ブログ
【宇宙ブログ】宇宙旅行の法律関係
2021.02.05
はじめに
2021年1月17日、ついに米国Virgin Orbit(ヴァージン・オービット)が、航空機から小型ロケットを空中で打ち上げる「空中発射」に成功しました! 衛星の軌道投入(宇宙空間への突入)まで達成し、同社の打上げシステムは商業運用に向けて大きな成果を上げたことになります。
そもそも、Virgin Orbitとは、様々な事業を展開するVirgin Groupのグループ会社であり、小型衛星の打上げの開発に特化した会社です。他方、Virgin Orbitの姉妹会社であるVirgin Galactic(ヴァージン・ギャラクティック)は現在、商業有人宇宙飛行を実現するというミッションに全力を注いでいます。
Virgin Galacticは、今まで様々なテスト飛行等を行い、数々の成功を遂げてきていますが、2020年12月13日に行ったSpace Ship Two Unity宇宙船のテスト飛行は、宇宙空間には到達せず中断されてしまいました。ただ、宇宙ビジネスにはこのような失敗はつきものであり、このような試行錯誤を繰り返し、そう遠くない未来、一般人が宇宙空間に行けるという宇宙旅行ビジネスが始まります。まずは、手ごろに楽しめる宇宙ということで、地上100km前後の高度まで行き、人類で初めて宇宙へ到達したユーリ・ガガーリンの「地球は青かった」の世界でしばらく無重力空間を楽しんだ後、地上に戻ってくる、という「サブオービタル飛行(弾道飛行)」が導入されます。
なお、一般の旅行者と宇宙飛行士の違いについては、実は、世界的に明確な定義があるものではありません。宇宙条約では、宇宙飛行士を「宇宙空間への人類の使節」とみなしています(宇宙条約(Outer Space Treaty)5条)。もっとも、米国商業宇宙打上法(Commercial Space Launch Act:51 USC §509)では、「乗員(crew)」、「政府の宇宙飛行士(government astronaut)」、「宇宙飛行参加者(space flight participant)」が明確に区別されており、これらの定義からすれば、打上げ機の操作等を行わない単なる旅行者は、米国商業宇宙打上法上は「宇宙飛行参加者」に該当することになります(米国商業宇宙打上法§50902(2),(4),(20))。
宇宙旅行における参加者のリスク
さて、一生に一度は行ってみたいと多くの人が夢見る宇宙旅行ですが、その取引関係を法律的に整理すると、運送人である宇宙旅行事業者(サブオービタルの運航者)が、乗客となる一般人を地上から宇宙空間まで移動させるという「旅客運送契約」という契約関係になると考えられます。
旅客運送契約において、運送人には、乗客や荷物を安全に移動させるという義務が生じますが、宇宙飛行は通常の飛行機等による運送と比べ、様々な高いリスク(墜落や打上げの失敗、宇宙空間滞在に伴う重力環境変化や放射線の影響等)があるため、事業者としては、乗客の死傷等について免責又は責任の軽減をさせたいという意向が生じます。
しかしながら、仮に事業者と宇宙旅行参加者との間でそのような免責に関する合意ができていたとしても、宇宙旅行参加者が宇宙旅行に関するリスクを何も知らずに宇宙へ行き、万が一のことがあった場合に何ら事業者である運送者が責任を負わないということはあまりに宇宙旅行参加者の利益が害されることになります。
したがって、米国では、宇宙旅行に伴うリスクを十分に把握したうえで、宇宙旅行参加者が自己責任のもと参加を決定できるようにするため、事業者は打上げ前に宇宙旅行参加者からインフォームドコンセントを取得する必要がある、という規則が定められています(14 CFR § 460.45 - Operator informing space flight participant of risk)。かかる規則に基づき、事業者は、宇宙旅行参加者に対し、宇宙飛行により死傷のリスクがあること、未知の危険があること、米国政府が宇宙船の安全性を認定していないこと、すべての有人宇宙飛行の事故記録等の情報を提供しなければならず、参加者は、宇宙飛行に関する当該リスクを理解し、ロケットへの搭乗が任意によるものであることを記載した同意書を提出する必要があります。
また、損害賠償責任の免責については、打上げ事業者のライセンスの要件として、打上げ事業者が、宇宙旅行参加者との間で賠償請求権の相互放棄をしていることが要件とされているため(米国商業宇宙打上法§50914(b))、結局、米国商業宇宙打上法に基づくと、宇宙旅行参加者は打上げ事業者には損害賠償を請求できないということになります。
日本においては、2016年11月に成立した宇宙活動法(人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律)では、打ち上げるにあたって許可が必要となる「人工衛星」は、「地球を回る軌道若しくはその外に投入…する人工の物体」と定義されており(宇宙活動法2条2号)、そもそも周回軌道に乗らないサブオービタル飛行に宇宙活動法は適用されません。
さらに、宇宙旅行参加者は、日本の消費者契約法の「消費者」に該当し、当該契約には同法が適用されることになると考えられますので、米国のようなインフォームドコンセントの制度を日本に導入する場合は、消費者契約法の適用を排除するような規定を入れないと、運送人である事業者の損害賠償の責任を免除する合意や、事業者等の故意・重過失により生じた損害に関する責任制限の合意は無効となることが考えられます。
インフォームドコンセントが確保さえされれば事業者の責任制限が認められるとしていいのか、このような考え方が日本に馴染むかという問題はあるものの、リスクを正確に理解したうえでの自己決定であれば一定の合理性はあると考えられ、実際にその運用を進めている米国の制度の在り方は、今後大きな発展が見込まれる「宇宙旅行産業」に対する日本の規律等を設定していくにあたり、大変参考になるものと考えられます。
現在はコロナ禍で海外に旅行することすらままならない世の中ですが、早く世界が落ち着きを取り戻し、海外に行く気軽さで皆が安全に宇宙に旅行に行けるようになる日が来る未来を心から願います。
Member
PROFILE
弁護士 石原 佐知子