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【裁判例】令和4年(ネ)第1273号 損害賠償請求控訴事件
2023.03.31
判決の内容
神戸地方裁判所において言い渡された、控訴人の債務不履行に基づく損害賠償請求を棄却した原審の判決が、管轄違いの判決であると判断した事例。
事件番号(係属部・裁判長)
大阪高裁令和4年9月30日判決(判決全文)
令和4年(ネ)第1273号(大阪高裁民事第8部 森崎英二裁判長)
損害賠償請求控訴事件
事案の概要
本件は、免役細胞(マクロファージ)を活性化させるGcMAF(ジーシーマフ。Gc Protein-derived macrophage activating factor)と呼ばれる物質を合成し大量生産する方法を開発するため、被控訴人に研究を委託する契約(以下「本件契約」という。)を締結した控訴人が、被控訴人の理事である研究者(以下「本件研究者」という。)により発明された活性型GcMAFを合成する新たな方法(以下「本件発明」という。)が、本件契約に基づく研究(以下「本件受託研究」という。)により得られた成果物であることを前提として、本件研究者個人が本件発明を単独で特許出願したことが、被控訴人による本件契約上の協議義務の違反等に当たる旨主張して、被控訴人に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、本件発明に係る特許無効審判請求に要した費用等の合計約116万円及び遅延損害金の支払を求める事案である。
本件契約においては、知的財産権の帰属に関して、以下の内容の条項が存在した。
知的財産権の帰属(14条)
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なお、原審は、上記14条2項のうち、被控訴人が「承継を希望した場合には」とする部分は、被控訴人側で一方的に変更したものであり、控訴人と被控訴人の合意に基づかない記載であると認定した上で、控訴人及び被控訴人の間では、本件契約14条2項は、「被控訴人は、前項の知的財産権を被控訴人が承継した場合には、控訴人に対して相当の対価と引換えにその全部を譲渡するものとする」との内容で合意されたものと解釈されると認定した。
被控訴人は、原審において、本件発明が本件受託研究の成果ではない、被控訴人は控訴人との間において協議を尽くしていたなどの反論をしたところ、原審は、被控訴人に控訴人主張に係る本件契約上の協議義務違反等の債務不履行があるとは認められないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人がこれを不服として控訴した。なお、上記出願後、本件発明に係る特許を受ける権利は被控訴人に承継されて特許出願人の名義は被控訴人に変更され、原審審理中に本件発明に係る特許権が被控訴人を特許権者として設定登録された。
主な争点に関する判断
(1)結論
裁判所は、本件が民事訴訟法(以下「民訴法」という。)6条1項2号により大阪地方裁判所の管轄に専属するものであるとして、神戸地方裁判所において言い渡された原審の判決は、管轄違いの判決であって、取消しを免れないと判断した。
(2)理由
ア.民訴法6条1項における「特許権…に関する訴え」の意義
まず、裁判所は、以下のとおり、民訴法6条1項が、「特許権…に関する訴え」については、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の専属管轄に属すると規定し、同条3項及び知的財産高等裁判所設置法2条が、当該訴えの終局判決についての控訴は知的財産高等裁判所が取り扱うと規定していることの趣旨が、審理の専門的処理態勢の整備している裁判所に専属させることが適当と解されたことにあると判示している。
「ところで、民訴法6条1項は、『特許権』『に関する訴え』については、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に専属する旨規定し、同条3項本文は、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所が第1審として審理した『特許権』『に関する訴え』についての終局判決についての控訴は東京高等裁判所の管轄に専属する旨規定し、さらに知的財産高等裁判所設置法2条が、上記訴えは、同法に基づき東京高等裁判所に特別の支部として設置された知的財産高等裁判所が取り扱う旨規定している。上記各規定の趣旨は、『特許権』『に関する訴え』の審理には、知的財産関係訴訟の中でも特に高度の専門技術的事項についての理解が不可欠であり、その審理において特殊なノウハウが必要となることから、その審理の充実及び迅速化のためには、第1審については、技術の専門家である調査官を配置し、知的財産権専門部を設けて専門的処理態勢を整備している東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に専属させることが適当であり、控訴審については、同じく技術の専門家である調査官を配置して専門的処理態勢を整備して特別の支部として設置した知的財産高等裁判所の管轄に専属させることが適当と解されたことにあると考えられる。」
