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【裁判例】令和2年(行ケ)第10004号 骨粗鬆症治療剤ないし予防剤事件
2023.12.25
判決の内容
特許無効審決における進歩性の判断には誤りがあるとして、原告が特許無効審決の取消を争ったが請求棄却とされた事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和3年8月31日判決(判決全文)
令和2年(行ケ)第10004号(知財高裁第4部・菅野雅之裁判長)
特許無効審決に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「骨粗鬆症治療剤ないし予防剤」とする特許第6274634号(以下、本件特許と称する。)に係る無効審判請求事件において、特許庁が、本件特許の請求項1に記載の発明(以下、本件発明と称する。)について進歩性欠如との判断をし、特許法第29条第2項違反に基づく同法第123条第1項第2号に該当するとして特許無効審決(以下、本件無効審決と称する。)を下したことに対して、原告が本件無効審決の取消しを求めた事案である。
本件特許の請求項1の記載は、次のとおりである。
【請求項1】
1回当たり200単位のヒトPTH(1-34)又はその塩が週1回投与されることを特徴とする、ヒトPTH(1-34)又はその塩を有効成分として含有する、骨粗鬆症治療剤ないし予防剤であって、下記(1)~(4)の全ての条件を満たす骨粗鬆症患者を対象とする、骨折抑制のための骨粗鬆症治療剤ないし予防剤;
(1)年齢が65歳以上である
(2)既存の骨折がある
(3)骨密度が若年成人平均値の80%未満である、および/または、骨萎縮度が萎縮度Ⅰ度以上である
(4)クレアチニンクリアランスが50以上80未満ml/minである腎機能障害を有する。
本件無効審決において、特許庁は、本件発明と、主引用文献に記載の発明(以下、甲7発明と称する。)との相違点1及び2(相違点1及び2の内容については省略する。)を認定した上、相違点1及び2に係る本件発明の構成は、いずれも当業者が容易に想到し得たものであるとして進歩性を否定した。
原告は、本件審決取消訴訟において進歩性を肯定すべき旨を主張したが、そのうち、本件発明の奏する効果については、最高裁判所平成30年(行ヒ)第69号、令和元年8月27日第三小法廷判決(以下、令和元年8月27日判決と称する。)を引用しつつ、「対象発明比較説」(後述の「5.コメント」ご参照)によって判断すべきことを述べた上で、本件発明の奏する効果は、予測できない顕著な効果である旨を主張した。
原告が主張した効果は、具体的には、本件発明における、[1]請求項1の(1)乃至(3)の条件(以下、本件3条件とも称する。)を全て満たす患者に対する顕著な骨折抑制効果(以下、効果[1]と称する。)、[2]請求項1の(4)を満たす患者に対する副作用発現率と血清カルシウムに関する安全性が、腎機能が正常である患者と同等であるという効果(以下、効果[2]とも称する。)、及び[3]BMD(骨密度)増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果(以下、効果[3]とも称する。)、の3つである。
本判決は、予測できない顕著な効果の有無の判断方法について令和元年8月27日判決を踏まえた規範を定立した上で、本件発明は予測できない顕著な効果を奏しないと判断し、請求を棄却した。
主な争点に対する判断
(1)結論
相違点1及び2に係る本件発明の構成は、いずれも当業者が容易に想到し得たものである。
(2)理由
ア.甲7発明に対して相違点1及び2を適用する動機付けなどについて
(省略)
イ.効果について
(ア)予測できない顕著な効果の判断方法
発明の効果が予測できない顕著なものであるかについては、当該発明の特許要件判断の基準日当時、当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することのできなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から検討する必要がある(最高裁判所平成30年(行ヒ)第69号、令和元年8月27日第三小法廷判決・集民262号51頁参照)。もっとも、当該発明の構成のみから予測できない顕著な効果が認められるか否かを判断することは困難であるから、当該発明の構成に近い構成を有するものとして選択された引用発明の奏する効果や技術水準において達成されていた同種の効果を参酌することは許されると解される。
(イ)効果[1]について
