ブログ
ロシアのウクライナ侵攻による経済的損害の回復 「非友好国」に対する「対抗措置」の発動に伴う影響を踏まえて
2022.03.11
はじめに
2月24日に開始されたロシアのウクライナ侵攻は、ロシアとウクライナを取り巻く経済環境を激変させました。ウクライナ国内ではロシア軍の攻撃により生産拠点等が壊滅的な打撃を受ける一方で、ロシア国内においても、西側諸国がロシアの一部銀行をSWIFTから排除するなどの経済制裁を行ったことによって、ロシアの国内経済にも深刻な影響がもたらされています。他方で、ロシアもこれらの経済制裁に対抗するために、「非友好国」の企業に対して不利益を課すことを目的とした様々な「対抗措置」を打ち出しており、いわば国際社会との「経済戦争」ともいうべき様相を呈しつつあります。その影響はロシアとウクライナに留まらず、これらの国において事業を展開している世界中の企業に及んでいます。
このような情勢を踏まえて、ロシア国内で事業展開していた日系企業の一部は、自主的にあるいはウクライナ政府の要請を受けて、既にロシア国内での事業を停止せざるを得ない状況に追い込まれています。そのような状況の中、ロシアの与党・統一ロシアは、先日、「非友好国」の企業を国有化する案を公表しました[1]。報道[2]によれば、同法案は、倒産の回避と雇用の確保を目的として、「非友好国」の外国人が25パーセント以上の株式を保有する企業をロシア政府の管理下に置くことを内容とするものとなる見通しとのことです。もし同法案が可決され、実際に外資系企業がロシア政府の管理下におかれることになれば、ロシアから撤退した外資系企業の資産を国有化するのに匹敵するものであり、ロシアでの事業の停止に追い込まれた日系企業にとって重大な損失をもたらすおそれが考えられます。本稿では、仮にロシアで当該法案が可決され、その「国有化措置」の実施によって経済的損害を被る可能性のある日系企業が損害回復を図ろうとした場合の方策の一つをご紹介いたします。
「非友好国」企業の国有化法案の概要と問題点
上記報道によりますと、同法案では、ロシアからの撤退を表明した企業は、5日以内の事業再開、または事業継続と従業員維持を前提とする株式の売却によりロシア政府の管理下に入ることを拒否することができるとされています。仮にそれらいずれかの措置を行わない場合には、裁判所が3か月間の一時的な管理対象に指定することができ、その後、その株式が売り出されて、撤退を表明した企業は清算されるとしています。
ところで、このように投資受入国の措置によって投資家が不利益を被る場合については、投資家保護を目的とした投資協定の適用が問題となります。この点、日本とロシアとの間においては、「投資の促進及び保護に関する日本国政府とロシア連邦政府との間の協定」(以下「日ロ投資協定」という)[3]が締結されています(1998年署名、2000年発効)。同協定は、投資及び投資関連事業についての待遇を良好なものとするとともに、投資財産の保護を図ることを通じて、日ロそれぞれの投資家による他方の国の領域における投資のための良好な条件を作り出すことを目的とし[4]、具体的な投資保護の仕組みとして、最恵国待遇[5]、内国民待遇[6]、公正衡平待遇[7]の義務、収用・国有化の禁止[8]等を規定しています。
上記法案についてみると、仮にロシア側に何らかの目的があるとしたとしても、同協定第5条1項において、「投資家の投資財産及び収益も、他方の締約国の領域内において、公共のため、かつ、正当な法の手続に従ってとられるものであり、差別的なものでなく、また、迅速、適当かつ実効的な補償を伴うものである場合を除き、収用若しくは国有化又はこれらと同等の効果を有するその他の措置の対象としてはならない」と定められていますので、何らの補償もなくロシアからの撤退を表明した企業を政府の管理下におき、一定期間後にその発行株式を売却するなどした場合には、同条の義務に違反する可能性が生じ得るものと考えられます。また、同法案の内容は、外資系企業を対象とするものですので、差別的な取扱いなどの観点からも、公正衡平待遇義務等の違反の可能性について指摘され得るものと思われます。
日ロ投資協定の下での紛争解決手続の概要と注意点
同法案が成立してそれに基づく措置が発動され、投資家と投資受入国との間で紛争が生じた場合には、日ロ投資協定第11条が規定する投資家対国家の紛争処理手続(いわゆるISDS条項)の下での処理に委ねられることになります。同条の下では、当該紛争は可能な限り友好的に解決されるものとしていますが、その紛争が友好的に解決されない場合には、ICSID仲裁規則に基づく調停又は仲裁、もしくはUNCITRAL仲裁規則に基づく調停又は仲裁に付されることになります[9]。
なお、これらの紛争解決方法とは別に、日ロ投資協定は、投資受入国の国内裁判所での訴訟手続等についても認めています。この場合、仲裁や調停との関係で注意を要する点として、第11条4項でいわゆる「fork-in-the-road clause」と呼ばれる条項がおかれており、一旦国内での紛争解決プロセスを選択した場合には、その後に投資仲裁の申立てができなくなる点が挙げられます。
[1] 直近の動きとして、国有化の問題を含む「制裁下のロシア経済支援策第2パッケージ」が2022年3月11日にState Duma(連邦議会の下院)で審議される予定です。統一ロシア公式サイトのプレスリリース(https://er.ru/activity/news/vladimir-putin-podderzhal-iniciativu-o-vneshnem-upravlenii-v-inostrannyh-kompaniyah-kotorye-pokidayut-rossijskij-rynok)参照。
[2] Forbesロシア語版(https://www.forbes.ru/biznes/458441-edinaa-rossia-soobsila-o-podderzke-nacionalizacii-aktivov-usedsih-kompanij)参照。
[3] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-H12-1631_1.pdf#page=3
[4] 日ロ投資協定前文参照。
[5] 日ロ投資協定第2条2項、第3条1項。
[6] 日ロ投資協定第3条2項。
[7] 日ロ投資協定第3条3項。
[8] 日ロ投資協定第5条。
[9] 日ロ投資協定第11条。なお、同協定第11条2項(1)はICSID条約の規定に基づく調停又は仲裁を定めているが、ロシアは同条約に批准していないことから同条項は適用がない。
Member
PROFILE