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知財DDにおける特許調査の類型と留意点
2022.06.13
出資や買収を検討する際に行う対象会社の評価のための調査と検証をデュー・デリジェンス(略してDD)といい、その中でも知的財産の観点で行われるDDを特に知財DDといいます。知財DDにおいて調査・検証する項目は多岐に渡りますが、主に、対象会社が保有する既存の情報をレビューするものと、別途調査を行いあらたな情報を収集した上で、それらをレビューするものとに大別されます。特許庁のスタートアップ知財コミュニティポータルサイトIP BASEには、知財DDにおける具体的な調査項目について列挙されています。
出所:特許庁IP BASE
https://ipbase.go.jp/learn/due-diligence/
知財DDの調査項目には、既存の情報をレビューするものとして、例えば、対象会社の保有する特許や特許出願の法的ステータスの確認、ライセンス契約、当事者系審判や訴訟記録、職務発明規程の有無・内容のレビューなどが挙げられます。これらはいずれも対象会社の抱える知財的なリスクを評価するものです。一方で、あらたな情報を収集するものとしては、主にリスク評価の観点から侵害予防調査(FTO調査)と無効資料調査、価値評価の観点から先行技術調査、特許ポートフォリオ調査、技術動向調査が主なものとして挙げられます。
知財DDにおける特許調査類型
今回は知財DDにおいて行われる上記5つの特許調査類型と、それらの留意点について解説したいと思います。
侵害予防調査(FTO調査)
自社製品やサービスを実施行為において他社の権利を侵害していた場合、損害賠償請求されるのみならず、製造や販売差し止めなど、事業の継続ができなくなるリスクがあります。当然、IPOを目指すスタートアップの上場審査でも他社特許への抵触はリスク要因として重要視されることから、FTO調査は、知財DDの中でも重要な項目の一つであるといえます。FTO調査では、まずはこれまでの訴訟・係争の有無や、対象会社自身によるFTO調査の実施の有無や内容を確認し、DDにおいてあらたに調査をする必要があるのかを確認します。その上で、調査を実施するという判断に至った場合には、まずは対象企業の製品やサービスの具体的な仕様などから調査対象技術を特定し、その調査対象技術を包含する権利範囲を持つ他社特許を調査してくことになります。ここで、特許出願は毎年国内だけでも約30万件、海外も含めると数100万件が出されているため、その全てを調査対象に含めることは現実的には不可能です。したがって、FTO調査においては、調査対象技術の特定と、それを踏まえた適切な調査範囲の設定が重要になってきます。例えば、調査範囲として、すでに特許として権利化されているもののみを対象にするのか、或いは将来権利化される可能性のある出願中のものも含めるのか、対象国はどこにするのか、調査期間をどうするのかなどを、技術分野や対象会社の今後の事業展開などを踏まえながら決定していくことになります。さらに、万が一、抵触が懸念される他社特許が発見された場合には、製品・サービスの設計変更や、一部地域での製造・販売中止、懸案特許の無効化、カウンター特許の出願・権利化、ライセンスの取得など、事業の内容やステージに応じてその具体的な対応策を検討する必要があります。FTO調査は、対象会社の事業の継続性や、上場審査に影響を与えるという点でとても重要な調査である一方で、調査範囲の特定や、懸案特許が見つかった場合の対応など、高度な専門知識が必要となる調査であると言えます。
無効資料調査
仮に上記の1.FTO調査で自社製品やサービスの実施に障害となるような他社特許が発見された場合、上述したとおり様々な対応策が考えられますが、その対応策の一つが特許を無効化することです。特許の審査過程では、審査官による先行文献調査が行われ、特許性があることを一応は認めておりますが、それでも世界中に存在する全ての先行文献を調査することは不可能であり、本来許可すべきではなかったものが特許になってしまっているという実情があります。令和2年の特許庁の統計によると特許の無効化手続きである無効審判により無効とされた特許は全体の17%であることが報告されています。
出所:特許庁審判部
https://www.jpo.go.jp/system/trial_appeal/document/index/shinpan-doko.pdf
無効資料調査では、そのような本来許可すべきではなかった特許に対して、あらためて調査を行い、特許を無効化する先行文献を探し出します。無効資料調査によって特許性を否定するような文献が見つかった場合、その懸案特許を無効化することが可能となるため、仮に、特許権者から特許侵害の警告状が送られてきたり、訴訟提起された場合でも、事業の差止めやライセンス料支払いを回避できる可能性が高まります。留意点としては、無効資料調査の場合、通常は1か月以上の時間がかかり、さらにFTO調査の結果を受けての調査になるため、DDの期限がタイトな場合には、FTO調査と併行して行う(懸案特許が見つかった段階ですぐに無効資料調査をスタートする)などの対応が必要になってきます。
先行技術調査(特許性調査)
