ブログ
【中国】【特許】知財局による専利権譲渡・ライセンス契約雛形及び契約締結ガイドラインの公表
2023.07.10
中国国家知識産権局(CNIPA)は、2023年6月30日に、「専利権(出願権)譲渡契約(雛形)及び締結ガイドライン」及び「専利実施許諾契約(雛形)及び締結ガイドライン」を公表しました。
背景
近年、中国知財局では、専利権の譲渡や実施許諾による専利権の活用を積極的に推進しています。その結果として、「2022年全国技術市場年報」によれば、2021年の全国の専利権に関する技術契約の締結数は、43,926件(前年比42.3%増)、契約額は5540.3億元(前年比43.5%増)に上っており、そのうち、専利権譲渡契約の契約額は524,3億元、専利出願兼譲渡契約の契約額は86.5億元、専利権実施許諾契約の締結額は958.4億元になっています。
このような環境の中で、専利権又は専利出願権の譲渡、及び専利権の実施許諾に関する紛争事件も増加しており、2022年に人民調停委員会が受理した関連の事件は20件を超え、その中には、契約の条文が不完全であったり、権利・責任の所在が不明確であったりしたために生じた紛争も多くみられたとのことです。
このような事情から、国家知識産権局は、従来あった簡易な形の契約雛形を、より詳細なものへと変更し、ガイドラインと合わせて公表することになりました。
契約雛形について
今般の雛形は、2023年1月に改正案が公表され、パブリックコメント募集期間を経て、正式公表されたものです。雛形全体として、「必須条項を固定し、重要条項を細分化し、拡張条項を具体化する」との原則が守られています。
必須条項としては、「出願書類等の交付」、「費用及び支払い方式」、「秘密保持」、及び「実施許諾の範囲」等が、それぞれの契約の基礎的な枠組みとして盛り込まれています。また、必須条項のうちでも重要な条項は、規定すべき内容が細分化され、選択肢又は空欄記入の方式で、漏れなく規定することが義務付けられています。拡張条項としては、実際の取引における必要性を考慮し、権利の譲渡又は実施許諾後に、譲受人側が人員のトレーニングや技術指導を受けるニーズがあることを踏まえ、オプション条項として、「技術サービス及びトレーニング」の項目が設けられています。
譲渡契約の雛形及びガイドラインについて
譲渡契約の雛形は16項目28頁にわたり、更に15頁のガイドラインが付されています。雛形は、必要な項目について、いずれも選択肢又は空欄記入の方式で、網羅的に規定できるよう設計されています。
中国の専利法では、専利権の譲渡は登記が効力発生要件とされていますが、雛形では、まず、対象特許の書誌事項を漏れなく記載した上で、知識産権局への契約登記の届け出について、いずれの当事者(譲渡人または譲受人)が約定された日までに提出すること、他方当事者に協力義務があること、登記費用はいずれの当事者が負担すること等、すべて選択し又は空欄記入により、規定するようになっています。また、譲渡人からの出願書類資料等の交付とその検収に関する条項も必須であり、細かい規定が設けられています。更に、譲渡に伴う技術サービス及びトレーニングについては、オプション条項として、その内容や費用負担について具体的に記入することになっています。
紛争の原因となりやすい譲渡費用の支払いについては、「固定費用での支払い」、「ロイヤリティ方式での支払い」、「その他の費用支払い形式」の三種類から選択し、それぞれの金額、支払い方式、ロイヤリティの場合の計算方法や時期など、必要事項が漏れなく明確に規定されるよう、記入欄が設けられています。
また、譲渡契約締結後の譲渡人による実施の可否、既に行った第三者への実施許諾の扱い、過渡期(契約締結から知財局での登記までの期間)の処理、秘密保持に関する項目も必須条項として細かく規定されています。
更に、譲渡対象の専利権が第三者の権利を侵害した場合のいわゆる第三者侵害責任については、譲渡人が契約締結前にその事実について善意であったことを条件に、譲渡人は一切の責任を負わない、協議により合理的な範囲で譲受人と責任を分担する、譲渡人が一切の責任を負う、等の選択肢から、双方当事者が選択する形となっています。
契約締結前に既に発生している他人による侵害行為に対する権利行使については、いずれの当事者がその権利を有し、いずれの当事者がその費用を負担し、いずれの当事者がその利益を得るかについて、選択式で記入するようになっています。
その他、対象専利権について無効審判が提起された場合や、対象専利権が取下げられた場合等、契約関連紛争の原因となりやすい状況についても、選択肢・空欄記入による詳細な規定が設けられています。
