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【英国】【商標】商標「SKY」に関する英国最高裁判例(UKSC/201/0181)の紹介
2025.05.01
商標「SKY」を巡る訴訟は、2016年に始まり、2024年11月13日に英国最高裁判所の判決が示されるまでに、8年が費やされた事案となります。その間、「computer software」等の類見出しに含まれる商品・役務を指定することで、商標出願の悪意性が認められ、登録商標は無効になるか、という点に大きな注目が集まりました。
本稿では、訴訟提起から英国最高裁判所の判断が示されるまで、各裁判所が示した判断の変遷を含め、長きに亘る裁判の最終判断を紹介します。
事案の背景
Sky International AG, Sky plc.及びSky UK Limited(以下「Sky社」という)は、商標「SKY」について、複数の英国登録、欧州連合商標(以下、「SKY商標」という)を所有しており、SKY商標を、有料テレビ、ブロードバンド、電話サービス等に幅広く使用していました。
英国出願番号 |
|
商標 |
SKY |
SkyKick Inc. (以下「SkyKick社」という)は、ITソリューションプロバイダー向けに、ダウンロード可能なソフトウェア、IT移行・バックアップ・管理に関連するサービス等を幅広く提供していました。
Sky社は2016年に、SkyKick社に対して、商標権侵害訴訟を提起したところ、SkyKick社は、Sky社はSKY商標の全ての指定商品役務に商標を使用する意思がないため、SKY商標は悪意で出願されたものであり、全部又は一部無効を求めるとして、反訴を提起しました。
以下は、SKY商標の出願の悪意性、有効性について、各裁判所が示した判断になります。
裁判所 |
判断の概要 |
イングランド・ウェールズ高等裁判所 |
SKY商標の指定商品は広範であり、公序良俗に反すると判断し、欧州司法裁判所(以下、「CJEU」という)に質問を提出した。 |
CJEU |
・商品・役務の一部又は全部が不明確であるという理由で、商標登録の全部・一部を無効と判断できない。 |
イングランド・ウェールズ高等裁判所
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SKY商標は、悪意の出願ではない。 |
控訴裁判所
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SkyKickによる部分無効に関する控訴を棄却。 |
争点
英国最高裁判所は、Press Summaryの中で、本件の争点として、
①商標登録出願が悪意に基づいてなされた「悪意の出願」と認定するための根拠およびその認定内容
②SkyKickはSKY商標に関する商標権を侵害したか否か
③英国のEUからの離脱と移行期間の終了が手続に与える影響
以上の3点を争点として挙げていますが、本稿では、最も注目を集めた、①について紹介します。
英国最高裁判所の判断
英国最高裁判所は、商標の有効性を判断するにあたり、「悪意の出願」について、以下のとおり判示しました。
・出願時に真に使用する意図がないにもかかわらず、広範な商品・サービスにわたって商標登録を申請することは、「悪意の出願」に該当し、その場合、商標は無効とされ得る。
・形式的には出願要件や手続規則を遵守していたとしても、その規則の趣旨・目的が達成されておらず、登録を得るために作為的に条件を作り出すことで規則を利用しようとする意図があったと裁判所が認定した場合には、その行為は「悪意の出願」と認められるのに十分な権利の濫用行為となり得る。
・「悪意」は、出願が第三者を害する目的でなされた場合、または「商標本来の目的以外の目的」で商標を取得しようとする意図の下でなされた場合に認められる。こうした意図の立証責任は悪意を主張する側にあるが、出願人は、他者を害する意図や独占権登録による不当な利益を得ようとする意図があったことを示す「客観的で、関連性があり、一貫した指標」が存在する場合には、その出願の商業的合理性を説明できなければならない。
英国最高裁判所は、具体的には、18類に属する「鞭(whips)」や3類に属する「漂白剤(bleaching preparations)」)を提供する真正な意図を有していなかったと認定したものの、「computer software」については、非常に広範で曖昧であるとの判断が示されたものの、そのことを根拠に無効とは判断されませんでした。
その理由は、Sky社は、出願当時、ソフトウェア分野へのビジネス展開を模索していたという背景事情があり、「computer software」を指定したことについて、悪意は認められなかったからという点にあります。
終わりに
英国最高裁判所の判断をまとめると、以下がポイントになると考えられます。
・指定商品・役務の表現が類見出し等の広範な記述である場合、そのことのみを理由に無効であると判断されるわけではなく、無効となるには悪意の立証が必要であることが明確になった。
・悪意の立証の要件、つまり、不誠実な意図(dishonesty)、又は、不適切な目的(improper purpose)の立証が必要であることが明示された。
・無効の範囲は、登録全体に及ばず、部分的であることが明確になった。
上記判断を基にすると、今後も英国で商標出願を行う際に、「computer software」等の類見出しを指定することは可能であり、今回の最高裁判決を受けてもなお、これまでの商標登録や今後の商標出願に、直ちに大きな見直しが求められるものではないと考えられます。
一方で、判決の中では、出願時において、出願人が指定商品・役務の使用予定を明確に立てているとは限らないこと、不使用取消が可能になるまで、一定の使用期間が担保されていることに理解を示しつつも、明らかに使用するとは考え難い商品役務を含む出願に対しては、厳しい見解が示されており、直ちに登録の無効が認められるわけではないものの、悪意の立証の要件を充たす場合は、部分的に商標登録の無効が認められることも明らかになりました。また、英国最高裁判所は「computer software」を広範かつ曖昧と判断したため、類見出しを指定した場合、やはり広範かつ曖昧と判断される可能性はあると考えらます。
このような英国最高裁判所の判断を踏まえると、今後、英国で商標出願を行う場合は、
・実際に使用する商品役務、使用予定のある商品役務を慎重に選定すること
・広い権利範囲を確保するという防衛的な目的に重きを置いた商品役務の選定にはリスクがあること
・類見出しの商品役務を選択する場合は、より具体的な商品役務も指定すること
この様な点に注意を払うことが望ましいと考えられます。
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