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横浜に拠点を有することが知財やイノベーションの活動に与える好影響について
2024.11.05
はじめに
イノベーションは、競争の源泉です。各社は、継続的な事業成長を目的として、人材配置・拠点設立・設備投資などを通じて、効率の良いイノベーション創出を目指しています。近年、イノベーションを支えるイノベーションエコシステムの重要性が指摘されており、我が国においても、イノベーションエコシステムの整備が進められています。
2024年9月、WIPO(国際知的所有権機関)から、イノベーションエコシステムに関するグローバル科学技術クラスターのランキング及び分析結果が発表されました(「Science and Technology Cluster Ranking 2024」)。このレポートにおいて、「東京・横浜」が、世界のグローバル科学技術クラスターの1位に、選出されています。
本論考では、上記レポートの内容をご紹介しながら、特に横浜が選出された理由を分析し、イノベーションエコシステムとしての横浜の魅力について解説します。
グローバル科学技術クラスターについて
WIPOによる、グローバル科学技術クラスター(以下、S&Tクラスター)2024のランキングは図表1のとおりです。
図表1 GII S&Tクラスター2024ランキング
WIPOホームページより引用(英・日)
図表1のとおり、「東京・横浜」が、グローバル科学技術クラスターとして、世界1位であると評価されました。続いて2位として「深圳・香港・広州」、3位として「北京」が選出されています。シリコンバレーが有名な「サンノゼ・サンフランシスコ」は、6位と評価されています。トップ15地域のうち、アジアが10地域、その中でも日本は3地域がランクイン(「大阪・神戸・京都」が7位、「名古屋」が15位)しています。
S&Tクラスターは、グローバルイノベーションの最新動向を把握するためのGII(Global Innovation Index)の1つの要素とされており、世界トップクラスの科学技術活動が行われる地域を特定するものとされています。WIPOは、国際公開公報等に記載された発明者の所在地、及び、公開された科学論文に記載された著者に関する情報に基づいて、S&Tクラスターを特定しています。WIPO事務総長のダレン・タン氏は、S&Tクラスターは、強固な国家イノベーションエコシステムの基盤となるものであると言及しています。
このように、S&Tクラスターとして高い評価を得た地域は、イノベーションエコシステムの重要な拠点であると言えます。すなわち、日本を始めとするアジア地域におけるイノベーションエコシステムは、世界の科学技術の発展に強く貢献しており、その中でも、「東京・横浜」は、その拠点として特に重要であると言えます。
では、特に横浜について、イノベーションエコシステムとしての横浜の重要性や魅力を分析します。企業が横浜に拠点を置くことは、イノベーション活動、特に知財活動に好影響を与えるのでしょうか。
イノベーションエコシステムとしての横浜の重要性に関する分析
3. 1 分析1 Top 100グローバル・イノベーター2024選出企業の設置拠点について
Clarivate社では、Top 100グローバル・イノベーターを毎年発表しています。その2024年版が、2024年3月5日に発表されました(英・日)。Top 100グローバル・イノベーター2024に選出された日本企業は、図表2に記載の38社です。
図表2 Top 100グローバル・イノベーター2024選出の日本企業
Clarivate社ホームページより引用
これらの38社のうち、横浜市に研究開発拠点若しくは営業拠点を有する企業の割合は、図表3のとおりです。
図表3:横浜市に設置している拠点の種別の、Top 100グローバル・イノベーター2024に選出された日本企業の割合(グループ会社を含む)
Clarivate社ホームページ及び各社ホームページに基づいて作成
なお、拠点の区分は、各社ホームページ等の公開情報に基づく。
詳細については各社に問い合わせる点があることに留意されたい。
