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【欧州法務ブログ:フランス進出・フランス企業買収実施前に知っておきたい基礎知識】 第2回:労働者代表機関(CSE)について
2022.07.06
はじめに
フランス企業の買収・資本提携を目的としたオファーを出す場合、労働者代表機関である社会経済委員会との交渉は避けて通れません。
社会経済委員会(Comité Social et Economique、「CSE」)は、使用者および従業員代表で構成され、2020年1月1日以降、従来の従業員代表(DP)、企業委員会(CE)および安全衛生労働条件委員会(CHSCT)に替わる、企業内の唯一の労働者代表機関となりました[1]。11人以上の労働者を有する企業はCSEを設置しなければなりません[2]。
本ブログでは、欧州各国のワークス・カウンシル(従業員代表、労使協議会等とも訳されます。)の中でもとりわけ存在感のあるフランスのCSEの役割についてご紹介した後、買収・資本提携に向けた交渉のタイムラインに影響を及ぼすいくつかの注意点について説明します。
CSEの任務
CSEの任務は、企業の従業員数が50人未満(11人から49人まで)であるか、50人以上であるかにより異なります。CSE委員は、労働法典第L.2315-3条にもとづき、任務遂行の上で察知した企業秘密[3]を遵守するとともに、使用者から秘密情報として取り扱うように指示されたものについては守秘義務を負います。
2.1 従業員数が50人未満の企業におけるCSEの任務
労働法典第L.2312-5条に従い、従業員数が11人以上49人以下の企業に設置されたCSEの従業員代表委員は、以下の任務・権限を有します。
賃金、労働法典、その他の社会保障に関する法令や労使協約・合意について、従業員から個別的・集団的に、何らかの要求があった場合、それを使用者に伝えます。また、従業員の健康増進、安全そして労働条件の改善に貢献し、労災や職業病の調査を実施します[4]。
従業員の人権が侵害された場合や、従業員の安全を脅かすような事態があれば、その旨を使用者に通知します[5]。
さらに、従業員が差別的な待遇を受けたり、セクハラ・パワハラの標的となったり、職場の安全・衛生管理がずさんであるなどの法令違反があった場合、CSEは、このような状況から従業員を守るために、労働監督署に通報することができます。
これに加えて、経済的理由による解雇を行う場合、使用者は、CSE会議を招集して解雇の必要性を説明し、CSEの意見を求めなければなりません[6]。なお、使用者は、CSE会議に先立ち、解雇事由、解雇対象者の人数、解雇優先順位の基準、解雇スケジュール、解雇対象者への経済的支援策、他の従業員のメンタル面でのサポートおよび労働条件についてCSE委員に説明しなければなりません。これら法定手続を伴わない解雇は不当な解雇となり、CSEへの情報提供・諮問プロセスを怠ったことにより、使用者は、妨害罪に問われることもあります。
使用者は、少なくとも月に一度、CSE会議を招集しなければなりません。従業員が50人未満の企業に設置されたCSEは法人格を有しませんので、運営費用などの予算は支給されません[7]。
2.2 従業員数が50人以上の企業におけるCSEの任務
従業員数が50人以上の企業に設置されたCSEは、上記の「従業員数が50人未満の企業におけるCSEの任務」に加え、企業が、経営および経済面・財政面での推移、労働体制の構築、従業員の職業訓練および生産技術について決定を下す際に、従業員の利益が損なわれないように、従業員全体の意見を経営陣に伝えることが主な任務です[8]。
労働法典第L.2312-8条に従い、下記の事項についてはCSEへの諮問は必須となります。
- 従業員数および人的リソースの構成に影響を及ぼす事項
- 会社組織に経済上または法律上の変更が生じるとき
- 従業員の雇用条件、労働時間などの労働条件、職業訓練に関する事項
- 新技術の導入、従業員の健康、安全、労働条件に重要な修正を要するとき
- 労災認定を受けた従業員、戦争などによる身体障がい者、慢性進行性疾患者、障がい者の採用、復帰および維持に関する事項
なお、「従業員数が50人未満の企業におけるCSEの任務」と同様、経済的理由による解雇手続を適法に行うために、使用者は、CSE委員に情報を提供し、解雇について意見を聴収しなければなりません。
