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【スマートシティ連載企画】第12回 スマートシティと新しいワークスタイル(労働法との関係を中心に)
2022.04.11
TMI総合法律事務所 スマートシティプラクティスグループ
弁護士 大野修平
同 池田絹助
はじめに ~スマートシティにおける働き方と労働法~
スマートシティの意義・必要性の背景として、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大も背景に、・・・テレワークの進展など・・・急速なデジタル化が進行して」いること、「今般の新型コロナ危機を契機に、市民の生活スタイルやビジネススタイルが大きく変わり、オンライン化を前提に・・・地方移住の動きも見られる」ことが指摘されているように(内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省・スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局「スマートシティガイドブック」)、スマートシティの進展は、従業員のワークスタイルの多様化と深く結びついています。
他方で、従業員の働き方を考えるうえでは会社が遵守しなければならない労働法との関係も重要です。スマートシティ内で新技術の活用がされたとしても、既存の法体系を無視することはできず、労働法の枠内での労働条件の設計や労務管理が求められることになります。
このような労働法上の法体系との整合性をとりながら、技術の進歩により可能となる新しい働き方を適切に導入し、従業員の業務効率やワークライフバランスの向上を図っていくことは重要です。加えて、今後は、既存の労働法の枠内であってもスマートシティだからこそ、これまで困難であった労働条件の設計や働き方を実現できるという側面も出てくる可能性があると考えています。
本稿では、まず、スマートシティと結びつくワークスタイルとして、現在の労働法の下でも適法に運用できる制度を概説したいと思います(後記2)。
また、スマートシティにおいては、新技術開発のためのシステム開発が欠かせないところ、システム開発の分野においては、「アジャイル型開発」という手法が注目を集めています。当該手法を進めていくうえで労働法上留意しなければならない点があり、近時、厚生労働省からアジャイル型開発と偽装請負の関係について質疑応答集が公表されています。スマートシティを作り上げていく際の留意点といった観点からのご紹介にはなりますが、その点も少し触れたいと思います(後記3)。
従業員の柔軟な働き方
最近では、従来の決まった時間に出社し、決まった時間に退社するという働き方から、「出社時刻・退社時刻は会社が決めず、従業員の判断に任せよう」、「働く場所は必ずしも会社ではなく、自宅などでも働けるようにしよう」、すなわち、働く時間や場所にとらわれずに業務を行えるようにしようとする動きが進んでいます。
「スマートシティだからこのような働き方が推奨される」というわけではありませんが、スマートシティにおける技術の活用によって、より簡単に時間や場所にとらわれずに働くことが可能になると予想されます。
時間や場所にとらわれない働き方として、通常の勤務日ではあるものの、従業員が始業時刻・終業時刻を決定できるフレックスタイム制、会社ではなく自宅などで勤務をするテレワーク、休暇を取りつつ仕事をするワーケーションなどさまざまな類型がありますが、それぞれ、法律上、留意すべき点がいくつかありますので、ポイントとなる点を説明したいと思います。
(1) フレックスタイム制
フレックスタイム制とは、一定の期間(清算期間)についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、従業員が始業時刻・終業時刻を決定できる制度です。コアタイムやフレキシブルタイムを設けることで一定の制限をかけることもでき、会社の実情に応じてアレンジすることができます。
フレックスタイム制を導入するためには、①就業規則等に規定すること、②労使協定を締結することが必要であり、清算期間が1か月を超える場合には、③労使協定を所轄の労働基準監督署長に届け出る必要があります。紙幅の関係で詳細は割愛しますが、①及び②には、それぞれ法定の事項を規定しなければならないとされているので注意が必要です。
また、上記の要件を満たして、フレックスタイム制を導入した場合には、コアタイム以外で具体的な業務への従事を命じることができないことには留意する必要があります。
すなわち、フレックスタイム制は、始業時間及び終業時間を従業員が決定できる制度ですので、使用者が会議への出席等を一方的に指示できるのは、コアタイム(勤務しなければいけない時間帯)に限られます。また、急なトラブルがあった場合でも、出社していない従業員に対して出勤してトラブル対応をするよう命ずることはできず、あくまでも任意に出社を依頼することしかできません。
