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【宇宙ブログ】宇宙開発と特許権
2022.02.03
はじめに
近年、企業経営における知的財産の重要性は一層増しています。例えば、2021年8月6日に公表された内閣府知的財産戦略推進事務局の説明資料においては、「企業価値の源泉が有形資産から無形資産に変わってきている」ことが明記されており、投資家も研究開発投資といった無形資産投資を重視していることが述べられています[1]。また、2021年6月には、東京証券取引所が、実効的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」の改訂版を公表し、本コードにおいて初めて知的財産について言及がなされ、知的財産への投資の重要性等について記載がなされました[2]。
他分野の企業と同じく、宇宙関連企業においても知的財産の重要性は高まっています。例えば、2020年3月に内閣府宇宙開発戦略推進事務局及び経済産業省により公表された「宇宙分野における知財対策と支援の方向性報告書」においては、「近年、宇宙産業分野では、人工衛星の小型化などの技術革新や世界的な宇宙用機器の低コスト化に伴い、これまでと異なったビジネスモデルを有する企業が宇宙事業に新たに参入している。その結果、競合他者を含めた不特定多数のユーザーが知財を含む製品や部品を入手することが容易となりつつある。」といった環境の変化等により、宇宙産業における知財戦略の重要性が増していると指摘されています[3]。また、同報告書においては、「我が国の宇宙産業が海外市場への展開を行う中、欧米の企業が権利範囲の広い概念的な特許を国際出願する事例が複数存在し、国内での活動や海外へのビジネス展開に関して、知財関連の懸念が増して」おり、日本の企業においても「特許で自社の技術やビジネスを守る必要性が生じていると思料される」と記載されるなど、知的財産権の中でも特許の重要性について述べられています[4]。
今回は、このように宇宙関連企業の経営においても重要性が高まっている知的財産に関する権利のうち、特許権について、その概要と宇宙分野における特許出願の現状についてお話させていただこうと思います。
特許権について
まず、特許権の概要について、簡単にご説明させていただきます。
特許権は、「発明」(自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの)のうち、一定の要件を満たすものについて、特許出願を行い、特許庁の審査を通過して特許査定を受け、設定登録が行われると発生する権利です。特許権の存続期間は、原則として、特許出願の日から最長で20年です。
特許法上の発明は、物の発明と方法の発明に大別されます。物の発明の具体例としては、翼付き宇宙船の発明や、撮像光学機器を備える衛星の発明があります。また、方法の発明の具体例としては、デブリ除去方法の発明があります。これらの発明には、日本の特許権が付与されているものがあります。
特許権を有する者(特許権者)は、特許を受けた発明を無断で業として実施(例えば、物の発明については物を生産、使用、譲渡等)している第三者に対し、損害賠償を請求したり、当該実施行為の差止を求めたりすることができます。そのため、日本国内において、第三者が日本の特許の対象の物を生産、使用、譲渡等をした場合、原則として特許権者は当該実施行為の損害賠償等を求めることができますし、逆にいえば他社の特許を侵害してしまった場合には、特許権者から損害賠償等を請求されてしまう可能性があります。
そして、日本の判例上、特許権については、「各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる」という属地主義が採用されていますので、日本の特許権の効力が認められるのは、日本の領域内のみとなります。そのため、例えば、米国の法人が米国において日本の特許権を侵害したとして、日本の裁判所で特定の行為の差止を請求したとしても、日本の裁判所は当該差止を認めないと考えられます。
宇宙空間において、日本の特許権の効力が認められるかという点については、2021年4月21日に開かれた第204回国会衆議院経済産業委員会において、政府参考人の大鶴哲也氏(当時の外務省大臣官房参事官)が、「各国で取得されました特許権は、原則として、当該国の領域内でのみ効力を持つというのが原則だというふうに承知しております(中略)宇宙空間がいずれの国の領域でもない以上、特許権の効力は原則として及ばない、こういうふうに理解しております。」と発言しています。したがって、このような理解を前提とすれば、宇宙空間における行為が日本の特許権を侵害するといった主張は、原則として、日本の裁判所においては認められないこととなります(ただし、本稿では扱いませんが、宇宙空間ではなく、日本が管轄権を有する宇宙物体上で行われた実施行為について、日本の特許権の効力が及ぶかという点は、別途問題となります。)。
なお、どんな発明であっても特許権を取得するのが良いという訳ではありません。特許権を取得することで差止等の請求ができるといったメリットや、出願や権利の維持に費用がかかり、また基本的に特許出願から1年6か月を経過した時に発明の内容を含む出願内容が公開されてしまう等のデメリットを考慮した上で、どの発明については特許の取得を目指し、どの発明については秘匿化するかといった判断を行うことが重要となります。
宇宙分野における日本の特許出願の現状
次に、宇宙分野における日本の特許出願の現状について述べますと、上記の「宇宙分野における知財対策と支援の方向性報告書」は、日本の宇宙産業は特許出願の件数が少ない傾向があると分析しています[5]。実際、2020年2月に特許庁が公表した「特許出願技術動向調査 結果概要 宇宙航行体」においては、ロケット、人工衛星等の宇宙航行体に関する日本の特許出願について、「欧米から日本に対して数多くの特許出願がなされている結果、日本での日本のプレーヤーの出願割合は55.9%であり、全技術分野横断(マクロ調査)でのそれ(約80%)に比べ低い」ことや、「日本のプレーヤーは、件数だけを見た場合、主要国に比べ、特許出願件数、論文発表件数、ロケット打上数、衛星製造数が少ない」ことが指摘されています[6]。この特許庁の文書等を踏まえ、上記の報告書は「欧米から日本国内に多くの特許出願がなされている現状を踏まえれば、今後、我が国における活動に支障が生じる可能性がある。」と結論付けています。
このような現状を踏まえ、国において宇宙分野の知財関連の様々な支援策が検討されており[7]、2021年12月28日に公開された宇宙基本計画工程表(令和3年度改訂)においても、令和2年度から令和12年度以降にかけて、「宇宙分野の知財活動のための環境整備」を行うことが記載されています[8]。
したがって、宇宙関連企業における知的財産の重要性の高まりや、外国企業による宇宙分野の特許出願数の増大等を踏まえれば、このような国の支援策を必要に応じて利用しつつ、宇宙分野を含めた知的財産戦略を策定・改訂していく必要性が、今後一層高まっていくと考えられます。
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