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【欧州法務ブログ:スペイン進出・スペイン企業のM&A実施前に知っておきたい基礎知識】第1回:進出形態について
2022.02.21
はじめに
日本企業が新たにスペインで事業を開始する場合、その方法としては(1)独自の拠点を設立するか、(2)現地企業との資本・業務提携関係(対象企業の買収を含む)を築くか、又は、(3)現地の販売代理店を利用するかのいずれかとなります。
本ブログの第1回では、スペイン現地に独自の拠点を設立する(上記の(1))際に役立つ基本知識及び具体的な設立手続を紹介します。
法人格を有さない拠点
現地拠点のうち、まず考えられるのが駐在員事務所(oficina de representación)及び支店(sucursal)です。駐在員事務所及び支店は独自の法人格を有さないため、日本企業(本社)の一部とみなされます。日本企業の一部であるため、駐在員事務所及び支店の活動について日本の本社が責任を負います。スペインや欧州での事業活動を本格化する前段階として、まずは駐在員事務所や支店を設置し、スペイン及び欧州における事業拡大の可能性を探るという日本企業は少なくありません。
2.1 商業活動を伴わない「駐在員事務所」
駐在員事務所は、経済活動を行うことが認められておらず、駐在員事務所の名前で契約を締結したり、インボイスを発行したりすることはできません。
そのため、駐在員事務所の活動は、①スペインのマーケット及びそれを取り巻く経済状況についてのリサーチ活動や、②潜在的顧客や仕入れ先などの取引相手に自社の製品やサービスについての情報提供、③一定の広告宣伝活動等に留まります。
なお、現地で従業員を雇用することや、スペインの銀行に駐在員事務所又は支店名義で口座を開設することは可能です。
2.2 商業活動を伴う「支店」
支店も本社の一部である点は駐在員事務所と同じですが、駐在員事務所と異なり、経済活動を行うことができます。つまり、支店の名義で第三者と契約を締結することができ、また、インボイスの発行も行えます。
また、支店においても駐在員事務所と同様に現地で従業員を雇用することも可能です。
このように、支店は経済活動を行うため、支店独自の会計帳簿を作成し、毎年、支店所在地を管轄する商業登記所に対して、本社の計算書類(日本の会社法で要請されている計算書類)と合わせて会計報告を提出することが義務付けられています。この際、本社の計算書類についてスペイン語公正翻訳を添付しなければならず、また、日本本社の代表取締役による宣誓書(①日本法では計算書類を商業登記所に提出する義務はないこと、及び②当該計算書類について本社株主総会の承認がされていることを内容とする宣誓であり、スペイン語で作成されたもの。下記4参照)も併せて提出しなければなりません。
また、毎年スペイン投資管理局に対して指定様式(D-4)を用いて支店の現況に関する報告書を提出する必要があります。支店には法人税の申告義務は課されませんが、日常の事業活動で生じる付加価値税(IVA)の申告義務(四半期ごと)は生じます。
2.3 駐在員事務所及び支店の設立手続
駐在員事務所及び支店を設置するには、スペイン公証役場にて公正証書を作成する必要があります。支店の場合には、当該公正証書を支店所在地管轄の商業登記所に提出し登記することが求められます。駐在員事務所については、登記は求められません。
駐在員事務所又は支店の設置にあたり必要となる共通書類は下記のとおりです。
外国本社に関する書類 |
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1 |
3か月以内に発行された現在事項証明書及びそのスペイン語公正翻訳[1] |
2 |
駐在員事務所又は支店の設置にかかる決議が確認できる取締役会議事証明書[2](本社代表取締役が署名し、公証人認証[3]及びアポスティーユ証明が付されたもの) |
3 |
駐在員事務所長又は支店長の選任が確認できる取締役会議事証明書(本社代表取締役が署名し、公証人認証及びアポスティーユ証明が付されたもの) |
4 |
駐在員事務所又は支店の設置にかかる諸手続きを行うための委任に関する決議が確認できる取締役会議事証明書(本社代表取締役が署名し、公証人認証及びアポスティーユ証明が付されたもの) |
5 |
スペイン税務代理人[4]の選任が確認できる取締役会議事証明書(日本本社代表取締役が署名し、公証人認証及びアポスティーユ証明が付されたもの) |
6 |
スペイン税務識別番号(NIF)証明書[5] |
支店の場合にのみ必要な書類 |
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1 |
本社の現行定款(本社代表取締役による原本証明がされ、公証人認証及びアポスティーユ証明が付されたもの)及びそのスペイン語公正翻訳 |
2 |
