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【米国】【特許】AIの発明者適格性について
2024.11.06
2023年から2024年米国のロースクールに留学中、授業の中で特許に関し様々な議論を行い、そのうち最も私の印象に残った議論の一つは「AIが特許の発明者になれるか否か」です。AI技術の急速な発展に伴い、米国でAIが特許の発明者になり得るか。この問題に対して、ロースクールの教授及び学生のみならず実務家も強く関心を寄せ、様々な意見を持っています。
以下では、現行の米国法及び2024年7月に実行された「2024 Guidance Update on Patent Subject Matter Eligibility, Including on Artificial Intelligence」(以下、「AIガイドライン」とする)に基づいて、米国におけるAIの発明者適格性の現状及び問題点について検討いたします。
米国でAIが特許の発明者になれますか?
この話題について、2024年の米国では依然として議論が続いていますが、現行の米国法において、AIは特許の発明者として認められていません。Thaler v. Vidal (Fed Cir 2022)の判決は、上記立場の法的根拠を明確に示しています。
Thaler v. Vidalは、Thalerが、彼自身が開発したAIシステムである「DABUS」を発明者として特許出願を行った件に関する訴訟です。この事件に関しては、2022年に、連邦巡回区控訴裁判所は、米国特許法の下では「発明者」は自然人でなければならないと判示した上で、AIは自然人ではないため、発明者として認められないという判決を下しました。
一方、余談ですが、AIを発明者として認める国はあるのでしょうか。上記事件に関連するオーストラリアでの訴訟Thaler v. Commissioner of Patentsでは、オーストラリア連邦裁判所は、2021年に一度、発明者が「自然人」に限定されているという明確な法的要件がないことを指摘し、AIも発明者として認めるべきだと判決を下しました。しかし、その後、オーストラリア連邦裁判所の「Full Court」は、2022年に、上記判決を覆し、発明者は「自然人」であるべきだとの見解を示しました。これにより、オーストラリアでAIが発明者として特許を取得する道が閉ざされました。
これに対して、上記案件に関連するThalerの南アフリカでは、AIが発明者である特許出願について、2021年に特許(特許番号「ZA2021/03242」)が登録されています。しかし、これは、南アフリカ特許庁が審査を行わず、申請内容をそのまま登録するという特異なケースにすぎません。
AIガイドライン
(1)AIの発明者適格性への影響
2024年7月に実行されたAIガイドラインは、2023年10月に発令された「FACT SHEET: President Biden Issues Executive Order on Safe, Secure, and Trustworthy Artificial Intelligence」(以下、「AI大統領令」とする)に基づく具体的な取り組みの一つとして位置付けられたものです。
AIガイドラインは、概ね、1)発明者の定義及びAIの役割(自然人としての発明者及び人間の介在)、2)AIによる発明の特許適格性(新規性、非自明性、及び実施可能性要件の評価)、3)特許申請におけるAIの扱い(申請書類の記載方法及びAI影響力の評価)、及び4)特許審査における基準の明確化(審査官のガイドライン及び倫理的考慮)について、詳細な指針を示しました。
ここで、「1)発明者の定義及びAIの役割」という部分は、AIの発明者適格性に最も影響を与えていると思います。AIガイドラインは、現行法では、発明者は「自然人」である必要があり、AIが発明者として認められないことを明確にしています。そのうえ、AIガイドラインは、AIが生成した発明が特許を取得するためには、人間の介在が必要であることが強調されています。人間の介在とは、AIによって生成されたアイデアが人間によって補完又は改良されるか、或いはその発明が人間によって意図的に指導されていることです。よって、AIが発明プロセスにおいてどのように関与したとしても、その結果としての発明が特許を取得するためには、人間の意図的な関与が不可欠であるとされています。これは、AIが発明者として認められる可能性を排除する一方で、人間とAIとの協働によって生まれた発明に係る特許申請では、その発明に対して創造的な貢献を行った人間が発明者として記載される必要があると規定しています。
なお、AIガイドラインは、AIの発明者適格性に関する現行の特許法の限界を示唆しており、将来的に法改正が必要となる可能性を排除していません。AI技術がさらに進化し、AIによる独自の発明が増加するにつれて、この問題に関するさらなる法的議論や法改正が行われる可能性があります。
(2)残った問題
AIガイドラインは、AIの発明者適格性及びAIが生成した発明に関する特許申請の取り扱いについての明確な指針を提供し、特許審査プロセスにおけるAIの役割を明確化することに関する新たな基準が確立されつつありますが、いくつかの重要な問題点を残していると思います。
まず、AIが生成した発明に対する特許権の帰属に関する問題も依然として未解決です。例えば、AIが完全に独立して生成した発明の場合、その発明の特許を誰が所有するのかが不明確です。AIが生成した発明に対する特許申請は人間によって行われる必要がありますが、その場合、特許の権利をAIの開発者、所有者、又は運用者のいずれが持つべきかが明確ではありません。
また、AIの貢献度をどのように評価し、特許の新規性や非自明性の基準に適用するかは、依然として難しい問題です。AIは膨大なデータセットを基に発明を生成することが可能であり、その結果、審査官がそのような発明の特許性を評価する際に、AIの影響をどのように考慮すべきかが課題となります。
さらに、AIガイドラインは、例えば、複数のAIシステムが共同で生成した発明等に対してどのように適用されるべきかを明確にしていません。これにより、特許申請者や審査官がどのようにこれらの発明を扱うべきかに関する混乱が生じる可能性があります。
(3)その他の意見
AIガイドラインに対して、実務家や学者等も様々な意見を述べています。例えば、連邦巡回区控訴裁判所のKara Stoll裁判官(The Honorable Kara Stoll, U.S. Court of Appeals for the Federal Circuit)は、2024年5月24日に開催された「WASEDA-PENN GLOBAL PATENT LAW CONFERENCE」において、AIの発明者適格性は、AIの発明者適格性に係る判例法に基づいて審理することになり、一方で、上記AIガイドラインはその判断の参考にすぎない旨を表明しています。従って、今後、AIの発明者適格性に関する新しい判例が出れば、上記AIガイドラインを覆され、AIの発明者適格性が認められる可能性もあると考えております。
また、AIガイドラインにおいてAIの発明者適格性が認められていないことに対して、反対する見解を持つ学者もいます。例えば、University of Pennsylvania Carey Law SchoolのPolk Wagner教授は、AIを発明者として認めるべきとの見解を表明しています。Wagner教授は、発明家とは、発明の着想に大きく貢献したものを意味するものであるから、AIが、発明の構想、すなわち特許請求の範囲に対して「重要な貢献」をした場合、発明者としての資格があり、AIが発明者になれない特別な理由もない旨を述べています。また、Wagner教授は、多くの場合、AIは共同発明者の要件を満たしているため、AIツールを共同発明者として認めるべきと述べています。
今後の展望
AIが発明者として認められるか否かは、今後の法改正やさらなる判例に依存するでしょう。現在のところ、米国内外での動向は「AIは発明者と認められない」という方向に統一されつつありますが、AI技術の進展に伴い、法的な枠組みが見直される可能性が高いと思います。
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