なお、契約の準拠法について、雛形では、双方当事者が中国籍である場合には中国法とされていますが、外国当事者を含む契約の場合には、当事者が自由に準拠法を記入できるようになっています。ただし、添付のガイドラインには、一方当事者が中国籍である、又は譲渡行為が中国国内で行われる場合、一般的に中国法に準拠すると書かれています。紛争解決については、いずれかの当事者の所在地等の人民法院の他に、仲裁委員会を指定することや、当事者間どうしで協議により決定した解決方法を記入することが可能です。
実施許諾契約の雛形及びガイドラインについて
実施許諾契約の雛形は16項目30頁を含み、更に16頁のガイドラインが付されています。譲渡契約と同様に、必要な項目について、選択肢又は空欄記入の方式で、網羅的に記入できるようになっています。
ライセンス対象の権利、期間、地域、行為については、重要項目として、サブライセンスの可否等を含め、細かな記入欄が設けられています。
いわゆる改良発明の扱いについては、一方当事者単独での発明の場合と、共同での発明の場合に分けて、その権利について定めるようになっています。
また、一方当事者が第三者から権利侵害の通知を受けた場合、何日以内に他方当事者に連絡するべきかを規定する必要があり、その後の対応については、雛形の選択肢・記入欄を使って双方で自由に約定できるようになっています。逆に第三者による実施許諾対象専利権の侵害に気づいた場合にも、何日以内に他方当事者に連絡するべきかを規定する必要があり、その後の対応については、やはり雛形の選択肢・記入欄を使って双方で自由に約定できるようになっています。
その他、費用支払い方式等の譲渡契約と共通する項目については、譲渡契約の雛形と類似した記載になっています。
コメント ~日本企業に対するメリット・デメリット
中国専利法によれば、専利権の譲渡は知的財産局篇登記が効力発生要件とされていますが(専利法第10条第3項)、実施許諾契約については、現状は専利法実施細則第14条第2項で締結から3ヵ月以内の登記が求められているものの、その効果については定められていません。しかしながら、2020年11月に公表された実施細則の改正案では、実施許諾契約の登記を第三者対抗要件とする改正が盛り込まれており、その動向が注目されます。
そのような状況において、今般の雛形及びガイドラインでは、専利権の譲渡契約及び実施許諾契約の形式、及び契約に盛り込むべき項目が、かなり詳細且つ具体的に示されました。ただし、契約内容については、選択肢や空欄記入の形で、当事者間の自由な約定に任されている点が大きな特徴です。その意味で、この雛形は、契約に関する紛争を未然に防止し、契約の締結や審査を効率的に進めるために提供されたものであり、内容面において、専利権の譲渡及び実施許諾に関する専利法、民法典、技術輸出入管理条令等の既存の関連規定を変更するものではないと考えられます。
雛形の公表・普及により期待できるメリットとしては、今後の専利権の譲渡・ライセンス契約において、いずれの条項を盛り込むべきかについて争う必要が減少し、雛形及びガイドラインに沿って契約書を作成することで、契約の作業が進めやすくなることが期待できます。また、契約に関する紛争も、ある程度減少することが期待できます。
更に、日本企業が中国企業と発明特許権や実用新案権の譲渡及び実施許諾契約を締結する場合、技術輸出入管理条例の規定に沿って、契約書を商務部に登記する必要があります。従来、この登記のために必要とされる契約書の形式や条項が、各地の商務局で異なり、登記作業に手間取るという問題がありました。今後は、知識産権局の雛形に沿った契約書であれば、以前よりスムーズに審査され、登記できることが期待されます。
ただし、今回の雛形の公表によるデメリットとして、契約相手の中国企業や契約登記先の知的財産局及び商務部等の要求により、日本側で用意した契約雛形が利用できず、知的財産局の雛形を使わざる得なくなる可能性が懸念されます。雛形及びガイドラインを公表する知的財産局の通知文は、各地の知財局や知財サービスセンタ向けに出されており、「当事者の実際の状況と合わせて指導を行い、自主的且つ合理的に選択・使用するように」と記載されています。現段階では、今後、この雛形の使用がどの程度の強制力を有するかは不明です。
また、雛形を使用する場合、含まれる条項が非常に多いため、特に導入当初は、各条項の内容の理解と、それに関する意思決定に時間を要する恐れがあります。
また、上述の通り、準拠法は中国法とされる可能性が高いこと、更に、雛形は中国語のみで提供されており、契約言語に関する条項は含まれていない点に注意が必要です。言語について、たとえ締結時に日本語版を作成したとしても、中国語版と日本語版の両方を正本とできるかは不明であり、日本語版も正本にできたとしても、両者の解釈等に齟齬が生じた場合には、雛形である中国語版に準ずることを要求される可能性が高いと考えられます。
Member
PROFILE