ブログ
【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】1 損害賠償額算定における特許発明の寄与率に関する事例
2022.06.23
はじめに
本件は、特許権侵害の損害賠償額の算定において、侵害行為により得られた利益に対する特許発明の寄与率が問題とされた事例です。本件では、特許発明に係る部品を採用したことによる製造装置全体の製造能力の向上率が、そのまま、侵害者が製造装置の販売によって得た利益に対する特許発明の寄与率と認められるという興味深い判断がされています。
本件は、2021年の江蘇省人民法院による知的財産司法保護十大典型判例、及び2021年の最高人民法院による知的財産司法保護50典型判例に選定されています。
事件情報
事件番号:江蘇省高級人民法院(2018)蘇民終1384号
判決日:2021年10月28日
上訴人(一審原告):VMI Holland B.V.
上訴人(一審被告):薩馳智能装備股份有限公司/薩馳機械工程(上海)有限公司
事案の概要
(1)本件の経緯
原告のVMI Holland B.V.はオランダのタイヤ製造装置メーカーであり、発明の名称を「切断装置」とする中国特許第200880006690.4号(出願日:2008年2月29日、登録日:2012年7月4日、以下「本件特許」とします)の特許権者です。同社は、被告の薩馳智能装備股份有限公司及び薩馳機械工程(上海)有限公司によるタイヤ成型機の製造・販売等の行為が自らの特許権を侵害しているとして、侵害行為の差止めと850万元の損害賠償を求めて江蘇省中級人民法院に提訴しました。一審裁判所は侵害行為の成立を認め、被告に侵害行為の即時停止と306万元の損害賠償を命じました。原告・被告はいずれもこの判決に不服とし上訴しましたが、二審裁判所は一審判決を維持しました。
(2)本件特許発明
本件特許は、タイヤ製造用のゴム部品を切断する「切断装置」の発明に関するものです。被告は本件特許に対する無効審判を請求しましたが、原告は無効審判中に特許請求の範囲の訂正を行い、訂正後の請求項に対し権利維持の審決が下されました。訂正後の請求項1は以下の通りです(参照符号は筆者が追加)。
【請求項1】
グリーンベルト用のゴム部品(9)を切断する切断装置であって、前記切断装置が、前記ゴム部品を搬送方向に搬送するローラコンベア(1)を有し、前記ローラコンベアが、互いにほぼ平行でありかつ互いに間隔を置いて配置された幾つかのコンベアローラ(2)を有し、且つ前記ローラコンベアが2つの互いに向かい合う側面を有し、
前記切断装置は、前記ゴム部品の前記搬送方向から見て、前記2つの互いに向かい合う側面の一方の側面にてナイフ(4)の前方に圧力ローラ(10)を有し、他方の側面にて前記ナイフの後方に圧力ローラを有し、前記圧力ローラは、前記ローラコンベア上に押し付けられる前記ゴム部品を保持するために用いられ、前記圧力ローラは、前記ローラコンベアの幅の半分より短い幅で延びており、
前記切断装置が、前記ゴム部品を前記搬送方向に対してある角度で切断するナイフを有し、前記切断装置が、2つのコンベアローラ間を前記搬送方向に対して横切って延びる押し上げビーム(8)を備え、前記押し上げビームが、前記ゴム部品を押し上げるように鉛直方向に移動可能であり、前記ナイフが、前記ローラコンベアに対してガイドレール(3)に沿って移動可能であるように配置され、前記ナイフが前記搬送方向に対して成す角度が、約18°から約34°の範囲で調整可能であることを特徴とする切断装置。
このような本件発明に係る切断装置は、コンベアローラ(2)上で圧力ローラ(10)によって位置決めされたゴム部品(9)を押し上げビーム(8)で菱形状に押し上げて切断するため、切断エラーの少ない、精確で効果的な切断が可能となるものです。
主な争点に対する判断
本件では、まず、被告製品の備える位置決め用のローラが本件発明の圧力ローラに相当するかという構成要件充足性が争われましたが、この判断には新たな観点は見られませんでした。本件判決では、その後の損害賠償額の算定において、特許発明の寄与度の算定に関し興味深い考え方が示されましたので、以下、この点に絞ってご紹介します。
(1)損害賠償額算定における寄与率の適用に関する現行の規定
まず、損害賠償額算定における寄与率の適用に関する現行の規定を簡単に整理致します。
特許侵害の損害賠償額の算定基準について、中国専利法第71条第1項では、「専利権侵害の賠償金額は、権利者が権利侵害により被った実際の損失又は侵害者が権利侵害により得た利益によって確定する。権利者の損失あるいは侵害者が得た利益の確定が難しい場合、その専利の許諾実施料の倍数を参照して、合理的に確定する。(後略)」と定めています。
このうちの「侵害者が権利侵害により得た利益」の具体的算定方法については、2021年改正に係る最高人民法院の「専利紛争事件審理における法律適用問題に関する若干の規定」第14条第2項に、「専利法第65条に規定する侵害者が侵害行為により得た利益は、当該侵害製品が市場において販売された総数に、侵害製品1つあたりの合理的な利益を乗じた積に基づいて算定することができる。侵害者が侵害行為により得た利益は、一般に、侵害者の営業利益に基づいて計算するが、完全に侵害を業として行っている侵害者に対しては、売上利益に基づいて計算することができる。」と規定されています。