また、2021年8月25日付に施行された「気候変動レジリエンス法」により、企業には、環境への影響を勘案した事業運営が求められます。これに伴い、企業は、温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みについて、CSEに情報を提供することになります(労働法典第L.2312-17条及びL.2312-22条)。例えば、新商品・新技術を開発・導入する際の環境に与えるインパクトや、住所移転の際の、移転先物件のエネルギー効率性などをCSEに説明することになります。
使用者は、団体協定に基づき、CSE会議を招集することになりますが、少なくとも年に6回は開催しなければなりません。従業員数が50人以上の企業に設置されたCSEは、法人格を有しますので、使用者は、CSE運営費として、従業員に支払われる総報酬の約0.2%相当額の予算を割り当てることになります。
CSEへの諮問が必要となるケース
労働法典のもと、「CSEに単に情報を提供すればよい」場合と、「情報を提供した上で、CSEの意見を聴収する必要がある」場合の2つのパターンがあります。
前者の「情報提供義務」の一例として、労使が、会社の経営状態や推移について情報共有することを目的として、使用者が、売上高などの情報をCSE委員に提供する場合があります。情報提供の方法は、口頭または書面のいずれでも差し支えなく、提供された情報を裏付ける資料の提出なども不要です。情報提供の時期については、使用者の判断に任されますが、必要に応じて速やかに情報を提供することが望まれます。CES委員の意見を聴収する必要はありません。
これに対して、後者の「情報提供および諮問義務」は、使用者が、経営判断にもとづき何らかのアクション・決定を行うにあたり、事前に、その理由および必要性についてCSE委員に説明し、CSE委員から意見を聴収することを目的としています。CSEに対する情報提供および諮問プロセスは、公序規定とみなされる使用者の重要な義務です。
3.1 定期的な情報提供および諮問を要する事項
使用者は、事業年度ごとに、以下の事項についてCSEに情報を提供し、CSE委員の表明する意見を聴収しなければなりません。
使用者は、企業の戦略についてCSEの意見を求めるとともに、かかる戦略により事業、雇用、業種や能力の推移、労働構成、下請の利用、人材派遣、職業実習が受ける影響についてもCSEの意見を受けなければなりません。さらに、雇用の見通し、職業訓練の方向性および従業員の職能啓発向上についての取組みについてもCSEに諮問します。
3.1.2 企業の経済および財務状況に関する事項[10]
使用者は、事業および経済・財務状況に関する情報の他、次年度の見通しについての情報もCSEに提供しなければなりません。定時株主総会に提出される資料をCSE委員と共有し、CSEは、必要があれば、会計監査人をCSE会議に召喚して、説明を受けたり、質問に対する回答を受けたりすることができます。R&D分野における企業方針についても使用者から説明を受け、研究開発税額控除措置(Crédit d’Impôt Recherche、CIR)の用途について意見します。
CSEは、雇用の推移、職業資格、職業訓練についての多年度計画、職業訓練についての使用者の取組み、見習い、職業実習の受入条件、健康・安全予防の取組み、労働条件、休暇・労働時間の調整、労働時間、男女均等、職場における言論の自由、職場での生活の質などについて意見を述べます。
CSE委員が適格な判断を下せるように、使用者は、あらかじめ、雇用の推移、職業訓練、給与、障がい者雇用促進への取組み、実習生の人数・受入れ条件、見習いや有期雇用契約の実態、人材派遣会社やポルタージュ・サラリアル会社との契約についての情報、男女機会平等を検証するために必要な情報、従業員の職能向上に向けた計画や労働時間についての情報、身体障がい者らの雇用に向けた取組みについて説明します。
3.2 必要に応じて諮問を要する事項
上記2.2の列挙事項に加え、使用者は、以下の事項についても、CSEの意見を聴収することが義務付けられています。
3.2.1 従業員の採用および就労の管理方法に関する事項[12]
使用者は、従業員採用時に利用される方法や技術について、あらかじめCSEに説明し、それにもとづき、CSEは使用者に見解を示します。すでに利用している採用方法に変更を加えるときも同様です。また、従業員管理のオートメーション化を実現・修正する場合や、就労管理方法・技術を導入する場合も、CSEに対して十分な説明を行い、意見を受けることになります。
3.2.2 従業員のリストラ・削減および整理解雇に関する事項[13]