そして、裁判所は、上記趣旨に加え、民訴法6条1項が、文言上「特許権」「に基づく訴え」ではなく、「特許権」「に関する訴え」と広く規定していることを踏まえ、民訴法6条1項にいう「特許権…に関する訴え」には、「特許権そのものでなくとも特許権の専用実施権や通常実施権さらには特許を受ける権利に関する訴えも含んで解されるべきであり、また、その訴えには、前記権利が訴訟物の内容をなす場合はもちろん、そうでなくとも、訴訟物又は請求原因に関係し、その審理において専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定される場合も含まれる」と解釈されるべきであると判断した(下線は筆者が付したものである。)。
なお、裁判所は、以下のとおり、民訴法20条の2第1項が、民訴法6条1項により東京地方裁判所又は大阪地方裁判所の管轄に属した事件であっても、専門技術的事項の審理判断が問題とならないような場合には移送の余地を認めていることからも、「特許権…に関する訴え」の上記解釈が相当であると判示している。
「なお、専属管轄の有無が訴え提起時を標準として画一的に決せられるべきこと(民訴法15条)からすると、『特許権』『に関する訴え』該当性の判断は、訴状の記載に基づく類型的抽象的な判断によってせざるを得ず、その場合には、実際には専門技術的事項が審理対象とならない訴訟までが『特許権』『に関する訴え』に含まれる可能性が生じるが、民訴法20条の2第1項は、『特許権』『に関する訴え』の中には、その審理に専門技術性を要しないものがあることを考慮して、東京地方裁判所又は大阪地方裁判所において、当該訴訟が同法6条1項の規定によりその管轄に専属する場合においても、当該訴訟において審理すべき専門技術的事項を欠くことその他の事情により著しい損害又は遅滞を避けるため必要があると認めるときは、管轄の一般原則により管轄が認められる他の地方裁判所に移送をすることができる旨規定しているのであるから、この点からも、上記『特許権』『に関する訴え』についての解釈を採用するのが相当である。」
イ.本件の事案へのあてはめ
はじめに、裁判所は、本件の訴状の記載から、本件において控訴人が主張する債務不履行に基づく損害賠償請求は、本件発明が、本件受託研究により得られた成果物であるのに、被控訴人がこれを本件研究者個人の発明であるとして、本件研究者単独で特許出願した行為が、本件契約14条1項に規定する協議義務に違反し、また、控訴人が権利の承継について希望していたにもかかわらず、被控訴人が控訴人と協議を行うことなく本件研究者による特許出願を強行した行為が、本件契約14条2項に規定する譲渡義務にも違反し、その結果、控訴人が本件発明に係る特許権を取得できなくなったことで余儀なくされた出捐をもって損害と主張するものであることを確認した。
その上で、裁判所は、控訴人の主張が、特許を受ける権利が請求原因に関係するものであることや、本件発明が本件受託研究により得られた成果物であるか否かが本件の争点となることが見込まれ、その判断のためには、本件発明が本件受託研究の成果物に含まれるかという専門技術的事項に及ぶ判断をすることが避けられないと考えられることを理由に、以下のとおり、本件は、「特許権…に関する訴え」に含まれると解するのが相当であると判断した。
「したがって、本件は、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟として訴訟提起された事件であるが、その訴状の記載からは、その争点が、特許を受ける権利に関する契約条項違反ということで特許を受ける権利が請求原因に関係しているといえるし、その判断のためには専門技術的な事項の理解が必要となることが類型的抽象的に想定されることから、本件は『特許権」『に関する訴え』に含まれると解するのが相当である…。」
コメント
本判決は、民訴法6条1項の「特許権…に関する訴え」の該当性の範囲についてその理由と伴に詳細に判示し、また、受託研究契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求に関する訴えも「特許権…に関する訴え」に該当し得ること判示した点において、実務上参考になる。
本判決は、民訴法6条1項の「特許権…に関する訴え」の解釈について、知財高裁平成28年8月10日決定や、知財高裁平成21年1月29日判決等における従前の裁判所の判断と同様の考えを示したものであり、本判決をもって、裁判実務上「特許権…に関する訴え」の範囲は広く捉えられることがより明確になったと言える。ただし、本判決を踏まえても、受託研究契約や共同研究契約等の知的財産に関連する契約に関して、どのような内容の債務不履行を理由とする請求についてまで民訴法6条1項の適用が及ぶのかという点は、未だその外延が不明確であると言わざるを得ない。基本的には、本判決の判断にもあるとおり、見込まれる争点の判断のために専門技術的な事項の理解が必要になるか否かという観点から個別具体的に判断されることになると思われるが、例えば、研究内容の公表に関する義務違反や秘密保持義務違反等を理由とする債務不履行事案における民訴法6条1項の適用範囲については、今後の裁判例を注視する必要がある。
なお、上記の知財高裁平成28年8月10日決定では、相手方が、抗告人Aによる消火器販売事業への勧誘に際し、抗告人Aの開発した消火剤が、同人は技術やノウハウを有しないのに、同人が特許を持っており、これまでの消火剤より性能がよいと述べたことや、他社のメーカーの特許を侵害しないと述べたことが詐欺に当たるなどと主張していた基本事件について、「欺罔行為の内容として「特許」という用語が使用されているだけで、このことをもって、基本事件が専属管轄たる「特許権に関する訴え」(民事訴訟法6条1項)に当たるということはできない」として、民訴法6条1項の適用が否定されている。
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