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【家事ブログ】相続(1)相続が発生した場合に検討、対応すべきこと
2021.07.19
企業のお客様をメインとする私どもであっても、企業経営者、役員、従業員等の方々で相続問題に関して悩まれる方は多く、相続に関するご相談をいただく機会は少なくありません。よく言われることではありますが、それまでは親子関係や兄弟姉妹の関係が良好であっても、被相続人の死をきっかけに遺産相続を巡り関係が悪化し、紛争化することも、残念ながら珍しいことではありません。「遺言書はどこにあるのか、どのような内容なのか」、「長年交流のなかった親族から突然内容証明郵便が届いた」、「実は被相続人に隠し子がいて、相続人として名乗り出てきた」など、いざ自分がそのような状況に陥った時にどうしたら良いのかと悩んでしまうケースは数多く見受けられます。
そこで、相続に関して、誰しもが直面する典型的な問題や、相続財産に非上場株式がある場合の問題等に焦点を当て、全5回(予定)に分けて情報を提供できればと考えております。
はじめに
親や配偶者等が死亡した場合、親族等への連絡、葬儀の準備、死亡届の提出(死亡を知ったときから7日以内)、各種届出など、残された遺族(相続人)がやるべきことは沢山あります。これらの事務手続等に加え、相続等に関して対応すべき事項も多岐に亘っており、期限を含めて一度整理しておくことが大切です。
そのうち、法律上、期限が定められている主な手続として、以下のものを挙げることができます。なお、税務に関しては、別途税務の専門家にご相談いただくことが望ましいと思います。
対応事項 |
期限 |
相続放棄 |
相続開始を知った日の翌日から3か月以内 |
所得税の準確定申告・納付手続 |
相続開始を知った日の翌日から4か月以内 |
相続財産に対する相続税の申告・納付手続 |
相続開始を知った日の翌日から10か月以内 |
遺留分侵害額の請求に関する手続 |
相続開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年以内 |
主として法定期限があり、当該期限内に対応すべき事項は上記のとおりですが、期限がないとしても、遺言の有無、相続人の確定、遺産の範囲の確定等、確認すべき点は多く、原則、これらの事項が確定した上ではじめて遺産分割協議に進むことができます。無事に遺産分割協議に入り、遺産分割を行うための主たる工程例として、下表の手順を踏む必要があります。
対応事項 |
内容 |
①遺言の有無及び内容の確認 |
遺言があれば、遺言の内容に従って相続手続をすることになりますので、まずは遺言の有無及び内容を確認する必要があります。 |
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②相続人の確認 |
法定相続人が誰かを確認する必要があります。多くは、配偶者や子が親族関係を把握していますが、実は被相続人に婚外子や養子がいたといったケースもあるため、戸籍謄本等を取り寄せて正確な親族関係を確認する必要があります。 |
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③遺産の範囲・評価額の確認 |
遺産分割をするに当たっては誰が相続人になるかに加え、遺産の範囲とその評価額を確認する必要があります。相続税申告を行う事案では、相続税申告書を確認することで、相続財産の大まかな全体像が分かります。 |
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④相続するか否かの検討 |
相続は被相続人の権利義務の一切を承継するものですので、被相続人の借金等の債務も承継することになります。したがって、相続財産の全容をみたとき、資産よりも負債が多い状況などがあれば相続放棄をするという選択肢も検討することになります。 |
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⑤特別受益・寄与分の検討 |
例えば、特定の相続人だけが遺贈や(相続財産の前渡しとみられるような)生前贈与を受けていたなどの事情があれば、当該金額については具体的な相続分から控除されることになったり、被相続人の療養看護等を行い、また被相続人の財産の維持等に特別の寄与した場合には相続分の算定を修正することになります。 |
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⑥遺留分侵害額請求の検討(*1) |
例えば、法定相続人であるにもかかわらず、遺言において自分は一切の財産の相続ができないとされていたようなケースでも、一定の法定相続人(遺留分権利者)は、「遺留分」という取り分を得る権利を有しています。自らの遺留分が侵害されたと考える法定相続人は、所定の期間内に、遺留分侵害額請求をするかどうかを検討の上、権利行使する必要があります。 |
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⑦遺産分割(*2) |
遺産分割の対象となる未分割の遺産について、相続人全員で遺産分割の内容を協議することになります。協議がまとまらなければ、法的手続(調停→審判)で解決を図ります。 |
