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【裁判例】令和元年(ワ)第5444号 損害賠償請求事件
2022.02.16
判決の内容
会社による特許権侵害行為について、会社法429条1項に基づく取締役の損害賠償責任が認められた事例。
事件番号(係属部・裁判長)
大阪地裁令和3年9月28日判決(判決全文)
令和元年(ワ)第5444号(大阪地裁第21部 谷有恒裁判長)
損害賠償請求事件
事案の概要
発明の名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする2件の特許(以下「本件特許権」という。)の特許権者であった原告が、被告製品の製造販売等を行った訴外A社の代表取締役であった被告P1及び取締役であった被告P2、並びに、同社から被告製品の一部を購入して販売した訴外B社の代表取締役であった被告P3及び取締役であった被告P4に対し、原告の本件特許権が侵害され損害を受けたとして、会社法429条1項に基づき損害賠償及び遅延損害金を請求した事案。
なお、原告は、本訴提起前にA社及びB社を含む計11社に対して、被告製品を含む製品の製造販売が本件特許権の侵害行為に当たるとして、特許権侵害の不法行為に基づき損害賠償等を求める訴訟を提起した(以下「別件訴訟」といい、別件訴訟の判決を「別件判決」という。)。裁判の結果、第一審裁判所はA社に対しては約1億1100万円及び遅延損害金の支払を命じ、B社に対しては約1200万円及び遅延損害金の支払を命じた。A社及びB社を含む7社は、同判決に対し控訴したものの、知的財産高等裁判所は控訴を棄却し、判決が確定した。しかし、本判決の認定によれば、原告はA社から計700万円分の債権及び供託金、B社からは計150万円の供託金を回収したにとどまり、A社は判決前に破産手続開始決定を受けた。
裁判所は、各被告製品が本件発明の技術的範囲に属し、各被告製品を製造販売する行為が本件発明の間接侵害行為に当たると判示した。そして、被告P1乃至被告P4について、その取締役としての職務を行うについて悪意又は重過失を認定した上で、原告の会社法429条1項に基づく損害賠償及び遅延損害金の請求を全て認容した。
なお、会社法429条1項は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」と規定している。
主な争点に対する判断
(1)結論
被告P1乃至被告P4について、本件特許権の侵害につき、取締役の職務遂行について悪意又は重過失が認められるかが主な争点となったところ、裁判所は、全ての被告について悪意又は重過失を認定した。
(2)理由
ア 悪意重過失の判断枠組み
裁判所は、「会社の取締役は,その善管注意義務の内容として,会社が第三者の特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず,また他の取締役の業務執行を監視して,会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うということができる。」と述べた上で、取締役の悪意重過失の判断枠組みについて、以下のとおり判示した(下線は筆者が付与。また、固有名詞を修正。以下同じ。)。
「特許権者と被疑侵害者との間で特許権侵害の成否や特許の有効無効について厳しく意見が対立し,双方が一定の論拠をもって自説を主張する場合には,特許庁あるいは裁判所の手続を経て,侵害の成否又は特許の有効性についての公権的判断が確定するまでに,一定の時間を要することがある。
このような場合に,特許権者が被疑侵害者に特許権侵害を通告したからといって,被疑侵害者の立場で,いかなる場合であっても,その一事をもって当然に実施行為を停止すべきであるということはできないし,逆に,被疑侵害者の側に,非侵害又は特許の無効を主張する一定の論拠があるからといって,実施行為を継続することが当然に許容されることにもならない。
自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては,侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で,前述のとおり,侵害の成否または権利の有効性については,公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること,その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと,正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが,第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり,仮に侵害となる場合であっても,負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと等を総合的に考慮しつつ,当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり,それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられる。
