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【ヘルスケア】創薬ベンチャーの成長戦略(ARTham買収案件を経て)
2022.07.11
はじめに
昨年12月13日、上場会社である科研製薬株式会社が、創薬ベンチャーであるARTham Therapeutics株式会社(以下「ARTham」といいます。)を買収しました(※1)。
本買収案件にARTham側の代理人として関与させていただきましたが、創薬ベンチャーの資本政策・成長戦略を考察する上で、非常に有意義な事案であったため、その意義について簡単に考察してみたいと思います。
(※1)科研製薬株式会社プレスリリース「ARTham社買収完了のお知らせ」(https://ssl4.eir-parts.net/doc/4521/tdnet/2058467/00.pdf)
創薬ベンチャーにとっての資本政策・成長戦略
創薬を目指すバイオベンチャーにとって、資本政策と成長戦略は切り離せません。一般的に、一つの医薬品を上市するためには、数百億円程度の費用が必要と言われており、創薬ベンチャーにとってはこの資金を調達することが至上命題となります。
また、ベンチャー・キャピタルから出資を受けている創薬ベンチャーにおいては、資本政策はベンチャー・キャピタルにとっての出口戦略に直結してきます。
創薬ベンチャーにとっての株式上場
上記のような資金調達・出口戦略として、まず第一に挙げられるのが株式上場(IPO)です。
創薬ベンチャーを含む国内スタートアップに対する資金供給は、近時増加しているものの、いまだ欧米と比較して規模が小さく、現環境において数百億円規模の資金を非上場市場のみから調達することは困難です。また、株式上場(IPO)は、ベンチャー・キャピタルにとって多額の利益につながる出口戦略となりやすいため、ベンチャー・キャピタルからの要望を受け、創薬ベンチャーの多くは、上場し、公開市場において資金調達を目指します。
しかしながら、日本の新興市場における創薬ベンチャーの上場後の成長率は、欧米諸国に比べて乏しいと指摘されており(※2)、以下で詳述するとおり、上場がかえって、創薬ベンチャーの成長を妨げてしまうことがあるように思います。
(※2)経済産業省「バイオベンチャーのビジネスモデルと資金調達のあり方」(https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/bio_venture/pdf/002_06_00.pdf)
(1) 上場後の成長の阻害要因① 公開市場における資金調達の困難性
上場の最大のメリットとして、公開市場からの資金調達が挙げられますが、創薬ベンチャーは、上場したとしても、公開市場から十分に資金調達を受けることは困難です。
すなわち、創薬ベンチャーは、多額な研究開発投資が必要である一方で、短期的に利益を上げることはできませんので、株式の希釈化が生じる資金調達を実施した場合には、株主の理解を得られることができず、株価が下落してしまい、結果、十分に資金調達を実施することが難しくなります(特に、日本の創薬ベンチャーは、機関投資家の比率が低い一方で、個人投資家の比率が高いため、他産業と比較しても株価の変動が大きいと言われております。)。
また、創薬ベンチャーは、上場後においても、不特定多数の投資家を対象とする「公募増資」を行うことは基本的に難しいと言われております。
公募増資を行うためには、個人投資家の保護のため、引受証券会社により厳格な引受審査を受けることになります。そして、引受審査の過程で財政状態や業績の見通しが確認されることになりますが、先行投資型の創薬ベンチャーにとって、これをクリアすることは困難です。
したがって、創薬ベンチャーの上場後の資金調達の手法としては、MSワラント又は第三者割当増資が主となり、結果、大規模かつ安定的な資金調達は難しくなります。
さらに、上場会社は、債務超過となり、1年以内にその状態が解消できない場合には、原則として上場廃止となりますが、上場廃止基準に該当しないよう、積極的に研究開発投資を実施することを控えてしまい、結果、資金調達をしたとしても、将来の企業価値の向上に繋がらない傾向にあります。
(2) 上場後の成長の阻害要因② 上場制度
また、日本の上場制度において、創薬ベンチャーの成長を支える仕組みが構築されていないことも成長を阻害する要因として挙げられます。
