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【裁判例】令和3年(行ケ)第10136号等 審決取消請求事件
2023.02.22
判決の内容
進歩性に関し相違点に対する判断には誤りがあるとして一部無効審決が取り消された事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和4年8月31日判決(判決要旨)(判決全文)
令和3年(行ケ)第10136号 審決取消請求事件(第1事件)
令和3年(行ケ)第10138号 審決取消請求事件(第2事件)
(知財高裁第2部 本多知成裁判長)
無効審判一部無効審決に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「半田付け装置,半田付け方法,プリント基板の製造方法,および製品の製造方法」とする特許第6138324号(本件特許)に係る無効審判請求事件において,本件発明1,2及び5~7(請求項3は異議申立時に削除)の無効審決に対する原告側からの取消しの請求(取消事由1~7),及び,本件発明4の請求不成立審決に対する被告側からの取消しの請求(取消事由8~9)に関する事案である。特許庁は,本件発明と甲1(特開2009-195938号公報)に記載の発明(甲1発明,甲1発明2)又は甲2(「Proceedings of the ASME 2015 International Mechanical Engineering Congress & Exposition」(2015年)に掲載された「MELTING/SOLIDIFICATION ANALYSIS OF THE PB FREESOLDER IN SLEEVE SOLDERING」)に記載の発明(甲2発明)との間の各相違点を認定した上で,本件発明4及びこれを引用する本件発明に対しては甲1及び甲2に記載の発明から容易に想到できないと判断し,その他(本件発明1,2,及びこれを引用する本件発明5~7)については甲1発明から当業者が容易に想到し得たものであると判断した。
本判決では,本件発明1等と甲1発明との相違点についての判断に関する取消事由2及び9について主に検討がなされ,その結果,本件発明1,2,4乃至7については,いずれも,甲1又は甲2を主引用例として進歩性を欠くということはできないと判断された。
主な争点に関する判断
(1)結論
ア.取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
本件出願日当時の当業者において,相違点2に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできず,取消事由2には理由あるとして原告(特許権者)の請求が認められた。
イ.取消事由9(相違点12等についての判断の誤り)
本件出願日当時の当業者において,相違点12等に係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めることはできず,取消事由9は,その余の相違点について判断するまでもなく,理由がないとして被告(無効審判請求人)の請求が棄却された。
(2)理由
ア.本件発明1について
本件発明1(半田付け装置)について概略すると,ノズル(24)内に供給された溶融前の半田片(2a)の端子(T)側の端部を端子(T)の先端に必ず当接させ,溶融前の半田片(2a)を接続対象に接触させずにノズル(24)内に留めるように規制する当接位置規制手段を備えており,溶融前の半田片(2a)が端子(T)の先端に当接した状態で熱伝達を受けて溶融し,溶融した半田片(2a)が丸まって略球状になろうとするがノズル(24)の内壁と端子(T)の先端に規制されるため必ず真球になれないまま端子(T)の上に載った状態で半田片(2a)が供給された方向へ移動せずに停止し,この停止した状態でノズル(24)から溶融した半田片(2a)に伝わる熱を当該溶融した半田片(2a)から端子(T)に伝えて端子(T)を加熱し,この加熱によって端子(T)が加熱された後に溶融した半田片(2a)が流れ出す構成である。
イ.取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(i)本件発明1と甲1発明との相違点2(争点は太字&下線の箇所)は以下の通り。
本件発明1では「前記加熱手段は,…,溶融前の前記半田片が前記端子の先端に当接した状態で当該熱伝達を受けて溶融し,溶融した前記半田片が丸まって略球状になろうとするが前記ノズルの内壁と前記端子の先端に規制されるため必ず真球になれないまま前記端子の上に載った状態で前記半田片が供給された方向へ移動せずに停止し,…この加熱によって前記端子が加熱された後に前記溶融した半田片が流れ出す構成である」のに対して,甲1発明はその旨特定されていない点
(ii)審決での判断
審決では,甲1において,溶融した半田片が丸まる際にノズルの内壁と端子の先端に規制されるため必ず真球になれないか否かについて,“フラックス含有量が1wt%程度の半田を用い半田付けを行うことは当業者が容易になし得たこと”とし,当該フラックス含有量が1wt%程度の半田を基準として甲1における半田の直径を算出した。
結果,甲1における半田の直径がノズル(貫通孔)内壁の径よりも大きいことを理由として,甲1発明においても“半田片が当接位置で加熱溶融され溶融した場合に半田鏝の先端部の貫通孔の内壁とピンの先端に規制されるために真球になれない”と判断された。
当該判断において,フラックス含有量が1wt%程度の半田を基準としたことについては,各証拠(甲15,甲10等)において,半田にロジンを1~4wt%含有させることが記載され,また,日本工業規格として,やに入りはんだの規格としてフラックス含有量が1.0質量%のものが記号F1と定められていることが記載されていることを考慮し,甲1発明においてフラックス含有量が1wt%程度の半田を用い半田付けを行うことは当業者が容易になし得たことと認められると判断された。
