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【DXと著作権】リツイート事件判決と実務上の指針
2021.05.26
はじめに
世界でも有数の利用者を擁するSNSのひとつである「Twitter」。
2020年7月21日、このTwitter上での行為と著作物に関する権利の関係について注目を集める最高裁判決がありました。
今回は、SNS上の何気ない行為と著作物に関する権利との関係を考える題材として、こちらの判決を紹介したいと思います。
なお、以下で取り上げるのは、著作者人格権のうちの氏名表示権の侵害に関する論点です。これ以外にも、本判決では発信者情報開示請求に関する論点や、第一審や控訴審を含めると公衆送信権侵害や同一性保持権侵害の成否なども論点となっていますが、本稿では紹介の便宜のため、最高裁判決で論点となった点、特に著作権法に関する論点に限って取り上げます。
どのような事件だったのか
本事件は、写真家であるX(原告)が、何者かによりXの著作物であるスズランの写真の画像を含む投稿(最初のツイート及びその後のリツイート)がされたことによって著作権及び著作者人格権を侵害されたなどとして、Twitter社(被告)に対して、プロバイダ責任制限法(※1)4条1項に基づいて、最初のツイートをした者や、リツイートをした者等の発信者情報の開示を求めた事案です。このうち、「リツイートをした者」の発信者情報開示が認められるか、特に、「リツイートをした者」がXの何らかの権利を侵害しているといえるか、との争点が特に注目を集めました。
(※1)正式名称は「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」
Twitterでは、画像を含むツイートをした場合、タイムラインに表示されるツイートでは画像の全体が表示されるわけではなく、上下や左右の一部がトリミングされたサムネイルの状態で表示され、サムネイルをクリック(タップ)すると元の画像全体が表示される、という仕様になっています(※2)。
Xは、元々自らが写真の隅に入れていた「©(Xの氏名)」という自己の氏名の表示が、リツイートされたツイート(少々ややこしいですが、ここではAがした最初のツイートをBがリツイートしたことによって、Bのタイムラインに表示されることになったツイートをいいます。)ではトリミングによって消えてしまっており、BのリツイートはXの氏名表示権(著作権法19条1項)を侵害するものである、と主張して、Bの発信者情報を開示するよう求めました。
(※2)Twitterの仕様については、谷川・後掲参考文献(7)が詳細に解説しています。
本判決の概要
一つ目の争点は、自ら画像付きツイートをしたわけではなく、そのリツイートをしたにとどまるBが、氏名表示権の対象となる行為である「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)をしたといえるのか、という点でした。
被告であるTwitter社は、氏名表示権の対象となる行為は、複製や公衆送信、頒布といった、著作権法21条から27条に定める著作物の利用行為(財産権である著作権(支分権)の対象行為)に限られるという見解に基づいて、Bは著作権侵害となる著作物の利用行為をしていないから、「著作物の公衆への提供若しくは提示」をしておらず氏名表示権侵害には当たらないと主張しました。
これに対して、最高裁は、著作権法19条1項の文言上、その適用対象は著作権法21条から27条に定める著作物の利用行為に限定されないこと、また、氏名表示権は著作者と著作物との結びつきに係る人格的利益を保護するものであり、その趣旨は、著作権法21条から27条に定める権利の侵害となる著作物の利用を伴うか否かにかかわらず妥当する、として、氏名表示権の対象となる「著作物の公衆への提供若しくは提示」は、著作権法21条から27条に定める著作物の利用行為に限られないと判示し、被告の主張を斥けました。
二つ目の、そして特に注目を集めた争点は、「サムネイルをクリック(タップ)すれば元の(すなわち、Xの氏名が元通り表示されている)画像全体が表示される」ということを踏まえても、BによるリツイートによってXの氏名表示権が侵害されたといえるのか、という点でした。著作権法19条2項では「著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。」とされています。被告であるTwitter社は、リツイートされたツイートでも、画像のサムネイルをクリック(タップ)すれば元の(すなわち、Xの氏名が元通り表示されている)画像全体が表示されるのであるから、Bは「すでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示」しており、氏名表示権侵害はないではないか、と主張したのです。
