)の内径34㎜の約0.45倍にあたり、請求項1に記載された数値範囲である「バンドルリング・クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍」から外れています。なお、永久社のロック装置は、本件特許の請求項1に記載された他の全ての構成要件を充足しています。
主な争点に対する裁判所の判断
本件の争点は、位置決めブロック(9)の位置決め平面の横方向の幅(L)が、「バンドルリング・クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍」という本件特許の構成要件に対し、「バンドルリング・クリップの内径の0.45倍」という特徴を有するイ号製品が、均等侵害を構成するか否かでした。
(1)一審判決における判断
一審の広州知的財産法院は、均等論の適用を否定しました。その理由は、①明細書では、位置決めブロックの位置決め平面の横方向の幅はバンドルリング・クリップの内径の0.5~0.8倍であると限定されており、特許権者は、当該数値範囲以外の技術について他人が実施することを禁止する権利を有しない、②明細書によれば、本件特許発明の解決すべき課題は、挿入管とスリーブとの間の相対的回転を許容するような小さな隙間を防止することであり、挿入管とスリーブとの連接が密接過ぎる(即ち、Lの値が比較的大きい)場合には製品の外観や操作性に悪影響があり、逆に挿入管とスリーブとの連接がゆる過ぎる(即ち、Lの値が比較的小さい)場合には、位置決めの効果に劣り安全上の問題が生じるのであって、当該数値範囲の特徴は、本件特許発明のポイントである、というものでした。
(2)二審判決における判断
これに対し、二審の最高人民法院は、均等論の適用を肯定しました。判決文では、まず、数値範囲の特徴に対する均等論の適用について、一般論として、「特許又は実用新案中の数値又は連続して変化する数値範囲で限定した技術的特徴について、均等論の適用を絶対的に排除するべきではない。言い換えれば、当業者が請求項、明細書、及び図面を読んだ後で、発明又は考案が数値又は数値範囲の技術的特徴に対する限定作用を特に強調していると認識する場合を除いては、当業者の立場に立って、関連する数値の差が、数値で限定された技術的特徴の発明全体における作用に実質的な影響を有するか否かを考慮して、均等な技術的特徴を構成するか否かを認定すべきである。同時に、特許請求の範囲は公示性を有するものであり、公衆の利益を保障するために、数値又は数値範囲で限定された技術的特徴に対し均等論を適用する際は、厳格な制限を加えなければならない。数値又は数値範囲の違いが、当業者にとって、基本的に同一の技術的手段であり、実現される技術的機能及び達成される技術的効果が実質的に同一であり、技術分野、発明の類型、請求項の補正等の関連する要素を総合的に考慮して、均等と認定することが公衆の請求項に対する合理的な期待に背かず、且つ、特許権の利益を公平に保護できる場合に限って、均等な技術的特徴と認定すべきである。」と述べています。
次に、本件特許の「位置決めブロック(9)の位置決め平面の横方向の幅(L)は、バンドルリング・クリップ(4)の内径の0.5~0.8倍である」との特徴については、審査過程おいて進歩性が認められず、更に別の特徴で限定して特許査定に至った経緯から、本件発明のポイントではなく、均等論の適用を完全に排除すべきものではない、と認定しました。また、「位置決め平面の横方向の幅をバンドルリング・クリップの内径の0.5倍以上に保つことにより、挿入管の相対的な回転を制限することができる」との記載によれば、当業者は、上記の数値範囲が本件発明において果たす作用は挿入管の安定性の保障であることが理解でき、同じ技術的課題を解決することができる特に接近した数値範囲内の数値は、均等な技術的特徴の範囲に含まれる可能性がある、としました。更に、一審原告の富厚社のロック装置と、被告の永久社のロック装置とでは、位置決め平面の横方向の幅は2㎜しか違わず、このようなわずかな差は、挿入管の安定性に実質的な影響を与えないと指摘し、本件発明のロック装置は精密機器ではなく自転車に使用されるものであり、数値範囲の10%以下の相違は、均等の範囲であると判断しました。
コメント
本件二審判決では、請求項に記載された数値範囲をわずかに外れるイ号製品について、均等侵害の成立が肯定されました。従来の司法解釈や裁判例では、数値範囲で規定された特徴に対し、均等論の適用が一律に厳しく制限されていましたが、本件では、「数値の差が、数値で限定された技術的特徴の発明全体における作用に実質的な影響を有するか否か」を考慮すべきという考え方が示されました。本判決は最高人民法院の重要判例にも選定されており、今後、中国の特許侵害訴訟において、数値範囲に対する均等論の適用が、より柔軟に検討されていくことが期待されます。
Member
PROFILE