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【裁判例】令和3年(行ケ)第10070号 審決取消請求事件
2023.01.20
判決の内容
主たる引用発明に組み合わせる従たる文献の技術的事項の認定に誤りがある等として、本件発明の進歩性を肯定した特許維持審決が取り消された事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和4年6月28日判決(判決全文)
令和3年(行ケ)第10070号(知財高裁第3部・東海林保裁判長)
特許維持審決(棄却審決)に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「マッサージ関連サービスを提供するシステムおよび方法」とする特許第6662767号(本件特許)に係る特許無効審判(無効2020-800056号)(本件無効審判)において、特許庁が、請求項1に係る発明(本件発明)は甲1乃至3等から容易想到ではなく、無効審判の請求は成り立たない旨の審決を下したことに対して、本件無効審判の請求人が取消しを求めた事案である。本件判決は、甲2及び甲3の記載事項から把握される技術的事項を審決よりも広く解釈し、その結果、本件発明は甲1乃至甲3等から容易想到であるとして、本件審決を取り消した。
主な争点に関する判断
(1)結論
相違点1、2に係る本件発明1の構成は、甲1発明1、および甲2、3に記載された周知技術等に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件審決の、無効理由4(進歩性欠如)の相違点1、2についての容易想到性の判断には誤りがある。
(2)理由
ア.公知文献に記載された技術事項
(ア)甲2記載の記述事項
甲2には次の技術的事項が記載されていると認められる。
「制御端末に対して、各被制御端末、端末操作検索装置及びリモコン端末がそれぞれ接続されたシステムにおいて、端末操作検索装置から制御端末に、被制御装置の操作に対応するリモコン表示用のアイコンなどの識別子及び当該操作を実行するための操作実行ファイルを送るステップ」、「制御端末がリモコン端末に対して、各操作に対応するアイコンなどの識別子を送信するステップ、ユーザが所望する操作に対応したアイコンなどの識別子をリモコン端末上で選択することにより、制御端末に対して当該操作の実行を指示するステップ」、及び「制御端末が、ユーザにより選択された操作の識別子に対応する操作実行ファイルを解釈し、関係する被制御端末に対して制御命令を順番に実行することにより、端末の操作を行うステップ」を順次行うこと。
(イ)甲3記載の記述事項
甲3には次の技術的事項が記載されていると認められる。
AV用集中制御装置に対して、各AV用機器及びリモコンが接続されたシステムにおいて、AV用集中制御装置は、各AV用機器からアイコンソース及びコマンドをダウンロードし、ダウンロードしたアイコンソースをリモコンに送り、送ったアイコンソースに基づきリモコンにおいて行われるアイコンの選択に応じてリモコンから送られるコマンドを、対応するAV用機器に出力すること。
イ.本件発明1と甲1発明1との対比
本件発明1と甲1発明1を対比すると、本件審決が認定したとおりの一致点、相違点1及び相違点2が認められる。
a 一致点
「マッサージ装置であって、
マッサージ部と、
リモートコントローラと、
前記マッサージ部の運動を駆動するように機能する駆動部と、
前記駆動部と接続されたマイクロコントローラとを備え、
前記マイクロコントローラは、
外部装置と接続し、
前記マイクロコントローラによって実行可能なマッサージプログラムのプログラムコードを、前記外部装置から受信して、
一連のマッサージ動作を身体に施すために前記マッサージ部を介してマッサージプログラムを実行するように構成される、マッサージ装置。」
b 相違点1
駆動部と接続されたマイクロコントローラによる処理に関し、本件発明1は、マッサージプログラムのプログラムコードと、前記マッサージプログラムと関連付けられたアイコンのグラフィカルコンテンツとを、暗号化された形式で外部装置から受信して前記マッサージプログラムをメモリに保存し、前記外部装置から受信した前記マッサージプログラムと前記アイコンのグラフィカルコンテンツとを復号し、前記アイコンを前記リモートコントローラに保存させており、マッサージ部を介して実行される前記マッサージプログラムが「復号された」ものであるのに対し、甲1発明1は、マッサージプログラムのプログラムコードと、マッサージプログラムと関連付けられたアイコンのグラフィカルコンテンツとを、暗号化された形式で前記外部装置から受信しているかは明らかでなく、マッサージプログラムをメモリに保存しているかも明らかでなく、外部装置から受信したマッサージプログラムとアイコンのグラフィカルコンテンツとを復号しているかも明らかでなく、アイコンをリモートコントローラに保存させているかも明らかでなく、したがって、マッサージ部を介して実行されるマッサージプログラムが「復号された」ものであるかも明らかでない点。
c 相違点2
マイクロコントローラに関し、本件発明1は、縮小命令セットコンピュータであるのに対し、甲1発明1は、縮小命令セットコンピュータであるかは明らかでない点。
ウ.相違点に関する容易想到性の判断
(ア)相違点1について
甲1の1には、プログラムと関連付けられたアイコンのグラフィカルコンテンツをどのように入手するかは記載されていないが、リモコン端末に表示されたアイコンによってプログラムを選択するシステムにおいて、制御装置がプログラムコードを受信する際に、当該プログラムと関連付けられたアイコンのグラフィカルコンテンツを合わせて受信して、当該アイコンを制御装置からリモコン端末に送るようにすることは、甲2及び甲3に記載されているように周知の技術的事項であり、甲1発明1にこのような周知技術を適用することは、当業者が容易に想起し得たものと認められる。
