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【裁判例】知財高裁令和2年(ネ)第10068号 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
2022.10.07
判決の内容
特許権侵害行為差止等請求について、前訴の蒸し返しであることを理由とした訴訟上の信義則違反により訴えが却下された事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和3年4月20日判決(判決全文)
令和2年(ネ)第10068号(知財高裁第2部 森義之裁判長)
特許権侵害行為差止等請求控訴事件
事案の概要
(1)本件の概要
本件は、発明の名称を「装飾品鎖状端部の留め具」とする特許権(特許第4044598号。本件特許権)を有する控訴人会社(=原告会社)及び控訴人会社からその専用実施権の設定を受けた控訴人X(=原告X1)が、被控訴人Y1(=被告Y1)が製造、販売し、被控訴人Y2(=被告Y2)が販売する製品(「被告製品」)が、本件特許権に係る特許発明の技術的範囲に属するなどと主張して、以下の各事項を求めた事例である。
①被控訴人Y1に対して
・特許法100条1項及び2項に基づく被告製品の製造、販売及び販売の申出の差止め並びに被告製品、半製品及び製造設備の廃棄
・本件特許権又は上記専用実施権の侵害に係る不法行為に基づく損害賠償として、控訴人会社につき1億2719万0400円及び遅延損害金、控訴人Xにつき1589万8800円及び遅延損害金の支払い
②被控訴人Y2に対して
・不当利得返還請求として、控訴人会社につき765万円及び遅延損害金の支払い
原判決は、控訴人らの訴えのうち、控訴人らの被控訴人Y1に対する各損害賠償請求及び控訴人会社の被控訴人Y2に対する不当利得返還請求に係る訴えを却下し、控訴人らのその余の請求を棄却したところ、控訴人らが控訴を提起した。
(2)本件に至る経緯
特許登録時(平成19年11月22日)において、本件特許権に係る特許には、請求項1及び2が含まれており、請求項2は請求項1の従属項であった。
平成25年10月24日、控訴人会社は、被控訴人らに対し、請求項1に関する特許権の侵害があるとして、東京地裁に特許権侵害行為差止等請求訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。これに対し、平成27年2月23日、東京地裁は、請求項1の構成要件を充足しないことを理由に控訴人会社の請求を棄却した。
平成27年3月5日、控訴人会社は、前訴第一審判決を不服として、知財高裁に控訴した。
平成27年4月23日、控訴人会社は、特許請求の範囲を訂正する審決を受け、これによって請求項1及び2の内容が訂正されるとともに、請求項2が独立項に改められた(以下「第一次訂正」という。)。
平成27年8月6日、知財高裁は、第一次訂正後の請求項1の発明(以下「本件訂正発明1-1」という。また、訂正の前後を通じて、「本件発明1」という。)の内容を前提としてもなお構成要件を充足しないとして、控訴人会社の控訴を棄却した。
平成27年8月20日、控訴人会社は、前訴控訴審判決を不服として、最高裁に上告及び上告受理申立てをしたが、平成28年7月12日、上告の棄却及び上告受理申立てを受理しない決定がなされ、前訴控訴審判決が確定した。
控訴人会社は、平成29年8月4日に請求項2に関して、平成30年3月19日に請求項1に関して、それぞれ特許請求の範囲を訂正する審決を受け、これにより請求項1及び2の内容が訂正された(以下、平成29年8月4日の請求項2に関する訂正を「第二次訂正」という。)。
平成30年、控訴人会社は、知財高裁に対し、前訴控訴審判決を取り消し、前訴に係る請求の認容を求める再審の訴えを提起した。これに対し、同年9月18日、知財高裁は、被疑侵害品が特許発明の技術的範囲に属しないことを理由とする請求棄却判決が確定した後に、特許権者が訂正認容審決を得て、再審の訴えにおいて被疑侵害品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属する旨主張することは、特許法がおよそ予定していない等の理由で、このような主張は、特許法104条の4並びに同法126条1項ただし書及び同条6項の各規定の趣旨に照らし許されないと判断して、再審請求を棄却する決定をした。
