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【裁判例】令和3年(行ケ)第10060号 システムおよび処理方法事件
2022.01.31
判決の内容
発明は当業者が容易に想到できたものであるとして出願を拒絶した審決を維持した事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和3年12月20日判決(判決全文)
令和3年(行ケ)第10060号(知財高裁第4部・菅野雅之裁判長)
拒絶審決に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「システムおよび処理方法」とする特許出願(特願2019-127894号。以下「本件出願」という。)に係る特許拒絶査定の不服審判請求事件において、特許庁が、令和2年9月8日付け提出の手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)後の請求項1に係る発明(以下「本件補正発明」という。)は引用文献1(佐藤竜也ほか,ブロックチェーン基盤Hyperledger Fabricの性能評価と課題整理,電子情報通信学会技術研究報告,一般社団法人電子情報通信学会,2017年2月24日,第116巻,第491号,p.167-174)に記載の発明(以下「引用発明」という。)と周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、本件補正は独立特許要件を満たさないので却下すべきものであり、本件補正前の請求項1に係る発明(以下「本願発明」)も引用発明と周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、本件出願は拒絶すべきものと判断した審決(以下「本件審決」という。)に対して、特許出願人である原告が取り消しを求めた事案である。なお、本件審決は、本件補正発明と引用発明との間の相違点1ないし4を認定しているが、本件補正発明は引用発明と周知技術とに基づいて当業者が容易に想到し得たものであると判断し、本件補正発明の進歩性を否定した。
本事案における争点は、本件補正発明の進歩性に関する判断の誤りであり、具体的には、「本件補正発明は、生成部が『設定されるプロセス多重度に応じた』複数のプロセスを生成するものであるのに対して、引用発明は、そのような特定がなされていない点」(相違点3)の容易想到性の有無である。
主な争点に関する判断
(1)結論
相違点3は容易想到であるとした本件審決の判断は、その説示において当を得たものとはいい難い点もあるが本件の結論を左右するものとはいえないため、結論において相当であり、そうすると、本件補正発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件補正発明は独立特許要件を欠くものであり本件補正は特許法17条の2第6項で準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであって、本件補正を却下した本件審決の判断に誤りがあるとはいえず、また、本願発明についても、当業者が容易に発明をすることができたものということになるから、本件出願を拒絶すべきとした本件審決の判断にも誤りはない。
(2)理由
ア.引用文献1の記載事項に関して
引用文献1の実験においては、スレッド当たりのリクエスト数を固定し、並列スレッド数を変化させてスループットを測定しているのであり、「全スレッドによる合計リクエスト件数」は並列スレッド数にのみ左右されるから、引用文献1は、専ら並列スレッド数とスループットとの関係を測定したものであり、その測定結果として、並列スレッド数の増加に対するスループットは、ある程度までは増加し、一定程度で頭打ちとなり、その後は挙動不安定になるというものが得られたとするものである。そうすると、引用文献1の記載内容は、並列スレッド数を増加させていけばスループットは増加するが、ある程度以降は挙動が安定しなくなるので、その場合には並列スレッド数の増加による効果がなくなり、「リクエストの流量制限」で対応しなければならないと理解すべきものであるから、その記載内容は、スレッド数の増加による効果には一定の最大限度があることを含意するものというべきである。
以上のとおりであるから、原告が主張する、引用文献1に「挙動が安定しなくなる場合があるため、フロント側でリクエストの流量制御を行う等の対策が必要となり得る」旨の記載があるからといって、引用文献1に「スレッドの数を制限することを示唆する」記載があるとはいえず、「スレッドの多重度を制限することを示唆する」記載があるともいえない、などの主張は採用することはできない。
イ.スレッドとプロセスの置換について
本件補正発明は、処理単位が「プロセス」であるのに対して、引用発明は、処理単位が「スレッド」であるところ、引用文献2(特開2019-14135号公報)、引用文献3(特開2010-278639号公報)、及び甲4文献(特開2015-88176号公報)の記載事項からすると、並列処理を実現するに当たり、マルチプロセス及びマルチスレッドはどちらも周知の技術であり、どちらを用いて並列処理を実現するかは、当業者が技術的要件等に基づき適宜設計的に決定し得た事項であることが認められる。