最高裁は、この点について、①リツイートされたツイート内のサムネイル画像をクリックすれば、Xの氏名表示部分がある元画像を見ることができるとしても、サムネイル画像が表示されているウェブページ(=リツイートされたツイートを含むBのタイムライン)とは別個のウェブページにXの氏名表示部分があるというにとどまり、リツイートされたツイートを閲覧するユーザーは、サムネイル画像をクリックしない限り、著作者名の表示を目にすることはないこと、②また、閲覧するユーザーがサムネイル画像を通常クリックするといえるような事情もうかがわれないことを理由に、リツイートされたツイート内のサムネイル画像をクリックすれば、Xの氏名表示部分がある元画像を見ることができるということをもって、リツイート者(=B)が著作者名を表示したことになるものではないと判示し、こちらも被告の主張を斥けました。
本判決の射程と私見
この最高裁の判断を見て、「画像をリツイートすると著作者の氏名表示権を侵害してしまうのか」と思われる方もいるのではないでしょうか。ただ、そのような考え方を最高裁が採ったとしてしまうと、画像付きツイートのリツイートなどは氏名表示権侵害になるおそれからとてもできず、リツイートを含むインターネットの自由な利用を大きく妨げてしまうことになりかねません。
本判決は、いきなりそのような結論に至る前に、もう少し詳細に検討してみる必要があるように思われます。
① 対象画像の射程
まず、本判決の事例はあくまで「著作者が元の画像に氏名を表示していた場合」のリツイートが問題になった事例であり、著作者名の表示がない元画像をリツイートする場合は、本判決の射程からは外れます(本判決に付された戸倉三郎判事の補足意見もこれを示唆しています。この点を指摘するものとして、田村・後掲参考文献(4)14頁。)。このような氏名表示のない画像のリツイートについては、本判決は何も触れていません。
② リツイートが「著作物の公衆への提供若しくは提示」といえるか
上記の一つ目の争点(リツイートが「著作物の公衆への提供若しくは提示」といえるか)に関しては、従来の裁判例には、支分権に該当しない行為は氏名表示権侵害にもならないと判断した事例もありました(大阪地判平成25年6月20日判時2218号112頁[ロケットニュース24事件])。
しかし、著作権と著作者人格権では保護法益や保護の趣旨が異なり、また、条文上も、氏名表示権には、他の条文にあるような「著作物をその著作権の行使により公衆に提供し、または提示する」(著作権法18条2項1号。下線部は筆者。)といった限定が付されていないことからすると、氏名表示権侵害の対象行為は支分権に該当する行為に限られる、とは考えにくいように思われます(山根・後掲参考文献(1)37頁、田村・後掲参考文献(4)11頁、小坂・後掲参考文献(6)9頁等も同様の結論をとるものと見受けられます。)。
そのため、私見としては、この点の本判決の判断は妥当なものであるように思われます。
③ リツイートによって氏名表示権が侵害されたといえるのか
他方で、上記の二つ目の争点(「サムネイルをクリック(タップ)すれば元の画像全体が表示される」ということを踏まえても、BによるリツイートによってXの氏名表示権が侵害されたといえるのか)についてはどうでしょうか。
まず、被告であるTwitter社の主張は、サムネイルをクリック(タップ)すれば元の画像全体が表示されるのだから、Bは「すでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示」(著作権法19条2項)しており、氏名表示権侵害はない、というものでした。
しかし、本判決も指摘しているように、リツイートされたツイート自体と、クリック(タップ)して表示される(著作者名の表示がある)元画像とは別々のウェブページに表示されており、閲覧者にとっては、リツイートされたツイートを見るだけでは、著作者名の表示を認識することはできないことからすると、「著作者名が表示されている」と認定することにはハードルがあるように思われます。
そのため、私見としては、著作権法19条2項の適用を否定した本判決の判断自体はそれほど不自然なものではないように思われます(※3)。
(※3)この点に関して、例えば音楽の演奏会であれば、演奏の前後に作曲家等の氏名を紹介せずとも、プログラム等に表示しておけば氏名表示権の侵害はないとされていることとの整合性は問題になりますが、本判決でも、「ユーザーが本件各表示画像を通常クリックするといえるような事情もうかがわれない。」という点が指摘されていることからも推察されるように、「通常その氏名表示を閲覧者が目にするといえる」場合には、物理的には著作物とともに著作者の氏名が表示されておらず、別の場所に表示されているにとどまっていても、法的には「氏名が表示されている」と評価できる場合はあるように思われます。