東証は、創薬ベンチャーに関するグロース市場上場審査において、審査上ポイントとなる事項を示しておりますが、そのうち、特に重要な事項として下記の2点が挙げられます。
①複数のパイプラインを有し、少なくともそのうちの一つはPOC(治験フェーズⅡaにおけるヒトへの有効性の確認)が得られていること
②製薬企業に対してアライアンスを行っていること
これらの要件が創薬ベンチャーのビジネスの多様性や、成長の可能性を阻害しているのではないか(特に、製薬企業へのアライアンスを求めることで、将来価値の切り売りとなってしまい、上場後の創薬ベンチャーの成長を妨げているのではないか)と指摘がされているところです(※3)。
(※3)伊藤レポート2.0~バイオメディカル産業版~ 「バイオベンチャーと投資家の対話促進研究会」報告書(https://www.meti.go.jp/press/2019/07/20190718008/20190718008a.pdf)
創薬ベンチャーにとってのM&A
(1) 株式上場ではなく、M&Aという選択肢
これに対して、創薬ベンチャーの資本政策・成長戦略として、M&Aによって、治験(特にフェーズⅢ以降)を遂行できる財務基盤の厚い大手製薬企業に対してExitするという手法があります。
創薬ベンチャーにとって第一義的な事業目標は、医薬品をいち早く患者さんに届けることにあると思いますが、M&Aによれば、株式上場(IPO)のために必要となる事務コストを自ら負担する必要はなく、財務基盤の厚い大手製薬企業の経営資源を活用することで、より効率的かつ安定的に創薬ビジネスを成長させることができます。
また、アライアンスではなく、創薬ベンチャーの株式そのものを売却する方法であれば、ベンチャー・キャピタルにとっての出口戦略にもなり得ます。
他方で、M&AによるExitを行う際の買収価額は、上場時の時価総額を下回ることが多く、創薬ベンチャーの将来価値の切り売りではないか、と指摘がされることもあります。
そこで、ARThamの買収案件では、より適切に将来価値を買収対価に反映させるため、マイルストンの達成ごとに買収対価が支払われるスキームを用いることになりました。
(2) ARTham案件の概要
公開された情報の範囲内でご説明させていただくと、ARThamの買収案件は、概要、以下のようなスキームで実行されました。
- ARTham株主は、科研製薬に対し、クロージング日において、完全希薄化ベースで3%の株式及び新株予約権を譲渡し、現金対価を得る。
- ARTham株主がクロージング日後に継続して保有する株式を、無議決権株式に変更する(以下「無議決権株式」という。)。これにより科研製薬のクロージング後における議決権保有割合は100%となる。
- ARThamの新薬のパイプラインの研究開発の進捗状況に応じ、合計4つのマイルストンを設定する。
- 科研製薬は、各マイルストンの達成に応じて、ARTham株主から各マイルストンに対応する無議決権株式及び新株予約権を取得する。一方で、ARTham株主は、本マイルストンの達成によって取得した科研製薬に対する金銭債権を、科研製薬による自己株式処分に際して現物出資をすることで、科研製薬の株式を取得し、マイルストンの達成による買収対価を得る。
- 各マイルストンが達成されない場合には、各マイルストンに対応する無議決権株式及び新株予約権は、ARThamによって無償で取得される(マイルストン達成による買収対価は支払われない。)。
つまり、パイプラインの進捗状況に応じて設定されたマイルストンが達成されるごとに、買収対価が支払われることになりますので、将来の不確実性が大きい創薬ベンチャーにおいても、その将来価値をより適切に買収対価に反映させることが可能となります。
但し、上記のような方式でExitするためには、法務・税務上クリアすべき論点も多数存在し、契約書も複雑なものとなります(法務との関係では、特に、マイルストン達成時に支払われる買収対価が現金ではなく、上場会社の株式となる場合には、上場会社の株式発行に関する諸々の規制に留意する必要が生じます。)。
また、実務上、ベンチャー・キャピタルからスキーム全体の理解が得られるかが極めて重要なポイントになります。
そのため、案件の早い段階から、法務・税務の専門家を交えてスキームの検討を進めることが肝要です。
上記のようなM&AによるExitスキームが、創薬ベンチャーの資本政策・成長戦略の一つとして実務上定着していけばと思います。
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