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【スマートシティ連載企画】第9回 自動運転と民事責任
2021.10.26
TMI総合法律事務所 スマートシティプラクティスグループ
弁護士 小林 真佐志
はじめに
自動運転については、国内外における多くのメーカーが自動運転システムに係る技術開発や公道実証実験を行うとともに、その実用化や普及に向けた取組が進められているところです。このような自動運転の実現は、一般的に人間のみが行う運転よりも安全かつ円滑な運転を可能とするとされていることから、自動車事故の削減や交通渋滞の緩和、環境負荷の軽減等が期待できることに加え、MaaS(Mobility as a Serviceの略称)にも影響を与えるものと考えられます。
現在でも運転支援システムが搭載された部分的な自動運転を実施するような自動車が市販されていますが、最終的には完全自動運転化された、自動運転システムがすべての運転タスクを実施し、利用者が何らの対応をすることも期待されないレベルのものが出てくることが想定されています。これまでは、交通事故が発生すると、基本的には運転者の過失が問題となっていましたが、自動運転が一部でも実現されると、自動車メーカー等自動運転に関わるメーカーの責任も問題になることが想定されます。
このような自動運転車に関わる各主体の責任関係(民事・刑事)をどのように考えるべきか議論がなされており、国土交通省は、「自動運転における損害賠償責任に関する研究会報告書」(2018年3月)(以下「研究会報告書」といいます。)をまとめるなど、その後も引き続き検討されています。
そこで、今回は自動運転に関わる民事上の責任の議論の状況を中心にご紹介します。
自動運転車による事故と民事上の責任
(1) 自動運転と自動車損害賠償保障法
自動車による人身事故に関しては、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」といいます。)があり、自賠法は、被害者の救済を目的として、以下の3つの要件を運行供用者(自己のために自動車を運行の用に供する者。主には自己のために運転する運転者や自動車の所有者が該当します。)が立証できなければ、運行供用者に責任を負わせることとしています(自賠法3条)。
①自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと
②被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと
③自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったこと
この規定により被害者の立証責任が緩和されるため、運行供用者は事実上の無過失責任を負うと考えられています。
これを前提に、自動運転車による事故の場合における運行供用者責任について、研究会報告書では、以下の表のうちレベル1から4までの自動運転車については、何らかの形で利用者が対応を求められることが想定されるなど、自動車運転についての支配とそれによる利益を得ていると考えられること等を理由に、当面はこれまでの運行供用者責任を維持し、運転者等、いわゆる運行供用者に一次的には責任を負わせることができると整理されています。
(出典)【平成31年度経済産業省・国土交通省委託事業】「自動走行の民事上の責任及び社会受容性に関する研究」(2020年3月、株式会社テクノバ)4頁より抜粋
上記により、運行供用者が被害者に賠償を行った場合でも、事故の原因が自動運転システムの欠陥に起因する場合も出てくると考えられ、最終的には同欠陥を作出した自動車メーカー等が責任を負うべき事例も出てくると考えられます。その際には、運行供用者や自賠責保険の保険金等を支払った保険会社が、被害者に支払った金額の求償をメーカー等に対して行うことになります。
なお、レベル5の完全自動運転化に至ると、いわゆる運転者がいないので、従来の運行供用者は観念できなくなるとも考えられ、研究会報告書でも整理の対象外となっています。そのため、このような場合の扱いに関しては、今後の自動運転技術の発展に伴い、立法論を含め議論されていくことになる見込みです。
(2) 自動車メーカー等の製造物責任
自動運転技術の導入・発展に伴い、従来よりも運転者による運転への関与が減り、事故の原因が自動運転システムの欠陥に起因するものとして、自動車メーカー等の製造物責任が問題になる事例が増えることが予想されます。
製造物責任法(PL法)は、製造物の欠陥が原因で生命、身体又は財産に損害を被った場合に、製造業者等に対して損害賠償を求めることができることを規定した法律であり、「製造物」に「欠陥」がある場合には、無過失責任を負うことになります。
この「製造物」とは、「製造又は加工された動産」をいうため、有体物であることが必要と解されています。ソフトウェア自体は無体物であるため、製造物に該当せず、ソフトウェアを組み込んだ部品や自動車が製造物となります。そのため、ソフトウェアの不具合が当該部品や自動車としての欠陥と評価される限り、当該部品メーカーや自動車メーカーが製造物責任を負う可能性があります。この場合、ソフトウェアメーカーは製造物責任を負いませんが、民法709条に基づく不法行為責任や、自動車メーカー等との契約に基づく債務不履行責任を負う可能性があります。
