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【速報】【米国】【特許】Amgen v. Sanofiアメリカ連邦最高裁判決
2023.08.03
事件名・引用
Amgen v. Sanofi, 143 S. Ct. 1243 (2023年5月27日)
背景
2011年に、原告Amgenは、高コレステロール血症治療剤レパーサ®の抗体に対し特許を取得し、被告Sanofiも同様の治療薬プラルエント®の抗体に対し特許を取得。いずれの特許もアミノ酸配列で抗体をクレームに定義していたが、Amgenは2014年に抗体を①PCSK9の特定のアミノ酸残基に結合し、②LDL受容体との結合を阻害するという機能を持つ抗体の上位概念の属グループとして抗体を広く定義したクレームで2件の特許を取得し、この特許を侵害するとして、Sanofiを提訴した。Sanofiは、Amgenの機能で定義する特許は記載要件及び実施可能要件違反として無効を主張したが、地裁は実施可能要件違反のみを認めて無効と判断。この判断は連邦巡回控訴裁判所(CAFC)によって支持され、連邦最高裁は、この判断を不当とするAmgen裁量上告申立を受理。
判旨
結合する抗原と結合するアミノ酸残基で定義するAmgenの特許を実施可能要件違反とする下級審の判断は正当。
理由
Amgen特許の明細書には、クレームに定義された機能を持つ26の抗体と、そのような機能を持つ抗体を作る2種類の方法が書かれていたが、問題となるクレームの範囲は広範で、合理的な実験を行うことを考慮しても、明細書がその範囲に含まれる全ての抗体を実施可能に開示してはいない。Amgenは機能で定義される上位概念の属クラスの抗体全体を独占しようとしているが、この抗体のクラスには、Amgenがアミノ酸配列によって説明した26個だけでなく、実施可能に開示されていない膨大な数の追加抗体も含まれている。開示された2つの方法は研究課題を設定したにすぎず、クレームは定義された機能を提供する抗体に共通する特徴も特定していないので、Amgenのクレームは実施可能要件に違反する。
比較法
アメリカ連邦最高裁で争われたAmgen特許と同じファミリーに属する日本特許は、平成5年1月26日に出た知財高裁の審決取消訴訟判決において、PCSK9の結合とその結合の重鎖軽鎖ドメインを特定するクレームが、知財高裁によってサポート要件違反と判断されている(令和3年(行ケ)10093号)。尚、同じクレームは、平成30年12月27日の審決取消訴訟でも、知財高裁が判断を示しており、その判決では、サポート要件及び実施可能要件の違反は認められなかった(平成29年(行ケ)10225号)。平成5年の事件では、クレームに定義された2つの機能のうち一方の機能を持ちつつ他方の機能を持たない抗体が、侵害が主張されたクレームの技術的範囲に多数含まれることを示す新たな証拠が提出されたため、サポート要件違反が認められた。
同じ特許ファミリーの欧州特許EP2215124についても、Sanofiをはじめとする複数の製薬会社が異義申立を行い、EPOの異議審査部は、クレームに定義された機能を持たない抗体が問題となるクレームの技術的範囲に多数含まれているとして、発明の技術的課題を解決していないとして、進歩性違反と判断した(EPO異義審査部決定 2020年10月29日 T0845/19)。そのため、Amgenは、PCSK9の結合とその結合の重鎖軽鎖ドメインを特定するクレームに訂正し、特許が維持された。更に、Sanofiは、同じ特許ファミリーの他の欧州特許EP3666797についても、2023年6月1日に開始した欧州統一特許裁判所のミュンヘン中央裁判所で無効訴訟を提起している。この特許のクレームは重鎖軽鎖ドメインの特定が無く異議で訂正されたクレームより広い技術的範囲の機能クレームとなっている。UPCの無効訴訟は提訴から1年以内に判決が出されることになっているので、日本やアメリカと同様に無効判決が出されるのか注目される。
実務的指針
USPTOは、Amgen判決が出た直後に、同判決の実施可能要件審査実務への影響を審査官に通知するという声明を出しているが、2023年7月5日の時点で審査基準自体を改定していない。抗体を結合する抗原で定義するクレームについては、CAFCが記載要件違反及び実施可能要件違反とする判決を何件も出している。CAFCは、地裁の判断を手続的瑕疵に基づき差し戻した最初の控訴審で、USPTOの記載要件の審査基準を否定した。そのため、抗体を機能で定義するクレームの記載要件の審査基準が改定された。最高裁はクレームに含まれる抗体を作る試験が合理的な場合には実施要件違反とならないことを明確にしているが、抗体の性質上、同じ抗原と結合する抗体は無数にあり、それらの機能が予測不可能であることから、クレームで定義した機能を持つ抗体を作るためには、ルーチン化した方法で作成して選択する必要があり、本件の最高裁の判断に基づくと、合理的と認められない可能性は高い。従って、審査段階で拒絶されなくとも、USPTOの付与後レヴューや侵害訴訟で無効とされる可能性は高い。そのため、権利行使に備えて、明細書になるべく多数の抗体のアミノ酸配列構造を開示し、その構造を限定した範囲のクレームから、抗原とCDRシーケンスの限定を含めたいろいろな範囲のクレームを用意しておくことが重要になる。先願主義の下で優先権を確保する観点からは、最初の抗体を作成した時点で出願し、その後、一部継続出願を行い、より広い技術的範囲のクレームを確保することになろう。
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