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【欧州法務ブログ:ドイツ進出・ドイツ企業のM&A実施前に知っておきたい基礎知識】 第3回:ドイツにおける従業員代表(経営協議会とM&A取引)について
2023.06.29
はじめに
ドイツでは、一般的に、各企業における従業員代表はいわゆる経営協議会(Betriebsrat、英語ではworks council)が担います。経営協議会は、各企業において選ばれた従業員から構成されるグループであり、当該企業の従業員全員を代表します。雇用主には、経営協議会を設置する義務はありませんが、少なくとも5人の常用労働者が存在する事業所の従業員には、経営協議会を設立する権利が認められています。
経営協議会には、種々の共同決定権が認められています。その例としては、①常時20名を超える従業員が当該業務に従事していて、かつ、②業務の変更によって従業員全員又は相当数の従業員に深刻な不利益が生じる業務変更に関する協議権が含まれます。ドイツにおける経営協議会の権限と地位は、日本における従業員代表に比して非常に高いものとなっています。
業務変更に伴う権利・義務について
経営協議会が存在する場合、雇用主は特に、経営協議会に対して、計画されている業務変更について全ての完全な情報を提供する義務があり、経営協議会には、当該計画について意見する権利が認められています。
M&A取引の過程における業務変更の場合、経営協議会はさらに、企業に対して、①利益調整(Interessenausgleich)、及び②社会計画(Sozialplan英語ではsocial compensation plan社会補償計画)という2つの合意について交渉する権利を有します。
利益調整や社会計画の交渉は、経営協議会が担当しますが、労働協約が締結されている企業においては、労働組合の担当書記長が交渉に参加することも珍しくありません。
利益調整
利益調整の合意において、事業の閉鎖時期、解雇する従業員数、解雇時期、解雇する従業員の選定指針・基準等、事業変更の具体的な手順と時期が決定されます。
しかし、経営協議会は、企業に対して利益調整の合意の締結を強制することはできません。企業は、合意を目指して真摯に調整を試みることが求められるにとどまります。業務変更を計画する際には、当該交渉手続きに要する時間も考慮することが必要です。
利益調整の合意の一般的な雛型はありませんが、以下に規定内容の一例を挙げます。状況や経営協議会との交渉次第で内容は変わります。
-第1条:適用範囲
-第2条:適用される施策
-第3条:施策の実施
-第4条:解雇人員の人選基準
-第5条:一時帰休
-第6条:辞任
-第7条:雇用証明書 / 推薦状
-第8条:経営協議会の共同決定権
-第9条:社会計画
-第10条:最終条項
社会計画
社会計画においては、業務変更によって従業員に生じた不利益が補償されます。典型的には、例えば従業員の雇用喪失に対する退職金や、移籍手当・通勤手当のような勤務地の変更があった場合の補償が規定されます。
社会計画における雇用喪失に対する補償は、多くの場合、雇用主と経営協議会が事前に合意した一定の計算式に従って算出されます。この場合、月毎の賃金、年齢、勤続年数等が考慮要素となり、これらの要素が掛け合わせられた後、除数で割られることが一般的です。また、家族構成(扶養児童数)、障害の有無、又は一定期日までに退職することに同意した従業員(早期退職に対する追加的なインセンティブを高めるため)等、特定の要素に応じて金額が引き上げられることもあります。但し、企業や経営協議会は、社会計画を検討する際に、特定の計算式に従う法的義務を負うものではありません。すなわち、企業や経営協議会は、対象となる従業員各人の状況を考慮し、個別に退職手当を決定することも可能です。
社会計画は、利益調整の合意とは異なり、一定の例外が適用されない限り原則として、経営協議会がこれを施行することが可能です。
社会計画の内容は、常に雇用主と経営協議会との交渉の結果であり、財政状況、施策実施のための時間的制約、企業内で過去に締結された労働協約等、様々な要素の影響を受ける可能性があります。一般的な雛型はありませんが、以下に社会計画の内容の一例を挙げます。状況や経営協議会との交渉次第でこちらも内容は変わります。
-第1条:適用範囲
-第2条:退職金
-第3条:退職金の支払
-第4条:従業員救済基金
-第5条:再就職支援
-第6条:紛争解決
-第7条:最終条項
※本ブログは、TMI総合法律事務所の外国共同事業先であるアーキス外国共同事業法律事務所のUlrich Kirchihoff及びTobias Schiebe博士(外務事務弁護士、ドイツ法)の協力を得て作成しました。