ブログ
欧州委員会によるインテル社に対する約1400億円の制裁金が無効とされた理由
2022.02.28
はじめに
2022年1月26日、欧州一般裁判所は、欧州委員会が米インテル社に対して課した10億6000万ユーロ(約1400億円)の制裁金をほぼ全面的に無効とする判決(以下、「本判決」といいます。)を下しました。当該制裁金は、2009年、欧州委員会によるインテル社に対するEU競争法違反決定に基づくものです。
EU競争法に違反した場合、一企業にこれだけの高額な制裁金が課される、ということにまず驚かれた方もいるでしょう。当時、EU競争法違反により一企業に対して課された制裁金の史上最高金額とされていました。EU競争法のコンプライアンストレーニングでも、この事案を取り上げて、EU競争法に違反したときの怖さをお伝えしていました。次に、欧州委員会が課したこのような多額な制裁金が、その後、EUの裁判所によって無効と判断されるということに驚かれた方もいると思います。そこで本稿では、まず本件事案の概要をお伝えし、EUの裁判所がなぜ欧州委員会によるインテル社に対する約1400億円の制裁金を無効としたのかを御紹介します。
事案の概要
本件は、インテル社が2002年10月から2007年12月までの間、x86CPU(x86中央演算処理装置)市場での支配的地位を濫用して、競合他社(AMT社)の当該市場への参入を不当に阻止したとしてEU競争法違反で摘発された事案です。欧州委員会は、インテル社が1997年から2007年までの間、x86CPU市場において70%以上の市場シェアを有していたと認定しました。その上で、同社が顧客であるDell、HP、Lenovo、NEC等のパソコンメーカーに対して、(1)条件付リベートを供与していたこと、及び(2)x86 CPUを搭載した競合他社の製品の発売時期を遅らせる見返りとして金銭を供与していたことが、EU競争法違反に該当すると判断しました。ここで問題となった条件付リベートとは、具体的にはパソコンメーカーが必要とする全て又はほぼ全てのx86CPUの供給をインテル社から購入することを条件にインテル社がパソコンメーカーに対してリベートを支払うというものです。
インテル社は、特に条件付きリベートに関する欧州委員会の決定について、欧州一般裁判所に不服を申し立てました。もっとも、同裁判所は、2014年、欧州委員会の決定を全面的に支持して、インテル社の不服申立てを退ける判決を下しました(以下、「2014年判決」といいます。)。その後、インテル社は、2014年判決を不服として、欧州司法裁判所に上訴しました。欧州司法裁判所(大法廷)は2017年、2014年判決ではインテル社の主張が十分に検討されていなかったとして、事案を欧州一般裁判所に差し戻す判決を下しました(以下、「2017年欧州司法裁判所判決」といいます。)。本判決は、差戻審にあたる欧州一般裁判所の判決になります。
欧州委員会によるインテル社に対する約1400億円の制裁金が無効とされた理由
理由その1:欧州委員会決定は不正確な法的分析に基づいていた
上記のとおり、本件ではインテル社がその顧客であるパソコンメーカーに対して提供した条件付きリベートについて、競合他社の市場への参入を不当に阻止して、競争を制限するする効果があったが主要な争点とされています。この点、欧州委員会は、インテル社の条件付きリベートが、いわゆる「忠誠リベート」(「fidelity rebate」または「loyalty rebate」と呼ばれています。)に該当すると判断した上で、欧州司法裁判所の過去の事案に基づき、支配的地位にある企業がそのような忠誠リベートを提供した場合、その性質上当然に市場における競争を制限する効果があるものとして、実際に競争を制限する効果があったかを立証する必要はないとの立場を採っていました。これに対して、2017年欧州司法裁判所では過去の欧州司法裁判所の先例は、支配的地位にある企業が忠誠リベートを提供した場合、競争を制限する効果があったと単に推定するものであり(a mere presumption)、企業が競争を制限する効果がなかったとの一応の証拠を提出したときには欧州委員会は実際に競争を制限する効果があったことを立証する必要があり、忠誠リベートであることをもって欧州委員会はその立証を免れるものではないと判断しました。その結果、欧州委員会の違反決定は、不正確な法的分析に基づくものとしています。
理由その2:欧州委員会が実施した経済分析には誤りがあった
2017年欧州司法裁判所判決では、欧州委員会が経済分析を実施した場合には、同委員会が問題とされたリベートが競争を制限する効果があったことを決定するにあたり、当該分析結果を考慮しなければならない一つの要素と判断しました。本件で欧州委員会は、前記のとおり、本来必要とされていないと主張していた経済分析を実施していました。欧州委員会が実施した経済分析は、「AECテスト」(as-efficient-competitor test、同等に効率的な競争者テスト)と呼ばれています。これは、支配的な地位ではないものの、インテル社と同等の効率性を有する競合事業者がx86 CPUを顧客に提供するにあたり、インテル社のリベートを補填するためにはいくらの価格を設定しなければならないかという点について分析を行うものです。その結果、競合事業者が設定する価格が支配的地位にある企業のコストよりも低くなる場合には、競合事業者はコストも回収できないと想定されるため、支配的地位にある事業者が供与するリベートには競合事業者の市場への参入を阻止する効果が大きいとされます。逆に価格がコストよりも高くなる場合には、競合事業者はコストをカバーしうるため、支配的地位にある事業者が供与するリベートには市場への参入を阻止する効果が少ないという考え方になります。本判決では、欧州委員会が実施した経済分析には、その前提としたデータに誤りがあったため、当該経済分析を無効とするべきとのインテル社の主張を認めています。
理由その3:欧州委員会は欧州司法裁判所が示した規範を適切に分析し、考慮しなかった
2017年欧州司法裁判所判決では、企業には競争法違反がなかったとの一応の証拠を提出した場合、欧州委員会が競争法違反を立証するためには、当該企業の市場での支配的地位の程度、リベートが適用される市場の割合、リベートが供与される条件、適用期間及び金額、参入を阻止する戦略の有無といった事項を分析する必要があるとの判断をしました。インテル社はこれらの事項の1つでも十分に検討されていない場合には、欧州委員会の決定は無効とされるべきであると主張していました。さらに本判決では、2017年欧州司法裁判所で示された各事項は、欧州委員会が「最低限」検討しておくべきと判断しています。その上で、欧州委員会の決定では問題とされたリベートが適用される市場の割合を適切に分析せず、リベートの適用期間に関しても正確な検討がなされていないため、リベート金額や参入を阻止する戦略の有無を検討するまでもなく、欧州委員会の決定には誤りがあったと判断しています。
まとめ
本判決は、単に「忠誠リベート」に該当するだけでEU競争法違反が認定されるという形式的なアプローチではなく、実際に競争を制限する効果があったかというより実質的な判断が求められるという点で画期的な判決といえると思います。今後、欧州委員会にとってはEU競争法違反を立証する負担が増えることになります。もっとも、欧州委員会は、将来の立証活動のことよりも目下、インテル社に対して課してすでに徴収済みの約1400億円の制裁金プラスそれに対する利息をいかに返戻するか、頭を抱えているかもしれません。
Member
PROFILE