(iii) 裁判所における判断
甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いた場合,溶融した半田は真球になれない旨判断した点については,原告も強く争うものではなかったため,裁判所では,「本件出願日当時の当業者が甲1発明においてフラックス含有量が1.0wt%の半田片を用いることが容易になし得たことであるか否か」につき検討された。
原告及び被告からは,本件特許出願時において,フラックス1wt%のやに入りはんだの存在を示す証拠,又は,フラックス1wt%のやに入りハンダが市場流通にしていること否定する方向に働く証拠が提出されていた。裁判所は,半田を扱う種々の企業のカタログ等にフラックスの含有量を2wt%未満とする半田は掲載されていないことや,ある企業が問い合わせに対し,過去においてフラックス含有量を1 wt %とする半田を製造したことはなく,そのような半田を製造すると,フラックスが入っていない不具合が発生することが危惧される旨や,フラックスの含有量を1 wt%とする半田は提供できない旨を回答していることを示す証拠を採用し,フラックスの含有量を1wt%とする半田は,本件出願日当時,やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものと認めるのが相当である,と判断した。
また,裁判所は,被告のフラックスの含有量を1wt%とする半田は日本工業規格に定められた記号F1の半田に該当する旨の主張に対し,日本工業規格として定められているものであるが,そのことから直ちに,記号F1の半田が現実にやに入り半田の市場において普通に流通していたとまでいえるものではなく,フラックスの含有量を1wt%とする半田が本件出願日当時にやに入り半田の市場において普通に流通していたと認めることはできない等の理由により被告の主張を否定した。
さらに,裁判所は,本件発明1の効果に関し,甲1には,溶融した半田が必ず真球にならないまま停止すること,すなわち,溶融後も半田がノズルの内壁に当接し続けることにより半田片及び端子が十分に加熱されることについての記載及び示唆はないから,甲1に接した当業者にとって,溶融した半田が必ず真球にならないとの構成が解決しようとする課題及び当該構成が奏する作用効果を知らないまま,当該構成を得るためにフラックスの含有量が1wt%の半田をわざわざ採用しようとする動機付けはないものといわざるを得ないとし,取消事由2には理由があると判断した。
ウ.取消事由9(相違点12等についての判断の誤り)について
(i)本件発明1と甲2発明との相違点12(争点は太字&下線の箇所)は以下の通り。
本件発明1では「当接位置規制手段が規制する半田片が,本件発明1は「溶融前の前記半田片」であるのに対し,甲2発明はその旨特定されていない点
(ii) 裁判所における判断
裁判所は,甲2の図3(下記図3B)及び図4(a)には,略長方形に見える半田がピンの先端に当接している様子が示されているが,甲2の図3(下記図3B)によると,半田の温度は539K以上であり,半田の融解温度(493K)を上回っているから,この半田は,溶融したものであると判断した。また、図4(a)に関しても図示されている半田が溶融したものであるとの可能性を払拭することはできないと判断した。さらに,被告による,図3(下記図3A)において,半田の温度が融解温度に達しない492Kとされていることから,半田が溶融するのは半田がピンの先端に当接してからである旨の主張に対し,裁判所は,甲2によっても,図3Aと図3Bとの間の半田の位置や温度を具体的に明らかにすることはできないから,被告の主張を採用することはできないとし,取消事由9には理由がないと判断した。
コメント
相違点2(溶融した半田片が丸まって略球状になろうとする際にノズルの内壁と端子の先端に規制されて真球になるか否かについて)に関し、審決においては,溶融した半田片が丸まる際にノズルの内壁と端子との先端に規制されるか否かについて,“フラックス含有量が1wt%程度の半田”を用いた場合を基準としてその直径を算出した。結果,半田の直径が甲1に記載のノズル(貫通孔)内壁の径よりも大きいことを理由に,甲1発明に,規格でフラックス含有量が1wt%と定められた半田を使用することにより,半田片が当接位置で加熱溶融され溶融した場合に半田鏝(こて)の先端部の貫通孔の内壁とピンの先端に規制されるために真球になれないと判断した。
これに対して,本判決では,本件特許出願日当時の当業者が甲1発明においてフラックス含有量が1wt%の半田片を用いることが容易になし得たことであるか否かにつき検討した。結果,フラックスの含有量を1wt%とする半田は,本件出願日当時,やに入り半田の市場において普通に流通していなかったものと認めるのが相当である,と判断した。
このように,本事件では,規格としては存在している物についても出願時において普通に流通しているか否かについて判断されており,出願時における入手の困難性に着目した事件と言えると考える。すなわち,相違点に関し使用される技術や製品が出願時において入手が容易な場合には当業者の設計事項の範囲内となり得,出願時において入手の困難度に応じて引用文献中に当該技術(物)を適用するための動機づけが求められるものと考える。一方,本事件の証拠内容などを考慮すると,単に入手が困難であるという事実のみでは足らず,入手が困難な理由(市場において広くする流通ことに対してネガティブな要因がある等)も重要な要素になると考える。
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