ブログ
【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】7 GUIの意匠権に基づくソフトウェア提供者への権利行使が認められた事例
2023.10.18
はじめに
中国では、2014年の審査基準改正以降、GUI(グラフィカル・ユーザ・インターフェース)が意匠権による保護の対象となりました。しかし、GUI単独での出願は認められておらず、あくまでも携帯電話機やディスプレイパネル等の物品を伴う形での出願が義務付けられています。そのため、GUI関連意匠の侵害訴訟において、GUIを備えるソフトウェア提供者への権利行使が認められず、GUIが意匠権による十分な保護を受けられないという問題がありました。
具体的に、2017年12月に判決が出された北京奇虎科技有限公司等の意匠権侵害事件判決(2016京73民初276号)では、被告の提供するソフトウェアのGUIが、原告の「GUIを備えるコンピュータ」に係る意匠権のGUI部分と類似しているものの、原告の意匠権に係る物品が「コンピュータ」であり、被告製品が「ソフトウェア」であるため、物品が非類似であるとの理由で、侵害の成立が認められませんでした。
しかしながら、今回の文字入力アプリ事件判決(以下、「本件判決」といいます)では、原告の有する「移動通信端末に用いられるGUI」に係る意匠権に対し、携帯電話機製造者+携帯OS製造者+携帯電話機ユーザ+携帯アプリ製造者という複数主体による侵害行為が成立しており、なかでも携帯アプリ製造者である被告は、侵害行為の実施に「代替不可能な実質的な作用」を果たしたとして、被告に対し意匠権侵害に対する損害賠償を課す判決が下されました。
本件判決は、中国で初めて、GUIそのものが意匠権による実質的な保護を受けた、画期的な判決です。また、本件判決は、2022年の中国人民法院知的財産権典型事例(50選)、及び2022年上海高級人民法院知的財産権10大事例にも選定されています。
事件情報
事件番号:(2019)沪73民初399号
判決日:2021年12月
原告:北京金山セキュリティソフトウェア有限公司
被告:上海触宝情報技術有限公司/上海触楽情報技術有限公司
対象特許:中国意匠登録第CN305066527S号「移動通信端末に用いられるGUI」(出願日:2018年8月16日、登録公告日:2019年3月15日)
事案の概要
(1)事件の経緯
原告の北京金山セキュリティソフトウェア有限公司(以下、「金山社」といいます)は、「移動通信端末に用いられるGUI」に係る中国意匠登録第CN305066527S号(以下、「本件意匠」といいます)の権利者です。
金山社は、本件意匠を利用した中国語の文字入力システム・ソフトウェアである「趣輸入」を、インターネット上でユーザに無償提供していました。この「趣輸入」は、「文字入力をしながらお金儲けができる」ことを売りとした、パソコン又は携帯電話で利用可能な文字入力システム・ソフトウェアです。ユーザが「趣輸入」を利用して文字入力を行うと、入力文字数に応じてアプリ内の仮想金貨が獲得でき、この仮想金貨は、現金化したり、ゲームツールの購入に使用したりすることが可能です。「趣輸入」は、「2018年度インターネット十大携帯ネットワーク・ライジング・スター・アプリ」にも選出され、そのダウンロード回数は最高約5,654万回に達しました。
金山社は、被告2社が提供している「触宝輸入法」という文字入力システム・ソフトウェアの一部のバージョンのGUI設計が、本件意匠権に係るGUI設計と類似していることを発見し、侵害行為の停止と100万元の損害賠償を求めて、2019年6月に上海市知的財産法院に侵害訴訟を提起しました。
(2)本件意匠
原告の意匠権は、10件の意匠を含む類似意匠出願です。本件判決で問題となったのは、そのうちの「意匠10」に当たる、動的GUIに関する意匠でした。原告意匠の出願書類における意匠10に関する図面は、以下の通りです。
上記正面図に示される通り、意匠10の画面は、中央に水平の進度バーがあり、進度バーの下方にキーボード、上方に文字や画像等の表示領域、進度バーの右側に3枚の仮想金貨が表示されています。その画面遷移については、以下の4枚の変化状態図と5枚の使用状態参考図から理解できます。
