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【裁判例】令和4年(行ケ)第10009号 異議申立の特許取消決定に対する取消訴訟
2023.07.27
判決の内容
訂正後の請求項1に係る発明(本件発明)の進歩性の判断には誤りがあるとして異議申立の特許取消決定の一部が取り消された事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和5年3月27日判決(判決要旨)(判決全文)
令和4年(行ケ)第10009号(知財高裁第1部 大鷹一郎裁判長)
異議申立の特許取消決定に対する取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「ガス系消火設備」とする特許第6674704号(本件特許)に係る異議申立事件において、原告は、取消理由通知を受け、請求項1を訂正し、請求項2を削除する訂正請求を行った後、取消理由通知(決定の予告)を再び受け、請求項1を訂正し、請求項2を削除する訂正請求(本件訂正)をした。
特許庁は、本件訂正を認めた上で、請求項1に係る特許を取り消し、請求項2に係る特許について異議申立てを却下する決定(本件決定)をしたことに対し、原告は、本件決定のうち、請求項1に係る特許を取り消した部分の取消しを求めた事案。本件決定において、特許庁は、本件発明と甲1(「不活性ガス消火設備設計・工事基準書〔第2版〕」一般社団法人日本消火装置工業会、平成25年5月)に記載の発明(甲1発明)との間の相違点1、2を認定した上で、両相違点のいずれも、当業者が容易に想到し得たものであると判断し、本件発明の進歩性を否定した。
本判決は、相違点1に関し、甲2の1(国際公開第2007/032764号。訳文甲2の2。以下、甲2の1と甲2の2を併せて、「甲2」という)に記載の甲2技術的事項の「ラプチャーディスク」は一旦動作(破裂)した後は再閉鎖されない使い捨てであり、弁が繰り返し開閉する甲1発明の「容器弁」とは動作及び機能が異なるものである等の理由から、甲1及び甲2に接した当業者は、甲1発明において相違点1に係る構成を容易に想到することができず、また、甲7及び甲8に記載の技術が周知技術であったとしても、甲1発明において、当該周知技術を適用する動機付けがあることを認めるに足りる証拠や論理付けがないから、本件決定の相違点1に対する判断は誤りであるとして、請求項1に係る特許を取り消す旨の取消決定を取り消した。
主な争点に対する判断
(1) 結論
甲1、甲2技術的事項及び周知技術に基づいて、甲1発明において、相違点1に係る本件発明の構成とすることを当業者が容易に想到することができたものと認めることはできないから、これと異なる本件決定の判断は誤りである。
(2) 理由
ア.相違点1について
相違点1は,以下のとおりである。
本件発明は、「複数の前記容器のうちの一つの容器と別の容器との容器弁の開弁時期をずらして、前記一つの容器と前記別の容器とから放出される消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止して前記防護区画へ消火剤ガスが導入され、前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し、前記各容器弁に接続される制御部をさらに備える」のに対し、甲1発明は、自動起動式ではあるが、「複数本数の容器弁付き窒素ガス貯蔵容器」の容器弁の開弁時期、及び、一つの貯蔵容器と別の貯蔵容器とから放出される窒素ガスのピーク圧力が重なることを防止して防護区画へ窒素ガスが導入されることが規定されておらず、制御部に関する事項も規定されていない点。
イ.相違点1の容易想到性の判断の誤りの有無について
(ア)本件決定では、相違点1に関し、以下のとおり判断した。
①甲2技術的事項に接した当業者であれば、「複数本数の容器弁付き窒素ガス貯蔵容器」を備えた「自動起動式の」甲1発明において、「窒素ガス」が、過剰圧力がかかった状態で防護区画へ放出され得ることを防ぐために、窒素ガスが、過剰圧力がかからないように制御された速度で、防護区画に順次放出されるようにすればよいことを容易に認識するといえる。
②甲2技術的事項では、「メインバルブ22」と、「ラプチャーディスク16a」と、「ラプチャーディスク16b」の開放時間をずらすことで、「過剰圧力がかからないように制御された速度で、保護された部屋14に順次放出されるようにする」ことを実現しているが、甲1発明において、窒素ガスの過剰圧力がかからないように、制御された速度で防護区画に順次放出するには、甲1発明の各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらすことによって実現でき、ラプチャーディスク等を用いるまでもないことは、当業者であれば普通に予測し得たことである。