令和元年5月8日、控訴人会社は、請求項2に関して特許請求の範囲を訂正する審決を受け、これにより請求項2の内容が訂正された(以下「第四次訂正」という。)。
令和元年5月30日、控訴人会社は、控訴人Xとの間で、本件特許権につき、専用実施権設定契約を締結し、その登録(同年7月8日受付)をした。
令和元年11月7日、控訴人らは、被控訴人らの行為が、第四次訂正後の請求項2の発明(以下「本件訂正発明2」という。また、訂正の前後を通じて「本件発明2」という。)を侵害するとして、東京地裁に本件訴訟を提起した。
主な争点に対する判断
(1)結論
裁判所は、本件各訴えのうち損害賠償請求及び不当利得返還請求に係る訴えについて、これらの訴訟物と前訴の訴訟物は異なっており前訴の既判力が及ばないことを前提に、これらの訴えは前訴の蒸し返しにすぎず、訴訟上の信義則に反するものと判断して、訴えを却下すべきであるとした。
なお、本件各訴えのうち差止め及び廃棄請求に係る部分については、前訴と本訴で請求の根拠となる請求項が異なることは攻撃方法の差異にとどまるため、訴訟物として同一であるとして前訴確定判決の既判力による遮断を認め、請求を棄却すべきであるとした。
(2)理由
以下、カギ括弧で原審の判示を引用し、控訴審により補正された部分については補正どおり修正するとともに下線を付した。
ア.訴えの提起が訴訟上の信義則違反となるか否かの判断枠組みについて
「民訴法2条は,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない旨を定めており,後訴の請求又は主張が前訴の請求又は主張の蒸し返しにすぎない場合には,後訴の請求又は主張は,信義則に照らして許されないものと解するのが相当である(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,最高裁昭和49年(オ)第163,164号同52年3月24日第一小法廷判決・裁判集民事120号299頁参照)。
そして,後訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして許されないか否かは,前訴及び後訴の各請求及び主張内容,前訴における当事者の主張・立証の状況,前訴と後訴の争点の同一性,前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動,後訴の提起に至る経緯及び後訴提起の目的,前訴判決の確定からの経過期間,前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待の合理性や当事者間の公平の要請などの諸事情を考慮して,後訴の提起又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせることになるか否かで決すべきである。」
イ.当てはめ
(ア)控訴人会社について
・「前訴は,原告会社が,被告らに対して,被告製品が本件特許に係る本件訂正発明1-1(請求項1)の技術的範囲に属するとして,その製造・販売の差止等や損害賠償を求めたものであるところ,本訴は,原告らが,被告らに対して,前訴と同一の被告製品が前訴と同一の特許に係る本件訂正発明2(請求項2後段)の技術的範囲に属するとして,その製造・販売の差止等や損害賠償等を求めるものである。」
・「本件発明2は,・・・もともとは請求項1の従属項であり,請求項1(登録時)の発明特定事項を更に限定するものであった。
そして,上記請求項2は,第一次訂正により独立項とされ,第二次訂正及び第四次訂正を経ているものの,第四次訂正後の本件訂正発明2は,・・・前訴控訴審時の審理対象であった第一次訂正による訂正後の請求項1(本件訂正発明1-1)の発明特定事項を全て含み,更に発明特定事項の限定をするものである。
そうすると,被告製品が本件訂正発明1-1の技術的範囲に属しないのであれば,本件訂正発明2の技術的範囲にも属しないことは明らかである。」
・「・・・原告会社は,前訴第一審及び前訴控訴審において,上記争点に関する主張及び立証を十分に尽くしており,前訴係属中までに請求項2の訂正審判請求をし,これに基づく主張をなし得なかったとする事情もうかがえない(現に,前訴係属中に本件訂正認容審決1を得ている。)。
