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【シンガポール】シンガポール国際仲裁センター(SIAC)の最新事情
2021.06.14
近時、企業間の取引に係る紛争処理手段として、裁判手続ではなく商事仲裁手続を利用するケースが増え、国際取引の場面ではむしろそれがグローバルスタンダードになっています。そして、国際経済におけるアジアの重要性が増すにつれてアジア地域における商事紛争の解決の重要性も増したことから、アジア諸国が国際仲裁のハブとなるべくプロモーションを繰り広げるようになりました。なかでも、シンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre = SIAC)は世界的に評価が高く、いまやアジアを代表する国際仲裁機関としての地位を確立しているといえます。
SIACの最新状況
SIACが2021年3月31日に公表したアニュアルレポート(2020)によれば、SIACにおける過去10年間の申立件数の推移は、以下のとおりです。
(シンガポール・アニュアルレポート(2020)より抜粋)
https://www.siac.org.sg/images/stories/articles/annual_report/SIAC_Annual_Report_2020.pdf
このように、SIACが2020年に新規に受任した件数は、実に1,080件にのぼり、前年の479件から倍以上となりました(このうち国際紛争が1,018件で、全体の94%を占めています)。また、同年の申立てに係る訴額の総額はUSD 8.49 billion (SGD 11.25 billion/日本円で約8765億円)で、前期比4.9%の増額となりました(該当年の末日付け為替レートによる。以下同様。)。
※なお、日本の仲裁機関である日本商事仲裁協会(JCAA)における2016年から2020年までの申立件数は合計72件(国際紛争はそのうちの86%)にとどまっており、2020年は18件です(JCAAのホームページより)。
コロナ禍(特に厳しい制約を伴うシンガポールのコロナ対策下)にもかかわらず、SIACの2020年の申立件数がこのように急増した背景は明らかではありませんが、1件あたりの訴額の平均が前年のUSD30.99 million (SDG 41.81 million/日本円で約34億円)からUSD19.26 million (SDG 25.51 million/日本円で約20億円)に大幅減となっていることから、コロナ禍ゆえに生じた紛争に起因して、比較的訴額が小さな案件が数多く申立てられた可能性があるように思われます。
また、これまで香港を中心に活動をしてきたグローバル企業が、中国による香港への圧力を懸念してその活動拠点を他の地域・国に分散する傾向にある中、シンガポールはその取り込みにも熱心であり、紛争処理についてもシンガポールのSIACに流れているように思われます。
さらに、米国と中国との間で緊張感が高まる中、シンガポールであればいずれにも肩入れすることなく比較的中立性が保たれていると考える企業が多いことも理由の一つと考えられます。
いずれにしても、この数値から見て明らかなように、国際仲裁機関としてのSIACは益々盛況であるといえます。
シンガポールは、裁判所にしろSIACにしろ、その広報活動に大変熱心で、それを裏打ちする充実した設備(各種会議室や最新機器、IT化)が備わっている上、その更なる拡充が続けられています。シンガポール、SIACが国際仲裁機関及び仲裁地として現在の地位を確立した要因としては、当然、アジアのビジネスハブとしての地の利があることや、イギリス法をルーツとする実体法や手続法が安定していること、言語が英語で利用しやすいこと等が挙げられますが、国際仲裁のハブとなることを目指し、国を挙げてプロモーションを実施したことによるところも大きいと思われます。
(SIACを擁するMaxwell Chambersの外観)
国際仲裁のメリットのおさらい
ここで、一般的にいわれる国際仲裁のメリットを整理しますと、以下のとおり、①仲裁判断の執行容易性、②裁判所からの独立性・自立性、③手続きの非公開性・柔軟性・中立性、④紛争解決の終局性・迅速性、を挙げることができます。
① 仲裁判断の執行容易性
現在168か国が締約しているニューヨーク国際条約により、他国での仲裁判断には自国の判決と同様の効力が認められ、自国での強制執行が可能となります。裁判の場合、他国の裁判所が下した判決に基づく自国での強制執行は基本的に認められません。
② 裁判所からの独立性・自立性
基本的に国際仲裁手続に対する裁判所の干渉は限定的であり、国際仲裁については裁判所からの独立性・自立性が認められるのが一般です。
③ 手続きの非公開性・柔軟性・中立性
一定の国については裁判所の中立性に疑問が拭えず(特に政府系企業の場合、自国の企業に有利な判断が行われるのでは?という疑義を拭えません)、また、裁判官の汚職の問題もないとはいえません。一方、仲裁の場合、仲裁人選定に当事者の関与が認められ、中立性への配慮がなされていますし、手続きも当事者の意向を踏まえて柔軟です。また、仲裁手続きは一般の裁判と異なり非公開ですので、特に機密性の高い紛争案件に親和性があります。
④ 紛争解決の迅速性・終局性
一般に仲裁判断に対して不服申立て(上訴)は認められず、裁判のように控訴審を含めた長期的手続は想定されていないため、判断の迅速性・終局性が認められます。
こうしたメリットのある商事仲裁は、その仲裁機関としてのSIACを筆頭に、今度さらに国際取引を巡る紛争の解決手段として一般的なものになっていくことが予想されます。
最後に
近時日本でも、国際紛争をどう解決していくかが喫緊の課題となっており、特許侵害などの知財訴訟において英語の使用を認める国際裁判部新設の検討開始、国際仲裁代理の範囲拡大等に向けた外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法の改正、JCAAによる商事仲裁規則の改正など、政府と民間の両面から国際仲裁の活性化に取り組んでいます。ハード面・ソフト面における整備という点で課題は多いものの、今後、JCAAがSIACのように、仲裁機関として、また日本が仲裁地として、国際紛争の当事者に選ばれるケースが増えることが期待されます。
以上