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戦う若手法務部員のための基礎講座シリーズ (1)契約書に手を入れる前に
2021.01.27
ある日突然の法務部への辞令。法学部出身でもない私がなぜ?「法律」の右も左も分からない。しかし、そうは言っても、次から次へと仕事が降ってくる。とにかくやるしかない!そんな法務部員の方々に、法務の基礎、そして、法務の面白さを分かってもらうために送る、戦う若手法務部員のための基礎講座シリーズの第一弾です。
はじめに
法務部というと法学部出身の方がほとんどという認識をお持ちの方も多いかと思いますが、我々が普段、お付き合いさせていただいている法務部員の方々の中には、法学部出身ではなく、法務部に配属されるまで、法律というものに全く触れてこなかった方、そして、それでいて今では業界の法律知識のみならず、契約実務に我々以上に精通している方も多いという認識です。
しかしながら、今まで、法律を学んでこなかった方が急に法務部に配属になった場合、「法務部?なぜ私が。」、「法律なんて何も知らないよ」と不安になられる方も多いのではないでしょうか。弁護士の我々が言うのも変な話かもしれませんが、確かに「法律」と聞くと、とっつきにくいイメージがあり、そのような思いを持つことは十分に理解できます。
本ブログでは、主にそんな戦う若手法務部員の方々をメインの読者と想定して、弁護士の目線で考える法務の基礎知識や、法務の面白さといったものを少しでもお伝えしていけたらと考えています。正直、我々のような若輩が偉そうに説けることも少ないのですが、実務の現場で四苦八苦している若輩者だからこそ、若手の法務部員の方々にお伝えできることもあるのではないかと思っています。また、法務部員ではなく、今まさにスタートアップ企業を興したばかりで、全ての契約管理を自分で行う必要がある経営者の方にも同様のことが当てはまるのではないかと思います。
第1回は、(a)新たに法務部員となった方々に取り払っていただきたい先入観、そして、(b)契約書のドラフト・レビューに取りかかる前に、まず考えるべきことについて、お話していきたいと思います。
取り払ってもらいたい先入観
前述のように、「法律」と聞くととっつきにくいイメージがあり、「厳格」、「ミスが許されない」、「難しい」といった先入観を持たれる方も少なくないのではないかと思います。
しかしながら、まず、大前提としてご理解いただきたいのは、「法律」と「契約」はイコールではない、ということです。こう言うと多くの方は「当たり前だろ」と思われるかもしれませんが、実際に我々は、取締役会などの経営会議の場で、新規事業の『契約』が議題に上がった際に、議長から意見を求められた担当以外の方が、「『法律』のことは専門ではないのでよく分かりませんが」と口にされるようなシーンを何度か目にしております。正面から問われれば両者の違いは分かっていても、頭の中で無意識に両者を混合(融合)している方は、意外と少なくないのではないでしょうか。
当然ながら、契約書をドラフトやレビューする際に、「法律」の知識というものは非常に重要です(そうでなければ、我々は職を失ってしまいます。)。しかしながら、誤解を恐れずに言えば、私個人としては、契約書をドラフトやレビューする際に、一番大事なものは、「法律知識」ではなく、「想像力」や「文章読解力・表現力」といった、より一般的な能力なのではないかと思っています(もちろん、他にも大事な能力はたくさんあると思いますし、本来、何が一番といった順番を付けるものでもないのですが。)。こう聞くと、「なんだ。そうであれば、今まで法律を学んでこなかったことは、そこまでのディスアドバンテッジではないな。」と思わないでしょうか。
もちろん、前述のとおり、「法律」の知識というものは非常に重要であり、契約の規定が強行法規(法律が一定のルールを強制するもの)に抵触してしまったような場合には、合意の効力が否定され、場合によっては自社に損害が及ぶおそれもあるため、その意味で、当然適用される法律が何かということを知っておくことは極めて重要です。ただ、それと同時に、契約は意外と自由である、というご認識も持っていただきたいと思います。近代法の基本原則の1つに「私的自治の原則」というものがあり、これは、私人間の法律関係、すなわち権利義務の関係を成立させることは、私人の自主的決定にまかせ、国家がこれに干渉してはならないとする原則です(ここでいう「私人」には民間の法人も含まれます。)。そのため、実際のビジネス上の契約において、特定の法律が私人間の合意内容を規制することは、(おそらく)皆様がイメージとして持たれているよりは少ないと言えるかと思います(但し、対消費者向けの契約やいわゆる規制業種に該当する場合にはこの限りではありません。)。