この設計10では、ユーザがキーボードを用いて文字入力を行うと、入力した文字数に応じて進度バーが左から右へ延び、それにつれて仮想金貨が1枚ずつ点灯します(変化状態図1及び2)。進度バーが右端に達すると仮想金貨3枚が光り(変化状態図3)、画面中央にポップアップ・ウィンドウが出現して、「コイン獲得」の文字が表示されます(変化状態図4)。
(3)被告ソフト製品のGUI
これに対し被告は、「触宝輸入法」という、やはり携帯電話機で利用可能な文字入力システム・ソフトウェアを提供していました。このソフトウェアの一部のバージョンのGUI設計は、原告の上記意匠10に対し、以下の共通点・相違点を有していました。
【共通点】
・中央に進度バー、下部にキーボード、進度バー右側に金貨3枚が表示される。
・文字入力に従って進度バーが左から右に伸び、右端に到達すると金貨が光る。
・中央にポップアップ・ウィンドウが出現する。
【相違点】
・本件意匠では進度バーが1回右に到達すると金貨3枚が光るが、被告ソフトでは1回到達するごとに1枚ずつ光り、3回到達すると3枚光る。
・金貨内に表示される記号が、原告意匠は「$」だが、被告ソフトは「¥」である。
・本件意匠では金貨を獲得すると自動的にポップアップ・ウィンドウが出現するが、被告ソフトではユーザが金貨をクリックするとポップアップ・ウィンドウが出現する。
主な争点に対する裁判所の判断
(1)本件意匠権と被告ソフトウェアのGUIとの類比判断
本件判決では、まず、GUI関連意匠が他の大多数の意匠とは異なる新たな種類の意匠であることは認めつつも、GUI意匠の侵害判断に関する特別なルールのない現状において、原告の意匠権に係る物品はあくまでも「移動通信端末に用いられるGUI」であり、意匠権の保護範囲には、携帯電話機が含まれることを確認しました。
次に、本件判決では、本件意匠の出願書類の「意匠の簡単な説明」に、「本件意匠の設計の要点はディスプレイ内のGUIにあり、移動通信端末は従来意匠である」と明記されていることを指摘しました。そして、本件判決では、「本件意匠は移動通信端末に用いられるGUIに係るものだが、移動通信端末は慣用設計であり、GUI部分が全体の視覚的効果に対し、より顕著な影響を与えており、対比の際の主要な要素である。」として、両者の類比判断にあたっては、GUI部分の対比を重視すべきことを指摘しました。この考え方は、日本の意匠の類比判断における、「要部」の考え方に近いものと思われます。
その上で本件判決では、本件意匠権に係るGUIと、被告ソフトウェアのGUIとの上記の共通点・相違点について考察し、「被告ソフトのインタフェースは、本件意匠と全体のインタフェース設計及び動的変化の過程が比較的類似しており、両者の相違点は全体の視覚的効果に顕著な影響を及ぼすほどではなく、両者には実質的な相違がなく、類似意匠に属する。」と判断しました。
(2)被告によるソフトウェアの提供は原告意匠権を侵害するか
上述の通り、従来のGUI関連意匠の侵害裁判例では、被疑侵害製品がソフトウェアである場合、GUI部分の設計が類似していたとしても、原告意匠に係る物品(ハードウェア)と被告ソフトウェアとでは物品が非類似である、との理由で侵害の成立が認められませんでした。そのため、GUI関連の意匠権を取得したとしても、GUI部分のみを模倣するソフトウェアに対し権利行使ができないことが、特にIT業界において大きな問題となっていました。
これに対し、本件判決は、まず、「本件はGUIの保護に関するものであり、GUIを含む製品領域の特性を充分に考慮し、業界の発展ルールを尊重し、権利者の合法的権利の実質的な保護を確保しなければならない。」と述べ、GUIそのものの意匠権による実効的な保護が求められていることを認めました。
その上で、本件判決では、携帯電話機製造者、携帯OS製造者、携帯電話機ユーザ、携帯アプリ製造者(即ち、本件被告)の4者が連携して、原告の「移動通信端末に用いられるGUI」に係る意匠権を侵害していると認定し、4者それぞれの侵害責任を、下表のように整理しました。
上の表からわかる通り、携帯電話機製造者や、Android等の携帯OS製造者は、上位層にインストールされるアプリを選択できる立場にないため、本件意匠権を侵害する主観的故意はなかったとして、侵害責任を有しないと判断されました。