このように、Top 100グローバル・イノベーター2024に選出された38社の日本企業のうち、なんと11社(29%)が、横浜市に研究開発拠点を有しており、同じく11社(29%)が営業拠点を有しています。横浜市に拠点を有している企業は合計で22社(58%)であり、選出された日本企業の半数以上です。グローバル科学技術クラスター1位として選出された「東京・横浜」が、神奈川県内の横浜周辺の地域(川崎市、藤沢市等)をも含むのか明らかではありませんが、これらの地域をも含むとすれば、38社のうち「横浜」に拠点を有する企業の割合は、さらに高くなるでしょう。
加えて、国外企業について見ると、例えば、Top 100グローバル・イノベーター13年連続受賞の韓国のSamsung Electronics及びLG Electronicsは、みなとみらい21地区に研究開発拠点を有し、スウェーデンのEricsson、アメリカのDow及びHoneywellは、横浜市内に営業拠点を有しています。
このように、知財活動・イノベーション活動が高く評価されていることと、横浜市に拠点を有していることとには、一定の相関関係が見られます。
3. 2 分析2 横浜市発の特許出願動向について
次に、地域でのイノベーションの活発さを特許情報に基づいて定量化すべく、横浜市を含む大都市地域について、発明者の居所データに基づいた特許出願数を独自に調査しました。調査では、9地域(「東京都」、「神奈川県横浜市」、「大阪府大阪市」等)を対象に、各地域に居所を有する発明者を含み、かつ、その地域に所在地を有する者を出願人・権利者に含まない、特許出願公開公報・特許公報のファミリー件数の、過去10年間(2014年~2024年)の合計を比較しました。
ここで、「その地域に居所を有する発明者を含み、かつ、その地域に所在地を有する者を出願人・権利者に含まないファミリー」は、その地域におけるイノベーションの活発さを示す一指標であると考えられます。
確かに、例えば、「その地域に居所を有する発明者を含むファミリー」自体も、その地域のイノベーションの活発さを示し得ます。しかしながら、「その地域に居所を有する発明者を含むファミリー」は、例えば、当該地域に本社を構える企業による特許出願を多く含み得ることから、当該ファミリー数には、その地域に所在する本社の数の影響が強く現れることが想定されます。
一方、「その地域に居所を有する発明者を含み、かつ、その地域に所在地を有する者を出願人・権利者に含まないファミリー」の典型例は、出願人・権利者の本拠地とは異なる拠点に居所を構える発明者による発明に係る出願です。ここで、発明者は、企業の従業員(例えば、本社所在地とは異なる地域に設置された研究開発拠点に属する従業員)である場合もあれば、当該企業に属しない者(例えば、大学等の研究者)である場合もあります。
このように、「その地域に居所を有する発明者を含み、かつ、その地域に所在地を有する者を出願人・権利者に含まないファミリー」の数は、その地域におけるイノベーションの活発さを示す指標として、一定の意義を有するものと考えられます*1。
図表4は、9地域それぞれにおける本指標の分析結果です。該当ファミリー数は、上位から順に、東京都で約35,000件、次いで横浜市で約24,000件、大阪市で約11,000件であることが明らかとなりました。横浜市は、東京都に次いで2位であり、3位の大阪府大阪市の2倍以上のファミリー数となっています。
東京都と横浜市の間には1万件超の差があり、東京への集中度、ひいてはイノベーションの活発さが極めて高いことは否めません。しかしながら、横浜市が、3位を大きく引き離して2位にランクインしていることは、横浜市におけるイノベーションの活発さを示す、驚くべき結果と言えます。
さらに、4位の川崎市(約9,000件)と横浜市を合計すれば、東京都に匹敵する件数となります。これは、横浜市や川崎市等を含む、横浜周辺地域がもつ高いイノベーション力を示すと言えましょう。
図表4:9地域における、その地域に居所を有する発明者を含み、かつ、その地域に所在地を有する者を出願人・権利者に含まないファミリーの2014年~2024年の合計数
公開情報に基づいて作成
3. 3 分析3 イノベーションエコシステムの機能要件との関係について
では、横浜がイノベーションエコシステムの拠点として重要視され、また、実際にイノベーションが活発であることの要因はどこにあるのでしょうか。
野村総合研究所*2によれば、イノベーションエコシステムの成長と持続に不可欠な機能要件として、図表5に示される、以下の6機能要件が必要であるとされています。
図表5 イノベーションエコシステムに必要な6機能要件
野村総合研究所作成のレポートより引用
