ブログ
【中国】【著作権】【重要裁判例シリーズ】NFTにおける権利侵害訴訟に関する事例(2022)浙0192民初1008号判決 著作権侵害請求事件
2022.08.01
はじめに
本件は、NFTに係る権利侵害について中国の裁判所で初めて下されたと言われている判決です。NFT(Non-Fungible Token)*1は中国において「仮想通貨」と並んで耳にすることのある概念ですが、中国では「仮想通貨」が政府により厳しく管理・監督されている一方で、NFTについての法的性質や管理規則は定まっておらず、NFT事業が急速に発展しており、社会の注目を浴びています*2。本件は、NFTデジタルコレクション(中国語:NFT数字蔵品)及びその取引と著作権との関係を整理した点、NFTプラットフォーム事業者が負担する義務の内容について判示した点において、先例として参照する価値があると考えられます。
事案の概要
漫画家である馬千里氏が「不二馬」のペンネーム(ウェイボーのアカウント名は「不二馬おじさん」)で創作したアニメキャラクターの著作物「我不是胖虎」(太めの虎をモデルとしてアニメキャラクター化したもの。和訳:私は太った虎ではない。以下「本件キャラクター」という。)は、多くのファンに受け入れられて関連作品も創作される人気コンテンツです。2021年9月12日には数量限定のシリーズNFT作品が発表され、大きな関心を集めました。
2021年3月、原告は著作者である馬氏と「著作物ライセンス契約」を締結し、本件キャラクターシリーズ作品の全世界における著作権(権利保護のために必要な権利を含む。)の独占ライセンスを取得しました。
その後、原告は、被告が開発したプラットフォームにおいてユーザが「胖虎打疫苗」NFT(和訳:太った虎のワクチン接種。以下「本件NFTデジタルコレクション」という。)を作成、販売していることを発見しました。当該作品は、馬氏の創造した本件キャラクター著作物と一致するうえ、馬氏名義の透かしも記載されていたことを発見したことから、著作権侵害を理由に浙江省杭州市中級人民法院に提訴し、権利侵害行為の停止と損害賠償を求めました*3。
被告は、主に以下の三点から反論しました。
1.自らはプラットフォーム事業者にすぎず、本件NFTデジタルコレクションはユーザにアップロードされたものであることから、被告は責任を負わない。
2.プラットフォームの事業者が負う義務は事後審査のみであり、自らは本件NFTデジタルコレクションを既にアドレスブラックホールに登録したので、「通知⁻削除」(ノーティス・アンド・テイクダウン)の義務を履行済みであり、権利侵害行為を停止する必要がない。
3.本件には著作権の権利消尽原則が適用され、権利侵害には該当しない。
本件NFTデジタルコレクションが、原告が独占的ライセンスを有する本件キャラクターと同一であることについては争いがないようであり、NFTプラットフォーム事業者に過ぎない被告がNFTプラットフォーム上で発生した著作権侵害に対して、一般のネットワークサービス提供者と同様の「通知-削除」義務以外の義務を負うか否か、及びその内容が争点といえます。
判旨
裁判所は訴訟の焦点については、以下の通り判示しました。
① ネットユーザが原告の許可を得ずにYのプラットフォームを経由にして本件キャラクターのNFTデジタルコレクションを販売した行為は原告が本件キャラクター著作物に対し有する情報ネットワーク伝達権*4を侵害する(NFTデジタルコレクション作成の過程では複製行為も行われるが、複製による損害は情報ネットワーク伝達権侵害による損害に包含されるので、複製権侵害を独立して評価する必要はない。)。また、NFTデジタルコレクションの取引はネットワークを経由して行われ、著作物の有形的キャリアの所有権又は占有権移転を伴わないので、著作権の権利消尽原則は適用されない。
② 被告の責任の有無については、NFTの取引方式、技術特徴、NFTに対するプラットフォーム事業者の制御能力、利益取得方式などにより、NFTプラットフォーム事業者は一般のネットワークサービス提供者が負うべき責任を履行するだけでなく、知的財産権の審査に関するメカニズムを構築し、プラットフォームの取引対象になったNFTデジタルコレクションの著作権に対し初歩審査を行う必要もある。例えば、NFTデジタルコレクションを作成しようとするユーザがそれに関する著作権及び権益の権利者であることを証明するために、かかる著作物の下書き、原本、それを発表した出版物、著作権登録証書などの初歩資料を審査する。また、プラットフォーム事業者は根本から権利侵害を予防するために権利侵害予防のメカニズムを築くべきであり、必要な場合にユーザに担保の提供を要求することができる。本件においては、被告が提供したネットワークサービス契約書にはユーザが他社の知的財産権を侵害してはならないと規定されていて、ユーザがNFTで販売しようとする著作物をアップロードした後に一定の審査を行うものの、アップロード前に何の権利審査をせず、特に権利検索の範疇が「全国著作物登録情報公開システム*5」に限定され、その他の有形的な著作物やインターネットに発表された著作物の情況を検索しておらず、極めて限定的な範囲に限られることが明らかである。よって、被告が負うべき義務を履行しておらず、これに相応する法的責任を負うべきである。
③ 責任の負担方式については、被告が情報ネットワーク伝達権の侵害について侵害行為停止と損賠賠償の責任を負うという原告の請求を支持する。但し、侵害行為の停止については、NFTデジタルコレクション及びその取引に係るデータがブロックチェーンのサーバーに保存されていて、一般的には削除できないので、Yが権利侵害のNFTデジタルコレクションのリンクをブロックチェーンから切断し、アドレスブラックホールに打ち込んだことをもって権利侵害行為停止の効果を認める。損害賠償の金額については、NFTデジタルコレクションの取引金額、それにより被告が得た利益、原告の支出費用などを総合的に考慮し、合計4,000人民元とする。
コメント
