ブログ
【速報】【米国】【商標】米国連邦最高裁判決(Abitron事件及びJack Daniel’s事件)
2023.08.03
今期の最高裁における知財判決
今期の連邦最高裁は2件の商標事件の上告申立を受理し、いずれにおいても、下級審の判断は破棄され、最高裁が設定した基準の下に再審理するように事件は差し戻された。
2件のうち、Abitron事件は、アメリカ商標法の域外適用を判断するものであって、下級審の判断が支持されれば、日本の商標の使用に対しアメリカ商標法が適用され、過大な損害賠償が請求されるリスクがあり、日本企業の活動に大きな影響があった。幸い、アメリカ最高裁は商標法が属地主義の原則に従うことを明らかにし、海外の商標の使用に対し、アメリカ商標権の侵害として救済を求めることはできないことを明らかにした。
Jack Daniel‘s事件は、著名商標のパロディの事件で、今期は、著作権パロディのAndy Warhol事件と共に最高裁がアメリカ憲法上の表現の自由と知的財産の保護の関係を審理することになり、注目を集めた。
Abitron事件
Abitron Austria GmbH v. Hetronic Int'l, Inc. L. Ed.
Abitronは当初、商標権のライセンスを受け欧州における販売代理人としてHetronicの製品を販売していたが、後に、その製品をリバースエンジニアリングし、第三者から部品を調達し自社ブランドの製品を販売するようになった。Hetronicは、この自社ブランド製品の販売を商標権侵害としてオクラホマ州西部地区連邦裁判所に訴訟を提起したが、Abitronのアメリカでの販売のみならず、欧州における販売についても、アメリカの商標権を侵害するものとして損害賠償を請求した。
陪審は、9000万ドルの損害と認定したが、Abitronのアメリカでの侵害品の販売は24万ドルに過ぎず、欧州で販売された侵害品がアメリカに輸入されたと認定されたのは、9000万ドルの3%に過ぎなかった。そのため、Abitronは、地裁がアメリカ連邦商標法の登録・未登録商標権侵害の規定を不当に国外の行為に適用したとして控訴したところ、第十巡回区控訴裁判所は、地裁の判断を支持したが、最高裁はAbitronの上告申立を受理した。
最高裁は属地主義の原則に基づき域外適用禁止の推定が働くことを明確にしたうえで、先例に基づき、①問題となる規定の内容から議会の域外適用の意図が明確かどうか判断し、明確でないときは、②その規定の根底にある議会の関心の焦点は何かを特定し、その焦点に関連する行為がアメリカ国内で起きた場合にアメリカ法の規定の適用を許すという2段階テストで域外適用の例外が許されるか判断されるべきとした。この分析において、最高裁は、①については、商標法の規定から議会の域外適用の意図は明確でないと判断し、②議会の関心の焦点は出所混同を引き起こす可能性がある行為であるとし、登録及び未登録商標権侵害の規定は、出所表示機能を発揮する商標としてのアメリカ市場における使用行為に適用されると解釈した。そのため、この解釈に基づいて侵害を再審理するように命じ、事件は下級審に差し戻された。
Jack Daniel’s事件
Jack Daniel’s Props. v. VIP Prods. LLC, 216 L. Ed. 161
(左)Jack Daniel’sの商標、(右)VIP Productsの商標
本件の被上告人VIP Productsは、上告人Jack Daniel’sの著名な立体商標であるウィスキーのボトルの形状をコピーし、「Jack Daniel’s」の文字商標 を「Bad Spaniels」に変えるなど一部デザインを変更した犬用おもちゃの販売を開始した。この販売を中止するようJack Daniel’sが求めたところ、VIP Productsは、「Bad Spaniels」がJack Daniel’sの商標権を侵害しないことを確認する宣言判決を求める訴訟を提起し、Jack Daniel’sは商標権侵害とダイリューションを反訴で主張した。
