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【欧州法務ブログ:フランス進出・フランス企業買収実施前に知っておきたい基礎知識】 第1回:進出形態について
2021.12.24
はじめに
日本企業が新たにフランスで事業を開始する場合、独自の拠点を設立するか、又は、現地企業との資本・業務提携関係(対象企業の買収を含む)を築くかの二択となります。
フランス貿易投資庁(ビジネスフランス)の発表した最新データによると、フランスには、日本企業の子会社850社が存在し、91,000名の雇用につながっており[1]、日本はアジア最大の対仏投資雇用創出国と位置付けされています。ことに、電器部品、自動車、ソフト・ITの産業部門において、日本企業は、多額のR&D投資を行っています。また、これまでの2国間の貿易統計を見ると、日本からフランスへの輸出額は、同国からの輸入額を大きく下回っており[2]、今後、日本企業がフランス市場を拡張するポテンシャルは高いと見込まれます。
本ブログでは、フランスに独自の拠点を築く際に役立つ基本知識及び具体的な設立手続をご紹介していきます。
法人格を有さない拠点
独自の法人格を有さず、日本企業(親会社)の一部として同一視される拠点は、駐在員事務所(bureau de liaison)及び支店(succursale)です。
2.1 商業活動を伴わない「駐在員事務所」
駐在員事務所は、フランス市場進出の第一歩として理想的な形態です。マーケット及びそれを取り巻く経済状況についての情報収集活動のほか、潜在的顧客や仕入れ先などの取引相手に自社の製品・サービスについて情報を提供したり、一定の広告宣伝活動を行ったりすることができます。商業活動が禁じられていることから、自社の名前で契約を締結したり、インボイスを発行したりすることはできません。
駐在員事務所は独自の法人格を有さず、また、商業活動を行わないことから、法人税(impôt sur les bénéfices des sociétés)・付加価値税[3](TVA)・国土経済拠出金(CET[4])の納税義務者とはなりません[5]。
万が一、商業活動を行ってしまった場合、税法上の「恒久的施設」とみなされますので、一般企業と同様、納税義務が発生することに注意が必要です。 従って、登記に先立ち、商業活動とみなされるおそれのある行為をしておらず、第三者と何ら取引関係にないことを再確認することが重要です。
2.2 商業活動を伴う「支店」
支店も親会社からの派生である点は駐在員事務所と同じですが、支店は商業活動を行うことができます。つまり、第三者と自由に契約を締結することができ、請求書を発行することができます。
その反面、税法上の恒久的施設とみなされますので、企業の利益に対する税および付加価値税が支店に課されることになります。また、設立国においては、「税法上の非居住者」に区分されることから、経理上の特定の費用、利息および納付金を控除することができないなどの差別的な措置の対象となります。さらに、独自の会計帳簿を作成し、毎年、支店を管轄する商事裁判所に対して、親会社の会計報告を提出することが義務付けられています。
2.3 駐在員事務所および支店の登記手続
ご用意いただく書類は下記の通りです。
外国親会社に関する書類 |
|
1 |
法人基本情報:商号、本店地、資本金、会社法人等番号 |
2 |
法定代表者の情報:氏名、住所、生年月日、出生地、国籍 |
3 |
現行定款、及び、そのフランス語訳[6] |
4 |
3か月以内に発行された全部事項証明書、及び、そのフランス語訳[7] |
5 |
フランスの責任者の任命書 |
6 |
フランス事業所の住所の証明書類(賃貸借契約など) |
7 |
手続を行うための委任状 |
駐在員事務所・支店の責任者に関する書類 |
|
1 |
会社との法的関係及び犯罪経歴がないことに関する宣誓書 |
2 |
- EU加盟国の国籍を有する場合:身分証明書又はパスポート |
手続完了まで、10日間程度を要します。
法人格を有する拠点:子会社
親会社と別個の法人格を有する拠点は子会社です。商業活動に最も適した会社形態は、SAS、SARLそしてSAとなります。
3.1 最もポピュラーな会社形態である単純型株式会社「SAS」[8]
定款自治が広く認められる会社形態ですので、親会社のニーズに合わせ、柔軟な経営体制を構築することが可能です。その反面、金融市場において資金調達をすることが禁じられています。将来、公開会社を目指すのであれば、時期を見計らって、所定の手続きを行い、後述するSAに変更することが必要です。
SASは、株主一人で設立可能で、最低資本制度の対象外です。金銭出資の場合、設立時に資本金の半額さえ払い込めば、残額については5年以内に払い込めば問題ありません。必要最低機関は「président」[9](社長)と「株主総会」のみです[10]。2019年5月に施行されたPACTE法により、これまで設置が必須だった会計監査人の要件が緩和されました[11]。
「社長」に加え、「副社長」など、他の経営陣を選任し、その者にも会社を代表する権限を付与することもできます。同じく、経営陣を補佐・監督する「各種委員会」を任意に設置することも可能です。また、株主総会の定足数・過半数についても、法律が定めるもの以外であれば、自由に、定款で規定することができます。
定款作成にあたり細心の注意を払う必要があるものの、子会社設立にあたりSASを推奨するのが一般的です。
3.2 SAS誕生により影が薄れた有限会社「SARL」[12]
SARLも、社員(出資者)一人で設立可能で、最低資本制度の対象外です。金銭出資の場合、設立時に5分の1相当額の払込みさえ実行すれば、残額については5年以内に払い込めば問題ありません。出資者は、株式(actions)ではなく、持分(parts)の所有者となります。
「gérant」と呼ばれる代表者が経営を担います。自然人に限られますが、フランスの非居住者であっても構いません。会計監査人の設置要件はSASと同様です[13]。定時総会において、定足数の定めはなく、過半数の同意をもって可決されます。臨時総会においては、最初の収集時は議決権の4分の1、再度収集時は議決権の5分の1の定足数を要し、3分の2の多数決をもって議決が承認されます。