以上のような制約も踏まえてフレックスタイム制を導入するか否かを検討することが重要です。
(2) テレワーク
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、多くの会社でテレワークが導入されるようになりました。
テレワークは、会社とは異なる場所で業務を行うことになるので、従業員の労働時間管理をどのように行うか、情報セキュリティをどのように確保するかが当初から課題として挙げられます。また、従業員間のコミュニケーション不足、人事評価の困難性など、運用面での問題も顕在化しました。
テレワークの主な留意点は以下のとおりです。
- 規程類の整備
テレワークを行うにあたっては、規程類の整備が必要となります。
テレワークを行うにあたって、出退勤の管理、中抜け時間などの取扱い、長時間労働抑止のためのルールなどの労働時間に関する事項、テレワークの際に用いる情報通信機器の取扱いに関する事項、テレワークに要する費用負担など、テレワークにおいて特有の取り決めるべき事項があります。これらの事項の中には、就業規則に定めなければならないものもあるため、それらの取扱いが定められた規程の用意が必要です。 - 情報セキュリティ・情報管理
テレワークに関する情報セキュリティ・情報管理については、総務省が2021年5月31日に「テレワークセキュリティガイドライン(第5版)」を公表しています。当該ガイドラインには、テレワークにおけるセキュリティ対策やトラブル事例などが挙げられており、情報セキュリティを検討するにあたって参考となります。
テレワークでは、通常とは異なる場所で業務を行うことになり、資料の紛失など、情報漏洩のリスクが高まることになりますので、従業員に対する十分な指導・教育ととともに、資料持ち出し等のルールを明確に定めておくことが重要です。 - 労働時間管理
使用者は従業員がテレワークをしている場合でも、労働時間を適切に把握する必要があります。この点、厚生労働省が公表している「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」(以下「テレワークガイドライン」といいます。)では、労働時間の管理を、情報通信技術を活用して行うことも示唆されています。
具体的には、PCを立ち上げた後、「出退勤時に打刻する」、「メールで報告する」、「PCの稼働時間」などの方法で労働時間を管理している会社もあると思いますが、スマートシティでは、従業員による打刻・報告等ではなく、PC・スマホの稼働時間のほか従業員の行動を踏まえて、より正確に労働時間を把握することができるようになるかもしれません。このように、従業員の報告の有無にかかわらず、労働時間を正確に算定することができれば、長時間労働の対策にもなると思われ、大変に期待されるところです。
以上のほか、テレワークでは、個々の従業員の働きぶりが見えにくく、人事評価、人材育成などに困難が生じるといった側面もあります。テレワークガイドラインでも指摘されているとおり、従業員に求める内容や水準を具体的かつ明確に示しつつ、密にコミュニケーションをとりながら評価をしていくことが重要です。
(3) ワーケーション
「ワーケーション」とは、一般に「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた造語であるといわれますが、特に定まった定義はありません。
観光庁が公表している、「新たな旅のスタイル ワーケーション&プレジャー」(https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/img/wb_pamphlet_corporate.pdf)では、「業務型」(仕事をメインとして、その前後に余暇を楽しむスタイル)と「休暇型」(観光地などで余暇を楽しみながらテレワークを行うスタイル)があると指摘されています。多くの方がワーケーションと言われてイメージするのは、「休暇型」と言われるものと思いますので、本稿では、「休暇型」のワーケーションを念頭において執筆しています。
ワーケーションは、同僚に負担をかけたくない・休暇中に仕事を溜めたくないという、休暇取得の(心理的)障害を緩和することが期待されるため、休暇の取得を促進する効果があるとされています。一方で、この効果の表裏一体の関係として、「休暇を取得しているのに休めない」という従業員にとってのデメリットのほか、会社としても労務管理や情報セキュリティの観点から留意する必要があります。
ア. ワーケーションにおける法的留意点
ワーケーションを導入・運用するにあたっては、社内規程・ルールの整備、労働時間管理等の労務管理、情報管理などの対応が必要となります。