③本件明細書の【0025】の記載を参酌すると、本件発明の「前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し」にいう「決定し」とは、制御部からの信号により開弁のタイミングが決定づけられているということ以上を意味していないと解さざるを得ず、そのタイミングを「前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミング」とすることは、窒素ガスの過剰圧力がかからないように、制御された速度で防護区画に順次放出することを、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらすことによって実現するための必然的なタイミングでしかないから、「前記一つの容器の容器弁の第一の開弁タイミングと、前記別の容器の容器弁の第二の開弁タイミングであって前記第一の開弁タイミングとは異なり消火剤ガスのピーク圧力が重なることを防止する前記第二の開弁タイミングとを決定し、前記各容器弁に接続される制御部をさらに備える」ことも当業者が容易に想到し得たことである。
④甲7及び8の記載事項からみて、「複数の消火ガス容器を備え、防護区画へ配管等の導入手段を介して消火ガスを導入する消火設備において、複数の消火ガス容器のうちの一つの容器の容器弁と別の容器の容器弁との開弁時期をずらして、防護区画へ消火ガスを導入し、容器弁の開弁時期は制御部により決定づけられること」は、ガス系消火設備の技術分野において、本件出願前、周知技術であったといえる。
⑤甲2技術的事項に接した当業者であれば、甲1発明において、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらすことで、相違点1に係る本件発明の発明特定事項(構成)とすることは、当業者が容易に想到し得たというべきである旨判断した。
(イ)しかしながら、本判決では、本件決定の判断は以下のとおり誤りであると判断した。
①及び②について
甲2技術的事項の使い捨て部材の「ラプチャーディスク」は、甲1発明の繰り返し開閉する「容器弁」とは動作及び機能が異なり、さらに、甲1及び甲2のいずれにも、相違点1に係る構成についての記載や示唆はない。かかる点に考慮し、甲1及び2に接した当業者は、甲1発明において、保護区域又は保護された部屋の加圧を防止するために甲2記載のラプチャーディスクを適用することに思い至ることがあり得るとしても、ラプチャーディスクを用いることなく、各「窒素ガス貯蔵容器」に付いた「容器弁」の開弁時期をずらして複数のガスシリンダーからそれぞれ順次ガスを放出することよって加圧を防止することが実現できると容易に想到することができたものと認めることはできない、と本判決は判断した。
③について
本件決定における本件発明の「決定し」の用語のクレーム解釈に対し、かかる解釈から直ちに本件決定のような結論を導き出すことには論理的に無理があり、論理付けが不十分である、と本判決は判断した。
④について
仮に本件決定が述べるように甲7及び8の記載から、「複数の消火ガス容器を備え、防護区画へ配管等の導入手段を介して消火ガスを導入する消火設備において、複数の消火ガス容器のうちの一つの容器の容器弁と別の容器の容器弁との開弁時期をずらして、防護区画へ消火ガスを導入し、容器弁の開弁時期は制御部により決定づけられること」は、ガス系消火設備の技術分野において、本件出願前、周知であったことが認められるとしても、当業者が、甲1発明において、上記周知技術を適用することについての動機付けがあることを認めるに足りる証拠や論理付けがない、と本判決は判断した。
ウ.相違点1の容易想到性について
したがって、当業者は、甲1、甲2技術的事項及び周知技術に基づいて、甲1発明において、相違点1に係る本件発明の構成とすることを容易に想到することができたものと認めることはできないから、これと異なる本件決定の判断は誤りである。
エ.被告主張の誤りについて
さらに、本判決では、甲2には、ガスシリンダーから配管へのガス流を制御するバルブ(30、34、38)の記載はあるものの、ラプチャーディスクの使用を前提とした記載であって、ラプチャーディスクを使用せずに、相違点1に係る一部の構成を実現することについて記載や示唆がないことに照らすと、甲2技術的事項から、ラプチャーディスクを用いることなく、「複数のシリンダーからのガス供給を開始する時点をずらすという技術思想」を読み取ることはできないというべきであると判断した。
コメント
上記①及び②並びに被告主張の誤りにおける本判決の判断によれば、甲2に記載の技術思想を考慮した甲2技術的事項の認定、及び相違点1に係る構成を甲1発明に適用することに対する記載や示唆の必要性が判断された。
また、上記③及び④によれば、本判決では、相違点1に係る他の構成が周知技術であるとしても、甲1発明に周知技術を適用することついて、動機付けがあることの証拠や論理付けが必要であると判断された。
したがって、本判決の判断に鑑みると、進歩性違反における拒絶理由に対する検討事項として、技術思想を考慮した引用発明の認定、相違点に係る構成の適用についての引例の記載や示唆、適用対象同士の動作及び機能の相違、及び周知技術の適用に対する論理付けの必要性が挙げられ、これらも念頭において、拒絶理由に対する対応方針を検討するとよい。
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