これらに加えて、「法律を知らないことは、何ら恥ずかしいことではない」という思いも持っていただきたいと思います。今回初めて調べましたが、総務省が平成29年時点で公表した報道資料によれば、e-Gov法令検索内に掲載されている憲法、法律、政令、府省令、規則の数は合計で8,000件以上に及ぶようです。条例、証券取引所の規則、関係当局が公表しているガイドライン等も含まれば、その数はさらに多いことになります。もちろん、実際に企業のビジネスに適用される法令はその一部になるかと思いますが、それでも、膨大な数の法令があることが分かります。当然ながら、どんな超人でも、全ての適用法令を頭に入れることなんてできません。以前にビジネススクールで講演する機会を頂いた際に、学生の方から「日本の法律のうち何パーセントぐらいを分かっていますか?」という質問を受け、とっさに「そもそも日本に法律がどれぐらいあるかも分かりませんが、『頭の中に入っている』という意味で言えば、感覚的には1%もいかないと思う。」という回答をし、学生の方々が驚きと落胆の目をされていたことを覚えています。上記の回答はとっさに口から出たものでしたが、今回、法律等の数が8,000以上あることを認識し、講演内の回答はあながち間違っていなかったな、と感じています。もちろん、私よりも多くの法令が頭に入っている弁護士は世の中にたくさんいるのは間違いないですし、私の上記の回答も、解答を示せる法律の範囲が1%未満という意味ではございませんが、毎日、仕事で法律を扱い、日々勉強を続けているキャリア11年の弁護士であっても、こんなもんなんだと思えば、法務部員の方であっても「法律を知らないことは、何ら恥ずかしいことではない」ということは分かっていただけるのではないでしょうか。
繰り返しとなりますが、「法律と契約はイコールではないこと」、「契約書をドラフト・レビューするときに、一番大事なのは法律知識ではなく、それよりももっと一般的な能力であること」、「契約は意外と自由なものであること」、そして、「法の無知は恥でも何でもないこと」ということは、若手の法務部員の方々にはぜひご理解いただきたいと思います。
契約書に手を入れ始める前に
契約書のドラフトやレビューの依頼が社内の他の部門からきた時、つい、ネットに落ちている雛形を探したり、社内の過去事例を探し出し、真っ先にドラフトを始めたり、レビューに際して、契約書を上から読みながらそのまま手を入れていってしまうことはないでしょうか。もちろん、そのような進め方も決して間違いではありませんし、慣れ親しんだ類型の契約書などであれば、そのような進め方が効率的であることもあると思います。また、契約書の条文が増えていったり、修正履歴が増えてくると、つい、作業が進んでいるという思いが芽生えるため、なるべく早く契約書に手を入れたいという気持ちも理解できます。
しかしながら、何度も同じシチュエーションの契約を作ってきたような場合を除き、実際に契約書に手を入れる前に、幾つかのことを考えてみてほしいと思います。
まずは、当該契約書が関係する一連の取引の全体像を正確かつ慎重に把握することです。
企業が締結する契約においては、その基礎となる取引関係に関係者が多数おり、複雑に利害が絡み合っているものも少なくありません。このような場面では、まず、当該契約書の基礎となる取引関係について、商流や金流を正確に把握し、その中で、今回、作成又は確認しようとしている契約書がどこに位置付けられるものなのか、この契約で達成しようとしているのは、取引全体の中のどのような目的なのか、ということしっかりと把握することが何よりも重要です。例えば、他の企業と共同で新製品を開発・販売しようとするような場面では、原料をどこから仕入れるのか、開発に当たり第三者に外注する場面は出てこないか、また、製品の販売に際して、物流(保管や運送等)との関係でどのような第三者が出てくるか、など、その一連の取引に出てくる、又は出てくる可能性がある関係者をできる限り詳細に把握し、どこまでを今回の契約の中で規定する必要があるかということを考えていくことになります。
同様に、今回、ドラフト、又はレビューの対象となる契約書そのものの利害関係はシンプルだとしても、その契約に係る取引は、自社の全体のビジネス及びその商流の中で、どの部分に含まれる契約なのか、ということを意識することも重要です。
実際に我々もM&Aの法務デュー・デリジェンスを担当する場面などでは、まずは、A3用紙に手書きで、その会社のビジネスの商流・金流の全体像をできる限り詳細に書くところからスタートすることも少なくありませんし、個別の契約書の作成・レビューでも、全体の商流、そしてその中でのこの契約の位置付けというものを常に意識して作業を進めます。
この商流・金流を正確に把握するという作業は、言うほど簡単なものではありません。大きな枠組みを作成することは難しくありませんが、あらゆる利害関係者の関係や取引関係の細部は、意外と見落としがちで、後になって、「ここもフォローする必要があった」と気づくことも少なくないかと思います。
若手の法務部員の方は、トレーニングの意味も含めて、まず、個別の契約を離れて、自社のビジネスの商流・金流を大きな紙に手書きで書いてみるということをお勧めします。会社の事業セグメントが多数あり、それぞれ規模が大きいような場合には、まず、一つの事業セグメントの商流・金流を描くところから始めてみてもいいかもしれません。また、その際には、それぞれの利害関係者群との間のベースとなる力関係(バーゲニングパワー)についても考えてみるとなお良いかと思います(例えば、「業界として、販売チャネルの寡占化が進んでおり、自社にとっての『買い手』の交渉力が強い」、「原料やライセンスインをする必要のある技術などについて、特殊なノウハウや特許等の権利保護があり、自社にとっての『売り手』が強い立場にある」など。)。