また、携帯電話機に被告ソフト(携帯アプリ)をインストールした携帯電話機ユーザについても、業としての行為ではないとして、侵害責任を有しないと判断されました。
これに対し、携帯アプリを製造・提供した被告については、意匠に係る物品である携帯電話機を直接に製造・販売してはいないものの、被疑侵害GUI意匠は、プログラム言語により被疑侵害ソフト内に固定されており、携帯電話機ユーザが被疑侵害ソフトを正常に使用する際、該ソフトの通常の操作を行いさえすれば、被疑侵害GUIの動的変化の過程全体が必然的に実現されるため、被疑侵害ソフトは、本件意匠権の侵害を実現する過程において「代替不可能な実質的作用」を果たしており、意匠権侵害の最も主要な原因である、と分析しました。そして、そのような携帯アプリ製造者である被告は、原告の損害の発生について主観的な過失を有するため、民法典第1165条の「行為者が過失により他人の民事権益を侵害し損害をもたらした場合、侵害責任を負わなければならない」との規定に基づき、両被告に対し35万元の損害賠償金を支払うべきである、との判決が下されました。
(3)ソフトを無償ダウロードさせる行為が業としての販売・販売申し出にあたるか
この点について、本件判決では、被告アプリは、インターネット上のプラットフォームからユーザに無償でダウンロードされているものの、被告はアプリ内で広告を表示することで収益を得ており、被告アプリの紹介及び説明にも、ユーザにダウンロードさせ、使用させて広告収益を得ることが宣伝されている点を指摘しました。
そして、両被告が被疑侵害アプリをアップロードして、ユーザにダウンロードさせる行為は、GUIを含む携帯電話機という被疑侵害製品の最も主要な実質的部分の「販売及び販売の申し出」にあたり、侵害行為を構成すると判断しました。
コメント
上述の通り、本件判決は、中国で初めて、GUIそのものが意匠権による実質的な保護を受けた、画期的な判決です。
本件判決の主要なロジックは、2019年12月に出された、著名な特許権侵害事件の判決文の考え方を、そのまま踏襲しています。当該判決(2019最高法知民終147号)では、仮想ウェブ・サーバやユーザ・ブラウザを含む複数主体により実施されるネットワーク通信分野の方法クレームの侵害判断において、クレームの全ステップの実施に用いられるルータを製造・販売する業者が、ルータ購入者が請求項に記載の全ての技術的特徴を実施するために「代替不可能な実質的役割を果たした」として、単独で侵害責任を課されました。この件の判決文には、「被疑侵害者は業として、特許方法の実質的内容を被疑侵害製品に固定しており、当該行為又は行為の結果が、特許の請求項に記載の全ての技術的特徴を充足することに代替不可能な実質的作用を果たしており、エンドユーザが該被疑侵害製品を正常に使用する際に自然に特許方法のプロセスが再現される場合、被疑侵害者は該特許方法を実施しており、特許権者の権利を侵害したと認定すべきである。」と述べられています。その記載ぶりを見る限り、GUI意匠侵害に関する本件判決が、この特許侵害事件判決のロジックを踏襲して書かれたことは明らかです。
上記の特許侵害事件の判決では、複数主体による侵害行為に対し、従来の共同侵害(日本の間接侵害に近い考え方)の枠組みを用いず、「代替不可能な実質的役割を果たした」者のみに直接侵害責任を負わせた点が、広く注目されました。この本件判決は、2019年の最高人民法院知財典型事例にも選定されています。
本件判決には、「移動通信端末に用いられるGUI」に係る意匠権の侵害行為を、被疑侵害ソフト提供者だけではなく、携帯電話機製造者を含む複数主体による侵害行為と捉えなおし、類似の枠組みを有する特許権侵害事件判決のロジックを用いて、携帯アプリ提供者である被告に侵害責任を負わせた点に、従来のGUI意匠侵害事件の判決にはない、大きな発想の転換があります。
本件判決の出現により、中国の侵害訴訟において、GUIそのものが意匠権による実質的な保護を受けられることが明らかになりました。今後は、ITを含む様々な業界において、GUI関連意匠の出願が更に増加し、また、人民法院における侵害判断の手法も、より洗練されたものになっていくことが期待されます。
Member
PROFILE