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【裁判例】令和3年(ネ)第10026号損害賠償等請求控訴事件
2023.06.26
判決の内容
独占的通常実施権者から当該実施権に係る装置を譲り受けた第三者が、当該装置を用いて製造した製品を米国へ輸出した。当該第三者は、当該行為につき、当該装置に係る特許権者から米国裁判所での特許侵害訴訟を提訴され、損害賠償命令を受けた。その後、当該第三者が、日本の裁判所において、米国及び日本の特許権に関し不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しないことの確認、及び、特許権者に対して不法行為(民法709条)または債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償を求めたのに対して、裁判所がいずれの請求も却下した事案である。
事件番号(継続部・裁判長)
知財高裁令和3年9月30日判決(判決全文)
令和3年(ネ)第10026号(知財高裁第4部・菅野雅之裁判長)
損害賠償等請求控訴事件
(原審・大阪地方裁判所平成30年(ワ)第5041号損害賠償等請求事件)
事案の概要
・背景
X(原告・控訴人)は、Z(原告補助参加人、控訴人補助参加人)がY(被告・被控訴人)から独占的通常実施権の許諾を受けて販売した機械装置Aを使用して韓国でフィルム製品Bを製造・販売し、これを日本に輸出して日本の顧客に販売すると共に、米国にも輸出するなどした。Yは、Xのフィルム製品Bの米国への輸出等について、米国の裁判所において、損害賠償等を請求する訴訟(別件米国訴訟)を提訴した。カリフォルニア州中部地区連邦裁判所は、機械製品Aの販売が実施権に基づくものであったと認めず、本件米国特許権の侵害を認めると共に、また、X等に対し、Yに対する上記損害賠償金の支払を命じることなどを内容とする判決をした。その後、Xは米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に控訴したが原判決を支持し、その後米国判決が確定した。
・原審におけるXの請求
Xは、大阪地方裁判所に、以下の確認および損害賠償を求めた。
(確認請求)
Xは、当該行為につき、YがXに対し、米国特許権侵害および日本国特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権をいずれも有しないことの確認を求めた(以下、米国特許権侵害に関する請求を「請求1―1」、日本特許権侵害に関する請求を「請求1―2」、これらの確認請求を総称して「請求1」という)。
(損害賠償請求)
Yが、Xに対して別件米国訴訟を提起したことが、Xに対する不法行為または債務不履行に当たると主張して、損害賠償を求めた(以下、不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求を「請求2-1」、債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償請求を「請求2-2」、これらの損害賠償請求を総称して「請求2」という)。
・原審の概要
原審における争点は以下のとおりである。
争点1:国際裁判管轄の有無(本件各請求について。)
争点2:請求2に係る訴えの準拠法
争点3:確認の利益の有無(請求1について。)
争点4:訴訟物の特定の有無(本件各請求について。)
争点5:本件各特許権の侵害の成否(請求1について。)
争点6:別件米国訴訟の提起および追行の違法性等(請求2-1について。)
争点7:本件許諾契約に基づく被告の原告に対する本件各特許権不行使債務の有無(請求2-2について。)
上記の争点をふまえて、各請求について概略以下に示すように判断した。
|
請求の概要 |
関連争点 |
原審の概要 |
請求1-1 |
米国特許権侵害に関する確認請求 |
1 |
日本の裁判所が審理および裁判をすることが当事者間の衡平を害する特別の事情(民訴法3条の9)があると認められ、これに係る訴えを却下することとする。 |
請求1-2 |
日本特許権侵害に関する確認請求 |
1, 3 |
争点1に関して、民訴法3条の9の特別の事情があるとは認められず、日本の裁判所が管轄権を有するとした。 争点3に関して、以下の事実から、請求1-2に係る訴えは、確認の利益を欠く不適法なものであることから、これを却下するとした。 |
請求2 |
別件米国訴訟に基づく損害賠償請求 |
1, 4 |
Yによる別件米国訴訟の提起および追行につき、XのYに対する不法行為または債務不履行に基づく損害賠償を請求するものであり、別件米国訴訟とは訴訟物を異にする等の事情を考慮しても、「特別の事情」(民訴法3条の9)があるとは認められない。また、訴訟物の特定に欠けるところはない。 |
