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【裁判例】商標「Hirudoid」に関する3つの知財高裁判決 -結合商標の類否判断-
2022.08.25
はじめに
2021年、商標「Hirudoid」と「HIRUDO」の語を含む結合商標の類否に関して3つの判決が出されました。「Hirudoid」は、原告が販売する血行促進・皮膚保湿剤の商品名です。これらの事件において、原告は、「HIRUDO」の語を含む結合商標は、原告商標「Hirudoid」に類似するため無効とされるべきであると主張していました。特許庁の無効審判では、いずれの結合商標も原告商標「Hirudoid」とは非類似と判断され、請求不成立とされました。しかしながら、今回の知的財産高等裁判所(以下、「知財高裁」といいます。)の判決では、これら3件の審決のうち、2件については特許庁の審決を支持、すなわち、非類似との判断がされたものの、残りの1件については、「HIRUDO」の語を含む結合商標と原告の商標「HIRUDO」は類似であると判断されました。以下、これら3件の判決を比較したいと思います。
知財高裁判決の概要
今回の3つの判決は、知財高裁のなかでも異なる部によって出されました。令和3(行ケ)10031(以下、「HIRUDOSOFT判決」といいます。)では、第4部によって、被告商標「HIRUDOSOFT」は、原告商標「Hirudoid」とは非類似であると判断されました。また、原告の主張する取引の実情は、商標の類否判断で考慮される「取引の実情」とは認められませんでした。令和3(行ケ)10029(以下、「HIRUDOMILD判決」といいます。)では、第2部によって、被告商標「HIRUDOMILD」は、原告商標「Hirudoid」と類似であると判断されました。原告の主張する実情も、「取引の実情」として認められています。さらに、令和3(行ケ)10032(以下、「ヒルドプレミアム判決」といいます。)では、第3部によって、被告商標「ヒルドプレミアム」は、原告商標「HIRUDOID」とは非類似であると判断されました。原告の主張する実情は、商標の類否判断で考慮される「取引の実情」とは認められませんでした。
商標の一体性
過去の最高裁判決(最判平20年9月8日、平成19(行ヒ)223号〔つつみのおひなっこや事件〕)では、「法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合などを除き、許されないというべきである」と判示されています。
第4部によるHIRUDOSOFT判決では、「SOFT」の部分の自他商品識別機能が弱いとまでは必ずしもいえないとしたうえで、被告商標「HIRUDOSOFT」は不可分一体の造語として認識されるものであり、「HIRUDO」と「SOFT」を分離して観察するのは相当でないと認定されました。他方、第2部によるHIRUDOMILD判決では、上記の最高裁判決の判断基準が参照され、被告商標「HIRUDOMILD」の「MILD」部分の自他識別機能は極めて弱いというべきであり、当該構成部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じるとはいえないとして、「HIRUDO」の文字のみを抽出し、類否を判断することも許されると認定されました。同様に、第3部によるヒルドプレミアム判決でも、上記の最高裁判決の判断基準が参照され、被告商標「ヒルドプレミアム」の「プレミアム」部分は、出所識別標識としての機能は低いため、類否判断に当たっては、「ヒルド」の部分を抽出して原告商標と対比するのが相当であると認定されています。
商品又は役務に係る取引の実情
過去の最高裁判決(最判昭和49年4月25日、昭和47年(行ツ)第33号〔保土谷化学工業事件〕)では、「商標の類否判断において考慮することの出来る取引の実情とは、その指定商品全体についての一般的・恒常的なそれを指すものであって、単に該商標が現在使用されている商品についてのみの特殊的、限定的なそれを指すものではない」と判示されています。
第4部によるHIRUDOSOFT判決では、2000年以降現在に至るまで「Hirudo」の文字を語頭に掲げて販売されていた薬剤は、原告商品以外には存在しなかったため、当該部分より生じる「ヒルド」の称呼の斬新さ、独創性によって、原告商品を容易に想起し、又は連想させるとの原告の主張する個別の事情は、類否判断において考慮すべき「取引の実情」とは認められませんでした。他方、第2部によるHIRUDOMILD判決では、原告商品が長期間にわたり販売され、非常に高い売上げを有していること等に照らすと、「HIRUDO」の文字は、「HIRUDOID」を意味する単語として認識されているという原告の主張を、類否判断において考慮すべき「取引の実情」として認めました。これに対して、第3部によるヒルドプレミアム判決では、上記の最高際判決の基準が参照され、ヘパリン類似物質含有商品の中には、原告商標の顧客吸引力にフリーライドするため、「ヒルド」や「ヒル」の文字を語頭に有する標章を使用するものがあるといった原告の主張の個別の事情は、類否判断において考慮すべき「取引の実情」とは認められませんでした。
まとめ
これら3つの判決において、知財高裁は、被告商標の一体性と、原告の主張する「取引の実情」に関して、異なる判断をしています。
被告商標の一体性については、知財高裁は、つつみのおひなっこや事件の最高裁判決で示された類否判断基準に従いつつも、被告商標の構成部分の自他商品識別機能の評価で異なり、相違する結論に至っています。具体的には、第4部によるHIRUDOSOFT判決では、「SOFT」の部分は自他商品識別機能が弱いとまではいえないとされているのに対して、第2部によるHIRUDOMILD判決及び第3部によるヒルドプレミアム判決では、「MILD」の部分と「プレミアム」の部分は自他商品識別機能が極めて弱いとされています。薬剤や化粧品の分野で、品質・等級等を表すために「SOFT」、「MILD」、「プレミアム」の語が比較的広く用いられている現状に鑑みますと、それらの自他商品識別機能は弱いとし、被告商標の一体性を否定した第2部HIRUDOMILD判決及び第3部ヒルドプレミアム判決のほうが妥当であると考えます。他方、第4部HIRUDO SOFT判決においても、「SOFT」の語が需要者にその薬剤の薬効等が「柔らかい」というイメージを想起させると認定されており、そうすると「MILD」の部分のみを分離観察する余地も充分にあったように思われます。
「取引の実情」については、第4部HIRUDOSOFT判決及び第3部ヒルドプレミアム判決と、第2部HIRUDOMILD判決では、異なる解釈をしているように認められます。第4部HIRUDOSOFT判決及び第3部ヒルドプレミアム判決は、保土谷化学工業事件の最高裁判決と同様に、「取引の実情」は「指定商品全般についての一般的、恒常的事情」と解釈しているのに対して、第2部HIRUDOMILD判決は特にそのような解釈を明示していません。第4部HIRUDOSOFT判決及び第3部ヒルドプレミアム判決では、そのような解釈に従い、原告が主張する原告商品に関する個別の事情(販売状況、フリーライド品の有無等)を「取引の実情」として採用しなかったことは妥当であると考えます。また、2017年に改訂された特許庁の審査基準で「取引実情」は「指定商品又は指定役務における一般的・恒常的な取引の実情」であると明記されたこととも合致するものです。これに対して、第2部HIRUDOMILD判決では、原告が主張する原告商品に関する個別の事情が「取引の実情」として採用されましたが、どのような解釈に基づくのかしっかりと明示されていれば、より納得感があったように思われます。いずれにしましても、これら3つの判決からは、知財高裁においても、「取引の実情」の解釈が異なっていることが認められました。知財高裁において、「取引の実情」を主張する際には、このような解釈の相違が存在していることに注意すべきでしょう。
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