(*1) なお、遺留分については、2019年7月1日に改正法が施行され、遺留分に関する権利行使により遺贈又は贈与の一部が当然に無効となり、共有状態が生ずるという旧法の規律が見直され、遺留分に関する権利を行使することにより、金銭債権が発生するようになりました。これを「遺留分侵害額請求」といいます。
(*2) 相続手続の全体像のイメージを持っていただくために主たる工程例として記載しておりますが、遺言書があり、当該遺言書の中で遺産分割方法の指定がある場合には、遺産分割が不要になるケースの方が多いです。
相続が開始した場合に検討、対応すべきこと
①遺言の有無及び内容の確認
相続手続は、被相続人の最期の意思である遺言があれば、それを踏まえて行われることになりますので、まずは遺言の有無及び内容を確認する必要があります。例えば、金庫に自筆証書遺言が入っているかもしれませんし、公正証書遺言が作成されており公証役場に保管されていることも考えられます。
平成元年(1989年)以降に作成された公正証書遺言であれば、遺言者の死後、相続人が最寄りの公証役場で手続をとることにより、遺言を検索することができます(遺言の検索を請求できるのは、遺言者の生前は遺言者本人のみ、遺言者の死後は当該遺言について法律上の利害関係のある人に限られます。)。また、令和2年7月10日には、自筆証書遺言を法務局において管理・保管する制度(※)も開始しています。
※自筆証書遺言書保管制度: http://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html
遺言は、重要な法的効果があるだけに、その方式等については法律で厳格に定められています。遺書の方式や遺言者の意思能力の有無等を巡り、遺言の有効性が争われるケースも多いため、次回以降のブログでご紹介します。
②相続人の確認
相続人の範囲については、まずは民法の定めに従って確認することになります。
配偶者は、常に相続人となります。一方、配偶者以外の相続人(血族相続人)には順位があり、第1順位は子(又はその代襲相続人である直系卑属)、第2順位は直系尊属、第3順位は兄弟姉妹(又はその代襲相続人である甥・姪)です。
配偶者相続人と血族相続人がいる場合の法定相続分は、以下の表のとおりです。
相続人 |
法定相続分 |
備考 |
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① |
配偶者と子の場合 |
配偶者:子 1/2:1/2 |
子が複数の場合、それぞれの子の法定相続分は、子グループの法定相続分2分の1を子の数で按分して算定します。 |
② |
配偶者と直系尊属の場合 |
配偶者:父母 2/3:1/3 |
親等の異なる直系尊属の間では親等の近い者が相続資格を取得します。 また、例えば父母が両方生存している場合、各人の法定相続分は、直系尊属グループの法定相続分3分の1を2名で按分して算定します。 |
③ |
配偶者と兄弟姉妹の場合 |
配偶者:兄弟姉妹 3/4:1/4 |
兄弟姉妹が複数いる場合、各人の法定相続分は、兄弟姉妹グループの法定相続分4分の1をその兄弟姉妹の人数で按分して算定します。 |
代襲相続 |
相続人となるべき子どもや兄弟姉妹が相続開始前に死亡しているときや欠格・廃除によって相続権を失ったときは、その人の子(つまり被相続人の孫や甥・姪)が代わりに相続人となります。これを「代襲相続」といいます。 なお、子どもについては再代襲相続も認められており、代襲相続人たる孫に代襲相続原因(相続開始前の死亡、欠格又は廃除)があれば、その孫の子(被相続人のひ孫)が代わりに相続人になります。他方、兄弟姉妹については、再代襲相続は認められておらず、兄弟姉妹については、甥・姪までしか代襲相続は生じません。 |
相続の順位と法定相続分については上記のとおりとなります。基本的には相続人が把握していないような相続人はいないと思われるかもしれませんが、実務上は、相続開始後に当事者が把握していなかった相続人の存在が判明することも珍しくはありません。典型的には、被相続人が離婚した後再婚し、新たに配偶者や子を持っていた場合や、隠し子の存在が判明する場合などが想定されますが、これに限りません。
他にも、被相続人が養子縁組をしている例(例えば、節税のために、特定の子の配偶者や、孫と養子縁組する例など)もありますが、養子は法定相続人となり、他の子の具体的な法定相続分の減少を自ずと招くことから、他の子から、当該養子縁組は(被相続人の意思無能力等を理由として)無効であるなどと主張されることもあります。
我々弁護士が相続に関する相談を受ける際も、最初の段階で、被相続人及び相続人の戸籍謄本一式を収集・検討し、相続人の範囲を確認することになります。この相続人の確定作業は、相続において最も基本的かつ重要な初期のステップとなりますが、必ずしも容易ではないケースもある上(例えば、兄弟姉妹が相続人となるケースでは、被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本だけでなく、被相続人の両親の出生から死亡に至るまでの戸籍(除籍)謄本を確認する必要があり、やや複雑となります。)、後の手続きの大前提となるため、この段階から弁護士などの専門家にご相談されることをおすすめします。
③遺産の範囲・評価額の確認