それでは、氏名表示入りの画像付きツイートをリツイートする行為は、基本的に氏名表示権侵害になってしまうと考えるべきなのでしょうか。この点については、本判決で明確に争点とならなかった著作権法19条3項の存在を考える必要があると思われます。
同項は「著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な慣行に反しない限り、省略することができる。」と、①著作者の利益を害するおそれの有無と、②公正な慣行に反しないことの2つの要件を満たす場合に著作者の氏名表示を省略することを認めています。
本判決の事例では、被告であるTwitter社が著作権法19条3項の適用を主張しなかったため、この点は争点となりませんでした。しかし、本来であれば、上記のとおり同項により氏名表示省略が許されるか否かの判断がされるべきであったとも考えられます(同項の適用の可能性を指摘するものとして、山根・後掲参考文献(1)、笹本・後掲参考文献(2)、田村・後継参考文献(3)等)。
私見としては、ツイート上に表示されている画像はサムネイル画像であること、また、サムネイル画像は元画像の一部がトリミングされたものであり、サムネイル画像をクリック(タップ)すれば元画像を閲覧できること等は、少なくともTwitterユーザーにとっては周知の事実であると思われることなどからすると、サムネイルをクリック(タップ)すれば著作者の氏名表示を確認することができる本判決のような事例では、上記①②の要件を満たすものとして著作権法19条3項が適用される可能性も十分存在したように思われます。また、本判決は被告であるTwitter社によって同項の適用に関する主張がされなかったために氏名表示権侵害肯定の結論に至った、一種の事例判断にとどまるものであるとも思われます。
まとめ-本判決を踏まえた実務上の指針
本判決は、ともすれば「リツイートは氏名表示権侵害」と単純化した解釈が拡散されてしまいかねない事例といえますが、このような解釈が広まることは、自由なインターネットの利用(表現活動や情報の発信)を妨げてしまいかねないように思われます。
まずは本判決の正確な理解の上で、自由なインターネットの利用と、著作権や著作者人格権の保護との間で適切にバランスをとる道筋を探る議論を進展させていくことが重要であると考えます。
以下の点を理解した上で、個別のサービスに関するご相談においては、本判決の射程が及ぶか否かを含めて検討することが、実務上の指針になると考えます。
【本判決を踏まえた実務上の指針】
① 氏名表示権侵害の対象行為は、支分権に該当する行為に限られないということ(言い換えると、氏名を何らかの方法で物理的、技術的に隠す行為が広く含まれる)
② サムネイルをクリック(タップ)すれば元の画像全体が表示されるとしても「著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示」(著作権法19条2項)しているとはいえないこと
③ 本判決では、著作権法19条3項が適用される可能性があったにもかかわらず、この点は審理の対象とならないまま結論が導かれており、本判決の射程は限定的であること(実務上は、個別具体的な相談において、著作権法19条3項に基づく検討も必要になること)
<参考文献>
(1) 山根崇邦「写真画像のリツイートと氏名表示権侵害」法学セミナー794号34頁(2021)
(2)笹本哲朗「最高裁重要判例解説」Law and Technology 90号57頁(2021)
(3)田村善之「判批」法律時報92巻11号4頁(2020)
(4)田村善之「リツイートにシステム上伴うトリミングにより著作者名が表示されなかったことについて氏名表示権侵害を肯定した最高裁判決~リツイート事件最高裁判決(令和2年7月21日言渡)の検討~」WLJ判例コラム第213号(2020)
(5)奥邨弘司「リツイートと氏名表示権侵害」法学教室482号64頁(2020)
(6)小坂準記「デジタル時代の著作者人格権」コピライト59巻698号2頁(2019)
(7)谷川和幸「Twitter に投稿された画像の同一性保持権侵害等が認められた事例 Twitter リツイート事件控訴審 (知財高判平成30年4月25日裁判所HP(平成28年(ネ)第10101号))」福岡大学法学論叢63巻2号523頁(2018)
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