(前略)…効果[1]の骨折抑制効果とは,単なる骨折発生率の低減ではなく、プラセボの骨折発生率と対比した場合の骨折発生率の低下割合を指すものであるが、本件明細書の記載からでは、本件3条件を全て満たす患者と定義付けられる高リスク患者に対する骨折抑制効果が、本件3条件の全部又は一部を欠く者と定義付けられる低リスク患者に対する骨折抑制効果よりも高いということを理解することはできない。…(中略)…このように、低リスク患者において、100単位週1回投与群の新規椎体骨折及び椎体以外の部位の骨折の発生率が5単位週1回投与群のそれらの発生率に対して有意差がなかったとの結論が、上記のような少ない症例数を基に導かれたことからすると、高リスク患者における骨折発生の抑制の程度を低リスク患者における骨折発生の抑制の程度と比較して、前者が後者よりも優れていると結論付けることはできない。…(中略)…以上によれば、効果[1]は、本件明細書の記載に基づかないものというべきである。
(ウ)効果[2]について
(前略)…当業者であれば、甲7発明の投与対象患者に軽度から中等度の腎機能障害を有する患者が含まれていると認識するといえるところ、甲7文献には、200単位投与群も含めて重篤な有害事象は認められなかったこと、200単位投与群においても投与開始から48週目までの血清カルシウム値の平均値は10.6mg/dlよりも低い値で推移していることが見て取れるのであるから、当業者は、PTH200単位の投与についても、軽度又は中等度の腎機能障害者における安全性と、腎機能正常者における安全性とは同程度であると予想するものと解され、甲7文献において腎機能正常者と腎機能障害者での比較が行われていないことは、この予想を何ら左右しない。そうすると、効果[2]は、甲7発明と用量・用法・有効成分等が同じである本件発明の構成から当業者が予測し得る範囲内のものというべきである。
(エ)効果[3]について
原告は、PTHの連日投与から想定されるBMD増加率に対する骨折相対リスクと対比して、BMD増加率が低くてもより低い骨折相対リスクが得られるとの効果が生ずるとして、これを本件発明の予測できない顕著な効果とするが、本件明細書には、PTHの連日投与から想定されるBMD増加率と骨折相対リスクとの関係を記載した部分は見当たらず、上記主張は、明細書に記載されていない効果を主張するものであって失当というほかない…(後略)。
コメント
従来、進歩性の判断における「予測できない顕著な効果」とは、「何と比較して」予測できない顕著な効果であるのか、について主に3つの説(主引用発明比較説、対象発明比較説、技術水準比較説)が唱えられていた。
このうち、本判決が引用している令和元年8月27日判決は、「(前略)…結局のところ、本件各発明の効果、取り分けその程度が、予測できない顕著なものであるかについて、優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か、当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく、本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として、本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに、本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取消したものとみるほかなく、このような原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。」と判示し、対象発明比較説を採ることを明らかにしたものと解される。
本判決では、原告が主張する効果のうち、効果[2]については、令和元年8月27日判決を踏まえて定立した規範に沿って、本件発明の構成から当業者が予測し得る範囲内のものであると判断された。
一方で、効果[1]及び[3]については、定立した規範へのあてはめをするまでもなく、明細書に記載されていない効果であることを理由に本件発明の奏する効果に関する原告の主張を退けた。すなわち、対象発明の効果が予測できない顕著なものか否かを論ずる際の前提として、そのような効果が明細書において実質的に記載されていなければならない。そして、化学・バイオ分野などのいわゆる「物の構造から効果の予測が困難な技術分野」に属する発明の構成が奏する効果については、明細書中の実施例により示される必要があるところ、原告が主張する本件発明の効果[1]及び[3]については、実施例の症例数が不足しているなどの理由により、明細書に記載されているとはいえないと判断された。
以上、本判決は、進歩性の判断における予測できない顕著な効果の検討にあたって非常に参考になる判例であると考える。
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