支店名称についての商号予約証明書(スペイン中央登記所が発行するもの)[6] |
現地拠点責任者に関する書類 |
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1 |
- スペイン国籍保有者である場合:スペイン国民IDカード(DNI) |
法人格を有する拠点:会社
現地拠点として会社(子会社)を設立することも可能です。会社の場合、日本本社とは別の法人格を有することになります。スペイン会社法上の会社形態は複数ありますが、そのうち商業活動に最も適した会社形態はS.L. (Sociedad Limitada:日本の合同会社に相当)又はS.A. (Sociedad Anónima:日本の株式会社に相当)となります。
3.1 S.L.とS.A.の比較
S.L.とS.A.はいずれもその主たる特徴として、会社の出資者(出資持分の保有者又は株主)が会社の債務について責任を負う義務が一切ない営利法人であるという点にあります。
S.L.とS.A.の主な相違点は下記のとおりです。
S.L |
S.A |
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資本金 |
最低資本金は3,000ユーロ。設立時に全額払い込まれなければならない。 |
最低資本金は60,000ユーロ。設立時に最低25%は払い込まれなければならず、残りは設立後の払込みが認められている。 |
株式資本 |
株式資本は出資持分によって分割される。株式市場に上場することができない。出資者は1人でも足り、法人・個人を問わず、また、国籍・所在地も問わない。 |
株式資本は普通株式によって分割される。株式市場に上場することが可能。株主は1人で足り、法人・個人を問わず、また、国籍・所在地も問わない。 |
株式譲渡 |
出資持分の譲渡は、公証人の面前において公正証書によってされなければならない。ただし、親族や会社の他の株主への譲渡は、制限の対象外となる 。 |
株式は、その種類によって譲渡の方法が異なる。記名式株式の譲渡に関してのみ、定款の定めにより制限が課される場合がある。 |
種類株式・社債の発行 |
社債の発行はできない。 種類株式の発行は可能。 |
種類株式や社債の発行が可能。転換社債の発行も可能。 |
経営体制 |
経営体制は柔軟に設計可能であり、相当な範囲で定款自治が認められている(例えば取締役一人のみ置く場合や、共同代表取締役、取締役会の設置等)。 取締役は任期の定めを設けずに選任されることが可能。 |
株式会社の経営体制は一人取締役、複数取締役(各自代表又は共同代表)、取締役会のいずれの体制も可能だが、会社定款によってどの経営体制とするのかを明確に定められなければならない(S.L.の場合は、複数の経営体制を定款に規定することも可能)。そのため経営体制の見直しには会社の定款変更が必要。 また、取締役の任期は定款で定めなければならず最長6年間(再選可能 ) |
定款の変更 |
会社の商号、目的、本店所在地にかかる定款規定の変更の公示は不要。 |
会社の商号、目的、本店所在地にかかる定款規定の変更は、新聞又は会社のホームページで公示をしなければならない。 |
株主総会 |
株主総会開催日の少なくとも15日前に招集されなければならない。 全ての出資持分保有者はその持分保有数に関係なく株主総会に出席する権利を有する[8]。
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株主総会開催日の少なくとも30日前に招集されなければならない。 会社は、株主総会に出席するために必要な株式の最低保有数を定めることができる[9]。 |
S.L.は、より経済的かつ柔軟に経営を行うことができるため、いわゆる「クローズド」な会社、つまり、小規模ビジネスや家族経営に適している会社形態と言えます。また、株主が一人である場合にも適している会社形態です。
他方、S.A.は、会社を経営するためのより多くの条件を充たさなければならず、S.L.ほどの柔軟性を有してはいません。しかしながら、一般的に、S.A.はS.L.に比べて大企業である場合が多いことから、投資家や取引先等の第三者や市場のプレイヤーに対して信用能力が十分にある会社であるとの印象を対外的に与えることができます。
また、行政機関からの許認可が必要となる業種の中には、S.A.であることが許認可の要件となる場合もあります。
3.2 会社の設立手続
会社の設立に関する手続きの流れは以下のとおりです。
事前手続き |
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商号予約申請 |
スペイン中央商業登記所に商号予約を申請し、商号予約証明書を取得する。発行までの所要期間は3営業日。 |
銀行口座の開設 |
資本金をスペイン所在の銀行口座に払い込む必要があるので、現地口座の開設を行う。口座の名義人は現地子会社。 |
