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【米国法務】デラウェア州一般会社法においてオフィサーの責任免除が可能に
2022.10.21
概要
アメリカ・デラウェア州の一般会社法では、これまで、ディレクターの善管注意義務違反に基づく賠償責任を限定または免除することは認められてきましたが、他方で、オフィサーに関しては同様の責任を限定または免除することは認められていませんでした。
しかし、今回、2022年8月1日に施行されたデラウェア州一般会社法(Delaware General Corporation Law)の改正により、オフィサーに関しても責任の限定または免除について基本定款(Certificate of Incorporation)に規定することが認められることとなりました。今後はオフィサーの責任限定を基本定款に定める事例が増えると予想されますので、本改正を受け、デラウェア州法人をグループ内に有する日系企業においても、その採否を検討することがあると考えられます。
(※)米国法上のDirectorは日本法上の取締役、Officerは業務執行担当の取締役や一部の執行役員に相当するイメージであり、本稿においてもそのような表記を用いますが、両概念は完全な対応関係にあるわけではない(また、日米の会社実務を担当していると、その概念差が理解を複雑化する要因となることも多い)ことにご留意ください。
アメリカの会社法における信認義務
アメリカの会社法上、オフィサー(執行役員)は、「会社」および「株主」に対してFiduciary Duty(信認義務)を負っており、それは、ディレクター(取締役)が負う「信認義務」と同様のものであると考えられています。
Fiduciary Dutyの具体的な内容として、一般に、Duty of Care(善管注意義務)と、Duty of Loyalty(忠実義務)という2つの義務が挙げられるところ、Duty of Careの内容は日本法上の善管注意義務に近いところがありますが、Duty of Loyaltyの内容は、日本法上の忠実義務(会社法355条)のイメージからはやや離れる内容を含むため、注意が必要です(なお、Duty of Good Faithという新たな概念が提唱されており、これがDuty of Loyaltyに内包されるのか、それともDuty of Loyaltyとは別の概念なのか、という興味深い対立もありますが、機会があれば別の記事でご紹介したいと思います)。
なお、アメリカにおけるオフィサーとは、たとえば、CEO、COO、CFOなどといったいわゆるCxO職で、会社の経営を執行する者をいいます。日本の会社では、社外取締役や監査等委員である取締役以外は、取締役が経営を執行することが一般的ですが、アメリカの会社ではディレクターとオフィサーは分離していることが一般的です。オフィサーは、取締役会によって選任され、通常、Employment AgreementやAppointment Agreementなどを締結して、同契約に沿って業務執行を行います(このあたりは、通常は社長にJob Descriptionを渡すことがない日本とは大きく異なる実務です。)。
今回の改正内容と注意点
アメリカ・デラウェア州の一般会社法では、1986年以来、ディレクターの善管注意義務違反に基づく賠償責任を限定または免除することが認められてきましたが、他方で、オフィサーに関しては同様の責任を限定または免除することは認められていませんでした。
これは、著名なSmith v. Van Gorkom事件において、これまでほとんど認められることのなかったディレクターのDuty of Care違反が社外のディレクターを含めて認定され、その結果、役員賠償責任保険の保険料の高騰や、社外ディレクターの成り手不足といった事態を招いたため、これに対応するためにディレクターの免責のみが規定されることになったものとされています。
今回のデラウェア州一般会社法102条(b)(7)の改正は、デラウェア州法人におけるディレクターの責任限定および免除の規律を、オフィサーに対しても拡張しました。
もっとも、この改正により、オフィサーの責任が自動的に限定・免除されるようになるわけではありません。このオフィサーの免責を適用しようとする場合、予め、基本定款を変更し、免責に関する規定を基本定款に追加する必要があります。日本で責任限定契約の締結権限を定款に定めるのと同じような発想です。なお、基本定款の変更にあたっては、取締役会が変更案を決議した上で、株主総会での承認を得る必要があります。
この改正の留意点としては、まず、以下のとおり、一定の場合には免責が適用されない場合があるということです。