従業員のリストラ(再編成)および削減を実施する前に、使用者は、必ず、CSE委員に情報提供および諮問を行います。経済的理由による解雇が実施される場合、使用者は、CSE委員と複数回会合を開き、CSEの意見を聴収しなければなりません。CSEの見解は、監督官庁である労働監督局にも通知されます。
現地企業の買収・資本提携における具体例
従業員数が50人以上の企業の使用者は、会社組織に経済上または法律上の何らかの変更を生じさせる取引を実行するにあたり、前もって、CSE委員に正確かつ十分な情報を提供し、CSEの意見を求めなければなりません。
「組織変更」につながる代表的な取引は合併・買収(株式譲渡であるか商業権の譲渡であるかを問いません)・分割・解散などです。ここでは、買収・資本提携のオファーをする場合に、予備知識として持ち合わせていることが望ましい事項について説明します。
4.1 CSEへの情報提供・諮問のタイミングおよび形式
関係当事者は、買収・資本提携について大筋合意したものの、「まだ最終的な合意には至っていない段階」で[14]、CSEに諮問しなければなりません。つまり、最終契約と位置付けできる株式譲渡契約や資本提携契約の締結前に諮問することが必要となります。実務的には、取引やオファーのおおまかな内容を記した基本合意書(LOI)が提示された段階で、CSEに対して情報を提供し、CSEが十分に検討できる環境を整えることが一般的です。
また、買収・資本提携のターゲットが、フランスにも事業体を保有する多国籍企業である場合、フランス事業体において、CSEへの情報提供・諮問プロセスをきちんと実行し、CSEが見解を使用者に表明するまで、想定取引がすでに完了したかのような発表は控えなければなりません[15]。具体的には、CSEへの諮問を完了することを条件として、取引に関する協議が進められることになります[16]。
情報開示の形式については、オファー案自体をCSEに開示することは不要ですが、取引の全体像を正確に記した概略を書面で提供しなければなりません[17]。買収・資本提携の場合、当事者に関する情報(会社概要、拠点、事業戦略など)、取引に関する双方の動機、売買取引の説明(譲渡株式や資本参加の割合、売買取引から生じる法律面・財務面の効果など)および取引が労働全般にもたらすインパクトについて、正確かつ十分な情報を提供しなければなりません。特に、雇用や労働条件への影響は重要な事項ですので、人員削減や事業所の移転、雇用契約、団体規定、現行優遇制度などへの変更が想定されている場合は、それらについて説明することが求められます。
4.2 諮問に要する期間および答申された意見の法的効果
法令や企業内の労使協定などが別途存在しない場合、CSEは、買収・資本提携申込みについての情報が提供された日から1か月間の間に、情報を吟味・検討し、意見をまとめ、使用者に回答することになります。しかし、CSEが、公認会計士などの専門家による精査を求めた場合、諮問に要する期間は1か月プラスされて2か月間となり、また、国内に所在するその他の営業所に設置されたCSEにおいても同時に諮問を必要とする場合は、3か月間となります[18]。
2013年6月14日付雇用の安定化に関する法律(2013-504)により、CSEが諮問に要する期間は除斥期間と位置付けられたことから、下記4.3の場合を除き、諮問に要する期間の中断や延長はありません。
CSEが諮問期間内に見解を表明しない場合、買収・資本提携取引について消極的立場にあると見なします[19]。一方、使用者は、CSEへの情報提供および諮問プロセスを履行したので、諮問期間の経過をもって、最終契約にサインすることができます。CSEから答申された意見は、あくまでも「意見」であり、拘束力を有さないため、使用者は、異なる選択肢を採択することができます[20]。
4.3 使用者の情報提供が不十分であった場合
使用者から提供された情報・説明が不正確・不十分である場合、CSEは、労働法典第L.2312-15条に基づき、諮問期間内[21]であれば、裁判所に本案迅速手続を申し立て[22]、使用者に対して追加資料の提出命令を求めることができます。上記の通り、原則、CSEの諮問に要する期間に変更はありませんが、要求された資料の提出に時間がかかるなどの特別な事情があれば、裁判所は諮問期間を延長したり、あらたな諮問期間を定めたりすることができます[23]。なお、使用者がCSEに対して、必要となる情報の提供を怠った場合、CSEの諮問期間はそもそも開始していませんので、諮問期間経過後であっても、裁判所に本案迅速手続を申し立て、情報開示及び諮問プロセスの実施のみならず、進行中の買収取引の中断を請求することができます[24]。