そして、その次に考えていただきたいことは、その契約(利用規約のようなものも含みます。)の前提となる取引には、どんなリスクがあり得るのか、そのリスクはどの程度の確率で顕在化するおそれがあるのか、ということです。ここで重要なのは、何といっても、前記2で述べた「想像力」です。もちろん、過去の法務経験が起こり得る紛争類型の連想を助けることも多いかと思いますが、必ずしも経験が必要なものではなく、むしろそれまで法務部門以外で経験してきたことや、一消費者として感じることなども役にたってきます。ここは、本当に時間をかけて考えていいところだと思います。我々弁護士は、過去の経験や裁判例等の知識から、ある程度は、起こり得る紛争類型についての予見力があるかと思いますが、実際には裁判にまでなっていない類型の紛争というものはいくらでもあり、また、コスト等の観点からあまり弁護士に相談されることがない紛争類型というものもあると思います。やはり、業界のことは業界の人が一番知っているし、想像力も働きやすいかと思います。なので、仮に、弁護士に契約サポートを依頼するケースであっても、ここは、法務部員の方に突き詰めて考えてほしいと思うポイントです。
その上で、潜在的なリスクが浮かび上がってきたら、次は、(i)そのリスクのインパクトの大きさや顕在化確率なども踏まえ、(ii)そのリスクにどう対応していくのか、そのうちどこまでをこの契約の中で対処することにするのか(又はしたいのか)ということを考えていくことになります。
リスクの対策としては、大きく、①回避、②低減、③移転、④保有が考えられると思います(もちろん、これ以外の分類の仕方もあると思います。)。例えば、潜在的なリスクが大きすぎ、その低減や移転も十分にできない、という場合には、そもそも、その契約に係る取引を中止して、①回避を図るという選択肢もありますし、そのまま許容可能ということであれば、④保有という選択をとることになります。また、その契約の中で、契約相手方との間で費用負担や賠償責任に関する合意を工夫することで、リスクの一部を②低減又は③移転するという選択肢も出てきます。契約内でのリスクの低減・移転の具体的な方法等については、本ブログの中で、いずれ、個別の契約類型に応じて説明していけたらと思っておりますが、ここでは、契約書に実際に手を入れる前に、潜在的なリスクの把握に努め、それぞれのリスクについての方針を考えるということが重要であるということを意識していただければと思います。上記の③移転との関係では、損害賠償保険への加入なども選択肢に入ってきますので、自社がどのような保険に加入しており、その付保の範囲がどうなっているか、ということは法務部員として明確に認識しておく必要があると言えます。
このようなプロセスを踏むことで、自ずと目の前にある契約書の「目的」・「本質」というものが見えてくることも多いと思いますし、一見遠回りに見えても、上記のような検討を経た上で、実際に契約書に手を入れ始めると、思いのほか効率的に作業が進み、さらに上司との議論も円滑化されることが多いのではないかと思料いたします。
また、上記のような「リスクの洗い出し」、「リスクの算定・評価」、「リスク対策の選択」というプロセスは、まさにリスクマネジメントの重要な一部を構成するものです。大規模な会社では、法務部とは別にリスクマネジメント部やコンプライアンス部があり、会社としてのリスクマネジメントは、それらの部署や経営陣が担当するものという思いを持たれることもあるかもしれませんが、企業のリスクマネジメントはあらゆる部署の人間が意識すべきものであり、特に、法務部は、適法性チェックや新規取引に係る契約書のドラフト・レビューといった作業を通じて、リスクマネジメントの重要な一端を担っているという意識を持っていただければと思います。
最後に
法務部員の方は、社内でも特に守秘性の高い情報を取り扱うことも多く、他の部門の仲間に相談できない事案も多いと思います。また、日常的な業務の中では、営業部や他の部門と意見がぶつかることも少なくないのではないかと推察されますので、ある種の孤独感を覚えるときも少なからずあるのではないかと思います。
しかしながら、前述したように、契約書のドラフト・レビュー業務の1つをとっても、それは、会社に潜むリスクを洗い出し、ビジネスそのものの方向性に大きな影響を与える、極めて重要な業務と言えますし、それ以外の業務を含め、いかなる会社であれ、法務部(法務機能を持つ他の部門も同様です。)は、会社の基幹となる業務を担当する部門と言えますので、その業務は非常にやりがいのあるものだと思います。新たに法務部に配属になった方は、初めての業務に不安を覚えることも少なくないとは思いますが、ぜひ、このようなやりがいのある業務を楽しんでいただけたらと願っております。
我々自身もまだまだ未熟ですが、この連載を通じて、若手の法務部員の方と一緒に成長していけることを願い、今後も、この連載を続けていけたらと思います。
筆者が固定されてしまうと、一方的な見方になってしまうようにも思えるため、今後、所内の様々な弁護士・弁理士と連携しながら、戦う若手法務部員のための基礎講座シリーズを続けていけたらと思っています。
以上