これを横浜に当てはめると、横浜という都市は、6機能要件それぞれを備えていることが分かります。
機能要件 |
横浜市の特徴 |
|
① |
人的資本 |
複数の大学や企業の拠点が多数存在。 |
② |
経済資本 |
特にみなとみらい地区や新横浜駅周辺等には、国内企業・外国企業の研究開発拠点の形成が盛ん。 また、製薬企業の大規模研究開発拠点もある。 |
③ |
インフラ資本 |
東京都心まで30分程度の好アクセス。また、羽田空港が近く、東海道新幹線が止まる新横浜駅もあり、空・陸のアクセスも良い。 充実した宿泊環境、パシフィコ横浜等のコンベンション施設等があり、MICEとしての価値が高い。 鶴見区や東工大すずかけ台キャンパス内等に設置されたスタートアップ向け事業拠点も整備されている。 |
④ |
促進環境資本 |
YOXO BOXを中心とした支援環境がある。 また、2024年11月には、技術系スタートアップの成長支援拠点「TECH HUB YOKOHAMA(テック・ハブ・ヨコハマ)」がみなとみらい地区にオープン予定。 |
⑤ |
ネットワーク資本 |
YOXOの一環としたアクセラレータプログラム等、複数のプログラムが展開されている。 |
⑥ |
文化資本 |
横浜市による社会実証・実装支援プログラムが展開されている。 「開港の街」であり、諸外国からの文化流入及び文明開化を通じた文化・流行の発信地として、新しいものを取り入れるイノベーティブな市民文化が醸成されている。 |
このように、横浜市は、空・陸からのアクセスが良く、また、宿泊環境が充実していることから、横浜外の国内企業・国外企業が拠点を設ける場所として、利便性の高い場所と言えます。
また、東京都心と比較してオフィス賃料が低廉であることから、開放感があり、クリエイティブな執務環境として、あるいは、大規模なスペースを必要とする拠点として、従業員にとっても企業にとってもWin-Winなオフィス形成が可能であると考えられます。みなとみらい21地区を例に挙げると、緑あふれる広い歩道に、現代的なデザインのビルが数多く並んでおり、開放的かつ機能的なオフィス環境が伺えます。また、理化学研究所や横浜市産学共同研究センターがある横浜市鶴見区も、数多くの企業が技術開発拠点を構える地区として有名です。
さらには、市内には複数の大学があり、また、行政によるスタートアップ支援も充実していることから、アカデミアやスタートアップとの共創にも期待できます。
横浜市にはこのような特徴があるため、上記3.1の分析1にて示したように、知財活動に関して高い評価を得ている複数の国内企業・国外企業が、横浜市に拠点を設けていると考えられます。また、3.2の分析2にて示したように、その結果、横浜市における活発なイノベーションの発露として、横浜市発の数多くの特許出願が行われていると考えられます。
むすび
以上のとおり、S&Tクラスターとして「東京・横浜」が選出されたWIPOの記事を皮切りに、横浜におけるイノベーションの活発さとその要因について分析しました。
イノベーション源泉となるアイデアは、事業の成長に重要なIP(知的財産)です。新事業イノベーションの場合、これまで馴染のある技術分野・事業領域とは限りません。また、他社とのコラボレーションの場合には、例えばコラボ先である他社による模倣を防ぐために、自社のIPをしっかりと保護する必要があります。
このように、イノベーションの最先端では、これまでの「常識」が通用しない事態が多く発生します。適切なIP保護、そしてイノベーションに通じた事業成長には、知財専門家である弊所の弁理士・弁護士によるサポートが、非常に重要です。
*1 もちろん、同地域内に有する別拠点から生まれた発明に係るファミリーについて考慮できていない点で、本指標の限界は存在します。また、発明者の居所を一律に出願人の本社所在地とする特許出願も一定数存在する点で、本指標は当該地域のイノベーションの活発さを過小評価している面もあります。本指標は、その地域内のイノベーションの活発さを、その地域外の出願人・権利者の存在(人材・資本等)がその地域内の発明者に作用して創出された、アイデアの数という面から捉えたものであり、かかる点で考慮に値すべき指標と考えます。
*2 野村総合研究所「都市におけるイノベーション創発機能 ~イノベーション拠点都市における価値創造活動の進め方~」(NRIパブリックマネジメントレビュー 2020年4月号)
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