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【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】5 明細書の直接的な記載に基づかない補正が許された事例
2023.05.30
はじめに
本件は、高圧自緊式フランジに関する特許出願の審判請求時に行われた、明細書の直接的な記載に基づかない補正が、専利法第33条に規定の補正要件を満たすか否かが争われた事例です。拒絶査定不服審判では、当該補正は新規事項導入であると認定され、拒絶審決が下されました。しかしながら、審決取消訴訟一審の北京知的財産法院、及び二審の最高人民法院知財法廷は、補正で追加された特徴は、明細書に直接の記載はないものの、明細書に記載された発明の効果に鑑みれば、当業者が当初の明細書等の記載から直接且つ一義的に確定できる内容であり、補正要件を満たすと判断しました。
本件は、2022年の「最高人民法院知財法廷裁判要旨」(計75件)にも選定されています。
事件情報
事件番号:(2021)最高法知行終440号
判決日:2022年7月
上訴人(一審被告):国家知的財産局
被上訴人(一審原告):成都植源機械科技有限公司
対象特許:中国特許出願第201611044305.8号「高圧自緊式フランジ」(出願日:2016年11月24日)
事案の概要
(1)本件特許出願の補正
本件特許は、配管継手として用いられる「高圧自緊式フランジ」に関するものであり、拒絶査定不服審判請求時に補正された請求項1は、以下の通りです(筆者にて図面の参照符号を挿入し、審判請求時の補正部分に下線を付しました)。
【請求項1】 |
上の右側の図2に示される通り、シールリング1の中央の高くなった部分であるリブ部を、上下(上図では左右)から2つのハブ4で挟み込み、クランプ2で、ハブ4どうしの距離が狭まるよう締め上げます。その際、シールリング1の横方向に広がるリップ部の外側斜面と、ハブ内側のテーパ面とが密着し、配管内の液体や気体が漏れないシールが実現されます。配管内の圧力が高まれば高まるほど、シールリング1のリップ部が管の中心から外側に向けた圧力を受けて素材の弾性により変形し、ハブ4のテーパ面に、より緊密にはまり込む形となるため、自緊式シールが実現されます。
(2)明細書の記載内容
拒絶査定不服審判において、審判合議体は、「β<αであり、」との特徴は当初明細書等に記載されておらず、当該特徴を追加する補正は、補正要件を満たさないと判断しました。当該特徴に関連し、明細書には以下の記載があります。
【0013】 【0030】 【0031】 【0032】 【0036】 【0038】 【0059】 |
主な争点に対する判断
本件審決取り消し訴訟の焦点は、出願人が審判請求時に請求項1に対して行った「β<αであり」との特徴を追加する補正が、専利法第33条に規定の補正要件を満たすか否かです。
(1)補正要件に関する現行規定
中国の専利法第33条には、いわゆる新事項導入の禁止について、「発明及び実用新案の出願書類に対する補正は、元の明細書及び請求項に記載の範囲を超えてはならない」と規定されています。また、審査指南には、「出願人が出願書類に対して行った補正が、当業者が元の明細書及び請求項から直接且つ一義的に確定することができない内容を追加するものである場合、そのような補正は、元の明細書及び請求項に記載の範囲を超えているとみなされる」と規定されています。
そのため、中国の補正要件は一般に日本に比べて厳格であり、基本的に明細書に直接記載されている文言を使った補正のみ許されるというのが、従前からの実務家の認識でした。
(2)一審裁判所の判断
本件の拒絶査定不服審判において、審判合議体は、「β<αであり、」との特徴は元も明細書等に記載されておらず、当該特徴を追加する補正は補正要件を満たさないと判断しました。
植源機械社は、審決取消訴訟を提起し、補正で追加された「β<αであり、」との特徴は、T型シールリングのリップ部とハブのテーパ面とを緊密に密着させればさせるほど、「圧力が高いほど自緊式シール性能が向上する」という本件発明の効果を達成できることを考えれば、当業者が当初の明細書等の記載から直接且つ一義的に確定可能な内容であり、補正要件を満たすと主張しました。
これに対し、一審裁判所は、本件発明において、ボルトの仮締め力でT型シールリングのリブ部とハブとを緊密に密着させた際に、βとαの2つの角度の取り得る関係は、①β>α、②β=α、③β<αの3つであると分類しました。