スペイン税務識別番号(NIF)申請 |
株主となる海外親会社のスペイン税務識別番号の取得が必要。 |
外国人識別番号(NIE)申請 |
取締役に就任する個人でスペイン国籍でない者については、外国人識別番号の取得が必要。 |
設立公正証書作成 |
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必要書類 |
- 現地子会社設立にかかる取締役会決議が確認できる取締役会決議事項証明書(日本の親会社代表取締役が署名し、公証人認証及びアポスティーユ証明が付されたもの) |
登記申請 |
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設立公正証書の作成後、設立にかかる税金の納付手続き等を行った後に、設立公正証書を現地子会社所在地の管轄商業登記所に提出し、登記申請します。登記完了までの所要期間は15営業日です。 |
登記が完了するまで資本金払込口座は凍結され、口座内の金銭の出入金はできません。登記完了後、登記済みの設立公正証書を銀行に提出し、口座の凍結を解除するまで口座内の資金を使用することができないことに注意が必要です。
実質的保有者にかかる宣誓
マネーロンダリング及びテロへの資金供与防止の観点から、スペインの拠点(駐在員事務所、支店、子会社のいずれの場合も含みます)の実質的保有者にかかる宣誓をスペイン公証人の面前にて行うことが求められます。実質的保有者とは、発行済株式の25%以上を保有する個人又は法人をいい、25%以上を保有する株主が法人である場合、当該法人の実質的保有者についても宣誓をしなければなりません。ただし、当該法人が株式市場上場会社である場合には、実質的保有者にかかる宣誓は免除されます。なお、実質的保有者が存在しない(25%以上を保有する個人株主がいない)場合には「役員宣誓」が求められ、実質的保有者がいない法人の取締役全員の氏名及びパスポート番号を宣誓する必要があります。
実質的保有者にかかる宣誓は、現地拠点の設立と同時に行われ、スペイン拠点の代表者が日本の親会社の代理人として行います。
※本ブログは、スペインのVilá法律事務所(Vilá Abogados)のEduardo Vilá代表弁護士の協力を得て作成しました。
[1] スペイン語公正翻訳はスペイン国家資格保有者によるスペイン語への翻訳でなければなりません。したがって、公正翻訳はスペインで用意することになります。
[2] 取締役会を設置していない会社は代表取締役による意思決定書が必要になります。
[3] 本記事で言及している「公証人認証」は日本での公証人認証のことですが、いずれも原則として面前認証であることが求められます。ただし、実務的には代理認証で行うことも可能です。
[4] スペイン税務代理人は、スペイン非居住者がスペインで経済活動(駐在員事務所による活動含む)を行う場合に必ず選任をしなければならず、スペイン国税局からの連絡窓口やスペインの税務手続きを代理で行う職務を担います。日常的な会計業務を依頼する税理・会計事務所を税務代理人とするケースが通常です。
[5] スペイン税務識別番号は、スペインで経済活動や専門的活動を行う全ての法人に取得が義務付けられている税務番号であり、スペイン国税局に対して申請をします。通常、発行までに2営業日ほどを要します。なお、個人の場合には税務識別番号の代わりに外国人識別番号(NIE)の取得が義務付けられます。
[6] 商号予約は支店設置の公正証書作成に先立ち行われなければならず、商号予約証明書がなければ支店設置公正証書を作成することができません。商号に特段の問題がなければ、予約の申請から2-3営業日ほどで予約証明書が発行されます。
[7] スペイン外国人識別番号(NIE)は、スペインで経済活動や専門的活動を行う全ての個人に取得が義務付けられている番号であり、スペイン国内の拠点の代表者やスペイン企業の取締役就任の場合にも取得が求められます。NIE番号を持たない個人は代表者や取締役として登記されることが認められませんので、注意が必要です。NIE番号は、スペイン国内の移民管轄警察署又は申請者が居住する国のスペイン大使館にて申請が可能です。スペイン大使館で申請する場合、通常、発行までに1ヶ月ほどを要します。
[8] 株主全員の同意があれば、招集手続きを省略することは可能です(ただし、S.L.では書面決議は認められていません)。また、定款の規定があれば電磁的な方法による総会も開催可能です。
[9] 株主全員の同意があれば、招集手続きを省略することは可能です。S.A.では、定款に規定があれば、書面による投票が認められています。また、定款の規定があれば電磁的な方法による総会も開催可能です。
[10] 日本に居住する日本国籍者が取締役に選任される場合に必要となります。スペイン居住者が取締役に選任される場合には、本人が署名し、かつ、スペイン公証人による署名認証が付された就任承諾書が必要となります。