原告らは,本訴において,『噛み合う』という用語は,必ずしも凸部とそれに対応する凹部とが接触している必要はなく,明白な隙間がある状態でも『噛合い状態』に含まれると主張し,前訴の確定判決とは異なる解釈に基づき,被告製品は,本件訂正発明2の『噛合せて係止』(構成要件2A),『正しい噛合い位置』(同2C)を充足すると主張するが,同主張は,前訴の確定判決が示した判断とは異なる解釈を展開することにより,同一の争点について再度判断を求めるものであり,前訴における紛争を蒸し返すものにほかならないというべきである。」
・「・・・被告らは,前訴の被告として約3年間にわたり原告の主張に対する反論や反証の負担を負った上,前訴控訴審判決の確定後に提起された再審の訴えに対しても応訴することを余儀なくさせられたものであり,再審棄却決定により,被告製品の製造・販売が本件特許権を侵害するものではなく,今後,本件特許権に基づく差止めや損害賠償等の請求を受けることがないと期待するのは当然であるということができる。
本訴は,再審棄却決定から1年以上も経過した令和元年11月7日に提起されたものであり,対象となる被告製品,侵害されたと主張されている特許権,争点はいずれも同一であり,原告会社が本訴により達成しようとする目的も前訴と異なるものではない。かかる訴訟において,前訴と同様の争点について改めて審理することは,被控訴人らに多大な負担を強いるものであり,上記の合理的期待を著しく損なうものであって,当事者の公平の観点からも容認し得ないというべきである。」
・「したがって,原告会社が本訴において損害賠償等請求及びこれに係る主張をすることは,前訴の蒸し返しにすぎないというべきであり,原告会社と被告らとの間において同請求を審理することは,被告らとの関係で正義に反する結果を生じさせるということができるので,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。」
(イ)控訴人Xについて
・「・・・①原告X1は,控訴人会社の取締役の長女であり,控訴人会社代表者の姪であること,②原告X1が本件専用実施権の設定を受けたのが,本件再審棄却決定後であり,令和元年5月19日に第四次訂正に係る本件訂正認容審決4が確定した直後の同月30日であること,③本件専用実施権の対象が,本訴請求の対象である本件発明2に係る請求項2のみであり,しかもその設定期間は2年間に限定されていることという各事実が認められ,また,原告X1が本件専用実施権に基づき本件発明2の実施をしていると認めるに足りる証拠はない。
そうすると,原告X1は,前訴第一審判決及び前訴控訴審の存在と内容を認識しながら,本件専用実施権の設定を受け,前訴と同様の争点につき,改めて判断を求めるべく,原告会社のために本訴の共同原告となったものと推認することができるから,本訴の損害賠償請求につき,固有の利益を有するものとは認められない。
それにもかかわらず,原告X1が同請求及びこれに係る主張をすることは,実質的には,原告会社による前訴の蒸し返しにすぎないというべきであり,原告X1と被告Y1との間においても,同請求を審理することは,やはり,同被告との関係で正義に反する結果を生じさせるといえるから,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。」
ウ.控訴審での補充主張に対する判断
・「控訴人らは,前訴控訴審において審理された本件訂正発明1-1には,本件構成は含まれていないのに対し,本件訂正発明2には本件構成が含まれているから,本件訂正発明1-1の技術的範囲には本件訂正発明2は含まれておらず,したがって,本件訴訟において,本件訂正発明2に係る特許権に基づき,損害賠償等の請求をすることは訴訟上の信義側に反するものではないと主張する。
しかし,・・・本件特許の登録時の請求項2は,請求項1の従属項であったが,第一次訂正によって,独立項となり,第二次訂正及び第四次訂正を経て,現在の内容となったところ,特許法における特許請求の範囲等の訂正は,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない」と規定し(同法126条6項),訂正前の特許発明の技術的範囲に属しない被疑侵害品が訂正後の特許発明の技術的範囲に属しないことを保障しているのであるから,第四次訂正後の請求項2後段に係る発明である本件訂正発明2は,第一次訂正前の本件発明1の技術的範囲を限定したものであると認められる。