その上で、①β>αの状態では、T型シールリングのリップ部はハブのシールテーパ面にそもそも接触できず、②β=αの状態では、両者は完全に接触するものの、明細書の段落0036に記載のように「ボルトの仮締め力を増加させ続け、ハブとシールリングとの間に適切な線接触力を発生させる」ことはできず、段落0031に記載された、材料の弾性を利用したT型シールリングのリップ部の外側斜面とハブとの「締まりばめ」を実現することはできないため、段落0013に記載の「圧力が高いほど自緊式シール性能が向上する」との効果を実現できないと指摘しました。
そして、③β<αの場合のみ、T型シールリングのリップ部の外側斜面とハブのシールテーパ面とが線接触し、配管内の圧力が増大すると、ハブのテーパ面がシールリングのリップ部の外側斜面に押し付けられ、シールリングの弾性を利用して収縮変形し、段落0059に記載された「配管内の圧力の増加に伴い、T型シールリングのリップ部とハブとのシールテーパ面はますます緊密に密着」する状態が生じ、「圧力が高いほど自緊シール性能が向上する」との効果が実現されると認定しました。即ち、③β<αであるとき、初めて、明細書に記載の効果が実現されます。
そのため、当業者は、この「β<α」という技術的特徴を、当初の明細書及び請求項の記載から直接且つ一義的に確定することが可能であり、当該補正が専利法第33条の補正要件を満たさないとの知的財産局の審決は誤りであって、取り消されるべきであると判断しました。
(3)二審裁判所の判断
二審の最高人民法院知財法廷も、一審裁判所のこの判断を支持しました。
また、二審判決では、専利法第33条に記載の「元の明細書及び請求項に記載の範囲」について、一般論として、①元の明細書及び請求項が文字又は図形等により明確に表している内容、②当業者が元の明細書、図面、及び請求項を総合して直接且つ明確に導き出せる内容、の2つを含むことを明確にしました。その上で、本件出願人が請求項に追加した内容は、上記①の元の出願書類に明確に記載された内容ではありませんが、元の出願書類に暗示的に公開されていると言え、上記②の、当業者が発明の目的と結び付けて、元の出願書類から直接且つ明確に導き出せる内容であると判断しています。
また、二審において国家知的財産局は、本件明細書の段落0028~0052は一実施例を記載しているに過ぎず、当該実施例による限定が、それ以外の状況にも当てはまるとは言えない、と反論しました。これについて、二審裁判所は、補正後の内容が「元の明細書及び請求項に記載の範囲を超えない」との条件を満たす限り、出願人は、権利化過程において、請求項をいずれかの具体的な実施例に限定することが可能であり、また、当該実施例に基づいて請求項を改めて合理的に概括することも可能である、と述べました。その上で、本件明細書には1つの実施例しか記載されておらず、段落0036には本件発明のメカニズムが記載されており、「ハブとシールリングとの間に線接触力が生じる」との記載は本件発明の課題と密接に関連するものであり、一審裁判所がこの記載に基づいてβ=αの状況を排除したことは、不当ではないと判断しています。
コメント
中国の特許審査では、補正要件が比較的厳格に判断されており、基本的に明細書に直接の文言記載のある補正しか受け入れられないというのが、従前の実務界の認識でした。近年、判断基準に若干の緩和傾向があり、実施例に使われた数値を、請求項に記載の数値範囲の上限又は下限にする補正等が、認められるケースが増えてきました。
そのような中、本件二審判決では、補正の許される範囲に「当業者が元の明細書、図面、及び請求項を総合して直接且つ明確に導き出せる内容」が含まれるとの最高人民法院の考え方が明確にされました。更に、判決が、従来の実務では一般的に許されないと認識されていた、「実施例に基づいて請求項を改めて合理的に概括することも可能である」と述べた意義は、大きいと考えます。
最高人民法院の示す補正要件の判断基準は、「補正が『当初明細書等に記載した事項』との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるか否かにより、その補正が新規事項を追加する補正であるか否かを判断する。」という日本の審査基準第IV部第2章2.に示された考え方に、近づく方向のものです。また、本件出願人の行った補正は、日本の特許実用新案審査ハンドブック附属書A「特許・実用新案審査基準」事例集第7章の新規事項を追加する補正に関する事例24「圧延方法」(実施例に記載された具体的数値及び発明の目的を考慮して、「~以下」から「~未満」への補正を認めた事例)に、非常に近い類型と思われます。
本件は、従来、その厳格さで日本の出願人・代理人を悩ませてきた中国特許出願の補正要件について、裁判所が、より本質的・実質的な観点から、以前より柔軟な判断をする傾向となってきたことを示す事例として、喜ばしいものです。今後の審査・審判実務への影響が特に注目されます。
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