アリゾナ地区連邦地裁は、上告人の著名商標の特徴を自己の商品の出所表示に使っているため、フェアユースの適用はなく、「Jack Daniel’s」商標権の侵害とダイリューションを認め、VIP Productsに対し「Bad Spaniels」犬用おもちゃの販売を差止める命令を出した。第九巡回区控訴裁判所は、「Bad Spaniels」が芸術的表現(Artistic expression)を含む商標であると認定し、そのような商標に対し表現の自由を保障するRogersテストを適用して、VIP Productsの使用が商標権侵害に該当するか再審理するよう命じ、事件を地裁に差し戻した。また、VIP Productsの使用がパロディであるので、連邦商標法のダイリューション規定の非商業的使用の例外に該当するとした。
Rogersテストでは、被告の商標の使用が①商標の基礎にある芸術的表現と関係ない、又は②明示的に消費者による作品の出所混同を生じさせていることのいずれかを商標権者が立証した場合にのみ、フェアユースが適用されず商標権侵害が認められる。差戻審において、地裁はJack Daniel’sによる①②の立証は無かったとして商標権侵害の主張を退け、控訴裁判所によって、地裁の判断は支持された。
連邦最高裁は、Jack Daniel’sの上告申立を受理し、本件のように自己の商品の出所表示のために他人の商標を使用している場合には、Rogersテストの適用は無いとして、下級審の判決を破棄した。最高裁は、Rogersテストの起源となる第二巡回区控訴裁判所の先例をはじめ、他の巡回区の先例を検討し、商標が自己の商品の出所表示のために使用されている場合には、Rogersテストを適用していないことを確認した。Rogersテストの適用は無いものの、芸術的表現、特に保護されるべきパロディの場合は出所混同を生じさせないので、芸術的表現は、通常の出所混同の可能性の判断で考慮されるべきとした。更に、著名商標が被告の商品の出所表示のため使用されている場合には、パロディでも非商業的使用の例外に該当しないと商標法のダイリューション規定を解釈し、第九巡回区控訴裁判所の広範なフェアユースの適用を批判した。最後に、最高裁は、本判決の判例としての射程は限定的で、商標が出所表示のために使用されていない場合にRogersテストを適用する正当性やダイリューションの例外である非商業的使用の範囲について判断するものでないことを強調したうえで、パロディを考慮した出所混同の可能性とダイリューションの有無について再審理するよう事件を下級審に差し戻した。
コメント
Abitron事件の最高裁の判断は、知的財産権に共通する国際法上の基本原理である属地主義を確認するもので、下級審の判断が支持されるようなことになれば、国際法上許容される域外適用を越える判断として国際問題に発展することも考えられた。現に、欧州委員会は、下級審の判断を破棄するよう求める意見書を最高裁に提出していた。下級審の判断は、国際法上の観点からは違和感が禁じ得ないが、知財関連の条約が自己執行的でないために法源と認めないアメリカの法律制度の下での連邦商標法の解釈であることを考慮すれば違和感は無い。アメリカ憲法知的財産条項に基づく特許法や著作権と異なり、連邦商標法は、連邦政府に国際貿易及び州間の通商を規制する権限を与えるアメリカ憲法通商条項に基づき制定された。従って、連邦商標法は、「通商(commerce)」での商標の使用行為を侵害と定義し、特許法のように侵害行為をアメリカ国内に限る文言は無い。最高裁の先例もアメリカ国民の外国での行為に及ぶことを認めていて、柔軟な域外適用を認めている。Abitron事件で、連邦商標法における属地主義の原則が確認されたことで、日本での商標の使用がアメリカ商標法の侵害とされるリスクは回避された。
Jack Daniel’s事件で、最高裁は、同時期に係属していたAndy Warhol事件と同様、判例としての射程範囲が狭いことを強調したうえで、フェアユースの適用を否定した。著作権のAndy Warhol事件では、原著作物の被告による使用目的が注目され、商標権のJack Daniel’s事件でも、著名商標の被告による使用目的が商品の出所表示かどうかが問題とされた。いずれの判決でも、権利者と被告の使用目的が共通する場合(著作権では雑誌に使用された歌手プリンスのポートレート;商標では自己の商品の出所表示)には、最高裁はフェアユースの適用に慎重で、パロディの抗弁に過剰なウェイトを置いた下級審の判断を批判している。表現の自由に特別な価値を置くアメリカにおいても、著作権や商標権の保護法益を侵害する使用に対しては、パロディ等のフェアユースの例外の適用が無いことを明確にするこれらの判決は、権利者にとって朗報であると言えよう。
Member
PROFILE