[1] 職業選挙により選任される労働者代表組織として、労働組合とは別に、労働者代表制度(Délégués du Personnel, DP)、企業委員会(Comité d’Entreprise, CE)そして安全衛生労働条件委員会(Comité d'Hygiène, de Sécurité et des Conditions de Travail、CHSCT)が存在しました。DPは、従業員数が11人以上の企業に設置され、個々の労働者または労働者全体の要求を経営陣に伝えることが主たる任務でした。CEが設置されない企業においては、CEに代わる役目を果たし、経済的理由による解雇や労働時間の調整、有給休暇に関する事項について、使用者に意見を表明しました。CEは、従業員数が50人以上の企業に設置される労働者代表機関で、前述したDPの任務のほか、使用者が事業運営にかかる重要な決定を下す際には、事前に、CEの諮問を受けることが義務付けられていました。労働者の福利厚生もCEの管轄です。CHSCTは、CEと同様、従業員数が50人以上の企業に設置され、従業員の安全・衛生を確保するのみならず、労働条件の改善を目指す制度です。これら3つの労働者代表機関が、2020年からCSEに統合されました。
[2] 使用者がCSEの設置を妨げるような行為をした場合、「妨害罪」を犯したとして、1年以下の懲役及び7,500ユーロの罰金が科せられます(労働法典第L.2317-1条第1項)。同様に、使用者がCSEの運営・任務遂行を妨害するような行為があった場合、妨害罪として7,500ユーロの罰金が科せられます(労働法典第L.2317-1条第2項)。
[3] 企業秘密に漏洩があった場合、刑法典第226-13条にもとづき、1年以下の懲役および1,500ユーロの罰金が科せられます。
[4] 公正を期するために、使用者側から1名、労働者側から1名が調査に参加します。
[5] 被害にあった従業員は、直接、使用者に通知することができます。
[6] 解雇される従業員数が10人未満か10人以上かにより、手続きに多少の違いがあります。
[7] 使用者は、CSE委員のためのスペース(部屋)を提供し、掲示板の使用を認めなければなりません。
[8] 労働法典第L.2312-8条第1項
[9] 労働法典第L.2312-24条
[10] 労働法典第L.2312-25条
[11] 労働法典第L.2312-26条以降
[12] 労働法典第L.2312-38条
[13] 労働法典第L.2312-39条
[14] 労働法典第L.2312-14条
[15] 妨害罪の対象となります。
[16] 従業員数が250人未満の企業において、その株主資本の少なくとも半分が譲渡される場合(商業法典第L. 23-10-1条以下)または営業権(fonds de commerce)が譲渡される場合(商業法典第L.141-28条以下)、使用者は、CSEに対して情報提供を行う一方、従業員に対しても、株式または営業権の買収オファーがあったこと、および、従業員から対抗する買収オファーを提示できることを通知しなければなりません。従業員には、通知から2か月間の熟考期間が与えられますが、従業員全員が、買収意思(すなわち買収オファーを提示する意思)がないことを明示的に表明した場合、待期期間はその分短縮されます。使用者は、従業員への通知から2年以内に、株式譲渡または営業権の譲渡を実行する必要があります。従業員から買収オファーがあった場合も、使用者は、これらを優先的に取り扱う必要はなく、当初からの買収候補者と取引を完了することができます。使用者が、かかる形式的な義務を怠って株式または営業権の譲渡を行った場合、損害を被った従業員は使用者の不法行為責任を問うことができます。検察官の請求があれば、裁判官は、売買代金の2%相当額を上限とする民事罰金を言い渡すことができます。
[17] 労働法典第L.2312-15条
[18] 労働法典第R.2312-6条
[19] 労働法典第L.2312-16条
[20] 労働法典第L.2312-15条に従い、使用者は、CSEから受けた意見・コメントに回答する義務を負います。
[21] 破毀院社会部2020年5月27日付判決(18-26.483)
[22] 原告は、除斥期間内に、本案迅速手続(procédure accélérée au fond)の訴状を被告に送達し、訴訟を係属させなければなりません。
[23] 破毀院社会部2020年2月26日付判決(18-22.759)
[24] 破毀院社会部2018年3月28日付判決(17-13.081)
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