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【宇宙ブログ】歴史的瞬間を伝える人工衛星
2021.08.23
はじめに
先日、コロナ禍での東京2020オリンピック競技大会が、幕を下ろしました。開催には賛否両論あり、ほとんどの競技が無観客、そして、競技会場の外ではコロナ感染者数がこれまでにないスピードで増加するなど、すべてが歓迎できる状況というわけではありませんでしたが、それでも、この大会に向けて人生をかけてきたアスリートの姿は、私たちの記憶に残るものとなったのではないでしょうか。このアスリートたちの姿は、人工衛星を介した衛星放送により世界中に伝えられました。今日は、この衛星放送について少しご紹介したいと思います。
衛星放送について
まず、この衛星放送と比較して、地上波放送についてご紹介したいと思います。地上波放送は、テレビのリモコンの「地上」といったボタンを押すと、視聴可能なチャンネルが表示されると思いますが、これは、放送局が地上に設置された中継所を経由して各家庭に向けて、映像及び音声データを載せた電波を送信し、各家庭でこれを受信して視聴が可能となるもので、電波の送信には、人工衛星ではなく地上の施設を用いることから地上波放送といわれています。筆者にとっては、次に説明する衛星放送よりも地上波放送を見る機会の方が多いのですが、地上波放送は、電波の直進性(障害物が何もなければ直進するという性質)のために、ビルや山などの障害物があるところでは、電波は反射したり透過したりするため、受信したい地域での受信が困難となって、場合によっては視聴ができないこともあるというデメリットがあります。
他方、衛星放送は、放送局が人工衛星に向けて発射される電波に映像や音声データを載せて送信し(アップリンク)、それを受けた人工衛星からの電波を各家庭に設置された受信機で受信して視聴することができ(ダウンリンク)、放送専用につくられた放送衛星(BS:Broadcasting Satellite)を使用するBS放送と、当初は電話等の通信を行うことを目的に作られた通信衛星(CS:Communication Satellite)を使用するCS放送の2種類があり、BSアナログ放送は平成元年に開始され、CS放送は平成4年に開始された比較的新しい技術です(とはいっても、もう30年前後となりますが。)。この衛星放送は、山間部や島嶼地域が数多くある我が国においては、人工衛星の軌道位置から一波で日本全国をカバーすることができるという特色が非常に有効であり、また、各家庭に設置された簡易な受信設備により受信が可能であるため、経済的かつ効率的に全国放送を実現できるという特色を有しているとされています。この点から、地域によっては、地上波放送のチャンネル数が少ない地域ほど、衛星放送の普及率が高い傾向にあるというデータも出ています。
人工衛星の国際登録について
このうちBS放送の周波数及び人工衛星の軌道は、国際電気通信連合(ITU)に登録することで利用が可能となります。登録に際しては、もともとITUが各国に平等に周波数と静止軌道を割り当てるプランという制度と、各国の必要性から関係各国間で行う周波数の国際調整によって登録する制度があります。
上記の通り、衛星放送は、日本全国を一波でカバーできることから放送業務に適したものであるものの、他国の人工衛星から発射される電波によって干渉を受ける可能性があります。したがって、あらかじめ割り当てられた軌道及び周波数を利用するか、または、相互に干渉を及ぼす可能性のある国家間で事前に周波数調整を行うことが必要になります(ちなみに、衛星放送用の人工衛星のみならず、その他の小型衛星等についても、事前に国際周波数調整が必要となっております。)。
衛星放送の歴史と東京オリンピック・パラリンピック
このようにして宇宙へと打ち上げられた人工衛星により、映像データは日本国内にとどまらず外国にも送られることになりました。人工衛星を通じて外国に映像が伝送されたのは、BS放送が本格的に開始されるよりも25年ほどさかのぼり、東京オリンピックを翌年に控えた1963年、日本では初めて、人工衛星を通じて米国から日本に映像が伝送されました。当初の予定では、当時のケネディ米国大統領の挨拶の様子がテスト信号として送られてくることになっていましたが、ケネディ米国大統領が暗殺されたという映像が中継されたそうです。
そして、いよいよ1964年の東京オリンピックでは、日本から米国に対し、東京オリンピックの映像を生中継で伝送することに成功しました。夏のオリンピックで初めて衛星を用いて映像が世界に届けられたのが、この東京オリンピックだったそうです。
当時の中継は、東京の放送局からマイクロ回線によって茨城県鹿島まで映像データが送られ、パラボラアンテナで電波に載せて、人工衛星である静止衛星シンコム3号に向けて発射され、シンコム3号がこれを受信すると、米国太平洋岸に発射し、米国太平洋岸に設置されたパラボラアンテナで受信されました。そして、かかるパラボラアンテナで受信された映像データは、映像データとは別に、太平洋同軸ケーブル(海底ケーブル)で米国に送られた音声データとともに、米国及びカナダに送られ、中継による放映が可能となりました。ちなみに、欧州各国へは、米国で録画されたビデオテープが空輸により送られ、欧州各国で放映されたそうです。
1964年東京オリンピックでの人工衛星による外国での中継放送の成功から、実際に衛星放送の実用化が始まるまでは、上述のとおりそれなりの時間を要しました。BSアナログ試験放送が開始されたのは1984年、そして、BSアナログ放送が本格的に始まったのは1989年(平成元年)です。その後、2000年にBSデジタル放送が開始、2011年にBSアナログ放送は終了し、衛星放送も完全にデジタル化を果たしました。
前の東京オリンピックから57年。今年開催された東京2020オリンピック競技大会でも数多くの歴史的な瞬間が、人工衛星を使って生中継で国内外において放映されました。これまで私たちがよく目にしたハイビジョン放送だけではなくスーパーハイビジョンといわれる超高精細映像の4Kと8Kという新たな規格の技術が用いられ、これにより、より高精細で立体感、臨場感のある映像を自宅で楽しむことも可能になりました。この4Kと8Kの超高精細映像の衛星放送は、株式会社放送衛星システムが管理するBSAT-4a、BSAT-4bやスカパーJSAT株式会社が管理するJCSAT-110Aの人工衛星によって実現が可能となっています。
8月24日から始まる東京2020パラリンピック大会でも、衛星放送により、生中継で感動の瞬間を見られることを期待して、テレビの前で応援したいと思います。
総務省「衛星放送の現状」[令和3年度第2四半期版]
https://www.soumu.go.jp/main_content/000730686.pdf
関東総合通信局「衛星放送の概要」
https://www.soumu.go.jp/soutsu/kanto/bc/bs/eisei/index.html
株式会社放送衛星システム「日本の衛星放送(BS)の周波数 アナログBSから新4K8K衛星放送まで」
https://www.b-sat.co.jp/wp/wp-content/uploads/2021/02/b280a35fa926bd81993be639db3ba03d.pdf
国立研究開発法人情報通信機構「NICT鹿島宇宙技術センターと衛星通信」
https://www2.nict.go.jp/sts/stmg/topics/2020MemorialCeremony/PublicLect/Takahashi-l3.pdf
国立研究開発法人情報通信機構鹿島宇宙技術センターウェブサイト
https://ksrc.nict.go.jp/kids/about.html
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