社内規程・ルールの整備については、そもそものワーケーションの制度設計(新たにワーケーションが可能な日(休暇を前提としつつ、必要に応じて業務に従事できる日)を設定するのか、既存の時間単位の年次有給休暇で対応するのか等)、ワーケーションの対象者、ワーケーション時の遵守事項などを就業規則等で定める必要があります。
次に、ワーケーション時の労働時間管理は、大きな問題となり得るところです。ワーケーションにおいても、適切に労働時間を管理する必要があり、厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に基づいた対応が必要です。
また、ワーケーションは、会社外部での業務を認めることになりますから、テレワークと同様、情報セキュリティの確保も導入にあたっての課題となります。
イ. スマートシティにおけるワーケーション
スマートシティにおいては、ICT技術を用いることによって、上記のとおり今よりもより適切かつ正確に労務管理(特に労働時間管理)を行うことができるようになることが期待されます。
現段階では、スマートシティとワーケーションとを絡めた具体的な施策は発表されていないようですが、今後のICT技術の開発によって、より適切な労務管理に関する技術の開発や情報セキュリティの確保が容易になれば、ワーケーションもより広がりをみせるのではないかと予想しています。
アジャイル型開発について
最後にアジャイル型開発と偽装請負について、説明したいと思います。
アジャイル型開発とは、一般的に、「開発要件の全体を固めることなく開発に着手し、市場の評価や環境変化を反映して開発途中でも要件の追加や変更を可能とするシステム開発の手法」とされており、「発注者側の開発責任者(プロダクトオーナー等。以下同じ。)と発注者側及び受注者側の開発担当者(再委託先の開発担当者を含みます。以下同じ。)が対等な関係の下でそれぞれの役割・専門性に基づき協働し、情報の共有や助言・提案等を行いながら個々の開発担当者が開発手法や一定の期間内における開発の順序等について自律的に判断し、開発業務を進めることを特徴」とすると説明されます。
このような開発手法の下においては、発注者の従業員と受注者の従業員が協働して業務を行うことになるため、いわゆる偽装請負のリスクがあるのではないかという指摘がなされていました。
これに関連して、昨年、厚生労働省が「「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」 (37 号告示)に関する疑義応答集(第3集)」を公表し、アジャイル型開発における偽装請負の考え方を示しました。(https://www.mhlw.go.jp/content/000834503.pdf)
厚生労働省が公表した質疑応答集の要点は以下のとおりです。
アジャイル型開発と偽装請負の関係について |
アジャイル型開発においても、発注者と受注者側の労働者との間に指揮命令関係がある場合には、偽装請負に該当します。 |
発注者側と受注者側の開発担当者の接触などについて |
アジャイル型開発においても、実態として、発注者側と受注者側の開発関係者が対等な関係の下で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断して開発業務を行っていると認められる場合には、(i)発注者側と受注者側の労働者が密に連絡をすること、(ii)開発チーム内の技術的な議論、助言、(iii)発注者側と受注者側の会議において受注者側の管理責任者が会議に参加せず、受注者側の開発者のみが出席することも、直ちに偽装請負と判断されるものではありません。 |
開発担当者の技術・技能の確認について |
発注者が特定の者を指名して業務に従事させたり、特定の者について就業を拒否したりする場合は、発注者が受注者の労働者の配置等の決定及び変更に関与していると判断されることになり、適正な請負等とは認められません。 |
このように、アジャイル型開発の手法を採用する場合でも、実態として発注者と受注者の従業員が対等な関係で協働し、受注者側の開発担当者が自律的に判断している場合には、偽装請負とはならないとされています。
このような実態を確保するために、発注者側としては、従業員に対する周知徹底を行うとともに、「対等な関係で協働できる受注者に発注する」ことが、偽装請負を防止するための重要な観点になると考えられます。
さいごに
スマートシティと労働法というテーマを説明してきましたが、労働法による規制がありますので、「スマートシティだから」ということで、すぐに従業員の働き方が劇的に変わるということはないでしょう。しかし、労働法の枠内ではあるものの、スマートシティだからこそ、これまでは導入が難しかった制度を導入してより良い環境で従業員に働いてもらうということが可能になるように思われます。TMIでは、クライアントの皆様の想定する職場環境に応じて、最適な制度構築とその導入のサポートをさせていただきます。
以上
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