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米国特許訴訟とNPE(Non-Practicing Entities)
2025.01.27
はじめに
米国特許訴訟の被告となることは企業にとって大きなリスクとなり得ます。特に、NPE(Non-Practicing Entities:発明を自ら実施せず、実施することのない特許から利益を得ようとする者)による訴訟活動は近年も増加傾向にあり、対事業会社の訴訟とは異なる戦略が必要となることから注意が必要です。
筆者は弊事務所制度により2022年から米国ロースクールに留学し、2023年のLLM修了後2024年まで米国法律事務所での研修において、NPE原告訴訟の被告側サポートに携わる機会を得ました。本記事では、筆者の経験や最新の統計データを踏まえ、NPEの活動状況や企業が取るべき対策について解説します。
NPEとは何か
NPEは、自ら製品やサービスを提供せず、特許権を行使してライセンス収入、和解金の獲得を目的とするビジネスを行う者を指します。以下のNPEの例に示されるように、NPEには、高額和解金を追求しがちな組織(PAE)の他、大学や個人発明者等も含まれると解釈されることが多いです。
NPEの例:
- パテントアサーションエンティティ(PAE):特許を取得し、他社に対して特許侵害訴訟を提起することで収益を得ることを目的とする企業。ライセンス供与や訴訟を通じて収益を得ます。イノベーションを阻害する存在という見方もあります。
- 大学や研究機関:研究成果を特許化し、主にライセンス供与を通じて収益を得るが、自ら製品化は行いません。
- 個人発明者:自身の発明を特許化し、主にライセンス供与や特許売却を通じて収益を得ます。
NPE原告の米国特許訴訟の現状
図1に示すように、2024年上半期のNPEを原告とする訴訟件数は前年と比較して増加しています。近年の米国特許訴訟のうち事業会社を原告とする訴訟件数とNPE原告の訴訟件数の割合は、おおむね3対2で推移しており、米国特許訴訟におけるNPEの影響はかなり大きいと言えます。また世界のNPE特許訴訟のうち、9割以上が米国での訴訟であることから、米国でのNPE訴訟の影響度の大きさが分かります。
図1*:米国連邦地方裁判所の特許訴訟に占めるNPE訴訟の割合(全技術分野)
また、図2に示すように、ハイテク分野の訴訟に絞ってみると、NPE原告の訴訟は米国連邦地方裁判所の特許訴訟の8割以上の割合を占めております。
図2*:米国連邦地方裁判所の特許訴訟に占めるNPE訴訟の割合(ハイテク分野)
主要な訴訟地としては、図3に示すように、米国連邦地方裁判所のうちテキサス州東部地区連邦裁判所が最も多くの特許訴訟を抱えており、次いでテキサス州西部地区連邦裁判所が続いています。テキサス州西部地区では2022年7月にAlbright判事への特許案件の集中に対応したケース割当ルール変更後、特許訴訟の件数は減少したもののNPEによる訴訟の割合はいまだ多くなっております。
米国におけるNPEを抑制する流れとして、訴訟資金の透明性を要求する米国連邦地方裁判所が増えている点があります。近年の訴訟ファイナンスの広がりにより自己資金のないNPEが次々訴訟を提起するという問題が発生していました。この問題に対応し、デラウェア地区連邦裁判所では、NPE抑制のために、原告への第三者からの訴訟資金提供に関する開示要求を導入した結果、図3に示すように、NPE件の割合が減少し、事業会社件の割合が多くなっております。このようなデラウェアにおける抑制ポリシーの導入が、他の管轄区域の政策に与える影響は注視すべき点です。
図3*:米国連邦地方裁判所の特許訴訟に占めるNPE訴訟の割合(主な訴訟地)
NPE訴訟の影響と企業の対応策
NPEによる訴訟は、訴訟費用や和解金が高額になることが多く、事業の運営に深刻な影響を及ぼす可能性があります。パテントアサーションエンティティ(PAE)は、2タイプに区分されると言われ、1つ目は詳しく事業内容を精査することなく中小・大企業問わず警告書を送るタイプのもので、送付された警告の妥当性を早期に企業側で検討し非侵害であればその旨を通告する等により、訴訟を免れるケースも多いようです。対照的に、2つ目のタイプは入念な調査の上で大企業をターゲットにすることが多く、手強いと言われております。企業の規模により必要な対策は異なりますが、以下のような代表的な対策が挙げられます。
対策例:
A.特許リスク管理の強化:新製品・サービスについて出荷前に特許クリアランス(FTO)調査を行い、潜在的な侵害リスクを早期に発見・対処することが考えられます。
B.共同防衛グループへの参加:LOTネットワーク(注1) やUnified Patents(注2)、 RPX(注3)などの団体にメンバー企業として参加しNPE対策の情報共有や共同防衛の枠組みを活用する企業もあると言われております。複数の企業が連携してNPEに対抗することで、情報共有や訴訟費用の分担が可能となります。
日本企業への示唆
米国市場で事業を展開する日本企業にとって、NPEによる特許訴訟リスクは避けて通れない課題となる可能性があります。特に、米国はNPE関連の侵害訴訟件数が世界で最も多い国であり、日本企業は、米国での訴訟対応に慣れていない場合もあることからPAEの訴訟活動のターゲットとされる可能性があります。日本企業独自の対策として、上記の対策例A、Bに加えて、現地および日本の知財法務チームの強化等があげられます。
対策例(続き):
C.米国の特許法や訴訟手続きに精通した知財担当のブランチカウンセル、駐在員を配置して米国法律事務所との協力体制を築き、日本の本社知財部においても必要な場合は外部の専門家に有事の前から相談しておき、迅速に米国の知財担当をサポートできる体制を整備することが重要です。
D.日米の知財チームにより、Common Interest Agreementを締結して秘匿特権の下、同業他社の知財部と情報交換、同一のNPEへの無効資料の共有など連携することも考えられます。
このような対策を講じることで、NPEによる特許訴訟リスクを低減し、米国市場での事業展開をより安定的に進めることが可能となります。
まとめ
特許訴訟は企業活動における大きなリスク要因の一つです。特にNPEによる訴訟は、企業リソースを大きく消耗させる場合があります。各企業は最新の動向を常に把握し、適切な特許戦略を策定・実行することで、これらのリスクに効果的に対処することが求められます。
* 図1~3のグラフはhttps://www.unifiedpatents.com/insights/2024/7/22/patent-dispute-report-2024-mid-year-reportのデータに基づき筆者が編成
(注1) https://lotnet.com/
(注2) https://www.unifiedpatents.com
(注3) https://www.rpxcorp.com/
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