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【宇宙ブログ】人工衛星の二次利用の試みと中古市場の拡大
2022.10.21
航空機や船舶については、中古市場が確立しており、日々中古の航空機や船舶が売買されています。それでは、人工衛星についてはどうでしょうか。中古市場の確立のためには、例えば、二次的な利用に耐える汎用性、リセールの法的・技術的安定性等が必要になるところですが、人工衛星については、これらの点において、航空機や船舶と異なる事情があるようです。現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、人工衛星の二次利用に向けた取組みを行っています。以下では、この取組みの内容や、人工衛星の二次利用の課題や今後の展望について、見ていきたいと思います。
JAXAによる人工衛星二次利用の公募
JAXAは、定常運用が終了した人工衛星を民間事業者に譲渡することで、民間事業者による人工衛星の二次利用を促進する試み(https://aerospacebiz.jaxa.jp/topics/koubo/20220311_raise-2/)を行っています。現在、対象となっている人工衛星は、2021年11月9日に打ち上げられ、現在定常運用を行っている小型実証衛星2号機(RAISE-2)(https://www.kenkai.jaxa.jp/kakushin/kakushin02_r2.html)です。2022年4月をもって、既に民間事業者の公募は終了しており、今後、民間事業者の選定が行われる予定となっています。
RAISE-2には、現在、公募により選定された6つの実証機器等が搭載されており、JAXAは、RAISE-2の運用を通じてこれらの実証機器等の実験データや環境データを実証テーマ事業者に対して提供しています。今回の二次利用の公募では、RAISE-2の定常運用終了(2023年2月予定)後、JAXAがその所有権を民間事業者に譲渡し、当該民間事業者がRAISE-2を運用するとともに、RAIE-2を使用した実証を行うこととされています。
衛星の二次利用・中古市場の拡大に向けた論点
この試みは、人工衛星の二次利用による宇宙利用の拡大を目指す新しい取組みです。人工衛星の利用を行う民間事業者にとっては、人工衛星を開発・製作し、打上げを手配するコストや時間を節約するとともに、初期運用のリスクを負わずに人工衛星を利用することができるという点でメリットがあると考えられます。他方で、人工衛星の二次利用には、軌道上に存在する人工衛星であるという性質上、中古市場が確立している航空機や船舶と異なる課題が多く存在し、RAISE-2の二次利用の取組みは、将来の中古市場の確立に向けた民間事業者による二次利用の論点を洗い出す試験的な取組みという性質が強いものと考えられます。こうした論点としては、さまざまなものが考えられますが、例えば、代表的なものとして以下のようなものが挙げられます。
(1) 運用の円滑な移管
人工衛星の譲渡に伴い、人工衛星の管理運用を円滑に移管する必要があります。そのためには、譲渡人と譲受人の間で、人工衛星の管理運用に必要な情報や技術情報を適切に譲渡先に提供し、それらの情報の適切な管理を譲渡先に行わせること等が必要となるほか、外部の人工衛星の運用管理者がいる場合には、当該運用管理者からの引継ぎを行うか(譲受人が自ら運用管理を行う場合)、継続して当該運用管理者又は他の運用管理者に人工衛星の運用管理を委託する(譲受人が自ら運用管理を行わない場合)などの手当てが必要となることが考えられます。
譲渡人と譲受人との間の契約においてこれらの義務を過不足なく規定することはもとより、実務的にどういった形での情報の引渡しを行い、技術情報の保護のための管理体制を構築するか、また、外部の運用管理者との間でも実務上どのような引継ぎを行わせるかなどの実務が確立することが必要となると考えられます。
(2) 実証機器等の汎用性
通常、人工衛星の開発段階においては、その定常運用における利用を目的としたオーダーメイドでの開発・製作が行われることになるため、必ずしもその仕様が、譲受人が衛星を利用する目的に適したものではなく、利活用の範囲が広いものではないケースも想定されます。RAISE-2の場合は、公募により採択された実証機器等が既に搭載されているものであり、その実証機器等の運用の一部または全部を引き継ぐことになります。
今後の人工衛星の二次利用・中古市場の拡大という観点からいえば、二次利用が想定される人工衛星については、例えば、当初想定されている定常運用期間のみならず、その後の二次利用も想定した、汎用性の高い実証機器等を搭載することも検討に値するものと考えられます。
(3) 人工衛星の寿命
人口衛星の寿命は搭載した燃料が枯渇することにより訪れます。一度打ち上げた人工衛星は初期運用までに多くの燃料を消費しますが、現時点では、軌道上での燃料補給についての技術が確立していないのが実情です。
今後、軌道上での燃料補給技術が確立することにより、人工衛星の寿命が延びることとなれば、(2)で述べた汎用性の高い実証機器等の搭載と相まって、二次利用に係る人工衛星の価額の安定にもつながり、二次利用・中古市場の拡大の一助になるものと考えられています。Northrop Grumman及びその子会社であるSpaceLogistics LLCが軌道上衛星への寿命延長目的でのドッキングに成功するなど、軌道上における燃料補給については技術開発が進んでいますが、人工衛星市場の拡大という観点からも、技術の確立への期待が高いところといえます。
今後の展望
上記で述べた論点の一部については、今回のRAISE-2の二次利用の試みを通じて、実務上の工夫がなされ、今後の二次利用マーケットに有益な議論が活発化することが期待されます。また、中古人工衛星の市場が確立することに伴い、航空機や船舶のような、中古人工衛星を用いたアセット・ファイナンスの仕組みの検討の機運も高まってくるかもしれません。RAISE-2の取組みは、人工衛星の所有権自体を譲渡するものですが、例えば、二次利用を想定する人工衛星については、当初から人工衛星保有SPCに当該人工衛星を保有させることとし、二次利用にあたっては当該人工衛星の所有権ではなく、当該SPCの株式を譲渡する形を採ることにより、移管にあたっての煩雑さを回避したり、アセット・ファイナンスに係る論点の一部をクリアしたりすることもできる可能性も考えられます。
JAXAによるRAISE-2の取組みは、それ自体のインパクトはもとより、中古人工衛星市場の拡大という大きなビジョンに通じる画期的な取組みであり、今後も注目すべきものと考えられます。汎用性の高い実証機器等の開発や、軌道上燃料補給の技術開発とともに、この取組みを通じた人工衛星の二次利用に係る実務の発展が期待されます。
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