次に、「欠陥」とは、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることを言うとされ、(ⅰ)設計上の欠陥、(ⅱ)製造上の欠陥、(ⅲ)指示・警告上の欠陥に分けられています。自動運転システムプログラムの欠陥の有無の判断がどのような形でなされるべきかは必ずしも自明ではなく、どの程度の安全性が自動運転車の設計において求められるのかも論点になると考えられます。これらの点については、現段階で定まった見解があるものではありませんが、2018年9月に国土交通省自動車局により、「自動運転車の安全技術ガイドライン」が定められ、自動運転車の安全性に関する要件として、10の要件が定められています。したがって、このガイドラインが遵守されているかどうかは一つのポイントになると考えられます。
また、上記(ⅲ)指示・警告上の欠陥に関しては、レベル1以上の自動運転車を提供するメーカー側として、購入者に対して当該車両の機能的限界を含む適切な説明・警告を説明書において記載するとともに、販売店による直接の説明を徹底させるようにしたり、シミュレーター等を用いてわかりやすく説明したりすることも検討する必要があります。
自動運転車による事故において想定される主な事例
(1) ソフトウェアの不具合による事故
ソフトウェアの固有の問題として、アップデートの問題があり、ソフトウェアにバグがあった場合、アップデートで随時バグを解消する措置がとられることが想定されます。ソフトウェアのアップデートが行われれば、当初バグがあったとしても、ソフトウェアメーカーは責任を免れることができる可能性があります。
また、ソフトウェアをアップデートしてもそのアップデートに欠陥があり、事故が発生する場合も想定されます。
現行の製造物責任法を前提にすると、欠陥の判断時期は物である自動車の引渡し時点と解釈されるため、ソフトウェアのアップデートされた時点で製造物責任法上の欠陥の判断を行うことは難しいと考えられています(上記「自動走行の民事上の責任及び社会受容性に関する研究報告書」)。そのため、自動運転車の引渡し後に行われたソフトウェアのアップデートに不具合があって生じた事故については、現時点では、自動車メーカー等に製造物責任を問うことは難しく、アップデートを行った者が、被害者に対して、製造物責任ではなく、不法行為責任を負うこととなると考えられます。
(2) ハッキングによる事故
自動運転システムに対してハッキングされ、運転者ないし自動車保有者とは全く無関係な第三者が無断で自動車を操縦して事故が起きるという事態も想定されます。
この場合は、自動車の保有者や運転者に対して責任を問うことは基本的には難しいと考えられ、研究会報告書では自動車の盗難が行われた場合と同様の状況になるものと整理されています。すなわち、盗難車による事故に関しては、自賠法上、政府保障事業による損害の填補が予定されており、自動車の保有者の運行供用者責任は発生しないとされています。これと同様に、政府保障事業により対応することが妥当と考えられています。ただし、自動運転システムの欠陥が原因でハッキングされたような場合には、最終的には自動車メーカーやソフトウェアメーカー等が責任を負うことが考えられます。
また、自動車の保有者が必要なセキュリティ対策を講じていなかったというような場合には、保有者自身が自賠法上の運行供用者責任を負う可能性はあります。
(3) 地図情報やインフラ情報等の外部データの誤りによる事故
自動運転システムは、地図情報やインフラ情報等の外部データを前提として自動車を運行することが考えられますが、外部データの誤りや通信遮断等により自動運転システムが誤った判断をして、事故が発生することが想定されます。
この場合に、被害者との関係では、まず運行供用者が自賠法上の責任を負うか、具体的には、上記「③自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかった」として運行供用者が免責され得るかが問題となります。
この点について、研究会報告書では、外部データの誤りや通信遮断等の事態を予め想定したうえで、仮にこのような事態が生じても自動車が安全に運航できるように自動運転システムが構築されるべきであると考えられるため、そのような安全性を確保できない自動運転車については、「構造上の欠陥又は機能の障害」があると判断される可能性があるとされています。したがって、一次的には運行供用者が責任を負い、賠償を行った運行供用者や保険会社から、自動車メーカーに対して製造物責任法に基づき求償がなされることになると考えられます。
被害者との関係では、外部データの提供者も不法行為責任を負う可能性があります。
また、外部データ提供者は、自動車メーカーとの間の契約における債務不履行責任や、自動運転車所有者との間で契約関係にあれば同契約の債務不履行責任を負う可能性があります。ただし、債務不履行責任を問う場合には、契約の中でデータの正確性について保証されているか等が問題になり、この点の契約内容には注意する必要があります。
さいごに
以上に述べたとおり、自動運転車による事故における民事責任については、従来の交通事故の枠組みと比較しても、関係者や問題となる法令・論点等が増えることが想定されます。また、今後の自動運転技術の進展や普及状況のほか、海外における法制度の状況等によっても、損害賠償責任については更なる検討がなされることが見込まれます。したがって、引き続きこれらの問題や議論の状況には留意する必要があります。
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