更に、部品発明の製品全体に対する寄与率の算定については、2009年の最高人民法院の「専利権侵害紛争事件の法律適用問題に関する解釈」第12条第2項に、「特許、実用新案権を侵害する製品がもう一つの製品の部品である場合、人民法院は当該部品そのものの価値、及び完成品の利益の実現における当該部品の作用等の要素に基づいて、合理的に賠償金額を確定する」と規定されています。
(2)侵害者利益に関する当事者の主張
一審において原告は、上記専利法第71条に規定の「侵害者が侵害行為により得た利益」に基づく損害賠償額の算定を主張し、被告の株式上場時の株主説明資料などに基づき、被告のタイヤ成型機の販売台数を最低20台、平均粗利率を37.5%、利益率を22.7%と推定することを主張しました。その上で、被告は完全に侵害を業として行っている企業であるため、被告製品の販売価格に販売台数及び粗利率を乗じた金額を被告が侵害行為により得た利益として主張しました。
これに対し被告は、原告の推算した販売台数が多過ぎること、また、被告の利益を粗利率ではなく営業利益率に基づいて算定すべきであることを主張しました。裁判所は被告に対し、利益額算定に関する文書の提出を命じましたが、被告はこれに従わず、財務資料を提出しませんでした。
(3)特許発明の寄与率に関する当事者の主張
本件発明の切断装置は、タイヤ成型機という最終製品の部品にあたるため、本件訴訟では、特許発明の寄与率の算定が問題となりました。
一審において原告は、本件特許の被告製品における寄与率を、本件特許に係る切断装置を備えるタイヤ成型機と、備えないタイヤ成型機との故障率の差を用いて推算することを主張しました。即ち、同じ生産効率を有する2台のタイヤ成型機のうち、1台は従来技術の切断装置を備え、もう1台は本件特許に係る切断装置を備えると仮定し、両者の「故障率の差」を用いた以下の計算式により、本件特許の寄与率を算定することを主張しました。
上記の式1は、特許発明に係る切断装置を有するタイヤ成型機と有しないタイヤ成型機との「①一日の故障回数の差」に、「②毎回故障時のダウンタイム」を乗じて、特許発明の採用により節約された時間を算出し、これを「③タイヤ1台の製造時間」で割って、節約された時間で生産できたタイヤの数である「④特許発明により向上した生産量」を計算しています。続く式2では、この「④特許発明により向上した生産量」を「⑤毎日の生産量」で割って、「⑥総生産量に対する特許発明の寄与率」を求め、これをそのまま、「⑦特許発明の侵害製品の利益に対する寄与率」へと読み替えています。
最終的に求めるべき「⑦特許発明の侵害製品の利益に対する寄与率」は、被告のタイヤ成型機の販売利益のうち、どれだけの割合が特許発明によってもたらされたかを表す数字です。一方、「⑥総生産量に対する特許発明の寄与率」は、タイヤ製造機によってどの程度の効率化が図られたかを示す数字です。よって、両者は全く性質の異なる数値であると言えます。しかしながら、ユーザは、故障が少なく生産効率が向上することに魅力を感じて被疑侵害製品のタイヤ成型機を購入するのであり、「⑥総生産量に対する特許発明の寄与率」と「⑦特許発明の侵害製品の利益に対する寄与率」とは、大まかに言えば比例関係にあるというのが、原告の主張と思われます。
更に、原告は、「①一日の故障回数の差」について、被告企業の技術者が業界ホームページに発表した自社製品に関する記事の中で「特殊な裁断方法を採用し、切断マットを無くすことで、より柔軟な角度調整が可能となり故障率が大幅に低減される」と述べていることを指摘しました。また、タイヤ業界で24年間の経験を有するBlack Donuts Engineering社の技術者を専門家証人として出廷させ、上記計算式中の「①一日の故障回数の差」は30~45回であり、「②毎回故障時のダウンタイム」は作業員の熟練度により2~50分間であるとの証言を行いました。また、上述の被告の株主説明資料に、「③タイヤ1台の製造時間」は38秒以下、「⑤毎日の生産量」は1800本と記載されている旨を主張しました。
これに対し被告は、タイヤ成型機の故障率は、本件特許発明より前の段階で、従来技術により既にほぼゼロとされており、原告の主張は不当であると反論しましたが、原告の上記の算定式及び各項の具体的な数値を否定する何らの証拠も提示しませんでした。
(4)裁判所の判断