具体的には,①非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して,実施行為を停止し,あるいは製品の構造,構成等を変更する,②相手方との間で,非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め,使用料を支払って実施行為を継続する,③暫定的合意により実施行為を停止し,非侵害又は無効の判断が確定すれば,その間の補償が得られるようにする,④実施行為を継続しつつ,損害賠償相当額を利益より留保するなどして,侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い,自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにするなど,いくつかの方法が考えられるのであって,それぞれの事案の特質に応じ,取締役の行った経営判断が適切であったかを検討すべきことになる。」
イ 被告P1及びP3の悪意重過失について
裁判所は、被告P1乃至被告P4について、いずれも悪意又は重過失を認定した。このうち、本稿では、A社の代表取締役であった被告P1、及びB社の代表取締役であった被告P3の悪意重過失の認定について取り上げる。
(ア)被告P1について
被告P1は、被告製品の製造販売等を行ったA社の代表取締役である。被告P1の悪意の認定に関する裁判所の判示は以下のとおりである。
「被告P1は,(中略)C弁護士から原告の特許発明は作用効果を奏せず進歩性を欠くと言われたこと,D特許事務所がA社の製品が原告の特許権を侵害していない旨の鑑定書を作成したこと,別件訴訟についてC弁護士から原告の特許権に技術的意義がないことから勝訴の見込みであると言われたこと,E弁護士とC弁護士は別件訴訟において非侵害の主張で十分戦えるとの強気の見込みを有していたことを理由に,被告P1において取締役として求められる調査義務を尽くし,妥当な根拠に基づいた合理的な判断をした旨を主張するので,以下のとおり検討する。(中略)
(エ)(中略)被告P1は,C弁護士から進歩性欠如の話を聞いたとするが,(中略)被告P1がC弁護士と進歩性欠如の無効理由について十分な検討をしていたとは認められない。
(オ)D特許事務所の鑑定書は,平成27年に原告とA社との間の交渉が決裂し,原告からの訴訟提起が予想される中で取得されたものであり,取引先に対して不安を静めるために保証書を差し入れたのと同じ目的のものと考えられ,これによって,被告P1が各被告製品の販売継続の可否を判断したものとは考えられない。(中略)
(カ)別件訴訟においてE弁護士及びC弁護士が非侵害の主張に自信を持ち,勝訴の見込みがあると考えていたとしても,その具体的な根拠は明らかではない。
また,登録された特許権であっても,先願の特許発明を利用するものであるときは,特許権者は業としてその特許発明を利用することができず(特許法72条),先願の特許権者に対し実施の許諾を求めなければならないところ(同法92条),前記認定のとおり,被告P1は,A社特許が登録された以上,その実施品については本件各特許権の侵害にはならないものとして,各被告製品の製造販売を継続し,取引先にその旨説明していたところ,別件訴訟の提起後,A社の特許は先願の原告の特許を利用する関係にあることを知ったというのであるから,特許権に関する基本的な事項について誤解したまま,各被告製品につき特許権侵害は成立しないと考えてその製造販売を継続し,取引先に説明していたものである。」
「前記アで認定した事実,及び前記イで被告P1の主張について判断したところを総合すると,被告P1が,各被告製品の製造販売が本件各特許権の侵害にならない,あるいは本件各特許は無効であると主張した点について十分な論拠があったということはできず,むしろ特許制度の基本的な内容に対する無理解の故に,A社特許の実施品であれば本件各特許権の侵害にはならないと誤解して各被告製品の製造販売を続け,取引先にもそのように説明したものである。
前述のとおり,特許権侵害の成否,権利の有効無効については,公権力のある判断が確定するまでは軽々に決し得ない場合があり,自社に不利な判断が確定する場合もあるのであるから,取締役にはそれを前提とした経営判断をすべきことが求められ,前記(1)の①乃至④で述べたような方法をとることで,特許権侵害に及び,自社に損害賠償債務を負担させることを可及的に回避することは可能であるにも関わらず,被告P1はそのいずれの方法をとることもせず,各被告製品の製造販売を継続している。さらに,別件判決(甲5)によれば,A社は各被告製品販売により相応の利益を得ていたのであるから,特許権侵害となった場合の賠償相当額を留保するなどして,別件判決確定後に損害を遅滞なく填補すれば,A社に損害賠償債務を確定的に負担させないようにすることも可能であったのに,被告P1は任意での賠償を行わず,A社を債務超過の状態としたまま,破産手続開始の申立てを行ったものである。
以上を総合すると,被告P1が,本件各特許が登録されたことを知りながら,特段の方法をとることなく各被告製品の製造販売を継続したことは,A社の取締役としての善管注意義務に違反するものであり,被告P1は,その前提となる事情をすべて認識しながら,A社の業務としてこれを行ったのであるから,その善管注意義務違反は,悪意によるものと評価するのが相当である。」
(イ)被告P3について
被告P3は、A社から被告製品の一部を購入して販売したB社の代表取締役である。被告P3の重過失の認定に関する裁判所の判示は以下のとおりである。
「前記認定したところによれば,被告P3は,原告から被告製品14の販売が本件各特許権の侵害に当たるとの警告を受けたものの,本件各特許の発明者であって炭酸ガスパックの専門家であった被告P1から,A社が委任した弁護士や弁理士が特許権侵害ではないと言っているなどと聞き,どのような根拠で特許権侵害に当たらないということになるのか理解できないまま,A社も特許権を有していて,原告製品よりA社の製品の方が品質・性能が良いので,原告の特許権が優先することはないなどと考え,被告製品14の販売を継続する意思決定をしたというのであるから,主として,被告製品14の製造元であるA社からの説明に依拠してその判断を行ったことになる。