相続人間で遺産分割協議をする前提として、分割の対象となる財産の範囲及びその評価額を確認する必要があります。
仮に遺産の範囲は確定できたとしても、遺産の中に、例えば不動産や非上場株式がある場合には、その評価額につき相続人間で意見の一致が見られず、遺産分割協議が難航することも多くあります。
④相続するか否か(相続放棄)の検討
「相続」と聞くと、死亡した被相続人の預貯金や所有不動産、有価証券のようなプラスの財産のみを承継するようなイメージをお持ちの方もいるかもしれませんが、相続人は、被相続人の権利義務の一切を承継することになりますので、借入金債務などマイナスの財産も承継することになります。そのため、被相続人が多額の負債を抱えているケースなど、遺族が相続を望まないケースもあります。
そこで、民法では、相続人は、
(a)単純承認(積極財産・消極財産のいずれも全て承継する)
(b)限定承認(消極財産については相続により得た財産の限度でのみ弁済する)
(c)相続放棄(積極財産・消極財産のいずれも承継しない)
のいずれかを選択することができるとしています。但し、その選択は、相続開始を知った時から3か月以内(この期間を「熟慮期間」といいます。)に行わなければなりません。
もっとも、被相続人の財産状況の把握に時間を要するケースなど、3か月以内に上記の選択をすることが困難な場合もあります。そのような場合には、相続人は、家庭裁判所に申立てを行うことにより、熟慮期間を伸長(通常は3か月程度の伸長)してもらうこともできます。
なお、相続放棄を検討している相続人においては特に留意が必要ですが、例えば、相続財産を隠匿したり、処分したりしてしまうと、当該相続人は単純承認したものとみなされてしまいます。具体的にどのような行為をすると単純承認をしたものとみなされるのかについては、法的評価を伴うため、予め専門家にご相談されることをおすすめします。
⑤特別受益・寄与分の検討
遺産の範囲及び評価額について概ね定まったとしても、例えば、ある相続人だけが被相続人から多額の資金援助をしてもらっていたとか、自分が被相続人の面倒を一番良く見ていたなどの主張がなされ、特別受益や寄与分について争われることもあります。そのような事態となると、当事者間の感情的な対立は激化し、あらゆる過去の事実について、各当事者から主張の応酬が繰り広げられる例も見受けられますが、特別受益及び寄与分の該当性については、法的な見地から検討することが必要になります。
⑥遺留分侵害額請求の検討
例えば、被相続人が死亡し、法定相続人が子A、子B、子Cの3人であるというケースで、被相続人の遺言が「全財産を子Aに相続させる。」との内容であった場合、子Bと子Cは財産を全く相続できなくなるのでしょうか。民法は、遺族の生活保障及び遺産形成に貢献した遺族の潜在的持分の清算などの趣旨で、「遺留分」という、遺留分権利者の最低限の取り分を認めており、かかる遺留分が侵害された場合、その侵害額の請求ができるとしています。
もっとも、かかる遺留分侵害額の請求は相続の開始及び自らの遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った日から1年以内(ただし、相続開始後10年以内)に行う必要があります。この観点からしても、自らの遺留分を侵害するような財産処分行為が被相続人によりなされていないかの確認は、速やかに行う必要があります。
なお、仮に法定相続人の中で遺留分が侵害された者がいる場合には、遺留分侵害の問題も⑦の遺産分割協議においてまとめて協議して解決できるのが理想ですが、それが難しい場合には、⑦の未分割遺産に係る遺産分割とは別に、遺留分侵害額請求の手続をとることになります。
⑦遺産分割(遺産分割協議)
上記①から⑥等の検討を経て、相続人は、遺産分割の対象となる未分割の遺産があれば、それについて遺産分割協議を進めることとなります。相続人間の協議(任意の話し合い)で遺産分割協議が成立すれば理想ですが、現実はそう簡単にはいかず、遺産分割調停の申立てがなされ、裁判所のもとで遺産分割の手続を進めることになる例も珍しくはありません(なお、上記(*2)でも触れたとおり、遺言書において全ての遺産につき遺産分割方法の指定がなされ、未分割遺産がないような場合には、遺産分割協議自体が不要になります。)。
相続人の範囲や遺産の範囲など、遺産分割の前提問題に争いがある場合には、原則として、遺産分割調停の前に、訴訟を提起して当該前提問題について決着を図る必要があります。また、例えば、被相続人の生前に、被相続人の預金が一部の相続人によって無断で引き出されており、使途不明金が存在するなどの理由で、当該相続人に対して不当利得返還請求がなされるケースなども、最終的には訴訟での解決が必要になる事件類型です。このような複雑なケースについては特に、早めに弁護士にご相談ください。
ご相談いただくに際して
相続に関するご相談をいただくに際しては、相続人関係図(戸籍謄本、除籍謄本)、遺言書、相続財産が確認できる資料(相続税申告書や不動産登記簿、預金通帳又は取引履歴等が想定されます)、主要な事実を時系列順に記載したメモ等をご準備いただくと、スムーズとなります。
次回予告
本稿では、相続シリーズの初回として相続手続の概要、及び主として問題となる点について触れましたが、次回以降、遺言の方式や内容等、遺産分割、遺留分や特別受益・寄与分の制度、最近の改正内容等について掲載していきたいと思います。