そして,・・・控訴人会社は,前訴第一審において,第一次訂正前の本件発明1に係る特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求をし,前訴控訴審において,第一次訂正後の本件発明1である本件訂正発明1-1に係る特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求をし,前訴においては,控訴人会社の上記請求等について審理され,被告製品の構成は,第一次訂正前の本件発明1及び本件訂正発明1-1のいずれの技術的範囲にも属さないとして,控訴人会社の上記請求等を棄却する前訴第一審判決及び前訴控訴審判決がされ,これらの判決は確定したのであるから,本件訴訟において,被告製品が第一次訂正前の本件発明1の技術的範囲を限定した本件訂正発明2の技術的範囲に属するとして,本件訂正発明2に係る特許権侵害の不法行為及び不当利得返還請求権に基づく請求をすることは,前訴の蒸し返しとなることは明らかである。」
・「控訴人Xは,宝飾品の販売を考えており,令和2年1月20日から同月23日まで東京ビッグサイトで開催された国際宝飾展に控訴人会社と一緒に出店していると主張する。
しかし,仮に,同事実が認められるとしても,・・・控訴人Xは,本件特許の特許権者である控訴人会社の取締役の長女であり,控訴人会社代表者の姪であるが,前訴が確定した後に,控訴人会社から本件特許に係る請求項2について専用実施権の設定を受けたこと,本件専用実施権の対象が,本訴請求の対象である本件発明2に係る請求項2のみであり,しかもその設定期間は2年間に限定されていることを考慮すると,控訴人Xは,前訴第一審判決及び前訴控訴審判決の存在とその内容を認識していながら,本件専用実施権の設定を受けたものと推認できるのであって,控訴人Xが,本件専用実施権侵害の不法行為に基づき被控訴人Yに対して損害賠償請求をすることは,訴訟上の信義則に反するというべきである。」
コメント
本件は、特許権侵害訴訟において、後訴が前訴の蒸し返しであるとして、訴訟上の信義則違反を根拠に後訴が却下された事案である。
後訴の請求又は主張が前訴の蒸し返しにより信義則違反となるか否かは、特許権侵害訴訟に限らない民事訴訟一般における信義則の適用の問題であり、個別的な事情を総合評価して判断されるべきものであると解されている。したがって、本判決もそのような個別判断の一つとして理解すべきであると思われる。
特許裁判例における先行事例として、知財高裁平成25年12月19日判決(平成24年(ネ)第10054号損害賠償請求控訴事件)がある。当該事例においては、具体的判断基準が示されることなく、前訴の蒸し返しによる訴訟上の信義則違反による主張制限の主張が一部認められていた。
一方、本件の第一審判決においては、最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決及び最高裁昭和52年3月24日第一小法廷判決が参照され、「後訴の請求又は主張が前訴の請求又は主張の蒸し返しにすぎない場合には,後訴の請求又は主張は,信義則に照らして許されない」との一般論を述べたうえで、「前訴及び後訴の各請求及び主張内容,前訴における当事者の主張・立証の状況,前訴と後訴の争点の同一性,前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動,後訴の提起に至る経緯及び後訴提起の目的,前訴判決の確定からの経過期間,前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待の合理性や当事者間の公平の要請などの諸事情を考慮して,後訴の提起又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせることになるか否かで決すべき」と考慮すべき要素を列挙して具体的な判断基準が示され、本判決の知財高裁控訴審においても当該判示がそのまま肯認されている。また、当該判断基準の当てはめにおいても、それぞれの考慮要素について詳細に検討が加えられており、その判断手法については実務上参考になろう。
さらに、本件では、前訴の当事者ではなかった控訴人X(前訴原告である特許権者からの専用実施権の設定を受けた者)についても、控訴人会社の役員の近親者であること等を理由として、前訴の当事者と同様に信義則違反が妥当すると判示されている点が注目される。そのような意味では、特許権侵害訴訟のみならず、一般の民事訴訟においても意義のある判決といえるだろう。
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