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【相続ブログ】相隣関係・共有制度(1)隣地使用権の整備(民法209条)
2022.09.21
はじめに
令和3年4月21日に、「民法等の一部を改正する法律」及び「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」が成立しました。
これらの法律は、所有者不明土地等の発生予防と利用の円滑化の観点から総合的に民事法制を見直すことを目的としたものですが、令和5年4月1日から順次施行される予定であり、実務上も大きな影響を持つと考えられます。
相続プラクティスグループでは、これらの法律を「相隣関係・共有制度」「相続制度と遺産の共有・相続登記を含む登記制度」「財産管理制度」の3つに大別して、ブログとしてそれぞれの内容の記事を連載いたします。
この記事は、「相隣関係・共有制度」の第1回目となります。
順次アップ予定ですので、どうぞご期待ください。
隣地使用権の整備(民法209条)【施行日:令和5年4月1日】
【改正のポイント】 |
今般の改正では、隣地使用権に関するルールの整備が進み、改正前民法では曖昧な部分も多かった隣地使用権に関するルールが具体化しました。
以下では、QA方式で隣地使用権に関するルールを全体的に見てみましょう。
Q1:民法が改正され、一定の場合に隣地を使用できる権利があることが明記されたと聞きました。隣地を使用できる権利というのは、そもそもどのようなものなのでしょうか。
また、どのような場合に隣地を使うことができるのでしょうか。
隣地の所有者に使用を拒まれた場合でも、この権利を根拠に勝手に使用して構いませんか。
A1:
(1) 隣地使用権とは何か?
土地の所有者が境界やその付近において塀などを建設したり、その土地にある建物を修理しようとする場合、工事のための足場を組んだり材料を置くために、隣地の一部を使用する必要が生じることがあります。このような場合に隣地を使用できない事態を回避し、その土地の本来の効用を損なわないように、必要な範囲内で隣地を使用できる権利(隣地使用権)が土地所有者に認められています。
もちろん無制限に使うことができるわけではありませんが、仮に隣地の所有者の同意が得られなくても、土地の所有権に伴う「権利」として、一定の場合には隣地を使用することができます。
(2) 隣地使用権に関する法改正の内容
では、隣地使用権に関する規律がどのように変化したのでしょうか。
まず、改正前と改正後の規定を比べてみましょう。
改正前の規定 | 改正後の規定 |
第209条(隣地の使用請求) | 第209条(隣地の使用) |
1 土地の所有者は、境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため必要な範囲内で、隣地の使用を請求することができる。ただし、隣人の承諾がなければ、その住家に立ち入ることはできない。 | 1 土地の所有者は、次に掲げる目的のため必要な範囲内で、隣地を使用することができる。ただし、住家については、その居住者の承諾がなければ、立ち入ることはできない。 一 境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕 二 境界標の調査又は境界に関する測量 三 第二百三十三条第三項の規定による枝の切取り |
(新設) | 2 前項の場合には、使用の日時、場所及び方法は、隣地の所有者及び隣地を現に使用している者(以下この条において「隣地使用者」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。 |
(新設) | 3 第1項の規定により隣地を使用する者は、あらかじめ、その目的、日時、場所及び方法を隣地の所有者及び隣地使用者に通知しなければならない。ただし、あらかじめ通知することが困難なときは、使用を開始した後、遅滞なく、通知することをもって足りる。 |
2 前項の場合において、隣人が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。 | 4 第1項の場合において、隣地の所有者又は隣地使用者が損害を受けたときは、その償金を請求することができる。 |
比べてみれば一目瞭然ですが、隣地使用権に関する改正法は、規定が非常に充実しました。
(ア) 隣地使用の権利としての明確化
改正前の旧209条1項の文言は「隣地の使用を請求することができる」であり、解釈上、隣地の使用にあたっては当該隣人の承諾が必要とされていました。しかし、改正後は、新209条1項の文言が「隣地を使用することができる」へと変更されており、隣地所有者の承諾がなくとも隣地を使用できること、つまり隣地使用する権利が土地所有者にあることが明らかになりました。
(イ) 隣地使用が認められる目的規定の拡充
改正前の旧209条1項において、隣地を使用できるのは「境界又はその付近において障壁又は建物を築造し又は修繕するため」に限られておりましたが、改正後は、次の3つの目的のために隣地を使用することが認められることが定められ、土地の円滑な利用・管理の観点から、隣地使用が認められる場面が拡充されました。
・「境界又はその付近における障壁、建物その他の工作物の築造、収去又は修繕」
・「境界標の調査又は境界に関する測量」
・「第233条第3項の規定による枝の切取り」
(なお、新233条3項については別日のブログ(第3回を予定しています。)をご参照ください。越境してきている枝を、越境を受けている土地の所有者が切り取ることができる場合を指します。)
(ウ) 隣地所有者及び隣地使用者の利益への配慮
一方で、隣地使用が認められる場合にも、隣地所有者及び隣地使用者(以下「隣地所有者等」という。)の利益が尊重されなければならないという観点から、次の2点が定められました。
A)隣地使用の態様
まず、改正前の旧209条1項において隣地所有者及び隣地使用者の利益への配慮については文言上「必要な範囲内」の解釈によって判断されており、隣地使用の態様については不明瞭でした。
この点について、新209条2項においては、隣地使用の態様に関する定めが設けられ、隣地所有者等の権利制約を最小限度とするため、使用の日時、場所及び方法が隣地所有者等のために損害が最も少ないものを選ぶこととされました。具体的には、隣地使用の目的及びその必要性と、隣地所有者等の損害とを比較衡量することとなります。