Delaware General Corporate Code §102(b) (7) A provision eliminating or limiting the personal liability of a director or officer to the corporation or its stockholders for monetary damages for breach of fiduciary duty as a director or officer, provided that such provision shall not eliminate or limit the liability of: (i) A director or officer for any breach of the director’s or officer’s duty of loyalty to the corporation or its stockholders; (ii) A director or officer for acts or omissions not in good faith or which involve intentional misconduct or a knowing violation of law; (略) (iv) A director or officer for any transaction from which the director or officer derived an improper personal benefit; or (略) |
つまり、オフィサーがDuty of Loyalty(忠実義務)に違反した場合には免責を受けられず、免責対象となるのはDuty of Care(善管注意義務)に違反した場合のみとなります。また、Duty of Care違反の場合であっても、故意に不法行為や違法行為を行ったとき、オフィサーが不当な個人的利益を得る取引を行ったときなどには、オフィサーは免責を受けられません。これは、ディレクターに関しても同様です。このあたりの議論の背景にあるのはコーポレートガバナンスの議論であり、アメリカでは数十年前から役員責任の限定、免除は誰がどう決めるべきなのかということが活発に議論されており、その一つの変化が現れたものということができると思います。日本の会社法にも利益相反取引を行った取締役の責任推定規定がありますが、似たような文脈の趣旨で整理されています。
2つ目の留意点は、ディレクターの場合と異なり、会社がオフィサーに対して損害賠償請求をする場合や、株主が会社のために損害賠償請求をする場合(いわゆる株主代表訴訟)には、免責規定は適用されないということです。
Delaware General Corporate Code §102(b) (7) A provision eliminating or limiting the personal liability of a director or officer to the corporation or its stockholders for monetary damages for breach of fiduciary duty as a director or officer, provided that such provision shall not eliminate or limit the liability of: (略) (v) An officer in any action by or in the right of the corporation. |
つまり、免責規定が適用されるのは、株主が自身のためにオフィサーに損害賠償請求を行う場合に限られます。日本で言えば、423条責任の追及に対する抗弁としては機能せず、429条責任の追及を受けた場合の抗弁として提出できる、というイメージになります。
日系企業への示唆
本改正は、グループ内にデラウェア州法人を持つ日本企業や、デラウェア州におけるJVに参加している日本企業にとっても大きなインパクトを持つものと考えられます。特に、米国子会社が100%子会社ではない場合においては、いったんは検討をする価値があると考えられます。
すなわち、当該デラウェア法人に少数株主が存在する場合には、そのような株主から不当な訴訟の提起を受けるリスクからオフィサーを解放する(とともに、不必要なコストと労力を避ける)観点から、実際に規定する意味があり得ることになります。
米国子会社が100%子会社である場合には、親会社の立場からみると、上記規定を設ける必要性は高くありませんが、現地でオフィサーの採用活動を行うにあたり、そのような定款規定を設けておくことが優秀なオフィサーを良い条件で雇用するための戦略的な武器となる可能性はあります。デラウェア州の多くの法人は基本定款にディレクターに対する免責規定を入れており、今後はオフィサーに関しても免責規定の存在が当然の実務となる可能性があり、そうすると、オフィサー候補者側から雇用条件として免責規定を求めてくることもあるかもしれません。
なお、訴訟が提起されたとしても役員賠償責任保険(D&O保険)でカバーされる場合もあると思われます。しかしながら、日本の親会社が加入している保険の場合には、子会社であるデラウェア州法人にその保険が適用されるのか、また、支払限度額は十分か、といった点はケースバイケースなのが実情であり、個別に確認する必要があります。また、仮に役員賠償責任保険が適用されるとしても、そもそもそのような訴訟の提起自体を防ぐ効果があるという観点では、特にオフィサー側からすると、上記免責規定を設けておく意味はある、と考えるかもしれません。
是非一度、ご自身の会社グループの米国子会社の状況を検討されてみてください。
このブログでは、カリフォルニア州サンディエゴから、米国の会社法・会社実務を日本法と比較して解説していきます。次回もお楽しみに!
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