甲1発明1の治療用健康装置は、マッサージプログラムのプログラムコードを、インターネット等を通じて受信するものであるところ(段落[0029])、上記のとおり、インターネット等の通信では、情報保護のために、SSL(secure sockets layer)などの暗号化/復号技術が広く行われており、しかも、上記のとおり、装置の外部からプログラム等を受信する際に、プログラム等を暗号化された形式で受信し、受信した装置で復号すること(暗号化/復号技術)も、コンピュータ(コンピューティング)技術ないしデータ通信技術の技術分野において極めて周知の技術であるから、甲1発明1において、ダウンロードに際して、当該周知の暗号化/復号技術を採用することは、当業者が適宜なし得た設計的事項にすぎないというべきである。
さらに、ダウンロードしたプログラムをメモリに保存することは、通常行う事項であり、甲1発明1においても当然実行しているものと認められるから、この点は実質的な相違点ではない。
そして、本件発明1において、「アイコンをリモートコントローラに保存させること」が特定されているが、アイコンはプログラム選択という操作に利用されるものであり、甲1発明1においては、操作手段としてリモートコントローラを有しているのであるから、アイコンによって選択されることが予定されているプログラムをダウンロードした後、そのプログラムがアイコンによって選択できるように対処すべきことは、当業者が当然考慮すべき普遍的な課題であるところ、その普遍的課題に照らして、甲1発明1に操作手段として備わっているリモートコントローラにアイコンを保存させることは、当然に考慮する設計的事項にすぎず、しかも、ダウンロードしたアイコンをリモートコントローラに保存することも周知の技術である(甲2、甲3)から、当業者であれば、「アイコンをリモートコントローラに保存させること」は、容易に想到し得たものと認められる。
(イ)相違点2について
本件特許の出願時において、プロセッサアーキテクチャとしてはRISC(縮小命令セットコンピュータ)が主流となっており、また、マッサージ装置の技術分野においてRISCを用いることも周知の技術であったから、甲1発明1において、治療プログラムを実行する主データ処理装置200(マイクロコントローラ)としてRISCを採用し、相違点2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たものであり、そのことにより、格別な効果を奏するものでもないと認められる。
(ウ)容易想到性
以上のとおり、本件発明1は、甲1発明1並びに甲2及び甲3に記載された周知技術、甲26ないし甲29に記載された周知技術、甲8、甲21の1、2及び甲25の1、2に記載された周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認めるのが相当である。
エ.取消事由8(甲2及び甲3の記載事項から把握される技術の認定の誤り)の理由の有無
本件審決は、甲2において、制御端末110から複数の家電機器に対する制御命令は、家電機器の制御部に対して実行されるものであるから、制御端末110は家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではなく、また、甲3において、AV用集中制御装置(12)から複数のAV用機器(14)に対する制御命令は、家電機器の制御部に対して実行されるものであるから、AV用集中制御装置(12)はAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないので、いずれも、本件発明1の「駆動部に接続されたマイクロコントローラ」に相当するものではないと解釈した。しかし、甲2及び甲3に記載された技術的事項は、前記ア(ア)及び(イ)のとおり認定されるものであって、本件審決のように、制御端末110が家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではないこと、AV用集中制御装置(12)がAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないことと限定的に解釈すべき根拠はなく、本件審決による甲2及び甲3の記載事項から把握される技術の認定には誤りがある。
コメント
本件審決では甲2および甲3記載の技術的事項について、「甲2及び甲3から共通して『制御装置が、プログラムと当該プログラムと関連づけられたアイコンとを併せて受信し、当該アイコンはリモートコントローラ等の操作手段に保存させる』という技術的事項が把握し得るとしても、当該制御装置が、本件発明1の『駆動部に接続されたマイクロコントローラ』に相当するものでない以上、上記相違点1における『駆動部に接続されたマイクロコントローラによる処理』に適用しようとする動機は生じ得ない。」と認定したが、本件判決では甲2及び甲3に記載された技術的事項は、本件審決のように、制御端末110が家電機器の駆動部に接続して制御する装置ではないこと、AV用集中制御装置(12)がAV用機器の駆動部に接続して制御する装置ではないことと限定的に解釈すべき根拠はなく、本件審決による甲2及び甲3の記載事項から把握される技術の認定には誤りがあるとして、本件審決が取り消されている。本件判決は、特に、従たる文献の技術的事項の認定、及び、それらを考慮した上での容易想到性の判断について、実務上、参考になると考えられる。
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