例えば、土地所有者Aが隣地所有者Bに対して、隣地との境界付近の塀が崩れた場所について修繕をしたいから、令和5年9月9日に工事のために境界から2メートルの範囲での隣地の使用を希望するという話を、Bに告げたとしましょう。
この時、崩壊した障壁が特に周囲に危険を及ぼすものではないためにそれほど緊急性が高くなく、かつ、修繕箇所付近には高級植物が植えてあり、それらの植物への影響も鑑みてBがAの隣地使用の際にどの程度使用されるのか不安であるので立ち会いたいという意向を持っていた場合はどうでしょうか。このような場合、Bが令和5年9月9日はどうしても都合がつかないが、それ以外の日であれば調整が可能であるならば、土地所有者は令和5年9月9日以外の隣地使用を検討しなければなりません。他方で、障壁の崩壊によって危険な状況になっており可及的速やかな修繕が必要であるため、最短の日程である令和5年9月9日ですでに業者を発注していて、さらに工事日程の変更が困難であるなど、当該日程でなければ障壁工事ができないというような理由があるのであれば、仮にBが当該日時に立ち会いができない場合であっても、基本的には隣地使用は認められることになると思われます。
B) 隣地使用の際の事前通知
① 事前通知の義務化(原則論)
また、新209条3項において、隣地を使用する場合には、隣地所有者等に対して、隣地使用の目的、日時、場所、方法を原則として事前に通知することが義務化されました。なお、隣地が共有地である場合には共有者全員に対して事前に通知することが求められています。
通知の趣旨は、隣地所有者に対して別の日時、場所、方法を提案する機会を確保するとともに、隣地使用を受け入れる準備をする機会を確保することにあります。通知にあたっては隣地所有者等がそのような提案・準備をするのに足りる合理的な期間を置くことが求められます。
合理的な期間としては、事案にもよるものの、一般的には、緊急性がない場合には通常2週間程度と解されています。例えば、土地を売却しようと思い、土地の境界測量をするのに隣地に入りたいという場合、隣地所有者等において特段の準備はそれほどないと考えられるので、通常通り境界測量の2週間前に通知すれば足りるものと思われます。他方で、隣地に重機を進入させることが必要なほどの大規模な工事が必要であり、工事期間中相当な振動や騒音が想定されることから、隣の住民がその期間中の宿泊場所を別途確保しなければならない可能性がある場合など、当該隣地所有者等の相当な事前準備が想定されるような場合には、それに合わせて事前準備に必要な程度の、より早い通知が求められることになります。
② 事前通知が例外的に要らない場合
ただし、新209条3項には例外規定もあり、ただし書において、「あらかじめ通知することが困難な」場合には隣地使用後に遅滞なく通知すれば足りるものとされています。例えば建物の外壁が崩落する危険があって、今すぐ隣地を使用して修繕をしなければその建物に居住できなくなる危険があるなど隣地を使用する緊急の必要性がある場合や、隣地所有者等が公的記録等を調査しても不特定又は所在不明で通知できない場合などは、事前通知は必須ではありません。
なお、隣地所有者等が不特定又は所在不明である場合、特定あるいは所在判明後に通知すれば足り、公示による意思表示(民法98条)までは必要ありません。
(エ) 隣地使用によって損害が生じた場合の賠償
当然のことながら、隣地の使用が認められる場合であっても、そのような隣地使用によって隣地所有者等に損害が生じた場合には、隣地所有者等は、その損害相当分の償金を隣地使用者に対して求めることができます(新209条4項)。
(3) Qに対する回答
隣地使用権とはどのような権利であるか、どのような場合に行使が認められる権利であるかについては、上記の通りとなります。
また、隣地の所有者に使用を拒まれた場合でも、この権利を根拠に勝手に使用して構いませんか、という質問についてですが、今般の改正によって明確化したように、隣地使用権は権利であり、隣地の所有者が拒絶したとしても、その拒絶を理由に権利の行使が認められないものではありません。そのため、隣地所有者等から隣地使用を拒絶されても、基本的には法律で定められた3つの目的に該当する隣地使用である場合、隣地所有者等からの承諾がなくとも隣地を使用することが法的には可能です。もっとも、その拒絶の理由が、その隣地使用の目的に照らして過大な隣地使用であるので、隣地使用の範囲を縮小してほしい、というものである場合には、より侵害の少ない態様での隣地使用を検討する必要があります。
また、拒絶をしている隣地所有者等の意向を無視して、勝手に隣地に立ち入ることは、法治国家下において許されていません(例えば、お金を貸した人が、お金を借りた人に対して「金を返せ!」と言うことは自由ですが、お金を借りた人の家の中に勝手に入ってその人の財産を持っていくことは許されません。)。これを自力救済の禁止といいます。
そのため、質問の場合のように、隣地の所有者が拒絶もしくは回答をしない場合は、まずは重ねて話し合いを試みるべきですが、なお隣地の所有者による明示的な同意が得られないときは、隣地の所有者に対しての隣地使用権の確認請求や妨害行為の差し止め請求などを裁判所に申し立てることにより、権利行使の実現を図ることになります。
[参考]
法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和4年6月版)」25頁、https://www.moj.go.jp/content/001377947.pdf(令和4年7月14日更新)
法務省「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」、https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html(令和4年9月6日更新)
村松秀樹・大谷太編著「第2章 相隣関係の見直し 第1節 隣地使用権」『Q&A 令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』23~32頁(一般社団法人金融財政事情研究会、2022)