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【米国】【特許】冠詞「a」が、「単一」または「1つ以上」のいずれを意味するとして解釈されたかについてのCAFC判例
2024.09.26
はじめに
明細書、特許請求の範囲に使用する用語の選択は、その解釈により権利範囲が大きく変わる可能性があるため、特許ドラフトにおいて細心の注意が払われる点の一つであろう。「1つの(a)」、「前記(said)」といった冠詞が、単一の構成要素を意味するとして解釈されるのか、あるいは複数の構成要素を意味するとして解釈されるのかが争点となった米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)判例(SALAZAR v. AT&T MOBILITY LLC)を紹介し、特許用語の権利範囲解釈について考察します。
事件情報
事件番号(判決日):2021-2320, 2021-2376 (Fed. Cir. April 5, 2023).
対象特許:米国特許5,802,467 「音声および/またはデータの送受信のための無線および有線通信、コマンド、制御、センシングシステム」(出願日:September 28, 1995)
主な争点と経緯
連邦地裁のクレーム解釈の是非が争点となりました。連邦地裁は「生成」、「作成」、「取得」および「生成」する機能を実行する「マイクロプロセッサ(a microprocessor)」と「前記マイクロプロセッサ(said microprocessor)」という用語について、記載された機能「生成」、「作成」、「取得」および「生成」のすべてを実行するように構成された1つ以上のマイクロプロセッサを意味するものと解釈していました。
このクレーム解釈により、被上訴人らの被疑製品は対象特許の権利範囲内に含まれないこととなり、特許権者(上訴人)は、連邦地裁のクレーム解釈とそれに続く非侵害判決を不服として控訴しました。
対象特許‘467号のクレーム1(原文、日本語仮訳)
1. A communications, command, control and sensing system for communicating with a plurality of external devices comprising: a microprocessor for generating a plurality of control signals used to operate said system, said microprocessor creating a plurality of reprogrammable communication protocols, for transmission to said external devices wherein each communication protocol includes a command code set that defines the signals that are employed to communicate with each one of said external devices; a memory device coupled to said microprocessor configured to store a plurality of parameter sets retrieved by said microprocessor so as to recreate a desired command code set, such that the memory space required to store said parameters is smaller than the memory space required to store said command code sets; a user interface coupled to said microprocessor for sending a plurality of signals corresponding to user selections to said microprocessor and displaying a plurality of menu selections available for the user’s choice, said microprocessor generating a communication protocol in response to said user selections; and an infra-red frequency transceiver … protocols.
1. 複数の外部デバイスと通信するための通信、コマンド、制御、およびセンシングシステムであって、 前記システムを動作させるために使用される複数の制御信号を生成するマイクロプロセッサであって、前記マイクロプロセッサは、前記外部デバイスに送信するために、複数の再プログラム可能な通信プロトコルを作成し、各通信プロトコルには前記外部デバイスのそれぞれと通信するために使用される信号を定義するコマンドコードセットが含まれるマイクロプロセッサと、 前記マイクロプロセッサに接続され、前記マイクロプロセッサによって取得された複数のパラメータセットを格納して所望のコマンドコードセットを再作成するように構成されたメモリデバイスであって、前記パラメータを格納するために必要なメモリスペースが、前記コ マンドコードセットを格納するために必要なメモリスペースよりも小さいメモリデバイスと、 前記マイクロプロセッサに結合されたユーザインターフェースであって、ユーザーの選択に対応する複数の信号をユーザーの選択に対応する複数の信号を前記マイクロプロセッサに送信する前記マイクロプロセッサに結合されたユーザインターフェースであって、前記マイクロプロセッサは、前記ユーザーの選択に応答して通信プロトコルを生成する、ユーザインターフェースと、 前記マイクロプロセッサに接続され、…赤外線周波数トランシーバと |
CAFCの判示
CAFCは、連邦地裁のクレーム解釈と非侵害の判決を支持しました。CAFCは、原則として “a”は、“comprising”という限定的でない遷移句(transitional phrase)を含む非限定的クレームにおいて、「1つまたは複数」を意味するとし、“said”は、先に述べられた用語への参照を表しており、複数形の原則(plurality rule)にしたがい、単数を強制するものではなく、複数の可能性も含んだものであると説明しました。なお、この原則への例外は、明細書とクレームや審査履歴が原則からの逸脱を示す場合に生じます。この原則の下、CAFCは本件の「マイクロプロセッサ」という用語は、クレームに記載された機能すべてを実行する少なくとも1つのマイクロプロセッサを必要とすると判示しました。
本CAFC判決では、ヴァルマ裁判(In re Varma)の比喩的説明「1匹の犬を飼っていて、その犬が『転がって棒を取ってくる』とされる場合、2匹の犬がそれぞれ1つのタスクしかできないというのでは十分ではない」を引用して、1つの要素が記載の機能すべてを実行する必要があることが強調されました。
実務への指針
本件が示唆するように、“a”という冠詞が構成要素を修飾するのに使われた場合に、クレームの文脈によっては、単一の構成要素が複数の機能のすべてを実行するものと解釈される可能性があります。したがって、被疑製品の侵害回避を容易にする狭いクレーム解釈を回避するために、従来からの特許ドラフトのよく知られた手法ではありますが、クレーム中に「1つまたは複数の要素(one or more elements)」が所望の機能を実行することを明示的に記載したり、明細書において「ある要素(an element)」は1つ以上の要素を指すことや、列挙する複数の機能のそれぞれを各要素が個別に実行してもよいこと等を明記したりといった対策を講じておくとよいでしょう。このように、特許権者の想定する権利範囲と司法上のクレーム解釈との間に乖離が生じないようにすることが重要です。
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