一審裁判所は、被告が株式上場を控えた企業として、裁判所の求めに応じて損害賠償額算定のための財務情報を提示する能力を有していながら、文書の提出命令に応じないことから、それによる不利な結果を負うべきであると指摘しました。その根拠として挙げたのは、2016年の最高人民法院の「専利権侵害紛争事件の審理における法律適用に関する若干の問題の解釈(二)」第27条の「権利者が侵害行為によって受けた実際の損失の確定が難しい場合、人民法院は専利法第65条第1項の規定に基づいて、権利者に、侵害者が侵害行為により得た利益に対する挙証を求める。権利者が侵害者の得た利益の初歩的な証拠を提供し、専利侵害行為に関する帳簿、資料が主に侵害者によって掌握されている状況においては、人民法院は侵害者に対し、帳簿、資料の提供を命じることができる。権利者が正当な理由なく提供を拒否し、又は、虚偽の帳簿、資料を提供した場合、人民法院は権利者の主張及び提供した証拠に基づいて、侵害者が侵害行為により得た利益を認定することができる」との規定です。
その上で、一審裁判所は、原告が被告の株主説明資料などに基づいて推定したタイヤ成型機の販売台数を、被告による反証の無い状況において合理的なものである、として採用しました。ただし、販売台数に乗じられる利益率については、原告が完全に侵害行為を業として行っているとの原告の主張には証拠がないとして、粗利率によって算定すべきとの原告の主張を退け、対象期間の平均の営業利益率を採用しました。
また、特許発明の寄与率についても、本件発明に係る切断装置はタイヤ成型機の核心となる部品の一つであり、本件切断装置の採用による故障回数の低減は、まさに本件特許発明の価値を体現している、として原告の主張する寄与率の計算式を採用しました。
更に、計算式を用いるために必要な各項の具体的な数値についても、原告の用意した専門家証人の証言、及び被告株主説明資料に基づく主張を採用し、式1及び式2に当てはめた計算結果である266万元に、訴訟費用40万元を加えた306万元を損害賠償額として確定しました。
二審裁判所は、上記の一審裁判所の判断を支持しました。
コメント
上記4の(1)に引用した司法解釈の規定からわかるように、中国の特許侵害訴訟において、部品に係る特許発明の寄与率は、損害賠償額の推定の過程において考慮されるものとの位置づけです。寄与率の具体的な数字は、権利者側が主張・立証し、侵害者が反論・反証することができますが、最終的には様々な要素に基づいて人民法院が確定するものと位置づけられています。
過去の裁判例において、特許発明の寄与率を乗じて損害賠償額を算定したケースは少なくありませんが、その寄与率の算定方法はまちまちでした。具体的に、当事者の提出した評価報告書に記載の寄与率が直接採用されたケースもあれば、特許発明の侵害製品全体における比率や機能上の重要性、購入判断への影響等の複数の要素を考慮して裁判所が決定したケースもあり、参考にできる基準があまり存在しない状況です。
本件は、そのような状況の中で、比較的詳細な検討の下に、一定の計算式を用いて特許発明の寄与率を算定した珍しいケースと言えます。上述の通り、原告の計算式において、「⑥総生産量に対する特許発明の寄与率」をそのまま「⑦特許発明の侵害製品の利益に対する寄与率」と読み替えた点には、数値的な根拠はありません。しかしながら、寄与率そのものが諸般の事情を参酌して人民法院により決定されるという枠組みの中では、裁判官の判断の拠り所となる、ある程度の合理性をもった基準を示すことができれば、採用され得ることを示した事例と思われます。本件が江蘇省及び全国の人民法院の重要判例に選出されたことを鑑みれば、今後、人民法院がこのような寄与率の算定を積極的に採用していく可能性があると考えられます。
本件を2021年の知的財産司法保護十大典型判例に選出するにあたり、江蘇省人民法院は、「(本件判決の意義は、)第一に、平等な保護の原則を貫いたことである。国内外の当事者の知的財産権を平等に保護することは、市場化、法治化、国際化されたビジネス環境を作り出し、運営していく上で有利である。原告のVMI社は、本件判決を『中国の司法制度がイノベーション保護、知的財産保護に尽力していることを体現しており、このような複雑な事件で中国の司法制度が公正且つ客観的な判断をしたことは、中国における国際的な投資者の信用を増強するものである』と述べている。世界で最も早く創刊されたゴム類の雑誌であり、世界で最も有力な工業雑誌である『European Rubber Journal』、英国の『Tyrepress』誌等でも、肯定的な特集報道がなされた。第二に、特許侵害の損害賠償額を精確に確定したことである。現状、特許侵害事件、特に複雑で難解な事件では、損害賠償金額の精確な算定及び確定が依然として難題となっている。その原因は、権利者の損失及び侵害者の利益の証拠の収集・取得が難しいことだけではなく、侵害製品の侵害者の営業利益全体における割合、特許技術の製品利益に対する技術的寄与率等の複雑な技術的・経済的な問題にある。本件において、裁判所は、経済分析の角度から特許技術による製品価値の増大を評価し、技術的法則に合致した「故障率の差」という方法を用いて複数部品、複数特許からなる複雑な製品の特許侵害による損害賠償額を精密に計算することを試みた。ここで採用された技術的寄与率の計算方法は、同種の事件処理にとって有益な参考となるものである。判決後、双方当事者は判決に承服し、被告は主体的に判決を履行した。」と述べています。
Member
PROFILE