SASの定款自治の柔軟性及び利便性が広く認められた今日、敢えてSARLを第一選択肢とすることは、まず考えられません。
3.3 大会社・公開会社にふさわしい株式会社「SA」[14]
取締役会「conseil d’administration」を備えるSA[15]と、ドイツ方式を採用し、執行役会「directoire」及び執行役会を監督する監査役会「conseil de surveillance」とに分かれた二元制のSAとの2タイプがあります。金融市場にて資金を調達しようとする場合、SAの会社形態を採用することは不可欠です。
最低資本制度の対象となる唯一の会社形態で、その金額は37,000ユーロです[16]。金銭出資の場合、設立時に資本金の半額さえ払い込めば、残額については5年以内に払い込めば問題ありません。
SAは公開会社となることを想定した会社形態であるため、コーポレートガバナンスの観点から、多岐にわたり細かい会社法上の制約を受けます。ただ、日本企業がフランスに最初の拠点を築く際に適した会社形態ではないので[17]、今回は説明を割愛させていただき、今後現地企業との資本・業務提携関係(対象企業の買収を含む)についてもこのブログにて詳しくご紹介していきます。
3.4 子会社の登記手続
子会社設立に関する手続きの流れは以下の通りです。
事前手続き |
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銀行口座の開設 |
資本金をフランスに所在する銀行口座に払い込む必要があるので、親会社の取引銀行を通じて、現地口座の開設に努める |
拠点の住所の確保 |
本店所在地の証明として、賃貸借契約書又は転貸借契約書を準備する |
登記申請 |
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提出書類 |
- 社員又は株主が署名を付した定款 |
行政への届出 |
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外国からの対仏投資は、原則、自由ですが、国益確保に直結するような軍事関連産業セクターへの投資については、従来から、事前許可を取得することが義務付けられていました。新しく、バイオテクノロジー産業も事前許可の対象となり、EU圏外の投資家が、上記セクターに属する上場企業の10%を超える議決権を取得する際には、経済・財務・復興大臣の承認を要します。当該措置については、フレンチデスクニュースレター(2020年9月号)にも記載がございますので、ご参照ください。 |
商事裁判所書記課での登記手続は、約12日で完了しますが、銀行口座の開設にかなり時間を要しますので、余裕をもって、2か月前ぐらいから準備に取り掛かるのが望ましいでしょう。
[1] 日本は、アメリカ、ドイツ、スイス、オランダ、イギリス、ベルギーに次ぐ雇用数を実現しています。https://investinfrance.fr/wp-content/uploads/2021/03/Annual-Report-FDI-in-France-in-2020-by-Business-France-5.pdf
[2] https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/france/data.htmlより詳しくは財務省貿易統計(国別総額表)をご覧ください。https://www.customs.go.jp/toukei/info/tsdl.htm
[3] 駐在所の設立及び運営にかかる経費(光熱費、家賃、事務備品などの購入)の付加価値税について、その還付を受けることができます。
[4] 正式名称「Contribution Economique Territoriale」企業が負担する地方税です。
[5] 従業員を雇用する場合、その他の事業体同様、給与税(taxe sur les salaires)を負担することになります。給与税は、各従業員の給与に基づき、3区分からなる超過累進税の適用を受けます。2021年度を例にとると、667ユーロまでの月給に対して、最低税率4.25%が適用され、以降、区分ごとにより高い税率が適用されます。逆に、667ユーロを下回る月給である場合は、減額措置の対象となります。
[6] いずれもフランスの責任者により原本証明されたもの。
[7] 同上
[8] 正式名称:Société par Actions Simplifiée
[9] 自然人ではなく、法人を社長とすることも可能です。定款に任期の定めがない場合、任期は無期限とします。
[10] 一人株主の場合は、「株式総会」ではなく、「株主の決定」という形をとります。
[11]下記の3項目のうち、少なくとも2つの閾値を超える場合に限り、会計監査人を設置しなければなりません。基準日は決算日となります。
- 売上高:8,000,000ユーロ
- 資産合計:4,000,000ユーロ
- 平均従業員数:50名
なお、SASがグループに属する場合、親会社及び当該SASについて、それぞれ検討する必要があります。
[12] 正式名称:Société À Responsabilité Limitée
[13] なお、SARLがグループに属する場合、親会社及び当該SARLについて、それぞれ検討する必要があります。
[14] 正式名称:Société Anonyme
[15] 取締役会会長が執行役員を兼任した場合、PDG (Président-Directeur Généralの略)と呼ばれます。取締役会型のSAが大多数を占めます。
[16] 株式の公開を行う場合、最低資本金額は225,000ユーロに引き上げられます。
[17] SAS創設(1994年)以前から存在する拠点については、SASに組織変更することなく、SAの会社形態を維持しているケースもあります。また、グループ統合などが行われた結果、SAになるケースもあります。
[18] SARLにおいては不要
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