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【中国】【司法解釈】知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する解釈
2021.03.31
知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する解釈(*1)
最高人民法院 2021年3月2日公布 2021年3月3日施行
(TMI 総合法律事務所中国最新法令情報‐2021年3月号‐)
https://www.tmi.gr.jp/uploads/2021/04/09/TMI_China_News_March_2021.pdf
背景
従前、中国の司法実務では知的財産権の権利侵害に関する損害賠償額を低く認定する傾向があった。中南財経政法大学知的財産権研究センターが統計した2008年から2012年までの裁判例によれば、認定された著作権侵害事件における損害賠償額の平均値が1.5万元、商標権侵害事件における損害賠償額の平均値が6.2万元であった(*2)。
しかし近年、知的財産権に対する保護を強化する国家戦略・方針に沿って、知的財産権の権利侵害行為に対する摘発は強化され、また知的財産権の権利侵害における損害賠償についても、立法及び司法実務上とも、限定的な賠償から損失全額補填、更に懲罰的損害賠償制度(権利者の損失額の一定倍数を賠償基準とすること)が導入されるなど、近年大きな変動が生じている。
立法上、「中華人民共和国商標法」の2013年改正で初めて懲罰的損害賠償制度が導入された。その後、2015年に改正された「中華人民共和国種子法」、2019年に改正された「中華人民共和国反不正当競争法」、2020年に改正された「中華人民共和国特許法」、「中華人民共和国著作権法」でも懲罰的賠償の規定が追加され、2020年に公布された「中華人民共和国民法典」にも、懲罰的損害賠償に関する内容が規定されている。
また、地域における適用基準の統一を図るため、一部の地方裁判所が、知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関するガイドラインも制定している(例えば、深セン中級人民法院の「知的財産権侵害の民事事件における懲罰的損害賠償の適用に関するガイドライン」(*3)、天津高級人民法院の「知的財産権侵害の民事事件における懲罰的損害賠償の適用に関する審理委員会紀要」(*4))。
しかし、懲罰的損害賠償について、統一的な基準がなく、制度自体も徹底されていなかったため、必ずしも知的財産案件における賠償額が向上せず、権利者の損失を補償することが困難となっている結果、知的財産権侵害行為の効果的な抑制もできていないという問題を生じている。
このような背景の下で、知的財産権の懲罰的損害賠償制度を適切に実施し、法律に基づいて知的財産権の重大な侵害を処罰し、知的財産権の保護を総合的に強化することを目的として、「知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する解釈」(以下「本司法解釈」という。)が公布された。これと同時に、本司法解釈における各規定の意味をさらに正確に把握し、各裁判所が本司法解釈を正しく適用できるように指導するため、最高人民法院は、知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的損害賠償の適用に関する典型裁判例も公布した。
主な内容
本司法解釈は計7条で構成され、懲罰的損害賠償の適用における要件に関する理解、賠償基数等を定めている。
ア 適用要件
民法典第1185条では、他人の知的財産権を故意に侵害し、その情状が重大である場合には、被侵害者は適切な懲罰的損害賠償を求めることができるものとされている。一方、商標法第63条第1項及び反不正当競争法第17条第3項にも商標権や営業秘密を侵害した場合の懲罰的損害賠償を定めているものの、その主観的要件については、「故意」ではなく、「悪意」と規定されている。
しかし、「故意(意図的な)侵害」と「悪意のある侵害」を厳密に区別することは困難であり、「悪意」が商標や不正競争に適用され、「故意」が知的財産の他の分野に適用されるという誤解が生じないように、「故意」と「悪意」の解釈を統一する必要がある。
本司法解釈では、原告は、被告が原告の有する知的財産権を故意に侵害し、その情状が重大であると主張して、被告に懲罰的損害賠償を請求する場合、裁判所は法律に基づいて審査し、処理すると定め(*5)、同時に、本司法解釈における故意とは、商標法第63条第1項及び反不正当競争法第17条第3項における「悪意」も含むと定めた(*6)。
イ 「故意」の認定について
「故意」の有無を認定する場合、裁判所は、侵害された知的財産権の客体の種類、権利の状態及び関連製品の知名度、被告と原告又は利害関係者との関係等要素を考慮しなければならず(*7)、また、次に掲げるいずれかの一つに該当する場合、「知的財産権を侵害する故意がある」と認定することができる(*8)。
-原告または利害関係者から通知・警告を受けた後、被告が侵害行為を継続している場合
-被告またはその法定代表者もしくは管理人が、原告または利害関係者の法定代表者、管理人または事実上の支配者である場合