対象会社が技術を強みとするテック系企業の場合、保有するコア技術に関して特許を出願しているかはもちろん、その出願された特許が権利化される可能性が高いのか(特許性を有しているのか)が重要になります。特許を出願するだけであれば出願料さえ支払えば誰でもできますが、その特許出願が最終的に審査段階を経て許可されて権利として保護されなければ意味がありません。先行技術調査は、通常は特許の出願前に行われますが、DDの場合は、すでに出願された特許に対して行われます。先行技術調査は、リスクというよりも、対象会社の保有するコア技術の価値を評価する調査になるため、事業継続リスクに直結するFTO調査や無効資料調査よりは深刻度が低く、時間との兼ね合いからややざっくりとした調査になることも多いです。例えば、調査対象の国や出願人、期間などを絞ることで、おおよその特許性を判断することができます。ここで、仮に類似の先行特許が数多く発見された場合には、対象会社のコア技術はすでに過去の技術となっている可能性があり得ますし、逆に類似の先行特許が全く発見されなかった場合は、そのコア技術はこれまで誰も実現し得なかった革新的なものである可能性が高いということになります。また、DDの期限がタイトである場合には一から調査を行うことはせずに、各国特許庁の審査過程ですでに発行されている拒絶理由通知(Office Action)や、国際段階においてPCT出願に対して発行される国際調査報告(ISR)などの検討を行うことで一応の特許性を判断することもあります。
特許ポートフォリオ調査(網羅性調査)
対象会社の製品やサービスが特許によって保護されているかという点は、対象会社がその事業の独占性を維持できるか否かに関わってくるため、重要な調査項目となります。特許ポートフォリオ調査においては、対象会社の保有する特許群に関して、対象会社の製品・サービスが網羅的に保護されているか、特にコアとなる技術について多面的に保護されているか、バリューチェーンの観点から利益を生み出すポイントで特許が出されているかなどをチェックすることで、特許ポートフォリオ全体として価値のあるものになっているか否かを評価します。特許ポートフォリオ調査の結果、例えば、製品の一部について特許による保護が十分ではないということが判明した場合には、その部分については、未だ公開されていなければ(新規性が維持されていれば)、あらたに特許を出願してポートフォリオを強化しておくというような対策を取ることができます。また、一見すると製品やサービスを保護しているように見受けられる権利範囲(クレーム)であったとしても、余計な構成要件が含まれているような場合は、他社が容易に回避することが可能になってしまうため、特に重要と思われる特許については、そのクレームの内容について十分に精査しておく必要があります。さらに、特許出願は通常は公開されるまでに1年半のタイムラグがあるため、DDの時点で公開されていない特許出願については、対象会社に出願書類を提供してもらった上でその内容を確認する必要がある点にも留意する必要があります。なお、この特許ポートフォリオ調査や後述の技術動向調査については、DDよりも前の対象会社の選定段階で行われることも多い調査になります。
技術動向調査
技術動向調査についても、3.先行技術調査と同様に、対象会社の保有する技術の価値を評価する調査になりますが、先行技術調査は特許性の観点から先行文献に対する新規性・進歩性の有無を評価するのに対して、技術動向調査は調査母集団全体についての統計解析をパテントマップなどを用いて行うことで、関連技術や関連企業全体の中での対象会社の位置づけを俯瞰的に評価します。先行技術調査はミクロ且つ点で評価するのに対して、技術動向調査はマクロ且つ面で評価するイメージです。技術動向調査は、調査目的や、対象会社の業態・業種、関連する技術分野などによって様々な種類がありますが、代表的なものとしては、対象会社の保有する特許や技術について独自性と優位性の観点から評価するものがあります。独自性・優位性については、対象会社の保有する技術が、競合の技術と比較して独自なものであるかや優位なものであるかを、要素技術、課題、用途などの様々な観点から評価します。評価する際には技術分野や目的に応じて適切なマップを作成していくことになりますが、例えば、以下のようなテキストマイニングを用いたランドスケープマップを作成し、対象会社の周りに競合他社がどの程度存在するかを確認することで、対象会社独自の領域であるのか、或いは、他社も多く参入している競争の激しい領域であるのか、などを俯瞰的に確認することができます。
XRゲーム分野における対象会社の位置付け
以上、知財DDにおける5つの特許調査類型とその留意点について解説させて頂きました。これらは調査のフルラインナップになりますが、実際にはDDにかけられる時間や予算、重要度との関係で調査スコープをどのように絞るかのプランニングが重要になります。一般的にはDDは出資や買収の際の潜在的なリスクを洗い出すことが主な目的となるため、知財DDにおいてもリスクを評価する調査に重きが置かれがちです。しかしながら、特に技術に強みを持つテック系スタートアップなどをDDの対象とする場合には、特許や技術によって今後その事業がどの程度スケールするかが大きく左右されるため、リスクと同じくらい或いはそれ以上に、その企業の保有する特許や技術の客観的な価値を評価することは重要であると考えます。なお、これらの価値評価の調査は、出資者側がDDの一項目として行うだけでなく、出資を受ける側が自社の特許や技術の客観的価値を評価する際にも有用です。出資を受ける側がDDをしておくことで、M&Aの実現可能性を高めたり、取引を円滑化したり、有利な売却条件を交渉できたりなど、様々なメリットが考えられます。今後は、出資者側に知財の価値評価の重要性が浸透するに伴って、中小企業やスタートアップなどが出資者向けのアピール材料としてこれらの調査を活用する場面が増えてくることが予想されます。
以上
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