請求2-1 |
不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求 |
6 |
日本法によれば、Yによる別件米国訴訟の提起および追行をもって、Xに対する不法行為ということはできない。 |
請求2-2 |
債務不履行(民法415条)に基づく損害賠償請求 |
7 |
本件許諾契約につき、第三者のためにする契約と理解することも、Zに対し再実施許諾の権限を付与するものと理解することもできない。そうである以上、Yは、本件許諾契約に基づき、Xに対し、本件各特許権を行使しない義務を負わず、その不履行はあり得ない。 |
主な争点に対する判断
(1)結論
知的財産高等裁判所は、原判決を支持し、米国特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認請求(請求1-1)、日本特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求権の不存在確認請求(請求1-2)、不法行為に基づく損害賠償請求(請求2-1)、債務不履行に基づく損害賠償請求(請求2-2)のいずれも認めていない原判決は相当であるとして、本件控訴は理由がないから棄却するとした。
(2)理由
当審において、XおよびYの双方から、補充主張がなされたが、原判決が維持されている。
請求1-1に係る訴えは、原審と同様に民事訴訟法3条の9に該当し、我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情があり認められないとした。
請求1-2は、訴えの利益を欠くから、いずれも却下すべきであるとした。
更に、請求2-1については、不法行為とする理由がなく、請求2-2は、本件許諾契約につき、Zに対し不提訴義務を有するものと理解することもできないため、原告に対し、本件各特許権を行使しない義務を負わず、その不履行はあり得ないため、債務不履行に基づく損害賠償請求も認めなかった。
コメント
本件は、独占的通常実施権をめぐる、特許権者であるY、独占的通常実施権者であるZと、当該実施権者から譲り受けた装置を使用して製造したXとの間での、日本および米国を含むグローバルな紛争に関する一判決である。本訴訟では、Yからの独占的通常実施権を受けてZから販売された機械装置Aを用いてフィルム製品Bを製造したXが、Yから別件米国訴訟を提起され、損害賠償の支払いを命じられたことを受けて、日本の裁判所において、非侵害確認請求および損害賠償請求を求めた事案である。
米国における特許権侵害に基づく損害賠償請求不存在の確認訴訟はもとより、日本における特許権侵害に基づく損害賠償請求不存在の確認訴訟についても特許権の存続期間満了および損害賠償請求権に係る時効期限を経過していること、特許権者に訴える意思がない旨の陳述書を根拠に訴えの利益がないとして、確認請求が却下されている。
別件米国訴訟を原因とする、債務不履行に基づく損害賠償請求についても、Xは、本件許諾契約からYからZに対し再実施許諾の権限を付与しており、YはXに対し、権利行使しない不作為義務を負うとの主張は認められず、裁判所は、本件許諾契約に基づく不提訴義務が認められず、その不履行はあり得ないと判断した。
製造装置・製造方法の特許権に係る独占的通常実施権を許諾された実施権者が、その装置を製造販売した場合であっても、その販売先は、当然に製造方法の再実施許諾の権限を受けられるわけではなく、当該装置を用いて製造した製品に対して、特許権者が権利行使しない不作為義務は認められない。装置の導入にあたり、当該装置について第三者の特許権に係る実施権が設定されている場合には、再実施権許諾がなされているか、または、製造しようとする製品が特許権者の特許を侵害しないか、確認をすることが重要であると考えられる。
[参考事件]
関連訴訟として、本事件の参加人Zを原告、本事件原告Xを原告参加人として、本件と同じ被告Yに対する損害賠償請求および特許権侵害による損害賠償請求債務不存在確認等請求がなされた事件がある(平成30年(ワ)第5037号損害賠償請求事件、および令和2年(ワ)第10857号特許権侵害による損害賠償請求債務不存在確認等請求事件(判決全文)、並びに最高裁判所判決(平成31年(受)第619号(判決全文)))。当該事件では、本件実施許諾契約において、販売先の制限は、明示的にも黙示的にも存在しなかったから、原告から本件各特許権の実施品である「本件各機械装置」を買い受けたXが、これを稼動してポリイミドフィルム製品を製造し、販売しても、本件各特許権侵害の責めを負うものではなかったというべきであるとされ、ZのY対する特許権侵害による損害賠償請求債務不存在が認められた。
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