本件は、中国において、NFTに係る権利侵害の最初の訴訟であると言われています。本判決では、NFTデジタルコレクションの売買について法的な分析がなされており、少なくともこれが違法又は無効であるとは指摘していないものの、中国政府が2021年5月からビットコイン、ETH(イーサリアムの通貨)を含む仮想通貨の取引を明確かつ全面的に禁止している法環境*6においては、本判決をもってNFTデジタルコレクションの取引が中国において合法であることが明確されたとはいえず、法的安定性の観点からは、NFTデジタルコレクションの取引の法的性質について法令により明確化されることが望ましいと考えられます*7。
NFTデジタルコレクションに関する著作権侵害の判断については、本件判決が杭州市中級人民法院による第一審判決にとどまり、中国では判例に法源性が認められませんので、本件判決は今後のケースに拘束力がありません。但し、NFT に係る最初の訴訟としてNFTプラットフォーム事業者の責任判断について、一般のネットワークサービス提供者が負うべき義務「通知⁻削除」にとどまらず、NFTデジタルコレクションの作成、取引、利益に対する寄与度の高さ等により、NFTプラットフォームの事業者がより高度の義務を負うと判断された点に大きな意義があると考えられます。
また、本件判決はインターネットユーザーがNFTデジタルコレクションの作成対象となった著作物について、かかる著作物の権利者である初歩的な証明資料の提出が必要と判示しました。よって、本判決に従うのであれば、NFTデジタルコレクションの作成、販売事業に進出しようとするために、それらの資料の収集・用意、及び中国版権保護センターでの著作権の検索及び登録も考慮に入れるべきと考えられます。
余談
NFTと知的財産権との関係でいえば、著作権以外に商標権も関係します。現在、中国の商標制度では、NFTに関連する概念「メタバース」(中国語:元宇宙)が商標として出願された場合、いずれも識別力が欠如し、消費者に誤認させる等の理由で拒絶されるほか、商標出願の指定商品・役務においては、仮想の一般商品(例えば、仮想衣類、仮想美術品など)の表記については、未だ認められていないのが現状*8です。但し、NFTデジタルコレクションに関する商品・役務の概念においては、
9類の「仮想上のゲームソフトウェア/Virtual reality game software; ヘッドマウント仮想現実装置 /Virtual reality headsets;仮想現実の眼鏡/virtual reality glasses」、
41類「コンピュータネットワークを使用してオンライン仮想現実ゲームを提供するサービス/Virtual reality game services provided on-line from a computer network;仮想現実ゲームセンターを提供するサービス/Virtual reality game hall service」、
42類の「仮想現実ソフトウェアの設計・開発/Design and development of virtual reality software」
などの商品役務表記は認められております。
NFTが他国において仮想通貨の性質を併せ持っている一方で、中国では「仮想通貨は禁止、NFTは事実上流通」という状況にあるため、中国におけるNFT事業の展開には他国とは異なる注意点があり、今後も法規制の動向等を注視していく必要があるといえます。
*1)NFTとはNon-Fungible Token(ノン-ファンジャブルトークン)の頭文字を取ったもので、日本語では「非代替性トークン」 ともいわれる。当概念が仮想通貨とよく言われていますが、中国では、ビットコインなどの仮想通貨が合法なものではないために、NFTが実際に「貨幣・通貨」という概念を回避し、「デジタルコレクション(中国語:数字蔵品)」という概念を使用しています。
*2) アリババが2021年6月23日に1.6万個限定のNFTアートを販売したところ、すぐに完売し、中国国内のNFTに対する注目度が急に上昇している(https://new.qq.com/rain/a/20210624A08JHC00)。本稿執筆時点で、中国においては、アリババ、テンセント、京東、ネットイース、ビリビリなどの先端テクノロジー大手会社がNFTプラットフォームを開設し、当市場に進出している(https://366.me/10641.html)。
*3 ) 原告は、提訴時に、ユーザの実名認証情報、NFTデジタルコレクションの所在するブロックチェーンとノードの位置、及びそれらに適用された契約内容の開示に関する主張をしたが、訴訟の過程において原告が当該主張を撤回したため、本件判決では当該主張の可否は判断されていない。
*4) 中国語:信息网络传播权
*5) 中国版権保護センターの公開データベース:http://www.ccopyright.com/(中国語:全国作品登记信息公示系统)
*6) 中国インターネット金融協会、中国銀行業協会、中国支付清算協会が2021年5月18日に「仮想通貨の投機的取引のリスクを予防する公告(中国語: 关于防范虚拟货币交易炒作风险的公告)」を共同公表し(https://www.nifa.org.cn/nifa/2955675/2955761/2996296/index.html)、中国人民銀行、中央網信弁、最高人民法院、最高人民検察院など計10部門が2021年9月15日に「仮想通貨の投機的取引リスクの更なる予防・処理に関する通知(中国語:关于进一步防范和处置虚拟货币交易炒作风险的通知)」を公表した(http://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2021-10/08/content_5641404.htm)。それらによれば、中国では仮想通貨事業を展開してはならないことが明確になった。
*7) 現在、中国の主なNFTプラットフォームである鲸探JINGTAN(開発会社:アリババ)、灵稀LINGXI(開発会社:京东)、幻核HUANHE(開発会社:テンセント)などによれば、NFTデジタルコレクションの贈呈は認められるものの、転売は禁止されている。
*8)李慶(所属:広州商標審査センター),「商標『元宇宙』の実質審査について_絶対的登録禁止理由」,中華商標雑誌ウィチャット公式アカウント,2022.3.21(https://mp.weixin.qq.com/s/v3YRI-r_PHmtAavQMknwSQ)
Member
PROFILE