-被告と原告又は利害関係者との間に、労働、役務、提携、使用許諾、販売代理、代理、代表等の関係があり、かつ、被告が侵害された知的財産権に接触したことがある場合
-被告と原告又は利害関係者との間に取引関係又は契約締結交渉等を行ったことがあり、かつ、被告が侵害された知的財産権に接触したことがある場合
-海賊版の作成、商標の冒認登録を行った場合
ウ 「情状が重大」の認定について
「情状が重大」の認定について、裁判所は、侵害の手段及び回数、侵害行為の継続期間、地域範囲、規模及び結果、並びに訴訟における侵害者の行為を考慮しなければならないとされている(*9)。また、次に掲げるいずれかの一つに該当する場合、「情状が重大」と認定することができる(*10)。
-侵害行為により行政処罰を受けた後、または裁判所の判決により権利侵害責任を問われた後に、同一または類似の侵害行為を再び行った場合
-業として知的財産権を侵害する場合
-権利侵害の証拠を偽造、破壊または隠蔽した場合
-保全決定に従わなかった場合
-権利侵害行為による収益または権利者の損害が巨大である場合
-侵害行為により国家安全、公共利益または人の健康に危害を及ぼす可能性がある場合
エ 賠償基準
懲罰的損害賠償の額を裁定する際、裁判所は関連法令に従い、原告の実損額、被告の違法所得額または権利侵害によって取得した利益を計算の基数とする(侵害を阻止するために原告が支払った合理的な費用は含まれない)ものとされた(*11)。
但し、実損額、違法所得額、権利侵害により取得した利益額の算定が困難な場合、裁判所は、該当権利の使用許諾料の倍数を参考にして確定し、これが懲罰的損害賠償額の算定の基数とされる(*12)。
また、懲罰的損害賠償制度の重要な役割を果たすために、本司法解釈では、裁判所が法律に基づき被告に対しその保有している権利侵害に関連する帳簿及び情報を提供するよう命じた場合において、被告が正当な理由なく当該帳簿又は情報の提供を拒否し、又は虚偽の帳簿又は情報を提供したときは、裁判所は、原告の主張及び証拠を参考にして懲罰的損害賠償額の算定基数を確定することができるとされた(*13)。
商標法等関連法令によれば、懲罰的損害賠償について、基数の1倍から5倍までの範囲で確定することができるとされているが(*14)、本司法解釈では、明確な適用基準が定めておらず、単に裁判所は、法律に基づいて懲罰的賠償の倍数を決定する際、被告の主観的過失の程度や侵害の重大性などを考慮しなければならないとされているにとどまる(*15)。
また、同一の侵害行為について行政上の過料または刑事上の罰金が科され、かつ、執行された場合には、裁判所は、懲罰的賠償責任の免除を求める被告の請求を支持しないが、懲罰的賠償の倍数を確定する際には総合的に考慮することができるものとされている(*16)。
典型裁判例
公布された(2019)最高法知民終562号事件において、広州知的財産権法院が第一審において懲罰的損害賠償の主張、請求を支持し、適用倍数を2.5倍と確定したが、最高人民法院における第二審では、被告侵害者の主観的悪意、権利侵害を業としていること、立証を妨げる行為及び権利侵害故意の存続期間、権利侵害の規模などを十分に考慮して最終的に懲罰的損害賠償の倍数を2.5倍から法定最大倍数(5倍)に引き上げた。
また、公布された(2019)蘇民終1316号事件及び(2019)粤民再147号事件においては、裁判所は原告の主張した賠償請求額を全額認めたが、裁判所によって裁定された懲罰的損害賠償の金額は原告の主張した請求額を上回った(*17) (*18)。
これらの裁判例から、懲罰的損害賠償の適用に関する権利侵害者の主観的の故意及び客観的な情状についての判断基準をより明確に判明することができる一方、知的財産権の司法的保護を強化するという強いスタンスが強く示されているといえる。
(*1) 「最高人民法院关于审理侵害知识产权民事案件适用惩罚性赔偿的解释」
(*2) 「知的財産権の権利侵害に関する損害賠償の裁判例についての実証研究報告(知识产权侵权损害赔偿案例实证研究报告)」
(*3) 「关于知识产权民事侵权纠纷适用惩罚性赔偿的指导意见」
(*4) 「关于知识产权侵权案件惩罚性赔偿适用问题的审判委员会纪要」
(*5) 本司法解釈第1条第1項
(*6) 本司法解釈第1条第2項
(*7) 本司法解釈第3条第1項
(*8) 本司法解釈第3条第2項
(*9) 本司法解釈第4条第1項
(*10) 本司法解釈第4条第2項
(*11) 本司法解釈第5条第1項
(*12) 本司法解釈第5条第2項
(*13) 本司法解釈第5条第3項
(*14) たとえば商標法第63条第1項
(*15) 本司法解釈第6条第1項
(*16) 本司法解釈第6条第2項
(*17) (2019)蘇民終1316号事件:原告が主張した賠償請求額は5000万元であるが、確定された懲罰的損害賠償の基数及び倍数で計算すると、懲罰的損害賠償額は約6119万元となる。(2019)粤民再147号事件:原告が主張した賠償請求額は300万元であるが、確定された懲罰的損害賠償の基数及び倍数で計算すると、懲罰的損害賠償額は約383万元となる。
(*18) 原告が主張した賠償請求額を上回る判決を下すことができないため、判決における最終的な損害賠償額は原告の主張した金額の通りであった。