しかしながら,特許権侵害が成立しないとするA社側の説明に十分な論拠がなく,むしろ被告P1の特許制度に対する誤解が前提となっていたことは,前記で検討したとおりであるし,品質・性能において上回っていることは,特許権侵害を否定する理由とはなり得ない。
被告P3は,特許権侵害の判断は素人には難しく,警告を受ければすべからく造販売等を停止しなければならないとすることは不当であると主張するが,前記(1)で述べたとおり,B社の代表取締役として,被告P3には,特許権侵害の成否や権利の有効性についての公権的判断が,自己に有利にも不利にも確定する可能性があることを前提に,そのいずれの場合であっても第三者の権利を侵害し損害を生じさせることを可及的に回避しつつ,自社の利益を図るような経営判断をすべき注意義務があったということができる。
この点について被告P3は,特許権侵害の警告を受けた後も,主として被告製品14の製造元であるA社側からの説明に依拠し,前記(1)の①乃至④で検討したような方法をとることもなく,裁判所からの心証開示があるまでの間,被告製品の14の販売をして特許権侵害の不法行為を継続し,原告に損害を生じさせたのであるから,取締役としての善管注意義務に違反したというべきであり,少なくとも重過失によると認めるのが相当である。」
コメント
(1)はじめに
本件は、会社法429条1項における「悪意又は重大な過失」の有無が問題となった事案である。どの程度の任務懈怠が重過失とされるかについて、一般的な基準はなく、個別具体的に判断せざるを得ないところ、本件は、特許権侵害の成否や特許の有効性について公権的判断が確定する前における、取締役の悪意重過失の有無の判断枠組みを示した点に特色がある。
(2)「悪意又は重大な過失」の有無の判断枠組みについて
本判決は、4(2)アの下線部で記載されているとおり、自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役の善管注意義務の内容の具体例として、①乃至④の方法を挙げている(以下、上記①乃至④の方法を、それぞれ「本件方法①」乃至「本件方法④」という。)。
ただし、本件方法①乃至④の記載の直後に、「など,いくつかの方法が考えられる」と記載されているとおり、本件方法①乃至④はあくまで例示であると考えられ、仮に本裁判例の判断基準を前提としても、取締役の善管注意義務の内容は上記に限られる訳ではないことに留意が必要である。
(3)悪意重過失の認定について
ア 被告P1について
本判決は、被告P1について悪意があったと認定している。被告P1については、本件特許の非侵害等について十分な論拠がなく、特許制度の基本的事項について誤解があり、かつ、別訴判決確定後に損害を遅滞なく填補できたにも関わらず、任意での賠償を行わずに破産手続の申立てを行ったという例外的な事情が、悪意の認定において考慮されていることに留意が必要である。
イ 被告P3について
本判決は、被告P3について少なくとも重過失があったと認定している。裁判所は、A社からなされた説明に十分な論拠がなく、被告P1の特許制度の誤解が前提となっているものであったことを述べた上で、特許権侵害の警告を受けた後も、主として被告製品の製造元であるA社側からの説明に依拠し、本件方法①乃至④のような方法をとることもなく、裁判所からの心証開示があるまでの間、被告製品の販売をして特許権侵害の不法行為を継続し、原告に損害を生じさせたことを被告P3の重過失の認定の理由として挙げている。
この点、本件では、上記3のとおり、被告P3が代表取締役を務めるB社に対し、約1200万円及び遅延損害金の支払を命じる別件判決が確定した後も、任意の支払をしていなかったため、B社が「侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行」った(本件方法④を取った)とは言えないと考えられるが、仮に別件判決確定後に直ちに損害賠償額全額につき支払をしていれば、会社法429条1項における取締役の故意又は重過失が否定される可能性があったと思われる。
(4)関連する裁判例について
本判決に関連する裁判例として、まず、知財高判平成30年6月19日(平成30年(ネ)第10001号)が存在する。本件は、取締役が、自社製品と同一の構成を有する他社製品の製造、販売等の差止を命じる裁判所の仮処分決定を知ったにも関わらず、中立的な専門家の意見を聴取するなどの検討をした形跡もないまま、取引を継続し、会社による自社製品の販売を中止するなどの措置をとらなかった事案である。本件でも、当該取締役の会社法429条1項に基づく損害賠償責任が認められた。
また、本判決に関連する別の裁判例として、東京地判令和1年10月30日(平成28年(ワ)第10759号)が存在する。本件は、製造委託していた製品が特許権を侵害する旨の警告書を受領した会社の代表取締役が、製造委託先に問い合わせ、同委託先から製造方法が異なるため特許権侵害にならない旨の説明を受けたという事案である。当該代表取締役において、製造委託先に対し、製造委託していた製品の具体的な製造方法についてさらに問い合わせをする義務があったとまでは認められないなどの理由で、当該代表取締役の会社法429条1項に基づく損害賠償請求が棄却された。
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