ウ.原告の主張について
原告は、本願明細書の記載を併せ考慮すれば、「設定されるプロセス多重度に応じた複数のプロセスを生成する生成部」という本件補正発明の発明特定事項によって、プロセス多重度に応じてプロセス数を制限するとの構成が特定されている旨主張する。
しかしながら、本件補正発明は、「トランザクションのリクエストを送信する複数のプロセスであって、設定されるプロセス多重度に応じた複数のプロセスを生成する生成部」を備えるとのみ特定されており、また、本件補正後の請求項4及び請求項8に係る発明との対比からして、本件補正発明は、プロセス数を所定の数に制限する特定がされていないものと理解でき、したがって、本件補正発明は、プロセス数が制限されるものであればこれらを全て含むものと認められる。よって、特許請求の範囲の記載自体からプロセス多重度に応じてプロセス数を制限するとの構成は読み取れないし、原告が主張する当該構成は、本件補正発明とは異なる別の請求項に係るものであるというべきである。したがって、原告の上記主張を採用することはできない。
また、原告は、①マルチプロセスではない引用発明からはスレッド数を制限することが示唆されるだけであって、プロセス数を制限することまで示唆されることはない、②プロセスは1個のメモリ空間が割り当てられた実行プログラムであるのに対して、スレッドはプロセス内に所在してCPUコアに対する命令を実行する単位をいい、この両者はハードウェア資源の利用態様が相違するため、これらを相互に置換することはできない旨主張する。
上記①の主張に関して、上記のとおり、プロセス数を制限することは本件補正発明において特定されてないものと認められるから、引用発明のマルチスレッドの構成をマルチプロセスの構成に置換すれば本件補正発明に至るのであり、原告の上記①の主張は、本件の結論を左右するものとはいえない。
上記②の主張に関して、マルチスレッドとマルチプロセスとがそれぞれハードウェア資源の利用態様が相違するとしても、マルチスレッド及びマルチプロセスが並列処理を行うための手法として周知であることから、格別な困難でもない限り、マルチスレッドとして構成されたものをマルチプロセスとして構成されたものに転用することは、当業者が適宜なし得る事項である。本件補正発明について、この転用が困難であるとは認められない。
そのほか原告が主張するところも上記認定判断を左右しない。
コメント
本件出願は、近年注目されているブロックチェーン技術に関するものである。本件では、引用文献1の記載事項、スレッドとプロセスの置換、及び本件補正発明から特定される構成などが主な争点となった。
引用文献1の記載事項に関して、原告は、引用文献1に「スレッドの数を制限することを示唆する」記載があるとはいえず、「スレッドの多重度を制限することを示唆する」記載があるともいえない、などと主張した。この点に関し、引用文献1には、スレッド当たりのリクエスト数を固定し、並列スレッド数を変化させてスループットを測定することが記載されていたことなどに基づいて、引用文献1の記載内容は、並列スレッド数を増加させていけばスループットは増加するが、ある程度以降は挙動が安定しなくなることや、スレッド数の増加による効果には一定の最大限度があることを含意するものであると判断された。その結果、原告の上記主張は採用されなかった。
スレッドとプロセスの置換に関して、引用文献2、引用文献3、及び甲4文献が引用され、並列処理を実現するに当たり、マルチプロセス及びマルチスレッドはどちらも周知の技術であると判断された。マルチプロセス及びマルチスレッドが周知の技術であっても、マルチスレッドとして構成されたものをマルチプロセスとして構成されたものに転用することについて、引用文献1に記載の技術においてスレッドからプロセスへ置換する場合に両立しない部分に対して技術常識に従った所要の変更を加えることに困難が認められる場合、マルチプロセスではない引用発明から、本件補正発明に係るプロセス多重度に関する構成まで示唆されていないと判断される余地はあったと考えられる。しかしながら、本件では、上記転用が困難であるとは認められていない。
なお、原告は、本件補正発明から特定される構成に関し、本願明細書の記載を併せ考慮すれば、「設定されるプロセス多重度に応じた複数のプロセスを生成する生成部」という本件補正発明の発明特定事項によって、プロセス多重度に応じてプロセス数を制限するとの構成が特定されている旨主張している。当該主張に関し、裁判所は、本件補正後の請求項1の記載(「プロセス多重度」は単に「設定される」と特定されているだけであり、また、設定される「プロセス多重度」と生成されるプロセスとがどのような関係において対応するのかは何ら特定されていない。)、及び、同請求項1の従属項である本件補正後の請求項4及び請求項8の記載(これらの請求項においてプロセス数を所定の数に制限する特定がなされている)を踏まえ、原告による主張は、本件補正発明の特定に基づいてものではないと排斥している。
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